ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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お嬢様と戦車 後編

そこは崩れた会場であった。絨毯は履帯でズタズタにされ、床はクリームや食べ物、テーブルの残骸が散乱し、一見すると空襲でも受けたかのように見える。酷い有様だが、その中で、テーブルを椅子代わりにして、紅茶を楽しむ少女が一人。

 

驚くべきことに、このパーティに出席した方たちはこの少女に視線を集中させている。それは彼女の美しさからではなく、彼女の語る真相に興味があるからだ。人々は言葉を待つが、少女は悠々として、中々話さない。それはもどかしくも、期待を膨らませて行くのだった。

 

「紅茶はやはりペコが淹れたのに限るわ」

「お褒め頂き光栄です……光栄ですけども」

「何か?」

「ガソリン臭くて」

 

フォートナムメイソンの紅茶を優雅に楽しむひとときに浸るダージリンとは違い、縄で縛られた男三人は煤で真っ黒にされてガソリン臭が酷い。薫子もガソリンの匂いが染み付いているのだが、全く気にすることなく、ローズヒップと夫人にちやほやされている。

 

「お母様のバカ。意地悪。もうあんな戦車に乗ってこないで」

「悪かったわ薫子。後で貴方の大好きなバーホーデンココア淹れてあげるわ。ミルクと砂糖をありありでね」

「ローズヒップのおバカ。人の事ビビりみたいに言って」

「謝りますわ薫子。ホラ、クッキーと砂糖漬けのマンゴーですわ。一杯食べてくださいまし」

 

ぷくっと膨らませた薫子を二人は猫かわいがりして、甘やかす。薫子もまた火炎放射でローストされかかったのだが、そんな事を気にするほど彼女は軟ではなく、むしろT-55の件のみにグチグチ言っている始末。

 

「何なのだこのカオス」

 

薫子の父が呆けた顔で言うが、それに反応するのは英国面の二人。

 

「ご安心を。ちょっとした戦車道の試合ですから。ええ、何も問題はありませんわ」

「ウチの娘を火炎放射であぶっておいて……」

「そんな事にビビってたらローズヒップの操縦手は務まりませんわ。あの子の元にいたら、三日に一度はあんな感じになりますから」

「君ら何なの?ホントに」

「聖グロリアーナがチャーチル車長&隊長、ダージリン」

「マチルダⅡ車長ルクリリ」

「英国面め……!」

 

二人はポーズを決めて、言い放つが親父は困惑するばかり。気の毒に、とアッサムとオレンジペコが心中を察して涙をホロリ。お嬢様の為の学校に入れたのに、いつの間にかお嬢様になっていた。全く以て訳わからん状況にされた親父の心境はきっとダンケルクで敗走した英国のようにズタボロになっていることだろう。

 

「さて、紅茶に優れた頭脳と言えば、勿論推理物でお約束のパターン。ここで、とりあえず真相を明らかにしたいと思いますわ。よろしくて吉田夫人?」

「構わないけど、真相なんて明らかじゃないかしら?」

「そうですよ。ダージリン様。結論なんて……」

「おやおや、いけませんわねぇ」

 

ダージリンは湯気の立つカップを置いて、白く長い指を左右に振る。

 

「初歩的な推理をしないで結論にいたるのはいけないわペコ。ウィットに富んだ会話を楽しむのが淑女の姿。それが分からないようではまだまだねえ」

「ハイぃ?」

 

これにはオレンジペコもイライラ。だが、ダージリンは気にすることなくどこから持ってきたのか、ハッカパイプを吸って、足を組む。そのリラックスした姿勢は名探偵のそれであり、また悪ノリしているな、と周囲の聖グロ勢を呆れさせる。

 

「いいかしら? まず今回の事件は偶然であったと私は考えているの」

「何ですって?」

「第一の点として、まず連れ出すタイミング。明らかに人目がつく時点で攫うのはナンセンス。それに戦車で連れ出す必要もないし、まず何故戦車に彼らがいなくてはならないのか。それらを考えれば、明らかに不自然よ」

 

一同がざわざわと顔を見合わせ合った。なるほど、道理だ。確かに攫うには余りにおかしな選択だ。

 

「それに誘拐はリスクが高い。わざわざパーティ会場で事に及ぶメリットは何処にもありませんわ」

「では、何を狙ったというの?」

 

