20XX年。
あらゆる科学技術が発展していき、生活水準も向上して人々は娯楽に飢えていた。刺激のない人生などつまらないとばかりに人々は様々な分野での発展に勤しんだ。その中でも特に発展を見せたのがゲームである。人の手によって作られたゲームは隆盛を極め、そのゲームは……神々さえ魅了した。
本来下界に降りるはずのない神が、自らの子らである人の作りだしたゲームに興味を持ち、体感した神々は感じた。一体どれほどの経験と熱意をもってこれを作りだしたのかと。
そして神は思った。自分達の力も使って共同でつくりあげたゲームは一体どれほどの進化を見せるだろうかと。
人の作りだしたデータ上の世界。それに興味を持った神々が現世へと顕現し、世界は一気に変わっていった。神々が出現した世界は、当初混乱を見せていたが神の力が作用したのか、はたまたこの世界の住人達の順応能力が高かったのかは不明だが、神たちの存在は比較的穏やかに受け入れられていった。
繁栄していた世界は一部の神々の力によって更に繁栄し、水準の上がった技術を用いて神々は人間と協力しとあるゲームを作りだした。
それは最早ゲームと呼んでいいのか疑問もあるが、それは確かに完成した。
己の魂を神が造りだした異世界へ投影し、その世界を探索するオンラインRPG。
人間では決してたどり着けないレベルのクオリティを誇るそれらは開始早々から、プレイヤーの度肝を抜いた。
まず最初に行うキャラクターメイキング。これに関してはリセットマラソン。通称リセマラは不可能だ。己の魂を異世界へ投影する際にデータへ移されるのだが、その際に決められるのは潜在能力だ。これがこのゲームにおいて、最も特徴的なものと言えるのだが、この投影の際に己の魂の特質。つまり簡単に言うとどんな属性とどんなスキルに適性があるかを自動的に判断し、決められる。例えば剣道を行っていたものであればそれが長ければ長い程それは魂に強く刷り込まれており、それがキャラへと反映されその人物が、潜在的に悪に傾きやすい場合、闇属性が付与される。また習得するスキルも千差万別。人によってレベルが上がる際に習得するスキルは様々で同じようなスキルを覚える事はあっても、名称や効果が完全に重複する事は稀だ。
このゲーム内では完全に個別性が確立しているともいえる。そんなキャラクターを使って冒険する世界はまたまた恐ろしい程の巨額の資金と技術によって作り出されている。
数多くのイベントにまるで本当の人間達が営んでいるかのような町や、本当に生きているようにしか見えない魔物達。そして魔物達を統率するボスなどそれは刺激を求める現代の人々の心を強く捕えた。
己の分身を用いて、魔物を狩り、イベントを楽しみ、課金して超がつくほどのレアアイテムを使ってゲーム世界を楽しむ。
この世界では最早それが当たり前になりつつあった。
人と神が共にゲームに興じる世界。
この物語はそんな世界で生きる1人の男性と、1人の魔王の物語である。
仕事が休みであるという人の多い日曜日。本来なら多くの人が思い思いに買い物やデートを楽しみ、日ごろのストレスを発散できる日でもあるのだが、今は生憎の空模様で空から大粒の雨が大量に降り注いでいる。そんな土砂降りの雨の中に出歩くような人物がそれほどいるわけでもなく、町は車通りが普段より増えているくらいでどんよりとしている。
そんな土砂降りのなか人目につきにくいが、見れば一目で喫茶店と分かる綺麗な一件の店。そこで玄関先で空を眺める1人の男性がいた。まるで親の仇の如く忌々しそうに空を眺める男性は、大きくため息をつくと店のドアから店内へと戻っていった。
「……折角の稼ぎ時……なのに天気は悪く客足もほとんどなし……残念だ」
男性は店の中を溜息と共に中を見渡す。
この店は軽食を主に提供する喫茶店で名前を『れりーふ』という。
店に来たお客に安らいでもらえるようにという意味合いを込めてつけた名前だが、それに見合った客が来ているかどうかは微妙な所である。カウンター席とテーブル席が8つあり、円形のテーブル席は木製でその材質の持つ色調をそのまま使用して暖かい雰囲気をもっており、こまめに清掃されている店内はその雰囲気も相まって清潔な印象を受ける。
暖色系の電灯で全体を照らし、ゆったりとしたクラッシックの流れる店内は時間すらもゆっくりと流れているように錯覚する。静かな時間を過ごしたい方には人気の店と言えるが、生憎の天気にその素晴らしい雰囲気を味わえる客も今はいない。
