何せ状況証拠は真っ黒、物的証拠も真っ黒。
ボイスレコーダーも、データレコーダーも真っ黒。
この状況をひっくり返すのはまぁ、不可能でしょう・・・
これは、そんな圧倒的不利な戦局に挑む、艦娘の物語。
その前夜の話。
1962年8月24日・釧路港
もう日が暮れようとしている。だが、釧路港では港務部隊の巡視艇娘がライトをつけて、“あきつしま”の到着を待っている。私、むらさめ級護衛艦娘“あけぼの”は釧路支局の窓からその港の様子を見ていた。
「まさかこんなことになるなんて。」
釧路支局所属のあぶくま級護衛艦娘“じんつう”が静かな、それでいて力強いいつもの声で私にコーヒーを差出した。
「ありがとう。」
そういって私はそれを受け取り、再び港の様子を見ていた。
「そうね・・・こんなことになるなんて。」
つぶやいた私の言葉は、彼女にも届いているようだった。
「“あけぼの”さん、船隊があと1時間で入港します。」
同じ護衛隊に所属する姉の“きりさめ”が部屋に入ってくるなり言った。
「分かったわ。支度をするから、待っていて。」
そのやり取りに、“じんつう”さんが苦笑していた。
「同じ姉妹関係でも、結構違うのですね。」
「まぁね。
そう、“あけぼの”は“じんつう”に笑みを返した。
この人は、自分の感情を素直に表に出せないで、すこし屈折した形で表に出しているのだろう、“じんつうは”そう考えた。
釧路港内では、釧路港港内部隊のよど級巡視艇娘“なち”とすずかぜ級巡視艇娘“はつかぜ”が待機していた。
「手筈は?」
「私たちが全員を釧路港内専用岸壁まで誘導後、内地艦娘は全員武装解除。その後、輸送者に乗って釧路空港まで移動。千歳着陸後は専用車で余市入り、ですね。」
何回か確認している事項なのに、ついつい確認を繰り返すのは緊張のせいだろうか?
「レーダーで捕捉。“”つるぎ“”あかぎ“”あまぎ“を先頭に船隊、入港してきます。船体の後は海軍第五戦隊、最後尾は”インディ“任務群。」
私はその報告から30分後、専用バースから着岸する光景を見ていた。岸壁では念のための警戒に派遣された海兵隊一個小隊が展開している。その
着岸した“あきつしま”からタラップが下りてきた。まず、“あきつしま”本人が安全を確認しながら降りてくる。その後、“つるぎ”“あまぎ”“あかいし”の順番で下船してくる。そして、第一航空戦隊6名が下船する。最後尾は“あかぎ”。どうやら手元では万が一に備えて鎮圧用装備を整えているようだ。
海軍艦隊は、海軍専用ふ頭に設置された施設から上陸する。そちらの方はスムーズに進んでいるようだ。私は自分のいた、「海軍釧路港業務管理センター」の監視デッキを降りて地上へ向かった。
私は下船すると、「釧路港業務管理センター」に全員進むよう指示を出した。「業務管理センター」は、函館・稚内そしてここ釧路に設置され、余市警備府支局の指令センターとなっている。3か所の専用ふ頭を持っており、海軍・沿岸警備隊そしてロジスティックス専用として使用している。司令センター前では、2人の艦娘と6台の
「海軍第31護衛隊の護衛艦“きりさめ”“あけぼの”であります。司令部の指示により、みなさんを余市までお送りする必要があります。まず車に乗ってください。道中、詳細を説明いたします。」
私こと、むらさめ級護衛艦娘“あけぼの”は3台目の車の助手席に乗った。“きりさめ姉さんは1台目に乗車したようだ。
1台目には、空母“赤城”“加賀”駆逐艦“舞風”、2台目には駆逐艦“野分”“嵐”“萩風”、3台目には重巡“妙高”“那智”駆逐艦“曙”、4台目には重巡“足柄”“羽黒”駆逐艦“初風”、6台目には巡視船“あまぎ”“あかぎ”“あかいし”が乗車することになった。あとの3名は、事後処理の報告書を作成後に、釧路発の民間機で追ってくることになっている。
「おばあちゃん、今回の訓練はどうだった?」
「はぁ、私はあんたに「おばあちゃん」呼ばわりされたくないって、何回言えば分るのよ!まぁ、そうね。今回は酷かったわよ。」
「で、しょうね。」
「で、しょうねって、あんたねぇ・・・こっちは本当に生きた心地がしなかったわよ!今夜もあるのでしょうね!?」
「御免なさい。すみません。お婆様。さすがにこれから余市に行くので一席は・・・」
その様子を見ていて、“妙高”さんも“那智”さんも気が緩んだように見えた。
私と、朝潮型駆逐艦“曙”とは、祖母と孫の関係に当たる。これも何かの縁なのか、よく一緒の港で会うことがあり、そのたびに私が良い居酒屋やバーや料理店に案内している。そういう連中は結構いるらしく、私達むらさめ姉妹でも、舞鶴の第6駆逐隊の面々と妹の“いかづち”“いなづま”がよく函館で飲んでいる姿をノックス級フリゲート艦娘“ノックス”“ロックウッド”が見ていて羨ましい、と話していた。