夫人は聞いたが、ダージリンは結論を急がなかった。ローズヒップも「お早く!」とせがむが、名探偵気分のダージリンは中々に話さない。

 

「それを考える材料から言うべきですわね。犯人達にとって、必要だったのはお金。それもその金の卵が転がってくるタイミングが重要であった。つまりは、このパーティでないといけなかったと言う訳。わざわざ薫子を狙うのなら、私なら道端でクルセイダーを乗り回して口説くだけで簡単にできますわ」

「ちょろすぎだろお前」

「そんな事……いや、ジェットエンジン積んでたら少し考えちゃうかな~ってぐらいで……」

「お前本当に心配だよ」

 

「ヘイ 彼女。俺の高速戦車に乗らない?」で釣れるのか。苦し紛れの薫子の反論にルクリリも呆れるしかない。将来、高速戦車で釣られないことをルクリリは祈り、親父は更に憂鬱になった。しかし、コホンと咳払いが聞こえたため、それ以上言うことなく、ルクリリも薫子も姿勢を正した。

 

「そして、実際にそれは真価を見せれる程の代物だった。彼らの目的は「大切な物」であって薫子ではない。つまり、それは彼らが乗る戦車にあったのよ」

 

男達が呻いた。そして、会場の全員が驚きの余り、声が出なかった。戦車泥がどうして儲かるのか、皆理解できなかったからだ。

 

「そんな! 盗むったってたかがパンターじゃないですか! あんな物黒森峰ならパーツごと腐るほどあるじゃないですか! それに、盗んで喜ぶのは継続のなんちゃってスナフキンしか!」

「ルクリリ。ところが今回はそうはいかないのよ」

「でも、ダージリン。正直薫子よりそのパンターの方が価値があるとは、冗談にしては嗤えませんわよ」

 

「そうだ」「そうだ」と皆が同調する。人っ子1人、聖グロにとっては大切な仲間で、会場の招待客からすれば吉田家のご令嬢。抗議されないわけはなかった。しかし、これはダージリンの予想の範囲内。彼女は手で皆を抑えて、説明する。

 

 

「勿論、私達にとって薫子の方が大切なのは確かよ。ローズヒップ車の操縦手で、頭いいように見えて可笑しくて、おバカで、面白くて、ジャンキーでそれはもう……」

「ダージリン様」

「……失礼。しかし、彼らにとってはパンターは貴重だった。いや、正確には戦車道にとってこのパンターは余りに価値があるものなの。ローズヒップここに」

 

ダージリンが呼ぶと、ローズヒップが「ハイ!」っと大きく手を上げて前に出て来た。

 

「あのパンターはどの程度の速度だったかしら?」

「パッと見で80kmは出てましたわ! 直線の整地だけですけど。でもそれがどうかしたのですかダージリン様」

「ありがとうローズヒップ」

 

ダージリンは立ち、周りを見渡す。コツコツと靴音が響けば、男装の麗人に皆が釘つけになる。

 

「さて、パンターの速度は通常は55km程度が限度のはず。ところが、この速度さは何故出てしまうのか。それはローズヒップが見誤ったからではない。本当にその速度が出ていた」

「改造車ですか?」

 

オレンジペコが訊くが、ダージリンは首を横に振る。

 

「いえ、違うのよペコ。確かに改造ね。でも、その改造は現代の我々ではなく、戦時のドイツ軍が行ったモノ。つまり」

「止めろォ! それ以上……!」

 

男が叫び、ダージリンを止めようとしたが、親父によって阻止された。ダージリンは目に冷酷な蒼氷のきらめきを犯人に射し、迫力で圧倒し、真実を語る。

 

「このパンターの正体は伝説のガスタービンパンター。1000馬力を超える高出力を持った戦車道の常識を覆せる一両なのよ」

 

それは驚くべき事実であった。戦車道を走る者達にとっては無形の弾丸となって突き刺さる圧倒的な事実。つまり、コレがどういう意味を成すのか。それは文字通り常識を覆すのだ。

 

ガスタービンを戦車に乗せるのはユンカース社の発案で、大戦時はヤークトパンターで実践されたと言う。燃料は油であればとりあえず、動くと言う物でその高出力のエンジンはローズヒップたちが駆ったT-55を圧倒できるほどだ。

