ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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これは戦車道の良妻賢母を目指す、聖グロリアーナのお嬢様の華麗な日常の話である。

※「hot tank!」の話の続きです。


歩兵戦車に乗る女は二度ぶつかる

本日は青天なり。青く澄み切った空、雲一つない真っ青な空と散歩するには程よい気温、こんな日はランチバスケットを持って、ピクニックと洒落込みたくなるだろう。サンドウィッチとお茶を楽しみ、日光浴なんて優雅にのんびりと過ごす。これぞ、穏やかな一日と言う物だ。

 

しかし、実際は違う。草と土を踏みしめてけたましい音をまき散らして走る鉄の騎兵が戦列を組んでいる。キャタピラがゆっくりと動いて20tを超える車体を前進させれば、小鳥のさえずりなどかき消してしまい、“優雅さ”とは無縁な戦車の低いうめき声が聞こえるのみだ。

 

チャーチル歩兵戦車を中心にマチルダⅡとクルセイダー巡航戦車が追随し、チャーチルが停止すれば、各々が同じように停車し、動き出せば一糸乱れなく前進する。合計20両のイギリス製戦車には花を添えられたティーポットとカップの校章が描かれていた。同じ紋章をその身につけた戦車がまるで一つの意志の元で統制されているのは圧巻と言えるだろう。

 

「戻りなさい、ローズヒップ」

 

唯一両のクルセイダーmkⅢを除いて。

 

その一両だけ、先ほどからスピードを出そうとしては抑えてを繰り返して、ちょこまかと落ち着き無く動いていたのだ。

 

「加速ですわ! 薫子!」

「いや、ですから戦列を組む練習をしているのに」

「なら、ダージリン様を追い越さない程度に!」

「無理ですって」

「お早く!」

 

その一両の中では赤毛の車長のローズヒップとブルネットの髪を持つ操縦手の薫子が目も合わせずに話していた。唯一無言なのは砲手ぐらいであり、やかましいリバティエンジンに負けない声で話し合っていた。

 

「あ、追い越しますわ! 減速!」

「はいはい」

「今度は遅すぎますわ! 加速」

「……はいはい」

「もう少しだけ! チョイ加速!」

「ああもう、何で20kmも出せないんですかね? お隣のマチルダは……あっ 発作が」

 

発作を抑えて薫子は脚の間に位置するレバーを操作し、フッドペダルを調節する。実に熟練の手つきだが、彼女たちの欲望とダージリンの命令にがんじがらめになって、練習風景を遠目から見ると、チョコチョコと前に出たり、下がったり。とても熟練の乗り手が運転しているとは思えない。

 

ど素人で、手綱が握られていない犬のようだった。

 

その様子をペリスコープで見ていたダージリンは笑いを堪えて見ていた。こんな事は二度や三度ではない。練習する度に、それも薫子がジャンキーになってからは特に増えていた。

 

「こういう時は困りものね。あの子達の落ち着きのなさも」

「薫子が発作を起こすようになってから、戦列が崩れる確率が35%上がりましたから、仕方ないわ、ダージリン」

「……そう」

 

客観的なデータにダージリンは湧き上がる笑いの衝動をコホンと息をついて抑え、紅茶に映る自分の顔を見た。普通なら命令に素直に従えない者は切り捨てるべきだろうが、彼女は違った。時にローズヒップの様な人物はエースとなりえることを知っているからだ。

 

いわゆる「お馬鹿さん」はめげない。くじけない。そして、失敗を考えない、恐れない。故になんらかの型にはまった時の爆発力は凄まじい物がある。事実、黒森峰戦の時、副隊長が率いるドイツのアニマルシリーズに挑み、足止めに成功させたのだ。

 

彼女こそ必要だ。決して“面白い”からだけでレギュラーメンバーにはしない。

 

だからこそ、聖グロリアーナの新しい風として期待しているのだが……

 

『せっかく帰って来たのにちっとも速度が出せませんわ、これはクルセイダー隊にとって由々しき事態ですわ』

『うう、胸が』

『薫子? 大丈夫ですの? 薫子? ああ! また薫子が! 病に倒れそうですわ!』

『40、50、60……カムバック、カヴェナンター。今度こそドリフト成功させて、あの時見えた光の向う側へ……』

『ダージリン様! カヴェナンターを! 薫子と私に50kmのあの子を!』

 

「お馬鹿さん」は貴重だが扱いが難しいのだ。停車した後も、通信が入りっぱなしでその二人の話が聞こえてきてダージリンとアッサムは眉間を抑えた。

 

「全く懲りてませんね」

 