「余市に着いたらいい居酒屋を抑えていますから、ね、ね。落ち着いてください。」
「分かったわよ。とっとと急ぎなさい!この愚孫!」
そう笑いながら助手席のシートを蹴飛ばされた私たちの車は、一路釧路空港へと走り出した。
8月23日・東京・市ヶ谷・国防省
その日、国防省はある種の静寂と、異様な雰囲気に包まれていた。その中心にあるのが、国防省内海軍幕僚監部会議室。そこに昨日のうちに急きょ集められた横須賀・呉・佐世保の各鎮守府司令官。彼らは彼らを召喚した主である海軍幕僚長、さらには統合軍幕僚長を待っていた。彼らに随行する艦娘は以下の通り。第一航空戦隊を有する呉鎮守府からは秘書艦の軽巡洋艦“大淀”、第五航空戦隊を有する横須賀鎮守府からは正規空母“翔鶴”
“葛城”、第二航空戦隊を有する佐世保鎮守府からは秘書艦の戦艦“霧島”が控室で待っている。
会議室の静寂を破って、3名が入出した。驚いたことにその3人目は国防大臣であった。
「座ってくれ。」
統合軍幕僚長の声で、会議が始まった。」
「電話での通り、我が国の安全保障について、著しい脅威が発生した。この脅威に関して、各司令官への通達を行う。なお、本件は極めて政治的、かつ極秘を有する事項であるため、貴官らを呼んだものである。海軍幕僚長。」
「はっ!昨日、200海域の哨戒行動中であった、沿岸警備隊巡視船が違法操業中の船舶を発見。停船を命じるもこれを無視し航行、数回にわたる警告を無視し、当巡視船は警告弾を投擲、なおも停船しなかったため、威嚇射撃を実施。当不審船舶は海軍所属、第一航空戦隊と判明。」
呉鎮守府司令官の顔が信号機のように変わった。今は赤くなっている。
「なおも停船を指示、その際、旗艦航空母艦娘“赤城”は艦載機を発艦させてこれに抵抗、沿岸警備隊巡視船娘“あかぎ”被弾。損傷は軽微。これに伴い、余市警備府は海上警備行動を発令。付近海域で訓練中であった航空母艦娘“インディペンデンス”任務部隊に対して巡視船隊の支援を指示。第一航空戦隊はなおも停船の気配がないため、インディペンデンス航空隊と赤城航空隊との間で空中戦勃発。」
呉鎮守府長官の顔が真っ青になってきた。
「なおも沿岸警備隊は威嚇射撃を続行するも、第一航空戦隊は停船せず。“インディペンデンス”任務群との共同訓練中であった、大湊鎮守府所属第五戦隊の説得により投降。以上だよ!!」
海軍幕僚長が、自分の読んでいた資料がはさんでいるファイルをデスクに叩きつけた。日ごろ温厚な彼にしては珍しいことだ。
と、今回の事案に関して余市警備府の交渉担当者に任命された、余市警備府総務部所属の氷川丸級客船娘“氷川丸”は、これは貧乏籤を引かされたかな?と思いながら、会議室から聞こえる怒鳴り声を聞いていた。
内地艦娘が200海里の漁場を荒らしていて地元とそれの連絡を受けた北海道庁が激怒し、対応に苦慮した司令部は
事の詳細が明らかになるにつれて、国防大臣も、統合軍幕僚長も、海軍幕僚長も最初は血の気が上がり、進むにつれて事態の深刻さに真っ青になっていった。海軍連合艦隊司令長官はマニラでの東南アジア諸国との連携協定調印のため出張中で不在。いなくてよかったよ・・・
「貴官、この落とし前をどうするつもりだ!当然軍法会議の権限は余市にあって呉にはない!さらには呉の関係者、特に司令官以下司令部の面々は事前に何回も連絡と警告を発していたにもかかわらず無視していた件で訴追するべきだとの意見もあって、うかつには入れない!どうするつもりだ!それに横須賀も佐世保もだよ!同じように200海里を侵犯して操業していただろう!どっちも訴追して組織としての刑事責任を追及しろ!との声も大きい。まだ余市司令部判断で止めているが、場合によっては
会議室に響き渡る怒号に、内地鎮守府所属の艦娘たちは身をすくめていた。まぁ、そこまでの政治的な判断が彼女たちにできるとは思えない。余市警備府という、軍事と警察が共存し、北海道振興に1枚かんでいるという、今までありえなかった役所に勤務している私達だから見えるものもあるのだろう。そう考えると、ここにいる4名の艦娘も
会議室では私が持ち込んだ今回の事案の、提出できるように加工した映像・航路識別図が映し出されているようだ。あまりの正確性に、声も出ないようだ。それは、内地のものよりもはるかに精度が違いますし、映像も分かりやすくてクリアですし、衛星を使っていますから。なので、実は提出用に相当制度は荒くしていますけど。