 

センチュリオンMk1が600馬力。M26パーシングで500馬力と末期の連合軍の戦車を上回る1150馬力の威容は伊達ではない。

 

無論問題も多い代物ではある。燃費が最悪で通常のパンターの半分程度。発進が難しい、タービンの寿命の問題などあり、結局メジャーにはならなかった。しかし、ガスタービン駆動は現代のMBTエイブラムスでも使用されており、まさに現代戦車ぶったパンターと言う訳だ。

 

「そして、何よりのメリットはお金にさえ糸目をつかなければ、戦車道のルールに反することなく、使用が可能と言う訳ね。パンターの火力に他を圧倒できる機動力。素人目に見れば、最強に見えるかもしれないわ」

 

ダージリンの言う通り、戦車道のルールは戦中に開発、試作された物なら使用が許される。しかも、エンジンを他の戦車に移植することもルール的にはアリなのだ。だから、ルールに抵触せずにこの機関を使用が可能だ。

 

「最も、コストを考えれば使用には難が多いでしょうね。しかし、その数的な貴重さにお金と誇りを湯水のように捨てられる方たちにとっては得難い代物でしょうね。盗んだ後で機関だけすり替えてしまえば、後は簡単に巨額の売却金が手に入るのだから」

「では、彼らにとっては薫子さんがむしろイレギュラーだったんですね」

「そう言うことになるわね」

 

事件の全貌はこうだ。犯人達は何らかの切っ掛けでこのパンターがガスタービンパンターだと気づいた。しかし、普段は厳重に仕舞われていて盗めない。そこで、パーティで展示されるタイミングを狙っていた。

 

しかし、犯人達もアホだったのか。戦車内に潜むと言う訳の分からない方法で隠れることを考え、そしてソレを上回るバカ二人が戦車の上でプロレスを始めたものだから、さあ大変。

 

必殺ローズヒップバスターを喰らって、ダウンした薫子がまさかの手違いでパンターの車内にスルリと落ちて大混乱。しかも、追手が歴戦だったり薫子に操縦を奪われたりと状況はロケットのように加速し、最終的に火炎放射でローストされたと言う訳だ。

 

「まるで意味が分からん」

「犯人の方たちもお馬鹿ですけど、ローズヒップ達のおバカが上を行った結果なのね」

 

ルクリリとアッサムが眉をヒクつかせた。おバカがおバカを打ち負かして、この惨事か。屋敷は涼しくなって、親父の心は氷河期。あれ程、貴重だなんだと言っておきながらチャーチルクロコダイルで蒸し焼きにしておいて、ダージリンは得意顔。

 

「で、パンター直るんですかね?」

「炙っちゃったから、相当お金がかかりそうですわね」

 

二人はチラリとパンターを見やる。6ポンド砲で風穴を開けられて、ダークイエローの車体が真っ黒にされた無残な姿は哀れでしかない。

 

「さて」

 

ダージリンはカップを置いて、犯人達の前に立つ。彼らは一様に恐れた。どす黒い妖気が背中からひしひしと現れ、見下すその目には何の慈悲もない。生ごみを捨てるのに、一々感想を抱かない、そんな目である。

 

「こんな言葉を知っている?」

「何だ?! 何をする気なんだ?! 大体パンター売って何が悪んだよ! 買いたい奴に俺達は売ろうとしただけだ。お前達が勝てなくなるからって……!」

「質問を」

 

ダージリンは人差指をリーダー格の額にグリグリと押し付けて、優雅に怒る。

 

「質問で返すもんじゃぁありませんわよぉ。子供の時そう習いませんでした? それとも私の前の世代ではそう言う風に教えているのですか? もう一度。 『こんな言葉を知っている?』」

「し、知らない!」

「『復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である』」

「ニーチェですね」

 

オレンジペコの返答に満足しつつ、ダージリンはニコニコ微笑みながら詰め寄る。

 

「そんな言葉がありながら、貴方はこの“私”に機会を与えてしまったのよ。貴方の罪は4つ。一つ、私の可愛いお友達を攫った。二つ、戦車を盗んだ。三つ、戦車道の誇りも解していない。四つ私の言葉を遮った」

 

