ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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お嬢様と戦車 中編

キツネ狩りができそうなほど広い敷地内、映画のセットの中なのか、張りぼての街の中でドイツ中戦車の傑作パンターが息をひそめる。雪道に履帯の轍を刻んだ豹から男たちが出て来た。。

 

バラクラバで顔を隠し、黒づくめのマウンテンパーカーを着る男達は息苦しい車内に新鮮な空気を取り込んで顔を見合う。

 

「おい、どうすんだよ」

「どうするって……逃げるに決まってんだろ」

「バカやろゥ! てめえがあんなところでビビッて発車なんかさせるからこんな事になるんだろが」

「そんな事言っても」

 

男達は戦車内で言い争い、チラリと見やる。車長席に白目を剥いてよりかかる薫子を見て、車内の男達は頭を抱えた。こんなはずではなかった。もっと簡単に終わるはずだったのに、よりによってあんな非常識な女に見つかるとは。

 

「あの女のせいで!」

 

あのピンク髪のお転婆娘をこれでもかと罵る。パーティ中に戦車の上でプロレスをするなど誰が予想できるのか。今此処にいる女の子も“相当に”だが、もう一人のアイツに至ってはイレギュラーを飛び越えて神の悪戯レベルに最悪だ。

 

「とにかく、持っていけば金になるんだぞ! いいか、これが上手くいけば1億や2億どころじゃない! それこそ三等分したってお釣りが来るんだ!」

「だけど、相手は戦車道やってる奴らだ。上手くいくのか?」

「此処に来て何言ってんだ! 今更! いいんだよ。どうせ、古い戦車に固執するアホな女なんだ! こんな仕事さっさと終わらせて金を受け取ることだけ考えてりゃいいんだ!」

 

ぎゃあぎゃあ、と喚いていると薫子が呻いた。男たちはハッとなって口を閉じる。起こしてはならない。寝た子はそのまま、火山は噴火させない。そんな警告を彼らは無言の内に発し、黙った。

 

「いいか、起こすなよ」

「ああ、分かってる」

 

脂汗を拭い、生唾をごくり。若い戦車道の女を起こすな。コレは彼らの、いや世界中の犯罪者の常識であった。何せ物怖じしない、力は強い、と恐ろしい要素でぎっしりなのだ。かつて、彼らの先達たちがある戦車道の名門から子供を攫おうとしたが、最終的に128mmの演習目標代わりにされたという噂があるほどだ。

 

「とにかく、このまま……」

『あーあー、聞こえるでしょうか?』

 

その時、敷地全体に可愛らしい女の子の声が響き渡った。一瞬ほんわかしてしまう程で、きっと小さくて可憐な子が話している事は疑いようが無い。

 

『ええっとっ……犯人の皆様にお伝えします。今すぐ、盗んだモノと薫子さんを戻してください。そうすれば、何も問わないそうです。ちなみに、私もソレをお勧めします』

「ふざけんな! 今更!」

 

リーダー格が反論する。二人も全くだ、と頷こうとした。その時、一人がなにやら奇妙なエンジン音を聞いた気がして、右を見やる。そこには何もない、ただレンガが積まれた壁があるだけだった。

 

『ホントに聞いてくれませんか? 返事があれば、無線機を取ってお応えしてください。あの、言いたくはないですけど今の内ですよ』

「おい!」

 

リーダーが無線機を取った。部下はまた壁からエンジンを聞いた気がして、見やる。

 

「俺達はお前らなんぞに従わない!お前らこそ、大人しくしていないと……」

『あらそう』

 

すると、予想外に無線機から妙齢の女性の声が発せられた。だが、声音は冷え切っていて、絶対零度のナイフのような、恐ろしさが籠っている。そして、無線機からエンジンが唸った。今度こそ間違いなく聞こえ、壁の向うに何かいるのが分かり、叫んだ。

 

「エンジン回せ! 近くに居るぞ!」

「なら死になさい」

 

パンターが急発進する。すると、後ろかのレンガの壁が派手な音と共に崩れた。土煙と瓦礫の山を通り抜けて来たのは一台の戦車。「343」の番号が示されたグリーンの車体。燃料タンクが後ろに装備された半円型に近い砲塔と角ばった車体に爆発反応装甲らしきものを取りつけている。12気筒液冷ディーゼルを誇らしげに鳴らし、100mmライフル砲を見せつけるは、WW2時の戦車にあらず。

 