不安そうな表情で会議室のドアを見つめている4名の艦娘と、持ち込んだ経済指標の資料を読み終わり、その中に紛れ込ませた雑誌「News time」(英語版)を読み始める1名の船娘。冒頭の風刺絵のあまりの秀逸さに思わず吹き出しそうになる。それに気づいた“大淀”
「あなた、不謹慎ではありませんか?それにどなたです?ここは関係者以外いてはいけませんが・・・」
座っていた私は、雑誌を閉じると立ち上がり名乗った。
「これは失礼しました。私、余市警備府の船娘“氷川丸”です。あの戦争では、三姉妹のうち、姉二人を失っております。連合艦隊が逃げ出した、あのトラックで一人、南太平洋で一人です。」
その敵意剥き出しの言葉に、“大淀”も“翔鶴”も“葛城”も声が出ないようだ。唯一“霧島”だけが何か言いそうな表情だが、場の空気を察している。
「今回、私がここにいる案件ですが、この会議室の使用後、私が皆さんに今、この会議室で何が話し合われているかの説明です。何も言わずに聞きなさい。そして考えなさい。」
私は、静かにそう告げると今度は今月の北海道海域における船舶損害の資料を読み始めた。
8月25日・余市警備府内司令官執務室
私、余市警備府法務部部長大川武雄が会議室に入出した時、ここは通夜の席かと思ってしまった。司令官、参謀長、参謀副長に作戦部長、情報部長、警備救難部長、そして総務部長。全員天を仰いだまま動かなかった。私が入ってきたことに気付いたのか、参謀副長が座ってほしいと合図を送った。
「で、状況は?」
視線を戻した司令官に、私は報告した。
「昨日は夕方から護送をしたため、本格的な取り調べは本日より行っております。検察官には巡視船娘“こじま”“宗谷”が当たることになります。」
「それはそれは・・・状況はより厄介になりそうですな。」
作戦部長がため息を吐いた。
「で、弁護人は・・・?」
「弁護団を編成することにしました。首席弁護人に巡視船娘“やしま”“りゅうきゅう”が当たります。後程、稚内より残りの弁護人が来る手はずになっております。」
「うむ・・・政治的デモンストレーションが本格的な裁判沙汰になってしまったな。」
「閣下、状況を何とかcontrolしないといけません。」
「ですが作戦部長、法務部としては裁判に介入できません。」
「警救部も同意見です。今回は法に基づく警察権の行使であり、軍に置かれてはそれを順守していただきたい。」
「私は何も法を犯せとは言っていない。言っていないのですが・・・」
「すでに災害で正規空母一隻を失っている内地にとって、さらに正規空母二隻を、処刑であれ不名誉除隊であれ喪失するのは戦力の均衡を保つためには大きな損失になります。」
「情報部長、それは知っております。ではどのような結果が良いのですか?」
あそこで“赤城”がまさか攻撃するとは思わなかった。おとなしく停船していればこんなことにはならなかったのに・・・・
新千歳空港・国内線ターミナル
「
空港のアナウンスが、稚内からの定期便の到着を伝えた。私、つがる級沿岸警備隊巡視船娘“つがる”は到着ロビーで、
しばらく到着客の列が続き、最後尾に目当ての人たちが来た。
「こっちだよ!」
手を振る私に気づいたのか、女子高生のような女性が手を振った。
「“つがる”さん、ちーす。」
「“すずや”!はしたないですわ。ごきげんよう“つがる”さん。」
すずや級イージス巡洋艦娘“すずや”と“くまの”の姉妹である。姉の“すずや”は女子高生のような、妹の“くまの”はお嬢様の感じがする艦娘である。
「ちょっと!置いてかないでよ!」
「置いてってないよ!早く来なよー」
そういって、あとを小走りで追いかけてくるのは、あきづき級フリゲート艦娘“あきづき”“てるづき”姉妹。
「全く、少しはこっちの身にもなってよね。哨戒・訓練任務でオホーツク海まで行って、帰ってきた翌日に司令部に出頭命令なんて、まるで私たちが何かしたみたいじゃない。」
そういって、自分のスーツケースをがらがら引っ張ってくるのは、ずいかく級制海艦娘“ずいかく”とずいほう級制海艦娘“ずいほう”の2人。
いろいろな事情があって、うちの警備府に所属している。この件に関しては、司令部と所属する艦娘・船娘だけの機密事項になっており、関係が深い大湊・舞鶴にも知らせていない。
「まぁ、何かあったのは事実なのですけどね。車を用意しました。乗ってください。」
私たちは到着ロビーを出て、車寄せに止めてあったミニバンに乗り込んだ。
「みなさん、法務研修はしていますよね?」
「はい。していますが、何か?」
“ずいほう”が答えた。
