ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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聖グロリアーナお茶会事件 ③

横浜市の状況はカオスへの一途にあったと言えた。体裁をかなぐり捨てた紅茶ゾンビ(元お嬢様)と戦車の群れが市街の紅茶をむさぼり、役人をマーマイトかウナギの風呂へと沈めていくという異常事態にあったからだ。

 

「あの、ダージリン様本当にやるんですか?」

「ええ」

 

不安な表情のオレンジペコにダージリンは足を組み応える。

 

主犯であるダージリンの暴走はとどまることを知らず、チャーチルmkⅦの車内を茶葉で満たし、ウットリと恍惚とした表情で命令を投下した。

 

「全車、戦闘開始。目標10式。 繰り返すわ目標は10式」

 

無茶だ。チャーチル車内の誰もが思った。あまりに装備が違いすぎる。向うは第四世代のMBTに対し、コッチは1940年代の英国戦車――言ってしまえば“動く戦争博物館”に過ぎない。

 

勝つなど不可能、聖グロリアーナで例えるならばダージリンに格言を止めさせるレベルであろう。あるいはローズヒップを完ぺきなレディにするか、だろうか。

 

「やるの? ダージリン。マジで」

「やるのよアッサム。マジで。足りない力は精神力や根性を総動員して補いなさい」

「そんな」

 

アッサムですら「マジ」と言う言葉を使った。あまりに無茶苦茶な命令にオレンジペコは目眩を覚えた。これはもうダメかもしれない。砲弾を抱え、視線を下げる。いつも心強い75mm砲弾が急に弱々しく思えて来た。

 

相手に通用するのだろうか。オレンジペコは疑問を抱き、同時に敬愛すべき隊長の境遇に涙した。もはや理性を失った姿から、あの淑女で、“格言が多くて”、いつも訳わかんなくて、頑固で、どこかズレてるダージリンは戻ってこない気がした。

 

そんな時だった。車窓から後退するマチルダⅡが見えた。

 

「じょ、冗談じゃないですわ! 5号車は撤退します! こんなの戦いにすら」

「アッサム、どきなさい」

「え」

 

ダージリンが舌打ちしたと思った時、既に彼女は行動していた。アッサムをどかし、手早く75mm砲を操作し、発砲した。砲弾は見事マチルダ5号車の後部を貫き撃破。通信機から悲鳴が木霊した。

 

その間僅か5秒。あまりに短い時間に行われた所業は車内全員を凍り付かせた。

味方を撃った。マジでやりやがった、と搭乗員が沈黙していると、ダージリンは

鋭い眼光のまま通信機に言い放った。

 

「全車へ。 もう一度伝えるわ。全車突撃。この75mmは貴方方を支援する物ではないわ。敵に背を向けた物を撃つ為の物よ。さあ、行きなさい。ハリー、ハリー、ハリー」

 

滅茶苦茶! プラウダ式粛清術で味方を脅すダージリンはもはや悪鬼の如く。金糸の様なロングヘアをかき分け、足を組む様などデッかいカチューシャを連想させた。(実際には有り得ないが)

 

とにもかくにも、最早聖グロに逃げ場なし。通信機の向うから罵倒と悪態が次々と飛び出てくる中、オレンジペコとアッサムは互いを見合った。

 

だめだコレ

 

諦観と絶望の中で二人は考えるのを止めた。

 

 

 

 

『畜生! あの格言辞典め! いつか覚えてろ!』

『全車前進! 死にたくなければ接近戦よ!』

『根性!』

 

マチルダⅡ隊がビルの陰に身を潜めながら2ポンド砲を一斉に放った。爆発的な速度で撃ちだされた徹甲弾は10式戦車の車体めがけて突っ込むが、その悉くは弾かれてしまう。

 

 

渾身の一斉射は第4世代MBTの前面装甲によって阻まれ、まるで効果がない。

 

『おい! へこみもしないぞ!』

『来ます!』

 

お返しと言わんばかりの44口径120mm滑腔砲が火を噴いた。突撃しようとしたマチルダⅡの車体前面に突き刺さった瞬間、あまりの衝撃で車体がひっくり返り、撃破判定。

 