名をT-55。吉田夫人の一番のお気に入りの戦車であり、思い出の品が猛然として追ってくる。キューボラハッチから半身乗り出すローズヒップはドレスの上にオリーブのパンツァ―ジャケットを羽織り、カチューシャ愛用のソレにそっくりな戦車帽を被って不敵にほほ笑んでいる。

 

「何であんな物が?!」

「何であれが!?」

 

リーダーともう一人、薫子が目を覚まして叫ぶ。同時に叫んでしまい、お互い顔を見合う。

 

「ちょっとお前何で起きて!?」

「ええ! どちら様!? てかここ戦車?! 何で?! ナンデ戦車に?!」

 

リーダーはやむを得ず、首の後ろに手刀を加えて眠らせようと試みる。しかし、ここで誤算が生じた。此処は戦車。しかも走っているパンター中戦車である。一般的なパンター中戦車の速度は整地で時速45km~55km。さて、この数値がどのような事態を起こすのか。

 

薫子は尻に感じる振動とエンジンを聞き、すうっと冷静になった。繰り出された手刀を掴み、捻り倒し、日ごろ鍛えた戦車道の乙女の剛腕を以ってしてリーダーをアッパーの一撃で黙らせる。

 

「オイ」

 

後ろの男の折り畳みナイフをいつの間にか奪い取って素手でへし折り、二ヘラと笑う。操縦席に近寄り、操縦手の男の首に手を回して頬を撫でる。まさに死神の抱擁と言うべきか、操縦手の男はすっかり怯えて股座を濡らす。

 

妖艶に笑う乙女にすっかり委縮してしまい、男たちは悲鳴を上げることも出来なくなっていた。一体、この女が何を求めるのか。それを知ることすらも恐ろしい。

 

「その席を譲れ」

 

しかし、伝えられた要求は驚くべきものだった。

 

 

 

「テッレテレー! 聖グロ一の俊足、ロシア戦車でローズヒップ参上ですわ! 頭が高いですわパンター! ジャガイモ畑にお帰りなさいな!」

「全くね! ドイツ戦車はすりつぶすのが最高なのだから!」

 

T-55の車内はで二人は笑う。その様はクルセイダー、ローズヒップ車と何ら変わらない光景にすら思える。本来の席にこそ座っていないものの、そこは戦車道の女同士。戦車に乗れば、以心伝心と言った所だろう。

 

「おばさま! 右折!」

「お母様とお呼び!」

 

T-55は減速するそぶりなしでターンする。そのターンは一回転した後に、ピタリとパンターの尻につけると言う華麗と言うより、壮絶なターンであった。視界が回り、世界が回れば、ローズヒップがご満悦に大興奮。

 

「絶対に逃がしませんわよ! 戦車、全速! 全力! マッシュポテトにして差し上げますわよ!」

「Ураааааааа!!」

 

パンターは加速し、路地に入った。でかい車幅が災いしてか、建物の壁を崩して道にゴミやらコンクリート片をまき散らす。しかし、T-55の加速は止まらない。障害物をものともせず、ぶつけて当然と言わんばかりにガンガン突き進む。

 

「流石ソ連製ですわ!」

「戦車の装甲はぶつけてなんぼ! 壊れるくらいなら戦闘なんかしないわ!それに!」

 

二台のタンクが石畳の道路へと出る。履帯が火花を散らして石畳の上をスケートのように滑り、並走する。そして、ローズヒップが「突貫ですわ!」を合図として、T-55はパンターに車体をぶつける。サイドスカートがはじけ飛び、心臓のビートがぶっ飛ぶ。

 

「荒く、大雑把、大胆! これが私の戦車道よ!」

「そして、速く! 爆走! 大乱闘! ですわね!」

 

エンジンの振動と火花、それに金属の悲鳴。この世全てのデスメタルを総なめにする“絶叫”にローズヒップは喝采し、メガホン片手にパンターに呼びかける。

 

「さあ、お聞きなさいな! 私こそ聖グロの韋駄天ローズヒップですわ! これ以上、シェイクされたくなかったら、今すぐエンジンを切って薫子を返しなさい! でないと、どてっ腹にお熱いのをぶち込んで差し上げますわ!」

「砲弾無いけどね」

 

ぼそりと夫人が言うがお構いなし。長いこと夫人のガレージにお居て、偶に動かす程度だったので、砲弾は一切ない。しかし、それがどうした? 夫人もローズヒップも砲弾を使うつもりは毛頭ない。あるのは技術と勇気と楽しむ心。それだけで彼らを追い詰める気なのだから。

