ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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この話は三話目と四話目の間にあたります。


幕間劇 girls paint it black

そこには一人の少女が立っていた。青を基調とした制服に身を包み、煌びやかな金髪を後ろで纏めた上品な少女で名をダージリンと言った。彼女は息を切らしながら美しいサファイアブルーの瞳で周囲を見ていた。

 

そこはまさしく地獄の釜の底だった。少女と同じ制服を着た少女たちが大勢倒れていた。つい数分前まで淑女の会話に花を咲かせ、お菓子とお茶を楽しみ合っていたはずだった。

それが今では机や床に突っ伏し、ピクリとも動かない。

 

その無残さと来たら目も当てられない。たっぷりのマーマイトニシンを詰め込んだパイを口に直接ネジ込められた者やパイ投げの集中砲火にさらされ全身をクリームの白とマーマイトの黒で塗りつぶされた者。ハリセンでお互いを叩きあって力尽きた者。殺人パイを浴びて意識を手放す直前に仲間との写真を握りしめて散った者。まさに死屍累々で戦車道と言う同じ道を進んで来た仲間同士が戦いあった結果であった。

 

「酷い有様ね」

 

そう独り言をつぶやくダージリンこと元凶たる隊長は目の前に広がる惨状をそのように形容して一人勝利者たる自分を祝っていた。最後まで抵抗していたローズヒップをアームロックで落とし頭の上にティ―カップを乗せて倒れている彼女を見てダージリンは自らのカップに口をつけた。

 

「こんな格言を知っている? 『邪悪なものの中にも、何らかの善良さが在るものだ。』貴方達は戦いを始めた私をお恨みになるかもしれない。でも私は貴方方の犠牲を決して無駄にはしません。それだけは約束しますわ」

 

そう言うダージリンだが『負け戦ほど痛ましいことはないが、勝ち戦もまた同様に悲惨である』という言葉の通り、彼女が勝ったところでロクな事はない。彼女はこれから作られるチャーチル歩兵戦車に17ポンド砲を取り付けた物理的に不可能かつ完全に自己満足なダージリン戦車の完成を想像していたからだ。正直彼女そのものが邪悪かもしれない。

 

古来よりイギリスと言う国は約束事で良いことをしたためしはない。同様にダージリンもこの悲劇を自らの欲の為に消化しようとしているのだ。この場で骸となった者がその本心を聞けば、きっとダージリンを1000年は恨むに違いないだろう。

 

だが、そんなダージリンの勝利の時は短かった。突然彼女にトリモチランチャーが飛来し彼女の体を拘束したのだ。

 

「こ、これは?!」

 

突然の襲撃に驚愕を隠せないダージリン。体にネットが絡みつき、器用に出る所とくびれるところに巻き付いていて健全なる男子諸君なら間違いなく涎を垂らすに違いない格好になってしまっていた。必死に拘束から逃れようとするダージリンに一人の足音が近づいていた。

 

その靴音の主人はダージリンのよく知る人物であった

 

「こんにちは、ダージリン様 ご機嫌良いようで」

 

緋色の髪をダージリンと同様に後ろで纏めた小柄な少女、オレンジペコがニコニコとダージリンを見下していた。ダージリンはオレンジペコが何故自分にこのような仕打ちをするのか理解できないでいたがすぐに気づいた。いつもはダージリンを慕う彼女だが様子がおかしかった。頬を赤く染めて、しゃっくりを時折繰り返していることから酔っているのだと推察した。

 

「ペコ。貴女どうして?」

「何だかパイの一つをもらったらすごく気分が良くて」

 

実は少し前に彼女は薫子とローズヒップが投げたパイを喰らっていた。そのパイは本来用意された殺人メシマズパイではなく、洋菓子用のブランデーをたっぷり浸した物を喰らい、そのせいでオレンジペコが酔ったのだ。

 

そして、長年の秘めた想いを胸にマーマイトのみの真黒なパイを引っ提げてダージリンの前に立っているのだ。とても素敵な笑顔をしたままで。

 

「貴女……どうしてこんな?」

「ダージリン様こんなこと思ったことありませんか? 偶には違う役割を演じたいと。人は誰しも違う立場を望むことが稀にあるそうです。プラウダの隊長さんが副隊長さんをうらやむように。その逆もしかり。それはつまり私の事も言えるのです」

「な、何を?」

 

この時ばかりはダージリンも多少怯んだ。この子に限ってまさかこんな事を、と。

 

