ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

30 / 34
聖グロリアーナお茶会事件 ②

神奈川県 横浜港は由緒ある港である。この地域はその昔ペリー来航、つまり黒船が現れた浦賀沖にあり第二次世界大戦中も稼働していた海の玄関である。

 

この港を母校としているのが“あの”聖グロリアーナ女子校である。この紅茶マニアと格言お化け、英国面に馬鹿とジャンキーが数個師団住んでいる華のお嬢様学校の母港では現在文科省の指揮の下、部隊が展開していた。

 

色んな所からかき集めた戦車に地方公務員やら無給のボランティアを総動員して、作り上げた混成部隊が港の入り口に集結しており、付近の住民の皆様に多大なるご迷惑をかけていた。

 

「展開完了しました!」

「うむ、ご苦労」

 

その一番後方で役人たちは水平線の向うからやってくる聖グロリアーナ学園艦を優雅に眺めていた。彼らの目的は一つ。これから暴れるであろう聖グロリアーナを抑えつけることにあった。

 

「まさか、こんなに簡単に行くとは」

「所詮は子供。思考は短絡的ですから」

 

彼らはクスクスと意地の笑いを浮かべていた。何せ、これから起こるだろう未来は約束された勝利以外に他ないからである。彼らのシナリオはこうだ。紅茶を無くせば、聖グロリアーナは確実に狂う。

 

タンニンを普段からキメている連中にとって、高級茶葉から抽出される琥珀色の液体を取らせないことは死に等しい。例えるならば、アリクイさんチームから筋トレとネトゲを取り上げるようなものだろう。

 

そうなれば、彼女等は確実に蜂起する。

 

暴徒と化した聖グロリアーナを鎮圧することで文科省の積極的な介入の大義を掲げ、あれやこれやといちゃもんをつけようと言うのだ。例えば聖グロリアーナの女子高生にメイドさせる、とか言った具合にである。

 

その為に今回の騒動を「戦車道の異種試合」として会議を通し、承認をいただいたのだ。法的にも確実に勝てる戦いにするために、である。もちろんグロリアーナにも打電済みであるので、法的根拠としてはバッチリである。

 

「いやはや、こうも計画が進むのは気分が良いですな」

「実にすがすがしい。早くダージリンに給仕をさせたいものです」

 

彼らは一様にほくそ笑んだ。いくら蜂起がおきようと相手は高々戦車道クラブのじゃじゃ馬娘。数で押せば何のことはない。戦争とは要は数なのだ。

 

そうこうしている内に聖グロリアーナ学園艦が港に入り、タラップを下ろした。無論、戦車を港に下ろすためのハッチも開かれ、予想通りチャーチルmkⅦがゆらりと現れた。どす黒いオーラを放つそれに役員一同は一瞬怯んだが、すぐに警告した。

 

「警告する。君たちには重大な……」

 

だが、役人の言葉は続かなかった。拡声器を持ったまま彼は硬直した。いや、彼だけでなく、全ての者が固まった。

 

続々と出てくるグロリアーナの戦車の縦列。そして、その後ろから猛烈に走る何かを見つけたからだ。それは人で、グロリアーナの制服をきた少女であった。正し、一人ではない。

 

その数は増えていき、一つの波となっていた。ローファーの鳴らす靴音がまるで横隊を組んだ騎兵隊のように聞こえた。そして、遂に彼らはその容易く制圧できるはずの相手を見た。

 

「聖グロリアーナ、全隊突撃!」

 

保安部のカーボン弾入り銃器、伝家のサーベルにロングソード、果てはデッキブラシや花瓶で武装した女子高生の群れ。その数は一体何人、いや何万人だろうか? とにかく聖グロリアーナ戦車道クラブの車両と共に一斉に突撃して来たのだ。

 

『おい、何だこの数!』

『話が違う! こんなのどうやって……』

 

制圧部隊から火の手が上がった。撃破されたのはM4A1シャーマンであった。一瞬の内に五台が破壊され、役人は此処に来てようやく状況を理解した。

 

戦争は数。故に我々は負けると。

 

『助けて……誰か!』

 

通信機からは味方の悲鳴と

 

『こいつ緑茶の香りがする……』

『緑茶、緑茶、お茶?』

『体から抜き取らないと、飲めなくなりますわ』

 

「お茶」「紅茶」と呪詛のようにつぶやくグロリアーナの生徒達の声の後に断末魔の叫び声が木霊する。

 

そして、学園艦から何かが飛来し、地上の部隊を蹴散らしていった。ホビンのような奇怪な兵器がロケットで進んではあちこちを暴れ回り、その間隙を縫うように生徒が突っ込む。

 

こうして、後の世まで語られる「グロリアーナお茶会事件」は始まった。

 

 

 

 

「銃は80人に一丁だ! 倒れた者から銃を拾い取れ!」

「戦車は全て前線に投入よ! MK1戦車も動かしなさい!」

 

グロリアーナ学園艦ではキレにキレた中毒者達が列をなして武器を受け取っては突撃していった。

 