「今回の任務は極めて政治的、かつ対処が難しい案件です。」
車が発車した。
東京・国防省会議室
関係する横須賀・呉・佐世保鎮守府所属の秘書艦を務める艦娘に、私は状況を説明した。“翔鶴”“葛城”からは血の気が引いている。“大淀”は唖然として、“霧島”は、あの頭脳明晰な“霧島”が状況の理解に混乱しているようだ。
「つきまして、余市警備府内の軍法会議にて6名の処分を決定することになります。先ほど、国防省・統合軍幕僚長・海軍幕僚長より、漁業法違反の案件に関してはお話ししました通りの対処をすることで宜しいとの指示を戴きましたので、余市には話しております。なお、味方を銃撃した案件ですが、相当重い処分になろうかと思います。」
私はあえて眼鏡を上げて冷徹な声で話した。
「あの・・・相当重い処分とは?」
「軍法では、錯乱であれどうであれ、味方を銃撃したものは処刑もしくは不名誉除隊となります。」
「な・・・・」
4名に沈黙が流れた。
「私の戦況分析では、現在深海棲艦とは勢力が均衡しております。それでも行うのですか?」
「第二次マリアナ沖海戦の結果、深海棲艦の侵攻をある程度食い止めたというのが国防省情報本部の分析です。また、あなた方も作戦に参加されたように、
「確かに軍法には違反しています。しかし・・・」
「“大淀”さん。当警備府より航行安全情報も、200海里立ち入り制限の情報も出していましたよね。まさか知らないとは言わせませんよ。国防省からも、農水省からも、沿岸警備隊本庁からも出しているはずです。言ってみれば、この結果はあんたらの無作為の結果ですな。」
私は、自分のかけていた眼鏡を取って言い放った。やはり正規空母で第一航空戦隊の薫陶厚い“翔鶴”は黙りこくり、“葛城”はその肩を摩っている。
「では各鎮守府に司令官と一緒に戻って伝えることですな。余市警備府は激怒しており、今後200海里以内に接近する艦娘に関しては、どこの所属であろうと問答なしに警告射撃を実施すると。これに抵抗する場合は、我が艦娘のミサイル攻撃で飛行甲板に穴をあけるか、機関部に命中させて航行不能に追い込むわよ。」
そう私は言い放つと会議室を出た。
「西浦さん、この役、私にはつらいですよ・・・」
私のつぶやきは、私自身の足音にかき消された。
余市警備府司令部・司令官執務室
私は、窓の外を眺めながらコーヒーをすすっている。いい天気だ・・・
最悪の状況だが。誰もが望んでいない道を進んでいるというのはよく話に聞くが、まさか自分がその登場人物の一人になるとは思わなかった。
「閣下、到着しました。」
「分かった。会議室に行く。」
そういって、私は自分のデスク上にあった資料を持って会議室に入る。
会議室にはすでに6名の女性が待っていた。
「起立。司令官閣下に、敬礼。」
最先任の“すずや”の号令に全員が立ち上がり、私に敬礼をする。
「座ってくれ。敬礼は無だ。状況は分かっているな?」
「はい。新千歳からの車内で“つがる”さんから話を聞きました。うちの一航戦がご迷惑をおかけします。」
「おいおい。うちの、ではないだろう。まぁ、貴官には師に当たるからな。まぁ、いいさ。先輩を何とか助けないといかんな。」
「はい。」
呉鎮守府・司令官執務室
その連絡はあまりにも唐突でした。“赤城”さんと“加賀”さん、第4駆逐隊の皆さんが北海道沖で沿岸警備隊に拿捕されたというお話を提督からお聞きしたのは・・・
私、軽空母“鳳翔”は、今では空母の母、お艦などと言われていますが、実際は退役間近の艦娘です。今では呉鎮守府で割烹“鳳翔”を営んでいます。
「提督、そのお話は本当ですか?」
にわかには信じられません。
「ああ、この件に関しては国防省も海軍幕僚監部も強硬でね。迂闊に私も手が出せない。」
提督の困った声が、電話の向こうから聞こえてきます。
「提督、私が余市に行ってきます。直接言って、みなさんの助命をお願いしてきます。」
「しかし相手はあの司令官だ。聞き入れないかもしれない。」
「誠意をもって話をすればきっとわかってもらえます。」
「・・・分かった。休暇を出すから明日の朝一の列車で東京に出てきてほしい。そこで打ち合わせをしよう。」
少しの沈黙ののち、提督は了解してくれました。
「ありがとうございます。」
受話器の先の見えない提督に向かって、私はお辞儀をしました。
8月26日・余市警備府会議室
公判前整理手続きが始まった。判事役は首席法務官の稲葉修二さん他2名。弁護団は首席弁護人に巡視船娘“やしま”さんと“りゅうきゅう”さん。次席弁護人に私、“ずいかく”と“すずや”がなることを昨日知らされた。
「どうして私なのですか!?」