「一度でいいからしてみたかったんです。それに」

「それに?」

「最近ダージリン様、西住さんの事ばかりですから」

 

怖いと思う反面、可愛いと思ってしまったダージリンだが災厄のケミカルウェポンを持っているのでやはり恐れてしまう。それでも、縛られても尚紅茶を手放さず平静を保とうとするのが流石であった。 

 

「ま、待ちなさいペコ」

「あら? ダージリン様こういう時こそ言うのですよ。『こんな言葉を知っている?』」

「ペコ?」

「『話せばわかる』ですよ。ダージリン様」

 

そして少女は黒く染まった。

 

 

 

 

 

「酷い目にあいました」

「そうですわね」

 

時間と場所が変わって、聖グロリアーナ女学院の食堂で二人の少女がクロワッサンにハムエッグや新鮮なトマトサラダのランチを食していた。テーブルに向かい合って座るのはローズヒップと薫子の車長と操縦手のコンビでクルセイダ―狂いの二人だ。

 

「ところでダージリン様戦車は廃止だそうですよ」

「マジですの? ちょっと見てみたかったのですのに」

「なんでも、オレンジペコ様が止めたとか」

 

話す内容はごくごく普通な日常話であった。日ごろから戦車を乗り回す彼女たちにとってこの手の話題には事欠かない。装甲や砲に乗り手まであらゆる分野の会話がなされるのが戦車道履修者の常だ。そして優雅に落ち着き、茶と食事を楽しみながらウィットに富んだ会話をするのが聖グロリアーナ女学院のご令嬢である。

 

「でも、そんなことより今日はどうすればいいですの? 私のクルセイダ―が倉庫に閉じこもってしまって……ああ! 今日はあのエンジン音を聞けませんの!」

「42kmが……時速24kmに……不整地ではその半分……耐えられない!」

 

もっとも例外はどこにでもいる。テーブルを勢いよく叩き悔し涙を流すローズヒップに何らかの禁断症状がみられる薫子の二人に可憐さなどない。あるとすれば、いかに速度を出せる戦車に乗るかと言う欲望だけだ。獣のように唸る二人に他の生徒達は上級生から下級生に至るまで得体の知れない恐怖に包まれていた。

 

それもそのはずだ。今の二人の姿は人の皮を被った狼だ。それも腹ペコでご機嫌斜めな獣である。純粋培養されてきたご令嬢にとっては知る由もないが、そこの赤毛とブルネットの可憐な少女たちがクリスティ―式の駆動音と6ポンド砲の衝撃に魅了され、ガソリンのように燃え上がる血液を有しているのだ。そんな野蛮で未知の者は恐怖されて当然なのだ。

 

もっとも日ごろから戦車道チームは奇異と言われている。後ろに立つことに過敏に反応するルクリリ、どんな時だろうと紅茶と格言から離れないダージリン、いつの間にかデータを取ってるアッサム、何か闇を抱えているらしいオレンジペコ、バカ筆頭ローズヒップにジャンキー薫子……いずれも英国面に堕ちたダークサイドの面々だ。これを恐れないとすれば、余程の勇者だろう。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

そこへ、驚くべきことに勇者が現れた。その少女は金髪縦ロールの“いかにも”な貴族様で一年生だった。彼女は聖グロのご令嬢として淑女としての自覚が欠けているように思われる二人を注意しようと近づいたのだ。周りの制止を振り切って行ったあたり彼女は肝が据わっていると言えた。

 

「なんですの?」

 

ローズヒップが答えるがその顔つきは愛車クルセイダ―に触れられない悲しみと理不尽と来客に失礼のないように躾された結果が混ざって引きつった笑みであった。一年生はぎょっとしつつもローズヒップに言った。

 

「さっきから何ですか?ブツブツと呟いて……聖グロリアーナの生徒としての自覚をもったらどうですの? まったく戦車なんてにうつつを――」

「今何と言いました?」

「ですからクルセイダーがどうとか……」

「ちょっと」

 

薫子が椅子から立ち上がり一年生の傍に立ち、ローズヒップの目つきが変わりだした。

 

「聞き捨てなりませんわ。クルセイダ―が……貴女今クルセイダーの悪口をマジで言いやがりましたの?」

「いや、私は……」

 

一年生は突然の豹変ぶりについていけなかった。少し前まで高い意識を以って説教を垂れて自らの淑女然とした態度を示そうと考えていた彼女にはあまりに予想外だった。そんな彼女の混乱をよそに二人は一年生を問い詰めた。

 