オレンジペコが苦笑しながら言うが、ダージリンは口元を手で押さえて肩を震わせていた。前回、サウナ状態になって白目を剥いて倒れたというのに、あの二人は未だにカヴェナンターに乗る気でいる事にチャーチル車内の2人は呆れを通り越して、清々しさすら感じていた。ダージリンだけが違った。

 

「そこがあの子の良さよ。それが分からないようではペコもまだまだね」

「……紅茶淹れてあげませんよ?」

 

ダージリンの言葉にオレンジペコはムスッとして、最強の返し、「紅茶を淹れない」で脅し、流石のダージリンも反撃できなくなったところで、彼女は負けを認めないために「全車停止」の号令をかけて誤魔化した。

 

チャーチルにマチルダⅡ、クルセイダーmkⅢが一斉にその場で停止し、横一列に並ぶ鋼鉄の英国擲弾兵達次の号令を待つ体勢となった。ダージリンはキューボラのハッチを開き、周囲を見渡し、確認し終えてから休憩の号令をかけた。

 

すると各戦車から続々と赤いパンツァ―ジャケットの女子が出てきて、車上でお菓子と茶を楽しみだした。それだけならいつも通りだったが、ただ三人だけ出てこないのが居た。

チャーチルのノーブルシスターズを除いて。

 

『聞こえてるか?』

 

一両のマチルダⅡのからローズヒップ車へと通信が飛ぶ。茶と菓子の用意をしていた薫子とローズヒップは何事かと通信に応えた。

 

「ルクリリさん、どうかなさいました?」

『ああ、居てくれたのね。貴女達、一つ聞いておくけど、何か忘れていない?』

 

ローズヒップと薫子は顔を見合わせて首を傾げた。何のことかさっぱりわからない、ついで何か不機嫌そうなルクリリの声にも疑問符だった。

 

「何か忘れものしましたっけ?薫子」

「スコーンも茶も。マフィンだって砂糖漬けのマンゴーもありますよ」

「ですわよね」

『おい』

 

ますます声音の低くなるルクリリにようやく薫子は何かしたかを思い出しそうになっていた。腕を組んで考え込む薫子を横目に見つつ、ローズヒップは何か思いついたのか、元気そうに通信機に手を伸ばした。

 

「あ! ところでルクリリさん」

『……何だ?』

「何故、ルクリリさんのマチルダⅡだけ塗装が一部ないのですの? 何か不格好でかっこ悪いですわ!」

 

クルセイダーのペリスコープ越しに見えるルクリリ車は変な色合いだった。サンドカラ―の側面装甲の一部がピカピカの銀色でカッコがつかない見た目となっていた。何故か、と問われれば簡単だ。新品に替えて塗装する暇がなかったからだ。

 

『よし! ぶっ殺す!』

 

マチルダⅡからスコップ片手に飛び出したルクリリは三つ編みにされたサイドテールを激しく揺らしながら、華麗に車両に乗り移っていって、ローズヒップ車に張り付き、ハッチをガンガンと叩きだした。

 

「お止めになって! へこむ! へこみますわ!」

「私のマチルダにも同じ口を叩けるか! 出て来い! 一思いにヤッテやる!」

 

大粒の涙を流し、ルクリリはハッチをひたすらぶっ叩く。ハッチの向うにいる憎き二人を亡き者にせんと、装甲が突き破れるまでシャベルを打ち続ける。だが流石の戦車道の乙女でも装甲を突き破れず、ルクリリは心の傷を叫び続ける。

 

「毎度毎度ぶつけにきて! 恨みでもあるのか! それとも今年は厄年か! お前らみたいのが居るから! バレーボールやクルセイダーを見るのが苦痛になったんだよ!」

「お、落ち着いてくださいまし! スコーンとかありましてでございますわ!」

「さ、砂糖漬けのマンゴーもあげますから!」

「いるか!」

「装甲の修理費は割り勘でもいいですから!」

「そっち持ちにしとけよ!」

「と言うか、何で怒ってるんですの!?」

 

ローズヒップ、薫子が交互にハッチを小さく開けて、説得するがルクリリはそれで治まらなかった。モグラ叩きさながら、開いては閉まり、叩かれるのエンドレスワルツ。しかも、説得すればするほどルクリリの怒りのボルテージは上がっていき、それをチャーチルから見るダージリンは笑いを堪えて死にそうになっていくのだ。

 

「忘れたとは言わせないぞ! 昨日、午前三時二十五分と三十四秒! カヴェナンターで私のマチルダⅡをへこませたんだ!」

「そんなの忘れましたわ!」

「この駄犬がぁ!」

 