四つ目に特別な響きがあったのを聖グロのメンバー達はローズヒップ以外感じ取った。紅茶を邪魔され、言葉を邪魔されたダージリンの心は煮えたぎるマグマよりも怒りに燃えている。

 

復讐の女神ネメシス。それが今のダージリンにうってつけの言葉だ。決して表には出さないが、キレている。そんな人物と相対すれば、誰だって逃げたくなるだろう。しかし、相手はダージリン。そんな真似は許さないとにじり寄ってくる。

 

それも当然。淑女のお言葉を遮れば、ギロチンの刑だって生ぬるいのだ。そんな事、聖グロリアーナなら当たり前と言えるかもしれない。彼らはおろかにもその愚を犯した。

 

ならば道は一つ。死である。

 

「さあ、警察が来るまで今少しの時間がありますわ。もう一度パンターに乗っていただけます? 心配なさらないで精々、熱々のサウナに入るくらいですから」

 

本日の締め。クロコダイルの火炎放射責め。ナチも顔負けの仕返しに男たちは逃げようとするが、ルクリリとローズヒップによってパンターに押し込まれていった。

 

後の者は語る。聖グロリアーナを怒らせてはいけない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚物は消毒だぜ! ヒャッホ―!」

「いやだ! 死にたくない!」

「熱いよぉ! 母ちゃん!」

「カーボンで死なないから大丈夫だぞ!」

 

ルクリリの高笑いの後にオレンジの火炎がパンターを包む。燃え盛る炎に男たちの断末魔。それを背景に雪が降るT-55の上でローズヒップと薫子、夫人が三人仲良く並んでココアを呑む。

 

「あーあパンターが消し炭になりましたわ」

「いいのよ。あんな物。処分に困っていて仕方がなかったのよ」

「どうしてですの?」

「戦車はステータスだからよローズヒップさん。あれ程の物となると捨てると周りがうるさくて。ああいう無粋な物は戦車道の興を削ぐから嫌いなの。第一私プラウダ出身だもの」

 

夫人は掛けてあった赤い旗を見せつける。プラウダ校の校章が入った旗は端端が焦げているが、それこそ長い年月を戦った名誉の傷に見えた。

 

「カッケ―ですわ!」

「でしょう?」

「でも、でしたらお母様はどうして私をグロリアーナに」

「あのね」

 

夫人は薫子の頭を撫でてほほ笑んだ。

 

「貴方の望みだから、でしょ?」

「……ありがとうございますお母様。助けに来てくれて」

「礼はローズヒップさんにね。一番早く来たんだから」

 

薫子はローズヒップの方を見て、顔を赤らめた。真っ直ぐな彼女の性格が突き動かした。それは嬉しく、薫子は頭を下げた。

 

「ありがとう。ローズヒップ」

「いいえ、無事で何よりですわ! 薫子!」

 

抱き付くローズヒップを薫子は同じように抱きしめた。持つべきものは友人。それも生涯付き合えるような素敵なお友達は大切。ローズヒップと薫子は機銃をしこたま撃ち込まれている燃え盛るパンターを背景に喜びを分かち合った。

 

「いい友人ね薫子」

「あ、ところで薫子」

 

美しく終わろうとした時、ローズヒップはふと思い出した。

 

「何でT-55嫌がってたんですの?」

 

ぴしりと薫子が石のように固まった。夫人は悪戯っぽく笑い、ローズヒップに聞いた。

 

「知りたい?」

「是非!」

「それはね」

「お母様ダメー!」

 

しかし、薫子の願い虚しく夫人は言い放った。

 

「この中で薫子が“出来た”からよ」

 

ローズヒップは小首を傾げ、薫子は吉田家最大の黒歴史を前に恥ずかしさのあまり即倒した。そして、それを密かに通信機越しに聞いたダージリンが反応した。

 

「……おやりになられ――」

「言わせませんよ」

 

オレンジペコに遮られてしまったが。

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 

「友達できて良かったのかな?」

 

T-55の上で聖グロリアーナ一同と夫人の集合写真を見て首をひねる父親

曰く。

 

 




良い話に占めることが出来たと思います。
ガスタービンパンターに関しましてはパフェ配れさんより教えていただきました。

この場を借りてお礼申し上げます。

拙い作品ですが楽しんでいただけると幸いです。

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