 

「ふざけんな! 誰が捕まるか!」

「そうです! 私にそんな戦車を向かわせるなんて……ママの馬鹿! もう知らない!」

「ええ! 薫子が操縦しているんですの!?」

「勝てると思うな! この嬢ちゃんいい腕してるんだぜ!」

「そんなの知ってますわ! てか薫子! ズルいですわ! そのパンターの操縦かんを私に寄越しなさい!」

「ぜったい、嫌です! 何か楽しいですから!」

 

敵は敵で、操縦手が自棄になった薫子のせいか、そこそこに上手い。直線番長のパンターを障害物にぶつけて無理やりカーブを曲がるなど、実に戦車なれした動きである。それにおかしな事がもう一つ、直線だとパンターに追いつけないのだ。

 

スペックとしては速度に差はない。エンジンの馬力の差が出ているのか、カーブに差し掛からないと引き離される。それはローズヒップの闘争心に火をつけた。

 

「私が追いつけない? 私が遅い?! 絶対に認めませんわ! 例え、戦闘機だろうと私の前を行くことは許しませんわ! お母様! ターンをもっと小さく! そして敵戦車を右へ、右へと追い込みますわ!」

「薫子の尻を引っぱたくわけね!」

「私の傍に寄るなぁ! お母様&ローズヒップ!」

 

街を抜けて、峠へ入り込み、上っては下り、ガードレールに車体をぶつけ、カーブを攻める。ユーロビートが脳内に流れるような疾走感とアドレナリンの波が体とエンジンを温めるが戦車道組の頭は悪魔でクールに努める。

 

もっと小さくターンを決め、相手より一歩先を。ギリギリの攻め合いが母娘のタンクレースをヒートアップさせる。負けるわけにはいかない。何故なら、峠も、街もどこだろうと最速は“私”なのだから。

 

車体同士がぶつかれば、ガードレールとも衝突する。一歩間違えれば、転落して地面とキス。しかし、意地とノリと勢い、車幅が許す限り三人は燃え上がる。

 

天使か悪魔かとダンスするのは真っ赤に熱した鉄の靴で踊る様で、履帯は摩擦熱でホットに。密閉された車内で汗ばんだ身体にスリルが気持ちよい。これぞ、戦車道。いや、高速戦車道「頭文字T」である。

 

「今ですわ!」

「ハイハイ!」

「ローズヒップめ! 完ぺきな指示を与えて……!」

 

差があるとすれば、性能差と車長の有無。ローズヒップが完ぺきなタイミングでターンさせ、それは視界の差となり、コーナーでは無類の強さを発揮している。対するパンターはガードレールをひしゃげさせ、微妙に減速してしまう。薫子は舌打ちして、直線での勝負で引き離そうとするが、T-55が離れない。

 

視界の狭さがあるとはいえ、コーナリングで負けているなんて、操縦手として屈辱もいい所だ――奥歯を噛みしめ、更にきつめのカーブを描こうと攻める。

 

「気味が悪いですね! T-55の亡霊でもくっついているように! タービンでも行かれてるんですか! このパンター!」

「逃がしませんわ! 薫子! ドイツ戦車で聖グロの最速を名乗る様では!」

「ほざきなさい!」

 

ローズヒップと薫子は顔こそ見ていないが、そこにいるかのように叫ぶ。それはプライドから来る魂の叫び――

 

「最速は私の物です!」

「俊足は私の称号ですわ!

 

ここに聖グロ最速コンビの喧嘩勃発。

 

『貴方達! 目的忘れてませんか!』

 

通信機からオレンジペコの叫びが来たが、テンション爆超のローズヒップが蹴って壊してしまい、ヒール直撃で爆発四散。二台は峠を下り、平地へ。ここで薫子がチャンスと見て、パンターのギアを上げた。タービンが回転し、最高の馬力性能を叩きだす。

 

「貰い!」

「何?!」

「まさか、あの速度は?!」

 

パンターが一瞬ウィリーするように車体上部が持ちあがった。履帯の回転をさらなる高速のステージへと運び、白煙をまき散らして爆走。その速度は第二次大戦の常識を遥かに超えていた。ローズヒップはその速度を目算で時速80kmと見て、驚愕する。

 