それもそのはず。マチルダの装甲75mmに対して120mm滑腔砲の貫通力は600mm相当の装甲をぶち抜く。マチルダなどダンボールも同然。カーボンが無ければ3台くらい重ねても貫通しかねない訳だ。

 

『クルセイダー参……!』

 

後ろに回り込んだバニラ、クランベリー車であったが、10式は急速後退と島田流も真っ青なターンを披露してバニラ車の後部を砲撃。オフィスビルに突っ込ませる。さらに逃げるクランベリーにあっさりと追いつき、これも射撃し、吹き飛ばした。

 

「話にならねえ」

 

ビルの陰から撃つマチルダⅡの中、青ざめた顔でルクリリは呟いた。こうなると茶葉でハイになった頭も冷めると言う物だ。どうやっても勝てない。こんな物は例えるなら、河嶋桃が留年するか否かを賭けるぐらい分かり切った勝負だ。

 

おまけに後ろを振り返ればチャーチルⅦが狂ったようにドカドカ砲撃してくる。

 

「どうするんです?! ルクリリさん!」

「考えてる」

「根性でも無理ですわ!」

「根性と言うワードは我が車内では禁句だ!」

「もうそこのココスで駄弁りましょう」

「逃げるな!」

 

搭乗員の士気も駄々下がりで頭を抱えた。こんな時にどうすればいい? どうすれば

 

『ルクリリさん!』

「ローズヒップか!」

 

相も変らぬお転婆な声が通信機から聞こえ、喜んだまだ生きてたんだな! と言う言葉を飲み込み、ルクリリは少し安堵した。

 

『ダージリン様から良い考えを聞きましたですわ!』

 

そして、一瞬にして不安に変わった。

 

「何だ?」

 

恐る恐る聞いてみると、ローズヒップは鼻を鳴らし、自慢げにその策を言い放った。

 

『誰か一台を盾にして、進めばOKですわ!』

「ふざけろおバカ! テメーもダージリンの病気が伝染ったのか!」

『よし!』

 

ローズヒップの策が伝えられた瞬間、ルクリリ車を衝撃が襲った。生き残っていた二両のマチルダⅡがルクリリ車の側面から押し、10式に向かって前進を開始した。

 

「止めろ! 馬鹿ども!」

『必殺ルクリリシールド! ですわ!』

 

ちゃっかりと後ろにつくローズヒップ車に向けてルクリリは車載機銃を撃つが、効果なし。それどころか、「前進前進」と煽りだす始末であった。

 

「ふざけやがって! 後で覚えてろよ!」

『なむあみ、なむあみ』

「経を唱えるなぁ!」

 

側面に衝撃が走り、車内で乗員は転がり回った。茶葉まみれになりながら、悲鳴を発するが悲しいかなこれで終わるわけなかった。

 

10式は容赦なくルクリリのマチルダⅡ目がけて連射を繰り返し、マチルダ車をへこませて行った。

 

「抜けませんように! 抜けませんように!」

「死ぬ! 絶対に死ぬ!」

「絶対に殺してやるからなダージリン!」

 

ボコボコのジャガイモのようにルクリリ車が変わり果てるころには後ろの車両も被弾し、大破。

 

「ハッ ざまあみろ!」

 

ついでにルクリリ車にも一撃飛んできてマチルダⅡ隊はボーリングのピンの如く弾き飛ばされていった。

 

『今ですわ! 薫子! リミッター解除オ!』

『東洋の島国戦車に英国戦車が負ける訳ねぇだろ! 行くぞオ!』

 

 

そして真打登場と言わんばかりにローズヒップ車がリミッターを解除し、突撃。聖グロ一の俊足を以ってすれば、10式なんぞ余裕で追い越して見せる! そう意気込み、120mm砲弾を華麗なターンで回避。履帯が火花を散らしてアスファルトを滑り、10式の後方へと回り込んだ。

 

『お尻をとりました!』

『ファイアー!』

 

10式の後方を取り、いざ必殺の6ポンド砲が轟音を轟かせた。ライフリングで回転する徹甲弾は可及的に速やかに10式の後部に突き刺さる訳もなく明後日の方向へと飛んで行った。

 

『アレェ?! 変ですわ!』

『WTF!』

 