「そりゃあんた、
憎たらしいぐらい悠然とコーヒーを飲みながら、司令官は言った。
「検察官役はあの
「それって丸投げって意味じゃん!」
「ああ、丸投げだよ。」
“すずや”の声に、司令官は本音を言ってしまった。
「何とかしてくれ。頼む。」
司令官は頭をデスクに擦り付けんばかりに頭を下げた。
不承不承ながら、私たちはその要請を受け入れて、組織である以上それは絶対だけれども、一航戦の接見をすることになった。すでに、検察官は取り調べを終えて、現場で対応をした警察官の聴取に入っている。
資料の読み込みを“あきづき”“てるづき”に、第四駆逐隊との接見を“すずや”“くまの”に任せて、あたしと“ずいほう”は問題の2人の聴取をすることとなった。
「あ~あ全く、“ずいほう”は一航戦の赤いほうをお願い。私は青いほうをするわ。」
そういって、私は“加賀”先輩がいる取調室に向かった。
まず、首席弁護人の“りゅうきゅう”さんが先に入る。この人には法務研修でお世話になった。沖縄の人らしく陽気で気さくで、酒を飲みながらよく話し込んだ。全く違う土地で心細かったあたしをよく気遣ってもらったもの。
今のあたしはツインテールだった髪を下している。それに、あの弓道着をモデルにした衣装ではなく、パンツスーツを着て、眼鏡をかけている。ちなみに法務研修やら戦闘シミュレーションで視力がだいぶ落ちてしまった。
「今回の軍法会議で首席弁護人を務めます沿岸警備隊巡視船娘“りゅうきゅう”です。」
「次席弁護人の海軍第101護衛隊の制海艦娘“ずいかく”です。よろしくお願いいたします。」
そういって、私たちは頭を下げた。頭を上げると、“加賀”さんの驚く顔が目に入った。」
「五航戦、どうして・・・」
「“加賀”さん。こちらは余市警備府所属の制海艦の“ずいかく”さんであり、先の海難で沈没した正規空母“瑞鶴”ではありません。お間違え無き用。」
“りゅうきゅう”さんがパシッと言い切った。ごめんなさい、“加賀”さん・・・
今はこういうしかないの。
「海軍呉鎮守府、第一航空戦隊所属航空母艦娘“加賀”さん。まず確認しますが、現在問題になっている事項に関して、理解していますか?」
「・・・」
“加賀”さんが黙った。検察官との打ち合わせでも、“赤城”さんも黙り込んだままらしい。しかし、黙秘ではなく事が理解できないようだということみたいだ。
「“加賀”さん!」
私は語気を強めて言った。
「あなたのしでかしたことは重大なことです。場合によっては一航戦は解体の上、処刑されるかもしれません。よくても不名誉除隊かもしれません。私たちはそれだけは何とか避けたいと思っています。だから協力しなさいよ!」
私は持っていたファイルをデスクに叩きつけた。
「大体あんたはいつもそうじゃないのよ!自分だけババ引く役割ばかりして!いい加減私を頼りなさいよ!信じなさいよ!」
「“ずいかく”。」
興奮してしまった私を、“りゅうきゅう”さんが廊下に連れ出した。
「気持ちはわかるけど、弁護人が熱くなってはダメでしょう。」
「はい。すみません・・・」
「まぁいいわ。これで少しでも話を聞ければ一歩前進よ。」
一体どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?考えても、考えても分かりません。思考がループしてしまいます。
あの任務は確かに単調なものでした。北海道東方沖での秋刀魚漁獲任務。あの海域は大湊鎮守府と余市警備府の担当エリアであり、その保有する艦娘の能力は高く、海域は安定していると聞いていました。ですが、司令官からの命令には疑問を差し挟むことはできません。
私、加賀型航空母艦娘“加賀”は相棒の赤城型航空母艦娘“赤城”や警備をしてくれる駆逐艦娘計6名と任務に就きました。
数回同じような任務を行いましたが、何の障害もなく任務を達成することができ、私も“赤城”さんもホッとしていました。ただ、慢心していたのかもしれません。7回目の任務の時でした。沿岸警備隊から停船の指示が出たことは・・・
「で、パニックになった“赤城”さんが発砲したと?」
「ええ。」
「そんな馬鹿な!」
部屋に戻った私と“りゅうきゅう”さんに、“加賀”さんが当時の状況をぽつぽつと話し始めました。
「パニックになったから発砲したなんて、“赤城”さんは敵味方の区別がつかなかったということですか?じゃあ、どうやってこれまで深海棲艦と戦闘していたのですか!?」
確かに驚くべき話だ。いつも最前線で「一航戦の誇り」と言って戦闘していた彼女が、ただ単に沿岸警備隊の停船命令で錯乱するなどあり得ることなのだろうか?