「よろしいですか、私達は今クルセイダーが修理中でしてとてもお困りでございますのよ。それを貴女は下らない事のようにおっしゃいました……この意味をお分かりですこと?」

「あ、あの」

「貴女わかるのですか? 戦車道で40kmも出せない戦車に乗ると言うことがいかに問題かをわかってるんですか?」

 

二人の目つきは完全に一年生を捉えていた。一年生は此処に来てようやく自分が虎の尾を踏んだことに気が付いたが手遅れであった。何故ならば、ローズヒップと薫子の前でクルセイダーに関して言及してしまったからだ。

 

「私、そんなつもりで」

「ええ、そうでしょうね。クルセイダ―に乗ることなど貴方にはお分かりならないでしょう。でも、これはお紅茶が冷めるほどに大事な話ですわ! いや、それ以上に! 例えダージリン様のお紅茶が冷えたアイスティーに変わったとしても私がクルセイダーに乗れれば問題はありませんわ! でも貴方はお笑いになりやがりましたわね!?」

 

ローズヒップは赤毛を揺らし激しく責め立てる。言葉遣いもお嬢様的かつ粗野な口調となっている。

 

「45kmと25km。20の違いが世界を変えることを知ってますか? 20、20ですよ?20kmも違えば愛する殿方の元にだって速攻なんですよ? つまり、速度とは存在意義でありこの世の真理! 淑女の前に真理が大事、当然と思いませんか?」

 

静かだが、とち狂った理論を並べだす薫子。二人の狂犬、否ご機嫌斜めな令嬢に挟まれて一年生は恐怖から身体を震わせた。立っていることが精一杯なのが明らかであった。

 

「それとも、何ですか? 今すぐ用意できるんですか? クルセイダー並の戦車を」

「いや、それは」

「何ですの? この縦ロール引っ張れば出てくるのですか? 引っ張ったらクルセイダーが来てくれるんですの?」

 

寝た子は起こすな、と言う言葉の通り、クルセイダ―乗りに喧嘩を吹っかけてしまったが故に一年生は絶体絶命のピンチになった。涙目で周りに助けを請うが無駄であった。彼女はいわば一匹の羊だ。調子に乗って狼に吠えにいってしまった哀れな一匹の動物に手を差し伸べる者はいなかった。

 

なにせ相手は“ローズヒップと薫子”、バカとジャンキーが組み合わさって最恐の組み合わせだからだ。クルセイダーの悪口を目の前で言えば、シチューの大なべに放り込まれたって文句は言えないのだ。哀れ一年生、周りがもうダメだ、と諦めたその時たった一人声を上げたものが居た。

 

「クルセイダー……果たしてそれに拘る事に意味はあるのかな?」

 

ローズヒップと薫子がその言葉に反応し、周りを見渡す。

 

「誰ですの? 名乗りやがりなさい!」

「名に意味なんてないさ」

 

二人が振り返るとそこには聖グロリアーナの制服に身を包んだ知らない少女が後ろの席に座っていた。さらりとしたロングヘアーと意志の強さが垣間見える不思議な雰囲気を持つ子だ。

 

「貴女にはわかるのですか?」

「クルセイダーの悪口を言われる。それは確かに腹立つかもしれない。でも君たち程のクルセイダーの理解者がソレに反論することに意味なんてあるのかな?」

「ですけど!」

「戦車道には大切な物が詰まっている」

 

その少女は両手を膝において指で何かを弾く仕草をした。

 

「だから気にすることもないさ」

 

会ったことも無い少女に二人は妙に納得してしまった。いつの間にか怒りやら狂気やらも風と一緒にどこかへ飛んでしまった。まるで、その少女が最初からそんな物なんて無いと知っていたかのように。

 

そんな二人を尻目に一年生は全力で逃げていた。だが二人はしょんぼりと項垂れてしまった。

 

「でも私達クルセイダーも乗れなくて、此処で愚痴るしかないのでしてよ」

「そんな事小さなことさ」

 

気付かないうちに自分たちの事を話してしまっていた。そこに少女は何てことのない態度を取りつつ、答えた。

 

「君たちの望むままにする。自由に道を進むのも、また戦車道じゃないかな」

 

こうして、二人は真夜中の大進撃を決行するに至った。なお、余談ではあるがこの事件によって噂の戦車泥は聖グロリアーナには来なかったとされているが、真実は闇とカンテレの中。証拠は全て二人が滅茶苦茶にした後。

 

 

 

ローズヒップと薫子がその少女を見たのは随分と先の話であった。

 

 

 

 


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