折角の時間を無駄にするのももったいないと考えた男性は、新しいレシピづくりを始める事にした。基本的には軽食のみを提供しているが、顔なじみや常連さんには対してはなるべく要望にあった料理を提供している。だが、スイーツに関してはもう少し種類を増やしてもいいのではないかと考え、現在仕入れている材料と睨みあい考えた結果プリンを作ることになった。
まずはものの試しという事で鼻歌混じりに材料を用意し、卵を溶かしたりカラメルソースを作ったりと手際よく進めていく。
プリンそのものの作成自体は簡単で、順調に進めていき後は冷やすだけという所まで来た。冷蔵庫に型に流し込んだプリンの元となる液体を入れ後は待つだけだ。
冷蔵庫のドアを閉めた時、ふと男性の耳に妙な音が聞こえてきた。
まるで店の前で誰かが倒れたような音で、ドシャっという嫌な鈍い音が聞こえたのだ。
本来なら関わりたくない所であるが、店先で誰かが倒れたなんていうのはあまりいい気はしないし、風評被害を受ける可能性だってある。
そんな考えがよぎり男性は店のドアを開ける……女性が倒れていた。
「いやいやいや……落ち着け俺。まずはなんだ。そうだとりあえず、救急車だ。うんそうしよう。いや待て。警察の方がいいのか?この場合どっちなんだ?」
「とりあえず……食べ物くださぁい」
目の前で女性が倒れている事に対し、焦っているのかそうでないのか判別しにくいような声音で男性はそう呟くと、女性は顔を上げて懇願するようにそう言い放った。
今にも泣きだしそうな女性は紫紺の髪を腰まで伸ばし、白いワンピースを着ている。
傘など持っておらず、全身ずぶ濡れで白いワンピースは透けており下着のラインが浮き出てしまっていた。非常に可愛らしい顔立ちをしており、男性は一瞬顔を赤らめるがすぐに表情を戻し、厨房近くに置いてあるタオルを急いで取りに行くと、女性に渡して店内へと招いた。
タオルを受け取った女性はよろよろと動きながら、全身についた水滴をぬぐいながら感謝を述べて椅子に座りこんだ。
「むふぅー……。本当に助かりましたぁ。ありがとうございます」
女性はそう言いながら頭を下げる。実際の所意味不明な状況に男性は困惑しているが、女性が大事ないようなので少し安心した。もしここで泣き出してしまうような女性だったら対応しようがないからだ。
「……そういえば食べ物が欲しいとか言っていたけど……家出か何か?」
「んー、家出ではないですよー。何というか初めての外界にテンションが上がりすぎていたんですが、ウロウロしていたら雨のせいで寒いし、お腹がすいてしまうし、ちょっと油断していました。今まで肉の器なんて持ってなかったので」
女性はテヘッと笑いながら恥ずかしそうに俯いている。
肉の器。
神々が顕現する際に人の体を使う際に、そう発言する。一度テレビでその表現はいかがなものかと論争があり、流行語大賞になるのではないかと思うほど頻繁に聞いた言葉だ。
つまり先程の言葉は彼女が人ではないという説明にもなっている。
「えーと、貴女は神様、ですか?」
「微妙な所ですねー。神様と言えなくはないですけど、私自身は分霊みたいなものですから」
「分霊?何ですかそれ」
「分霊っていうのはそうですねー。神様の力の一部を切り離して作ったもう1人の自分ですね」
女性はそう言いながらえへんと胸を張る。雨のせいで透けた下着と、もともと持っている素晴らしいプロポーションも相まって胸を強調しているようにしか見えないが、男性は強靭な精神力をもってそれを無視する。
「そうですか……。しかし神様。俺の店で飯を食いたいなら金が必要ですが……金はあるんですか?」
「お金?あー人が生活する時に使うっていうアレですね。大丈夫!持ってま、す、けど……。これって……大丈夫、かな?」
女性はそう言って取り出したのは雨に濡れて慎重に取り出さないと間違いなく千切れてしまう千円札だった。
「……まぁいいや。本当に神様かどうかは分かりませんが、これも何かの縁ですし今回はご馳走しますよ」
「いいんですか!わー人間ってやっぱり優しいんですねー。ありがとうございますぅ!」
両手を合わせて嬉しそうにする彼女は非常に可愛らしく、男性は苦笑して料理を作り始めた。
「そう言えば、人間さんはお名前は何て言うんですか?」
女性は差し出されたコーヒーを受け取り、手を温めながらそう尋ねた。
「俺ですか?俺は手島博信です。周りからはマスターって呼ばれてますね」
「マスターさんですか。私はアザ、じゃなくて。アゼリアです。よろしくお願いしますね。マスターさん」
少し言いよどんだ女性を少し訝しんでしまうが、それもすぐに料理に専念しだして男性は忘れてしまった。
彼女の正体が何であろうと、手島博信にとっては客以上の存在ではないと考えたからだ。彼がもし、彼女の正体を知った場合どんな反応をするのか。アゼリアは手の中の暖かなコーヒーをゆっくりと飲み下しながら、彼の暖かさを感じつつそんな事を考えた。