爽やかな笑顔で返すローズヒップにルクリリは鬼の形相。パンツァージャケットに密かに忍ばせていた英国戦車ショップご用達の対戦車靴下型爆弾に手を伸ばした時、ルクリリ車の乗員たちがようやく追いついて彼女を止めた。

 

「どうか怒りを静めてください!」

「そうです! ローズヒップには後で私が言っときますから!」

「だから、私が何をしたと――」

 

ルクリリ車の乗員がルクリリを羽交い絞めにしている間に薫子が再び、説得を試みる。

 

「出来たら、そうしてる!」

「根性とかで耐えてください! あとで弁償でも謝罪でも何でもしますから!」

「それNGワードだ!」

 

根性と言う言葉をうっかり使ってしまったことに薫子は口を塞ぐが、時すでに遅し。覆水盆に返らず。放たれたNGワードと言う無形の弾丸はルクリリの堪忍袋を貫き、怒れる男口調のお嬢様から一匹のタンクスレイヤーになった。

 

靴下爆弾の導火線に火が点けられ、クルセイダーmkⅢの車体後部に投げつけられた。

 

「嘘ォ!」

「アラ? 薫子なんで走っているんですの? ダージリン様からはまだ……」

「状況分かってないんですか?!」

 

ルクリリ車の乗組員は一斉に逃げ出し、車内の薫子がパニックに陥って、全速力で発進して車列から離れて行った。しばらく走った後、派手な爆発がクルセイダーの車体後部から上がって、慣性に従って池に車体前部が突っ込む形で停車し、白旗があがった。

 

エンジンと車体後部装甲の上面大破により撃破。練習中にまさかの“撃破”の判定に聖グロリアーナの面々は様々な反応を示していた。喜ぶ者に、呆れる者、そして楽しむ者。一連の喜劇はダージリンの笑いの沸点をとうに超え、彼女は膝を叩いて“静かに”大爆笑していた。

 

「アレ、直りますかね?」

「パッと見で全治1週間はかかりそうですわね」

 

遠い目でアッサムとオレンジペコは隣のダージリン、撃破されたクルセイダーから出て来た二人と狂喜乱舞するルクリリを見た。このどうしようもない方々がお嬢様で聖グロリアーナで、最精鋭で、準決勝まで進んだ強豪校メンバーだってことをつい忘れてしまいそうだった。

 

いや、逆に、英国面でお馬鹿でノリと勢いな人だと思えば、納得できるのかもしれない。

 

「ヒドイですわー! ルクリリさん! 私のクルセイダーがまたオシャカに! 私のクルセイダーが!」

「ざまあ見ろ! 二度も私のマチルダをへこませたからだ! バレー部もクルセイダーも滅びてしまえ! 馬鹿め!」

「私の50kmがぁ……」

 

ローズヒップとルクリリがポカポカと喧嘩し、ジャンキー薫子がクルセイダーに寄り添ってシクシク泣き出した。

 

「練習中に、撃破って、やめて、コレ、以上、私を笑わせないで」

 

笑いすぎて言葉が途切れ途切れになっているダージリンを尻目にアッサムは髪の毛を一瞬かき分け、オレンジペコと一緒に目の前の喜劇にため息を一つ。

 

「こんな言葉を知っている? 『活動的なバカより恐ろしいものはない』」

「ゲーテですね。ソレ、ダージリン様の台詞じゃありませんか?」

「偶にはこういう役目もしてみたくなりません?」

 

アッサムが尋ね、オレンジペコが首をひねってしばらく考えて、頷いた。

 

「では、こんなお言葉を。『バカには神様もかなわない』」

「誰ですか?」

「シラーです。少なくとも……」

 

気が付けば、周りに他の戦車道のメンバー達がカップ片手に集まっていた。皆、オレンジペコとアッサムの言葉に耳を傾けているうちに集まって来ていたのだった。それを見渡したうえでオレンジペコが結論を述べた。

 

「誰も敵いそうにないですね」

 

全員が大きく頷いて、紅茶に口をつけた。その時、上等な茶葉で作った紅茶が何故か、しょっぱかったと後に大勢が語った。

 

 

 

次の日、練習後にルクリリ車に謎のカヴェナンター戦車が現れてタイマンを張ったという。

 

これは戦車道の良妻賢母を目指す、聖グロリアーナのお嬢様の華麗な日常の話である。

 

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




戦車ショップ、対戦車靴下型爆弾 ¥5000
対人センサー付きで安全性抜群の戦車道用ビックリアイテム。今までクレームは一件も来ていない優れもの。グリースで装甲にぺったり張り付く。

次回番外編を投稿する予定です。何か話のネタがあれば、と探していたりするので投稿が不定期で申し訳ありません。

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