「早い! 速い! このパンターに直線で勝てると思ったのですか?! これで私の!」

「甘いですわ!」

「甘いわ薫子!」

 

屋敷入口へとつながる直線。全速力を出して、止まらないその先に天馬に乗る騎士像がある。薫子ははめられたことを悟り、急制動をかける。前のめりになるパンター、かかるGに薫子は恋人に強く抱きしめられたかのように顔を赤くして、悶える。

 

「ビビりましたわね?」

 

ゾクリ、とローズヒップの言葉が聞こえた気がした。パンターの横をT-55が回転しながら通り過ぎて行くのを薫子は目撃した。野暮ったいソ連戦車がバレエダンサーのように美しく回転する先に天馬に乗る騎士像がある。血迷ったのか! 薫子が車体を停止させたとき、T-55は像に衝突した。

 

「言わんこっちゃ……いや、違う!」

「これで、私の勝ちよ! 薫子!」

 

T-55は衝突し、石像をブレーキの代わりにしたのだ。騎士像は戦車の砲塔に乗っかかって、なんとも滑稽な様相を見せたが、それは薫子の敗北を示していた。逃げ場なし――ちょうど、T-55が石像と共に目の前を通せんぼしてしまい、逃げ道が後ろにしかなくなったのだ。

 

「観念なさいな薫子さん? じゃないと100mm砲でお尻を撃っちゃうわよ」

 

そして、薫子はT-55に弾薬が積まれていないことを知らない。砲を向けられて敗北を悟る。

レースはビビったら負けなのだ。薫子は肩を落とし、パンターの操縦かんを叩いた。

 

「畜生! 負けた!」

 

これが度胸の差か。薫子はフッと笑い、天を仰いだ。その顔はすがすがしい笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

「いや、ふざけんな! 終わらすんじゃねぇ!」

「ののの?」

 

肩で息をしながら、男がキューボラから出て来た。「あ」と夫人とローズヒップはようやく本来の目的を思い出した。

 

「薫子を今すぐ返しなさい。この卑怯者!」

「今さら母を取り繕うじゃない! アンタ完ぺきに忘れたろ!」

「そんな事……ないわ!」

「何だ今の間は?!」

 

T-55から顔だけ出すローズヒップと夫人が「返せ」「返せ」と抗議するが、男の我慢は限界に達していた。少女に揺らされて、気持ち悪いは完全に無視されるは、挙句後ろから戦車が迫ってくるわでこの世の不幸が全て降りかかって顔はテールライトのように真っ赤。

 

「うん? 後ろ?」

 

目を覚ました砲手が砲塔を回転させ、レティクルの先に敵を見つける。それはチャーチルⅦであった。

 

『聞こえて? 殿方の皆様』

 

通信機から苛烈さがにじみ出てきた。

 

『世の中には不幸な事が多々あると思いますわ。例えば、今朝の紅茶がローズヒップと薫子の合作で全く味気も香りもない紅茶だったときとか。でも、そんな事より今日は最悪な事をしてくれたわね』

 

キューボラから少女が姿を晒す。金糸の様な金髪を後ろで纏め、目には見る者を振り向かせるサファイアブルーの煌めき。そして、真黒のタキシードの男装をした少女は紅茶を片手に言いつける。

 

『淑女の言葉をさえぎる。貴方方の罪はただそれだけ。私にとってはただそれだけよ。こんな言葉を知っている? 『復讐ほど高価で不毛なものはない』しかし、あえて言いますわ。それがどうした? と』

 

主人の命令に従うように6ポンド砲が向けられる。男たちは呻いた。

 

「誰だ……何の為に?! 学園の為だとでも?!」

「ダージリン。私の名はダージリンよ。敢えて言わせてもらうわ。“自分の為よ”」

 

6ポンド砲が撃たれ、着弾。ダージリンを反射する照準器にひびが入り、それはオイルで真っ赤に汚れていった。

 

「さてはて、戦車泥にはキツイお仕置きをね?」

「はあ」

 

本日一番機嫌の悪いダージリンはニッコリと意地の悪い笑みをしていたと、後にオレンジペコは語ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

「ルクリリ。前進よ。火炎放射器でローストにしますわよ」

「えッ」

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院

「ついにやってきたわに!」――とある黒森峰の生徒 ワニ繋がりで。




戦車道の試合にあらず、ただのタンクチェイスです。
ちなみに何でT-55? と言う方は是非007を。

後編ではダージリン様の紅茶片手で推理&解決パートとなります。

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