「この話は重要なことです。場合によっては重大な結果になりかねません。もう一度聞きます。あなたは、“赤城”さんが錯乱もしくはパニックになり、沿岸警備隊船娘を敵と認識して攻撃した、そういうことですね?」
「はい。私にはそう見えました。」
今日の聴取を終えて、廊下に出た私、つがる級沿岸警備隊巡視船娘“りゅうきゅう”はあまりのことの重大さに衝撃を受けた。
警官である私には正直、軍法なるものは座学で学んだことしかない。
その中ではもちろん、意図的に友軍に対して攻撃した場合は有罪でMax処刑、minimum不名誉除隊。
そうは思っていたけれど、実際に話を聞くときわめてまずいことになる。
「現場にいた船娘は全員、「意思があった」と証言するでしょうね。私もあの映像を観ましたが、明確に停船を命じる船娘の指示を拒否した上に攻撃を加えています。あれをパニックとか錯乱と言っても通用しませんよ・・・」
「そうね、“ずいかく”。そのあたりは確実に“こじま”母さんも“宗谷”母さんもついてくるわ。」
私はため息を漏らした。どうやら厳しい法廷闘争になりそうだ。
同日夜・警備府内・Avanti
ここで飲むのも久しぶりですわ。そう思って店内を見渡すと、前に来た時と変わらない凝った趣味のインテリアにバグパイプを演奏している楽団。カウンターの後ろに並んでいるウィスキーの瓶。どこも変わりがないようです。
「しかしまぁ、損な役回りだよね。」
そう私、すずや級巡洋艦娘“くまの”はこの警備府内で一番仲の良い米タイコンデロガ級巡洋艦娘“タイコンデロガ”が作ったウィスキーの水割りを受け取ります。私がまだ鋼鉄の艦の時代、最後に私を攻撃したのは彼女の先代の空母「タイコンデロガ」の艦載機でしたわ。でも、最初に私たちが
“ずいかく”さんには“ミッドウェイ”さんが、“ずいほう”さんには“コーラル・シー”さんが、“すずや”には“ヴィンセンス”さんが、“あきづき”さんには“スコット”さんが、“てるづき”さんには“キャラハン”さん、そして私には今、目の前に座っている彼女がチューターとして私たちに良くしてくださいました。
「しかしまぁ、なんだ。こういっては失礼かもしれないが彼女たちの
私は戴いたグラスを両手で包んで回します。そして、一気にそれを流し込みました。
「もう一杯ください。飲まないとやっていられませんわ。」
その時、私の横の席に「失礼」と言って座った人がいました。誰だろう?と彼女の方に向くと、にっこり笑った笑顔がそこにありました。
「あらあら、そんな飲み方では体の毒よ。私にも一杯もらえるかしら?」
「どうぞ。“いず”さん。」
いず級巡視船娘“いず”さん。司令官の警備救難分野でのアドバイザーです。
「何の話をしていたの?」
「あの件ですよ・・・今回、私たちが弁護人を引き受ける、いえ、引き受けざるを得なくなりましたわ。」
「あぁ、あの件ですね。」
“いず”さんがグラスに視線を移して言いました。
「私達
そういって彼女が示した先では、ハミルトン級巡視船娘“パナシュ”さんとみつみね級巡視船娘“みつみね”さんがテーブルにミラーと赤星の瓶が並んでいた。あぁ・・・あの2人は法秩序維持の最強硬派ですよ・・・
以前、海賊行為を行った犯人を船内裁判にかけたことのある“パナシュ”さんに、PT小鬼群を20ミリ砲と30ミリ砲で鬼神のごとく粉砕した“みつみね”さん。悪い人ではないのですが、酒が入ってこのような案件では私にもとばっちりが・・・
「あ、いたいた“くまの”じゃん。」
ホッとしましたわ。姉である“すずや”が店のドアを開けてそれなりの声で私を呼びました。申し訳ありませんが、ここは戦略的撤退ですわ。
「急に用事を思い出しましたわ。“タイコンデロガ”さんに“いず”さん。申し訳ありませんがここで失礼させていただきますわ。」
そういって私は席を立って、出口に向かいます。
「ちょちょっと!なんで帰るの?!」
後ろで“すずや”が私を呼びますがここは撤退あるのみです。
「お!“すずや”じゃないか!?こっちに来て一緒に飲もうぜ!」
“くまの”め・・・逃げたな。私、すずや級巡洋艦娘“すずや”は断るわけにもいかないので、私を呼んだ席に行きました。“パナシュ”さんに“みつみね”さん、さらにはつがる級巡視船娘“ちくぜん”さん、こんごう級護衛艦娘“みょうこう”さん。皆さん法と秩序の維持を任務と考えている最強硬派ですね。はい。今回の件ではさぞかしボルテージが上がっているでしょう・・・
