おっさんと過ごす特別な日々   作:ももんじゃ

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俺とおっさん

「……いやいやいや考え直せ少年。千載一遇のこのチャンスだぞ。晩御飯なんかに使っても得はないだろうさ。」

 

「そんなもんですか」

 

「そんなもんだよ!ってか晩御飯なんて家に帰ったら用意されてるだろ?それで十分じゃねぇか。」

 

「いや、確かに晩御飯は用意されてるんです。ってか何が出るかまでわかってるんです。」

「なんだ、嫌いなもんでも出てくんのか?」

 

「今日のウチの晩御飯、おでんなんですよね。」

 

「良いじゃないかおでん!おでんの何が悪い!今日みたいな寒い日にはぴったりじゃないか!」

 

「まぁ確かに美味しいんですけどね、まぁ……ご飯の友とは言いづらいじゃないですか。」

 

そこまで言うとおっさんは少し納得してくれた。

 

「なるほどな。だから育ち盛りの少年にはちょっと物足りなく感じてしまうというわけだな。」

 

「そんなところです。」

 

「だとしても勿体無い!」

 

そう言っておっさんはさっき取り出したお菓子に手を伸ばした。山盛りになったそれはおっさんとおれだけでは到底食べ切れそうにないが、後処理とか大丈夫だろうか、とまたもやどうでも良いことを考えた。

 

「良いか少年。今お前はとんでもない幸運の中にいる。願い事を叶えてもらえるなんて機会は普通に生きている限り存在しないからな。しかし!お前はそれを晩御飯という人生においてもごく僅か、ほんの些細な事象に費やそうとしている。これを勿体無いと言わずしてなんと称するか!」

おっさんはそう捲し立た。あまりに熱弁するもんだから鼻息がこっちまでかかってきそうだ。

 

「別に良くないですか?晩御飯って一日の中でも大事な部分だと個人的には思ってるんですけど。」

 

「何故そんなミクロの世界で物を考える!?わしに頼めば毎日焼肉弁当食えたりするぞ?もっとスケールの大きな願いを言わんか!」

 

「いや…毎日焼肉弁当は流石に飽きると思うんですけど…」

 

「例えばの話だ!まったく固い頭をしおって…やはりお前は馬鹿だったのだな。察しが良いとか言って損したわ。」

 

「損したって…」

 

馬鹿の部分を強調して言いやがるおっさんに、少しムッとした。

 

「じゃあ、どんな願いならスケールが大きいって言えるんですか?いろいろ言ってくれたら俺だって考え直すかもしれませんし。」

 

「スケールの大きいって言ったら決まってるだろう。世界征服とか天地創造とか、そんなんだよ。」

 

「いや、ちょっとそれはスケールでかすぎませんか?逆に想像つかないんですけど。」

 

「ったく…文句の多い小僧だな…まぁ所詮20年も生きていない小童に想像しろ、と言うのも酷な話か。」

 

「…なんかさっきから罵倒が増えてませんか?」

 

「そりゃあ生意気言ってくる小僧には遠慮なんていらんからな。」

 

さっきとは違い悪戯じみた笑顔を見せながら、おっさんは続けた。

 

 

「じゃあこういうのはどうだ。ある日少年が歩いていると突然空から女の子が降ってくる。お前はその子と様々な苦難を乗り越えながら、仲睦まじく幸せな毎日を過ごすんだ。こんな漫画みたいな素敵な人生が、おっさんに頼めば現実になるんだぞ。どうだ?晩御飯よりは魅力的じゃないか?」

 

「微妙ですね。」

 

「即答か!少年のような年頃だと、そんな夢物語に憧れたりするんじゃないのか!あぁ、ひょっとしてあれか!お前彼女持ちか!見た感じいないと見くびっていたが実は可愛い女でも侍らせているのか!?」

 

「いや、生まれてこのかた彼女なんか居たことないですね。」

 

「やっぱりそうだろう!それなら何故微妙なんだ!?今なら願うだけであらゆる美女とのハーレムがお前を待っているというのに!」

 

「いや…何というか…そう言う裏ルートみたいな方法って、ちょっと後ろめたいじゃないですか。」

 

「後ろめたいも何もないわ!せっかくのチャンスを、そんな理由で不意にしようとするなんて情けない!」

 

#

 

何時までも誘いに乗ろうとしない少年に、おっさんは痺れを切らしそうになっていた。

 

「まったく軟弱な奴め……………そうだ。良いことを思いついた。」

 

これならば少年も乗ってくるだろうと思い、おっさんは続けた。

 

「後ろめたく思うのなら、いっそその性格を変えてみてはどうだ?彼女が出来ないのもきっとその軟弱な性格が原因だ。ここで変わることが出来れば、少年の人生も一気に変わる『お断りします。』ぞ。って早いな。」

 

これはちょっと想定外だ。おっさんは頭をかきながらそう感じた。

 

この軟弱な少年は、彼女が出来たことが無いどころか女の子ともほとんど喋らないのだろう。そうでなくともその性格のせいで何らかの不都合を被ってきたはずだ。

 

それなのにその性格を変えられるというチャンスを速攻で切り捨てた。それも今までのようなふわふわとした返事ではなくキッパリと。

 

この予想外の展開に、おっさんは少々興味を持った。いや、興味を持ったのはこの展開にではなく、目の前にいる軟弱な少年に、である。

 

本当はプライバシーとかあるしあんまし見たくなかったんだが……まあ今は特別だ。そう考えたおっさんはこの少年の過去を観察した。え?何でできるかって?そんなもんおっさんにできないことは無いからだ。

 