ご令嬢達の目は血走り、ありったけの武器とカード、それに現金を手に街へと駆けていく。学年も、家柄も関係なく全員が横浜市街の茶葉がある全ての場所へと向かっていった。

 

「いいか! 全てを使って茶を手に入れるんだ! ブラックカードでもゴールドカードでも現金でも、延べ棒でもいいから手に入れろ! カードがない物には現金を配れ!」

「現金を持っているのは校内でローズヒップだけですわ! ルクリリさん!」

「だったら、引き下ろせばいいだろ! 行け行け!」

「畜生! ATMの使い方が分からん!」

 

洗面器のようなヘルメットを被ったルクリリがマチルダⅡ車上からメガホン片手に煽りまくっていた。普段は常識枠の彼女も紅茶切れには逆らえず、珍走団のリーダーよろしく市街を時速20kmで爆走。

 

「紅茶! ガンパウダー!」

「紅茶! ウバ! ウバ!」

「烏龍! 烏龍!」

 

茶葉の香りを嗅ぎ、脳内物質をドバドバ出して知能低下した方もそこかしこに見ながらルクリリは久々に茶を飲んで背中を震わせる。

 

香り、色、味。どれもこれもが懐かしい。最後の一滴をカップを傾け、舌を突きだして舐めとった。瞳をハート型にし、蠱惑的な笑みを浮かべて彼女は哄笑した。

 

「いい! 実にイイ!」

 

その時、マチルダの装甲を徹甲弾が掠めた。耳障りな音の後にルクリリは犬歯むき出しに唸り、車載機銃で撃ち返した。

 

「しゃらくせえ! こちとら紅茶切れしてイライラしてんだよ!」

 

発砲した無給のボランティア達は次々と倒され、そこにグロリアーナの娘たちが群がる。不幸にも朝に飲んだコーヒーの残り香に誘われ、あっという間に縛り上げられた。

 

「止めろ! やめろォ!」

 

茶の香りに導かれて、ご令嬢達はボランティアに噛みつく。哀れにも彼らは一人残らず、お茶成分を補給しようとするジャンキー達にガブガブ噛まれていった。こんな光景が至る所で散見しされ、横浜市街は前代未聞のパニックに陥っていた。

 

道路を紅茶ゾンビが走り、英国戦車が役人隷下の部隊を次々と屠っていく。喫茶店には、どの店もかつて経験したことのない長蛇の列が並ぶ。

 

茶を出す飲食店なら高級、ファミレス、大衆食堂だろうと群れで突撃し、レジにお札とカードをばら撒いては茶をむさぼり喰らった。

 

自分の親の企業を見つけては茶を差し出すように案内嬢に詰めかけ、茶葉とコーヒー豆は女子校生には過剰な富によって買収されていき、ついにはあれ程嫌っていたコンビニのパック飲料にすら手を付ける始末。

 

ある者にいたってはタンクデザントで一般家庭に乗りつけ茶葉を販売価格の700倍以上の金を支払って買いに来るといった具合に市街は数万の紅茶中毒な貞淑なお嬢様たちに完ぺきに翻弄されていった、

 

「来援を乞う! 誰か応援を!」

 

一台のシャーマンが必死に逃げて行くのをクルセイダーが追い回す。履帯から派手に火花を散らし、6ポンド砲を撃ちまくっていた。レーサー顔負けのドリフトに、突撃を噛ましまくるのはご存じ、バカ二人の車両。

 

「薫子! 追撃! 追撃! そのまた追撃ィ! アイツ車内からダージリンの香りがしますですわ! 砲手は奴をぶっコロコロですわ!」

「この匂い! 野郎! 生意気にもW&Mを飲んでいやがったな! 時速50kmの履帯でハンバーグにしてやる!」

「クソ! こいつらいつもと変わらねえ! でも意見には賛成だぜ!」

 

駐車してあったクラウンを踏み潰し、「ごめんあそばせ」の一言もなく彼女等は戦車を、特に茶の香りがする戦車を徹底して狩りに行っていた。

 

「殺せですわ!」

 

徹甲弾がアスファルトを砕き、 エンジンの振動が彼女らを一層燃え上がらせる。車内はアッサムティーと硝煙、オイルとグリースの香りで満ちて、空薬きょうが落ちれば鐘がなるよう。

 

発砲、絶叫、お紅茶で最高にハイ。ついでにシャーマンの尻に6ポンド砲をぶち込み、紅茶を一口。汗で透けたYシャツの不快感など何のその。凶暴なメタルも遠く及ばぬクルセイダーの戦闘と茶の強烈なカフェインの嵐にローズヒップたちはご満悦であった。

 

「いやっほう! 我らこそクルセイダー! 聖騎士ローズヒップですのよ!」

 

砲塔の上で高らかに宣言し、その上空をレシプロ戦闘機が飛ぶ。スーパーマリンのエンジン響かせ、楕円形の銀翼が高らかにその名を示す。

 

「スピットファイアぁ!」

「此処が私達のダンケルクです!」

「それ負け戦だ!」

「じゃあ、マーケットガ―デンですわ!」

「同じだ!」

 