「“すずや”、あなたも大変ですね。こんな不利な状況下で弁護人を引き受けるなんて。無論、現代の法秩序では被告人には弁護士を、優秀な弁護士を付けてもらう権利があり、司法側はその際には優秀な弁護人を選定する責任があります。ですが、今回のこの状況では・・・」
“みょうこう”さんの視線がグラスに移ります。どことなく先代の“妙高”さんを彷彿とさせるその面影は、私にとってとても懐かしいものです。
「そうですね。今回の件は結構厳しいと思いますよ。ただ、私達
“ちくぜん”さんの言葉は非常に温かいです。「流浪の民」同然だった私たちに、いつも温かい言葉をかけていたのは、なんだかんだでここにいる皆さんでした。
「当然じゃん!鈴谷が一番だよ!」
「おう!その意気だ。何かあったら私たちが手助けするからな!」
面倒な酔っ払いを“すずや”にお任せして、私はとある部屋に向かいます。とある建物内のとある部屋。私はその部屋のドアをノックします。
「どうぞ。」
そういわれて入った部屋の中には、カナッペや生ハム、ソーセージにサラミなどお肌の天敵になりそうなおつまみとワインが数本置かれていました。
「こっちに来ると聞いてね。準備しておいたのだ。」
米スプルーアンス級駆逐艦娘“サミュエル・B・ロバーツ”さん、米ロスアンゼルス級潜水艦娘“ヒューストン”さん、豪アンザック級フリゲート艦娘“パース”さん、蘭ヤコブ・ファン・ヘームスケルク級フリゲート艦娘“ヤコブ・ファン・ヘームスケルク”さんの4人が私を待っていてくださいました。
「全く、ワインは我がオージーワインを準備してほしいとあれほど言ったのに・・・」
「いやいや、価格帯的には我がステイツ産が一番です!」
「〆は我が国のジンでお願いしますよ。」
各人のお国自慢が一通り済んだところで、私は席についてワインを戴きます。
「おいしいですね・・・まだ若いのにそれでいて味がしっかりしている。」
「実はこれ、南ア産なのだよね。」
“ロバーツ”さんがにやりと笑って、私に言いました。なるほど・・・ひっかけられましたね。
「今日はこの席をセッティングしていただき、ありがとうございます。」
この会は、いつも私が余市に用事があるたびに開いて戴いている。皆さん、私が鋼鉄の艦だった時代には敵として砲火を交えた艦を先代に持っている。でも・・・
「まぁまぁ。別に私たちが戦闘をしたわけじゃないのだ。別に貴官たちを拒絶する理由はないし、そもそも戦闘をしたとしてもどっちも今は生きている。ノーサイドだよ。」
そういって私を励まして戴いたのは、“パース”さんでしたわ・・・
「で、どうなんだい?弁護の方は?」
ワイングラスを置いて、“ヤコブ”さんが私に尋ねます。
「駆逐艦娘に非があるとは思えません。彼女たちは、従犯だと思います。いえ、従犯でもないのかもしれません。私もIJN時代に経験がありますが、駆逐艦の子たちがNOと言える環境にはないです。」
「まぁねぇ。私たちもそう思うよ。」
“ヒューストン”さんがワイングラスをくるくる回しながら言います。
「IJN艦娘の駆逐艦、あれってまだ子供じゃない。ソマリアやアフガンじゃないのだからさ、子供まで動員ってどうなのよ・・・そんだけ戦局が切迫しているって、完全に負け戦じゃないの?」
私は映像資料で見た、“私”が沈んだ後のあの戦争のことを思い出しました。民間人数十万を巻き込んで壮絶な戦闘を繰り広げたマニラ、県民を犠牲にして本土でありながら本土の扱いをしなかった沖縄、民間人を守るべき軍隊が機能しなかった満州。さらにはその後の戦争のことも思い出します。
北から南まで全土が焦土と化した朝鮮半島、空爆とゲリラ戦と
「まぁ、駆逐艦の子だけでも無罪放免にしてよ、くまのっち。それが、大人の義務じゃない?できることなら、こんな戦争は大人の社交場にして、子供には夢と教育を与えないと、ね。」
“パース”さんの言葉を聞いて、私は泣き出してしまいました。
「お願いです。お願いですから、協力してください。私達には・・・荷が重すぎます・・・」
「大丈夫だよ、くまのっち。私たちがついているから。」
四人が私のそばに来て、それぞれ励ましてくださいます。そうです、私は一人ではありません。