「ふん。やはり少年はあまり女の子と話したことがないじゃないか。それどころか同級生との関わりも常人の十分の一に満たない。巷で言うところのボッチである事は明らかだ。」

 

「いきなり何俺の学校生活を暴露してるんですか。」

 

「いや、そこまで頑なに拒否するもんだから少年のリアルはさぞ充実しているのだろうなと思ってな。」

 

「それで見てみたら悲惨だったと。」

 

「なんだ、自分でも良く分かっているでは無いか。まあそもそも、クラスメイトの名前を半分も言えないお前に学校での充実など望めんだろうがな。」

 

「…言われなくてもわかってますよ。」

 

「いいや、分かってない。お前は自分の予想より遥かに分かってない。」

 

「分かってないわけないじゃないですか。自分の事は自分が一番良く分かってるんです。そっちがどれだけ俺の過去とか見ようとも、俺以上に俺のことを分かる人なんていないんですよ。」

 

「まあ、それは正しいわな。」

 

「そうでしょう。だったらなん『だがわしだって正しい。』………言っている事が良くわかりません。」

 

「良く言うだろう。Yesの反対はNOでは無いと。少年の言い分とわしの言い分、一見矛盾しているように見える二つの言い分だが、そのどちらも正しい。良くある事じゃないか。」

 

「…だったら俺は自分の事を一番分かってるけど分かってないってことですか?」

 

「その通り。言うならば少年は湖を全部見渡そうとしてボートに乗っているんだ。お前は船上から誰よりも広く水面を見渡しているのだろうが、俯瞰で見ているわしには敵わんのだよ。」

 

「…要は客観性が足りないってことですかね。」

 

「そうだ。やはり飲み込みは早いもんだな。それが聡明さに繋がらないのが残念でならんが。」

 

そこまで言うと、おっさんは体を少年の方に向けた。

 

「良いか少年。今のお前の人生ははっきり言って悲惨だ。凡そイジメにあっていないのが奇跡と言っても良い。それはお前自身もよく分かっていることだろう。そんな所に現れた願いが叶うというチャンスを、棒にふるほどお前は馬鹿じゃないだろう。ましてや今の性格を変えてみろ。お前のクラスの奴らは割といい奴ばかりなんだから、それだけで今の生活は一変する。その馬鹿みたいな真面目さだって、少し柔らかくするだけで事態は好転するかもしれんのだ。どうだ?今の鬱屈とした生活を、変えてみようとは思わないか?」

 

少年は少しの間悩んでいた。が、悩んだのはそれだけであり、答え自体はものの数秒で出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…思いませんね。」

 

#

 

おっさんは俺のことを真剣に思ってくれていた。それは口ぶりから、姿勢から、何よりその真っ直ぐな目が物語っていた。姿格好が薄汚く汚れていようとも、その真摯さは曲がることなく真っ直ぐと、俺に伝わった。

 

だが俺はその誘いに乗らない。乗るわけにはいかない。

 

確かに俺の日常はあまり充実しているとは言えないだろう。話をあわす力とか、空気を読む力とか、その他諸々が足りていなかったせいで、友人の数は昔から墜落寸前の低空飛行だ。

 

 

 

 

 

だけど、しかしながら、俺はそんな不毛な日々を、毎日欠かさず生き抜いてきたんだ。

 

 

 

 

ここでおっさんの誘いに乗ることは即ち今までの俺を否定することになる。それはいけない。

 

 

 

 

今まで必死に生きてきた俺を、地道に耐え抜いてきた俺を、愚直に歩いてきた毎日を、俺は、否定してはいけないんだ。

 

 

 

 

そんな思いと共に、俺はおっさんを見た。おっさんの黒々とした眼の向こう側には、同じく黒々とした、だけど少し頼りない、慣れ親しんだ眼が見えた。

 

 

 

 

 

そんな眼を、少し、ほんの少しだが、誇らしく思った。

 

「……そうか。それならこれ以上の事は言わんさ。手間取らせて悪かったな。」

 

おっさんはそう言って、山盛りになっていたお菓子を袋の中に詰め直した。

 

明らかに入る量じゃなかったんだけど、もう驚きはしない。それより俺は言いたいことがあるんだよ。

 

「あの、おじさん。」

 

「なんだ?願いを決めたのか。それなら聞いてやろうじゃないか。」

 

「あの……俺と…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メル友になってくれませんか?

 

 

 

#

 

そのあと、何かツボに入ったらしく爆笑していたおっさんは、それでもまだ止みそうにない笑いを噛み殺しながら俺に連絡先を渡してくれた。

 

「これ以上は願いは叶わんが、まあ、話し相手にはなってやるさ。それじゃあ達者でな。」

 

そう言っておっさんは俺のあげたお菓子を片手にフラフラと帰っていった。

 

 

我ながら勿体無いことをしたと思う。だけどこれで良かった。これで俺の微妙な毎日は微妙なまま低空飛行を続けるんだ。これだって立派な幸せだと俺は思うんだよな。

 

 

 

 

 

 

…余談だが、その日の晩御飯は焼肉だった。おでんだったはずなのだが、聞いてみると既に作ってあったはずのおでんは何処かに消えてしまっていたらしく、偶然にも冷蔵庫に残っていた肉と野菜諸々で今日の晩御飯をしようと決めたんだとか。それにしては肉が上等だった気がするが、まあ気のせいだろう。

 

 

 

晩御飯をたらふく食べたあと、携帯を確認すると、あのおっさんからメールが来ていた。

 

【おでんうまかったぞ^ - ^ 気が向いたらまた食いに行くから、覚悟しておくように。by うるう年のおっさん】

 

 

 

 

このメールを見てようやく、今日が2月29日である事に気がついたのであった。

 

 




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