尚、このGolden ageは本作品の世界のパラレルワールドです。
本編そのものはGolden age 以外となりますので、ご容赦を。
現実とは残酷である。それは誰しも経験することではないだろうか。例えば、街角を歩いていると好みに完全に一致する異性を見たとする。見かけたその一瞬はラッキーだと思うし、あんな人と付き合えたら、と思うが実は既に恋人がいる、と言った具合に現実は常に人から夢を奪い、ぶち壊すのだ。
「ねえ、エリカ」
「何よ?」
大学の中庭、ベンチに少女が二人。銀髪のきつそうな目をした美人のエリカとソバカスがチャーミングなアリサの二人は売店で買ったコーラを片手に駄弁る。
「現実って辛いわよね」
「タカシのこと?」
「……今回はそうじゃなくてさ、アレよ」
アリサの指さす方をエリカは見た。木陰の下でガムを噛んで頭を掻く、ベリーショートの長身のナオミがおり、背の低い女子から手紙を渡されていた。少女は顔を真っ赤にして去ってしまい、ナオミは困り顔。ああ、青春の一ページだな、とエリカは微笑ましくも思う。
「アレが何?」
「何でアイツがモテてんのよ!?」
「あーあ、どうせそんな事だろうと思ったわよ」
エリカは頭の後ろで手を組んでだるそうによしかかる。
「悲しい現実ってやつじゃない。友達がモテるなんてよくある話よ」
「だからってよりによってナオミなの?! なんであの砲以外に興味はない奴なの?! アレなの?! 胸のサイズはケイ隊長並だから?! アメリカンホルスタインだから?!」
「ディスひどすぎじゃない?」
確かにそのギャップはあるかもしれない。エリカはナオミのストイックさには一種の尊敬を抱いている。射撃一筋のクールさは一種の職人というべきか、一芸を極めた者の風格を思わせる。それにあの反則的なダイナマイトボディのギャップは最高の組み合わせだろう。言ってしまえば、モテるポイントのいいとこ取り。足回りが絶対に壊れないティ―ガーⅡの様な物だ。
「ま、確かにアンタのシャーマンボデイよりかはいいわよね」
「どういう意味よ!」
「特徴のない量産型ボディ」
「ぶっ殺す!」
あるいは、三号のような避弾径始のないまっ平らボディと言おうとしたが、アリサがエリカに掴みかかって大暴れ。だが、エリカは力なく笑うだけ。それも当然。この程度で大騒ぎしてたら、“あの”シェアハウスで生活なんてできっこない。
「モテたっていい事なんかないわよ。アンタはそれを知るべきよ」
「嫌味な訳? ああ、そうね。あなた最近、お向かいの西住みほさんにお熱い視線をもらってるから?」
「それを言うな!」
「でもって憧れのまほさんからは何もなし? 気の毒過ぎて笑えやしない! でも笑ってやるわ!HAHAHA!」
「お前ぇ!」
攻守逆転。エリカはアリサの襟首を持ち上げて、ブンブン回すが、音程の狂った楽器の様な笑い声は消えない。悲しき非モテ達の互いを傷つけあう様は悲しく、切ない。せめて傷をなめ合う道化芝居でもすればよいのに、それをしない。
なぜなら争いは同じレベルの者同士でしか起きない。同じ非モテ同士でしか発生しないのだ。
「覚えてなさいよ! 後でシャーマン8台でボコボコにしてやるんだから!」
「はあ? パンター一台でも余裕なんだけどぉ? アンタの量産型ボデイと違ってでこぼこのジャガイモにしてやるから、気をつけることねぇ」
「はいはい、出ました~。ドイツ戦車最強とか言っちゃう痛い子~。どうせ、すぐ足壊れるんだから、大人しく博物館にでも帰ればいいのに~。それとも愛しのみほちゃんに援軍呼んでもいいのよ~?」
「誰が……!」
「私はいいよ。エリカさん」
言い争っている時に聞こえた第三者の声。このぽわぽわとした声は間違いなく、奴だ。エリカは声のした方を振り返る前に思考した。いつからいたのか、どこまで聞いていたのか、とにかくこの状況はマズイ――
「エリカさん、エリカさん」
「な、何よ?」
「私は……いいよ。エリカさん一人じゃ、いくらなんでも無茶だよ……だから、ね?」
こいつ、女の顔をしている――!