余市に来ると、私たちは大抵この会に呼ばれる。そう思って、私、ずいかく級制海艦娘“ずいかく”とずいほう級制海艦娘“ずいほう”はとある建物のとある部屋に案内された。
「どうぞ。」
その言葉に、私たちは部屋の中に入った。そこには、ミッドウェイ級航空母艦娘“コーラル・シー”さんに、フォレスタル級航空母艦娘“サラトガ”さんと“インディペンデンス”さん、そしてこの会の幹事役、エンタープライズ級航空母艦娘“エンタープライズ”さんが座敷に座って待っていました。
この会は、私たちがこの警備府に配属が決まった際に開かれるようになったと聞いています。鋼鉄の艦だった時代、私は珊瑚海海戦で、南太平洋で、マリアナで、エンガノ岬沖で、この艦娘の先代か、その名の由来になったところで戦いを繰り広げました。正直、気が進みませんでしたが、皆さんの大らかさやその性格にいつしか魅了された気がします。私の性格まで変わったようで、いつしか、ツンデレ?から変わったようです。
「ミディ姐さんが、せっかくニッポンにいるのだからそれらしくしようと言ってね。まぁ、貴官たちもこっちの方が楽だろう。」
そういってエンプラ姉さんが私たちを座敷に案内します。この人の先代とは、私が鋼鉄の艦だった時代には死闘を繰り広げました。
「良いですかな!?私たちは法と秩序を重んじます。そして、それ以上に人としていかにあるべきかを重んじます。過去に囚われて、今困っている人を捨て置くことはできませんししてはいけません。」
私達は、その言葉で救われたのだと思う。
「しかし、大変だな。“赤城”と“加賀”の弁護は。」
そういって、私にビール瓶を差出した“ミディ”姉さんのものを受け取らないわけにはいきません。私はグラスを出してビールを注いでもらいます。
「“加賀”さんと貴官とは特別な縁があったと聞いています。大丈夫ですか?私たちはその点が突っ込まれないかどうか心配なのだ。」
“サラ”姉さんが心配そうな表情を浮かべて私たちに言います。
「それは大丈夫です。“ずいかく”さんがそうでも私は大丈夫です。それほど“加賀”さんには世話になっていませんし、それで“ずいかく”さんが機能停止に追い込まれてもfollowはできます!」
“ずいほう”が胸を張って言います。私と同じように胸がないくせに・・・
「なに!いざとなったら私たちも無い知恵を絞ろう。多少は軍法会議の心得はあると思っている。なぁに、
“インディ”さん、豪胆なのは分かっていますが、さすがにそれはやばいでしょう・・・
そんなこんなで余市警備府内で弁護人の激励が行われているころ、東北本線内を走る急行“津軽”の中にとある艦娘の姿があった。
「“赤城”さん、“加賀”さん。大丈夫でしょうか・・・」
その数時間前、彼女の姿は市ヶ谷の国防省本庁舎内にあった。
「“鳳翔”さん。今回は本当に申し訳ない。」
中園海軍幕僚長に連合艦隊の副司令長官に参謀長、そして呉鎮守府の司令長官が私に頭を下げます。
「どうか頭を上げてください。」
私はそういうしかありません。
「“鳳翔”さん、もうここに至っては、あなたを頼るしかありません。今回の件に関しては、統合軍の指揮下にある余市警備府はそれを盾にこちらの要請を聞きませんし、統合軍幕僚監部はこの件に関しては余市の判断を支持しています。お願いです、何とかしてください。」
何とかって言われても・・・ねぇ。
私が
そこからの打ち合わせは紛糾を極めました。紛糾?でしょうか・・・もう、状況証拠も物理証拠も真っ黒なので、ここからどうするかしかありません。
後は私に一任という絶望的な状況の中、私は東北本線の列車に乗りました。
青森駅で下車して、青函連絡船への乗り換えを行っていると、一人の女性に声をかけられました。
「“鳳翔”さんですね。どうぞこちらに。」
そういって、私は特別の乗り場から船内に案内されました。
「申し遅れました。私、客船娘“きそ”と申します。警備府より、“鳳翔”さんを丁重におもてなしするようにとの指示を受けております。」
成程、私の最後の戦場はすでに始まっているのですね。そう思わずにはいられませんでした。
取りあえず、upします。
長いので、週内に分割・加筆します。其の予定。
あと、どこかで聞いたような艦娘の物語に関してじゃ、別途書く予定。
いつになるかは不明だが・・・