横浜市の地上、空中全てにおいて聖グロリアーナの全保有物が持ちこまれ、彼女等は大暴走していた。ローズヒップは高速戦闘を繰り返しながら、バニラ、クランベリーらと合流し、更に市街の奥へと進んだ。

 

もはや壊走した役員共をさらに追い回すためにバニラ車が先行し、グロリアーナ戦車道クラブの猟犬として、駆けまわる

 

『ローズ! 前方に敵戦車!』

「どーせ、烏合の役員戦車屠っちゃいなさいですわ!」

『了解! グロリアーナに栄光あれ!』

 

そうしてバニラ車は向かってくる戦車の側面に回り込むべく路地を走った。第二次大戦時の戦車にしてはえらく角ばった緑色の戦車にむかって。

 

 

 

 

市街地を悠々と進むチャーチルmkⅦ。ノーブルシスターズが当然乗車している訳だがいつもと様相が違った。

 

「戦況は?」

「……市内の七割の茶を買い占め完了。役人は捕え次第順次マーマイトとハギスのメシマズ風呂に漬けています」

「遅いわ。侵攻を早めなさい。それとマーマイト風呂にはニシンを流し込んでおきなさい。ぬるすぎてお話にならないわ。グロリアーナ生徒突撃隊に打電、彼らを一人残らずマーマイトに沈めなさい。『人間の最大の罪は不機嫌である』 私はとっても不機嫌ですのよ」

 

並の者なら即答しそうな冷徹な響きでダージリンはアッサムに指示した。ダージリンティーを呑む彼女の姿は普段とは似てもつかなかった。髪を纏めずに下ろし、タンニン不足で肌が病的に白い。

 

サファイアブルのーの瞳は絶対零度のナイフのような鋭い眼光を放ち、足を組んで女王のように振る舞う。

 

「だ、ダージリン様」

オレンジペコがおずおずと問うと、ダージリンはピクリとも笑わずに「何?」と答えた。

 

「その、生徒の皆さんが多すぎて武器が足らないかと」

「なら、鉄パイプでもレコードでもいいから武装なさい。生徒は武装して集結。グロリアーナ、私に忠誠を誓うのなら、それが義務でしょう? 『イギリスは、将兵が各自の本分を尽すことを望む』と言うでしょう?」

「あ、あの」

「無駄よペコ」

 

オレンジペコの説得をアッサムが止めた。アッサムは涙ぐんだ目でペコを見、首を横に振る。

 

「アレにはもう何を言っても通じないわ」

「アッサム様。ダージリン様のあのお姿は一体……」

「あれは」

 

アッサムはチラリとダージリンを見やりつつ、答えた。

 

「あれはブラックダージリン。紅茶不足で闇落ちしたダージリンの裏の顔」

「いや、意味わかんないです」

「ああなると、もう彼女のストレスが全て発散されない限り止まらないわ。ブラックダージリンは普段と比べてブラック度150%アップ。格言度200%アップ 鬱陶しさ700%アップよ」

 

普段でさえ“アレ”なのに、とペコは思い、頭を抱えた。実際通信機片手に出すダージリンは指示の後に見境なく格言をツッコんでいる。

 

「紅茶がない? では昆布茶を買いなさい今すぐ。『債は投げられた』躊躇なく実行なさい」

「役人の抵抗が頑強? 踏みつぶしなさい。『決して屈してはならない 、決して、決して!』

損害に構わず前進なさい」

「MK1戦車がエンスト? 手で押しなさい『手は、道具の中の道具である』でしょう?」

 

無茶苦茶だ。ペコは思った。コレは何のための戦いなのか。紅茶を求め、役人をメシマズ沼に沈める。高貴だったレディはいまや紅茶と欲望の使途。敬愛すべき隊長はブラック化。

自分がどこに行くのか、不安に思わざるを得ない。

 

『ダージリン様! ダージリン様!』

 

そんな時、通信機にローズヒップからの通信が届いた。頬杖を突いていたダージリンは足を組み直して、応えた。

 

「何かしら? ローズヒップ?」

『ドエレネーのが来ましたですわ! マジヤバですわ!』

「報告は冷静に行いなさい」

 

いつも以上に興奮しているローズヒップにアッサムとペコは顔を見合わせた。一体何が来れば、あのローズヒップを此処まで燃え上がれせる者がきたらしいな、と推測した。島田流でもきたのだろうか。

 

「何が来たのかしら?」

『ヒトマルですわ!』

「エッ」

 

二人は、いやチャーチル内の乗員は固まった。ヒトマルってあのヒトマルか?MBT10式戦車のことか? 何故ここに? どうして?

 

何はともかく、勝てる相手ではない。格、というか世代が違いすぎる。アッサムとオレンジペコが撤退を進言しようとしたところでダージリンはニヤリと笑って命じた。

 

「全車、戦闘配置」

「エッ 無理ですって」

「『我輩の辞書に不可能という文字はない』この私に無理とか、不可能とかは許されない

わ。全車突撃」

 

 

こうして、知波単もびっくりな戦車戦が開始されることになった。

 

 

 

 




炎の七日間大好きです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。