アリサはエリカとみほの顔を交互に見た。照れておずおずと提案するみほに、冷汗が滝のように流れ、白目を剥きそうなエリカ。半ば冗談半分で弄っていたネタだけに、まさかマジでそんな事態になっているとは露とも思わなかったのだ。
「エリカさん」
「い、いいわよ。私一人で。こ、これでも黒森峰の元隊長だし」
「でも、相手はアリサさんだし……」
「ひ、独りでいいって言ってんの!」
「……私じゃ、ダメ?」
無理して笑顔に努めようとしている少女に、エリカとアリサはハートをピストルで撃ち抜かれた感覚になる。この笑顔、奴は天使か小悪魔か、ヒトを惑わす可憐さに目もくらむ眩しさ。しかし、エリカは断らなくてはならないのだ。何故なら、エリカはみほが苦手だからだ。
「い、い……」
エリカは壊れたブリキのおもちゃのように口を動かす。アリサはエリカに断れるのか、と戦慄しながら見た。
「いいんじゃない……」
「やったぁ」
何をやっているんだ私は――! 最後の最後でへたれてしまった自分にエリカは内心叫んだが、後の祭り。「じゃあ、用意するね」と謎のステップを踏みながら去っていくみほの後ろ姿を追うだけ。「可愛さ」と「人懐っこさ」と言うカリスマにエリカは膝を屈したのだ。
「ああ、ああ。結局受け入れちゃって。ぞっこん? やっぱソッチなの?」
「……違う」
「じゃあ、断りなさいよ! なんでみほ相手になるとヘタれるのよ」
「……できないんだもん」
「そこまでしょげないでよ! 調子狂うから!」
魂が抜けていくエリカを揺さぶり、アリサが焦る。そして思った。モテるからと言っていい事ばかりとは限らない。モテる相手によっては天国も地獄へと変貌するのだ。ふと天を仰げば、空が青い。なのに、どうして自分の心はこんなにも曇り模様なのか。
アリサはそれが恋の複雑さであることを知った。今度そのことを沙織にも教えてやろう、とアリサは心に書き留めた。
△
シェアハウス、パッシェンデールでは食事が楽しみの一つである。今日の食事はぺパロニシェフではなく、皆で一緒にご飯を作ろうという日である。優花理が提案したもので、かつての大洗でアンコウチームと親睦を深めたという所以から、採用され、今日はその日。
「薫子殿。包丁は猫の手でやらないと危ないですよ」
「そうはいっても、中々固定できなくて……」
「ローズ、玉ねぎを入れ過ぎじゃないすか?」
「小っちゃいの三つですわよ? デッカいサンダースのトマト缶二つですし、大丈夫ですわ」
「テニスラケットで水切りするんじゃないわよ? ローズ」
「勿論ですわ! エリカ」
トマトソースをローズヒップとぺパロニが担当し、優花理と薫子が具材を切っていく担当。ノンナは肉料理。アリサとエリカは食後のパイ作りである。
「ステーキですが、焼き加減はどうしますか? アリサ」
「ミディアムレアね。ソースはこないだ隊長が作ってくれた奴が冷蔵庫にあるから使って」
「Понятно」
グリルが無いので、煙がもうもうと立ちあがったが、それもまた一興。肉の良い香りで心が踊る。本日の献立はアメリカ流イタ飯という、女子大生にしては何とも言えないチョイスであるが、出来上がった物を並べて行けば、不満などでようはずもない。
「できましたわ!」
「いい香りです。何のお肉を?」
「仔牛とビーフと豚肉っすよ。豚肉がコツ。風味がでるんだぜ」
「プラウダにお肉ってあるんですの?」
「いくらロシア流でも、お肉はありますよ。最も“人”と“場所”にもよりますが……」
ローズヒップの何気ない一言でシン、と静まり返った。「冗談です」と鉄仮面のまま返答されたが、一瞬ニーナ達が貧困にあえいでる様子を想像してしまい、皆はなんとも言えなくなっていた。
「マジでびびったわ」
「本当にやってそうだから、怖いですねプラウダ校」
「いえいえ、プラウダでは幸せこそが義務みたいな愛すべき母校ですから」
「本当に冗談なのよね?」
皿をテーブルに並べていき、三種の肉団子入りミートソーススパゲッテイにサンダース高由来のビーフステーキ、チェリーパイ。ついでに吉田家から送られてきたワインをポン、と開ければ、芳醇で大人の香りが追加され、食卓を妖精が舞っているようだ。
「さあ、食おうぜ。ホラ、優花理もグラス出してだして」
「ありがとうございます、ぺパロニ殿 薫子殿とローズヒップ殿は?」
「いただきますわ!」
「今日はR32をお休みさせなきゃなりませんし……私のGT-Rちゃんが0km……遅さを通り越して静止だなんて……」
「飲め!」
薫子からダークサイドの波動を感じ取ったアリサが、その口にワインを突っ込んだ。これ以上は彼女の精神衛生上よろしくない。また夜にイカレて、自分で自分を殴りだすに違いない。
「うう、薫子……R32が板金10万円コースになったから……」
「ガードレールにぶつけるのが悪いんでしょ」
「R32……どこに行ったんだぁ! アール3.2ィ!」