バカとジャンキーの叫びの後に10式が吠え、クルセイダーはランジェリーショップへと吹っ飛ばされた。色とりどりの下着の中に埋もれるクルセイダーという何ともシュールな絵面を見て10式はいよいよもって、主砲をチャーチルへと向けた。

 

聖グロリアーナの戦車隊は全滅。死屍累々の戦場で10式は無言のまま、チャーチルを威圧

した。戦車ナシ。駒なし。打つ手なし。

窮地に陥ったダージリンはハッチから身を乗り出しながら、10式と対峙する。

 

「ダージリン様」

 

オレンジペコの声に応えることなく、ダージリンはカップを傾ける。いつも通りの優雅な手つきは流石だった。オレンジペコが風に吹かれた金髪に見惚れそうになっているとダージリンは通信機を片手に語った。

 

「全員。降車」

 

え、とオレンジペコが首を傾げた。

 

「降りて10式に肉薄なさい。生身なら奴も撃てないのだから」

 

何て事言うんだ。いや、違う。来れも作戦の内だとオレンジペコはすぐに察した。戦闘である程度まで疲労させ、その後で生身の肉薄攻撃で10式を動けなくする気だ、とオレンジペコは理解した。

 

確かに理にかなった作戦である。

 

しかし、ダージリンの茶目っ気になれたオレンジペコでさえ、此処まで外道になるとは予想もつかなかったもので、もう爽快にすら感じ始めた。

 

そして、各車両から聖グロリアーナの面々が出て来た。ハッチからゾロゾロと現れた彼女等は目を殺気でギラギラとさせ、手には雑多な火器とシャベルを握っている。

 

その闘争本能は10式を後退させるほどで、憎しみと茶の興奮で染め上がった女子高生たちは、唸り声を上げて指示を待った。

 

ダージリンはその闘争本能を見て、満足し意気揚々と士気を下した。

 

「全員、突撃」

 

そして、聖グロリアーナの面々は一斉に咆哮しながら駆け出した。とても10代の少女とは思えぬ獣の如き、叫びをあげ、激しい怒りに猛りながら、チャーチルへと突っ込んでいった。

 

あっという間にチャーチルを取り囲んだかと思うと、シャベルやライフルの銃床でガンガン殴り始めた。

 

「ダージリン様くたばれ!」

「マーマイトの海に沈めてやるゥ!」

 

暴徒と化したクラブメンバーを前にダージリンは茶を一口すすり、オレンジペコの方へと振り返った。

 

「……ペコ。こんな言葉を知っている?」

「お言葉ですが、格言より謝罪が必要かと」

「……ペコ。こんな言葉を知っている?」

「ハイハイ、何ですか?」

 

オレンジペコは投げやりに聞いた。

 

「駄目だこりゃ」

 

その言葉を最後にこじ開けられたハッチからダージリンは連れ去られてしまった。悲鳴を上げない所は流石だなと感じつつ、オレンジペコは合掌した。

 

 

この数時間後、紅茶の空中散布が航空自衛隊によって行われ、聖グロリアーナの紅茶中毒者達はぞろぞろと学園艦へと帰っていった。ありとあらゆる場所から買い占めた茶葉を抱えて、だが。

 

また、この一連の事件は文科省による戦車道の異種試合として処理され、彼らの元に聖グロリアーナの全車の修理代と各施設の修繕費。追加で合計して200発以上の砲弾をあびた10式の修理代の請求書が送られ、彼らの御給金が減ったと言う。

 

紅茶。それは人を魅了する魔法の飲み物。聖グロリアーナからコレを奪えばどうなるかを彼らは身をもって知った。

 

爆発した女子高生より怖い物はないのだ。それこそ、今回のように制御不能となるのだから。

 

後に「聖グロリアーナお茶会事件」と称される乱稚気騒ぎは以後、日本国において、忘れがたき教訓として語り継がれていったと言う。

 

 

 

しかし、悲しいかな。

 

彼らは忘れていた。

 

 

ちょうど四日前にサンダースでコーラ禁止令を出していたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――ダージリンをマーマイトの海に放り込む聖グロリアーナ女学院生徒より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久々の更新です。

遅れて申し訳ありません。

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