夜の闇が世界を覆い、町に人工的な光が灯り昼間以上の活気で賑わいだしたころ。
結局客足はほとんど伸びず、仕方なく閉店した博信は店の中の片付けと翌日のための準備を行いながら今日来店した、とある珍客の事を思い出す。
「……あの神様大丈夫だったかな。……また観光してくるって言っていたけど……」
客としてきた自称神を名乗る女性アゼリア。
彼女は博信が出したオムライスを瞬く間に平らげると幸せそうな顔で博信へと礼を述べた。彼女はまた町を見てくると言って出て行ってしまったのだが、正直一般常識のなさそうな彼女が無事にすむかどうか憂慮してしまうのは仕方のない事だろう。
博信は一応何かあった時の為にいつでもこの店に来ていい事と、名刺を渡しておいたのだがそれを上手く活用できるかどうかも怪しい所ではある。
「……まぁ考えてもしょうがないか。きっとどうにかするだろう」
考える事をやめて、仕事を手早く終えていくがそれでもやはり時間は過ぎていくのが早く、全ての作業を終えたのは夜の9時を過ぎた所だった。
博信は自宅も兼任している店の裏側にある自室へ向かうと、さっさと服を脱ぎシャワーを浴びる。この世界では水を司る神や雷を司る神などが顕現した事によって光熱水道費が恐ろしく安い。神が現れる以前に水道会社や電力会社を経営していた人物達は神によって破産に追い込まれた。もちろんそういった人達は神に対して報復を図ろうとしたが、神々はもちろんそれを見越していたようで、その人員全てを自分の傘下においた。もちろん反発しようともしたが、今まで以上の好待遇を約束された平社員などは一瞬にして鞍替えしたのだった。部下たちが一斉に離反した状態で上司たちが自分達だけで会社経営や神に対抗など出来るはずもなく、あっさりと傘下に下る事になった。
実際光熱水道費が安くなるという現実的なメリットが国民にとっては非常に大きく、世論が神々を味方したという事も大きいだろう。
そんな安くなったおかげでシャワーをどれだけ使おうと支障のない生活となった事にある種の感謝すら抱きつつ、博信はシャワーを止め部屋へと戻った。
それほど広くもない部屋に戻り、体についた水滴を拭いつつメッセージを知らせるGDに目を向けた。
GDとは略称で正式名称はGateDriveTranceporter。
特に意味のある名前ではなく、単に神が「これが格好いい!」という理由でつけた名称ではあるが一般的にはGDという名前で認知されている。
神々が造りだしたハードウェアで、これは神が造りだした携帯型のゲームだ。
これを起動すると使用者の精神にリンクしてゲームの世界へ旅立つ事が出来る。
使用上の注意として、これを使用している際は肉体が完全に休眠状態となるため排泄等の為に一度ログアウトする必要がある。実際に初めてGDを使用した人間達はその驚異の技術と、興奮によってしばらくログアウトせずに現実に帰還すると失禁と強烈な空腹に襲われたという事だ。実際に餓死した例もあり、GDには実際に尿意や空腹感を感じるように設定が変更されている。
そんな飛びぬけた技術の塊でもあるGDにはメッセンジャーの機能もあり、メッセージの受信を知らせるライトがその着信を博信に知らせる為に灯りを明滅させている。
「……今日は何か予定いれてたっけ?」
博信は予定を思い出しながら、GDを手に取り、メッセージを開く。
受信トレイにはゲーム内の友人である『にゃるさん』からのメッセージが届いていた。
『今日は暇か?新しく出たイベントボスを狩りに行かないか?マスターがいると心強い。時間は22時だ。行けそうなら連絡を頼む(´◉◞౪◟◉)』
「……にゃるさん。……相変わらず意味の分からない顔文字を使うんだな……。絶対適当に入れてるだろ。まぁいいか。新しいイベントボスも気になるし行こうかな」
了解しました、という返信を出し風邪をひかないようにしっかりと着替え、アラームを設定してベッドへと潜り込む。
早速GDのスタート画面を開き、冒険をするために必要なパスワードを打ち込む。
「さて……狩りの時間だな」
博信は己の心を掴んで離さないゲームの世界へと旅立った。
そのゲームは最早現実と大差ない世界であり、あらゆる自由と、あらゆる名声と、あらゆる暴力と、あらゆる権力を手に入れる事が出来るゲームである。
この世界では神も、人も平等な存在となる触れ合う事の出来るゲームともいえる。
このゲームを作りだした神と人は、とある願いを持ってこのゲームにこう命名した。
『OverZenith』
人も神もその存在と想いの限りを持って、あらゆる困難を乗り越えてほしいと。