どこかと言われれば、シェアハウスから徒歩で15分のカーコンビニエンスストア。ぺパロニと優花理は荒れ狂う薫子に動物的な恐怖を感じ取ってガクガク震える。想像上の人物を叫ぶような薫子はキッチンへ赴き、ノンナの持ってきたウオッカをラッパ飲みしだす。
「愛する者を失うのはやはり悲しい物ですね」
「今の奴を見てどこをそう思う訳?」
「私は彼女の気持ちが分かるのですよエリ―シャ」
ノンナはパスタを平らげ、仏頂面でワインの空ボトルを量産していく。そのペースは機関銃のようで、空ボトルが次々とゴミ箱へと排出されていく。
「カチューシャが『一人でできるもん!』と言ってから、離れてしまい私は今でも心配です。反抗期でしょうか」
「アンタ酔ってんな」
「いいえ、酔ってませんよエリ―シャ。心配するのも当然でしょう。あの子は一個大隊の戦車を指揮することは出来ても、棚の上のクッキー一つ取れません。背が届かないからです。ま、そこが可愛い所なんですが」
「ま、そうだろうけど。後アタシエリカじゃなくてアリサだから」
アリサにノンナはつらつらと語り、その様を携帯で撮った動画を見せる。もう、わざと高い位置に置いたのではないかと思う場所に置かれたクッキー缶に手を伸ばすカチューシャが何だか哀れに見えてアリサは涙を禁じ得なかった。
「でも、カチューシャ殿は寮でしたよね。確か、ミカ殿と一緒だとか」
「ええ、あのサーミモドキが今頃あんなとこやこんなとこを見ていると思うと……」
ブツブツと聞こえる具体的な奪還法には耳を塞ぎ、アリサは十字を切った。神様の采配の無能っぷりには呆れるばかりだ。このままでは大学内で冬戦争が起きたって不思議ではない。もっとも、ノンナの件を除いても火種には事欠かないのだが。
「色恋沙汰と言えば」
「どこが色恋沙汰よ?」
「エリカ殿」
優花理ずいと身を乗り出し、迫る。
「今日は西住殿と何の話をしたんですか?」
「何の話って……そりゃあ……ちょっと待ってアンタ居たの?」
「ええ」
居た? 見ていた? エリカはそんな気配を察知しなかった。あんな数分もなかった会話の場面をこの娘はどこから見ていたのか。エリカは偶然と信じられず、チラリと優花理を見た。
酒ですっかり赤くなった癖っ毛の女の子はニコニコしているのに、得体のしれなさがある。
「あ、アンタいつから?」
「最初からですよ。いやあ、不思議と“偶然”って多いですよね。ローズヒップ殿が教えてくれました」
「お褒めに預かり光栄ですわ!」
余計な事を。だが、それだけか。それだけで、こうも詳しく場所と時間を特定できるのか。エリカの心臓の鼓動が早くなっていく。
「で、何の話したんですか?」
「べ、別に」
「で、何の話したんですか?」
「アンタには関わりのない……」
「エリカ殿。シュタージってご存じですか?」
息が荒くなっていく。エリカはその言葉の意味を知っている。しかし、あえて口に出すのが恐ろしく沈黙した。
「その昔。東ドイツの秘密警察なんですが、まさに障子に目あり、耳ありと言いますか。いつ、どうやったか、分からない内に監視網を築いていたそうですよ。その規模はKGBやゲシュタポなんて及ばない程だったとか」
汗がテーブルに落ちる。いや、涙かもしれない。エリカは視線を下へとずらし、逃げようとした。だが、耳元に囁かれる言葉が蛇のように絡みつき、逃げられないことを教えてくる。
「彼らによると、やましいことをした人間と言うのは視線をずらしたり、泣きだしたりするそうです。濡れ衣を着せられた人間は普通は怒るらしいですよ……おや、“怒らないんですか?”エリカ殿」
気付いている。優花理はエリカが本当は何をしたかを知っている。それを直接聞きに来ているだけだ。楽しい食卓の一角。そこは秘密警察の取り調べ室となっているようで、エリカは観念して暴露した。
「ただ、一緒に戦車戦をやろうと言っただけよ」
「成程。そうでしたか。いやあ、良かったです。エリカ殿からちゃんと聞けて安心しましたよぉ」
「私達友達ですものねー」と言い、アハハと笑う優花理にエリカは曖昧に笑った。そう、これは唯の冗談だ。ちょっとした友達同士のノリではないか。エリカはそう信じたかった。優花理の目を見ることが出来なかったとしても。
ふと、優花理が立ちあがってエリカの後ろに立っていた。そして、スッとエリカのテーブルにスマートフォンが置かれた。そこにはSNSの着信履歴が何件か来ていて、バイブレーションが鳴っている。
何だろう、と思って手に取ると、それは着信通知であった。
「安心してください。すでに事情は伝えましたから」
そう言って、優花理はお花を摘みに行った。エリカは震える手で着信に応答した。
「……もしもし」
『……』
相手からは何も返答はなく、ブツリと切られた。エリカは耳から離し、その電話番号を確認した。
西住まほ。着信アリ
コメディは書いてて楽しいですが、偶にはシリアスも書きたいこの頃です。
特にガルパン×ボトムズの方みたいな作品を書いてみたいものです。
次回より、聖グロの面々に戻ります。