OverZenith   作:jyarimiti

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彼女の為に

 『OverZenith』を起動し、目を開けると眼下に巨大な町を見下ろす広大な草原にいた。

 ここはこのゲームを起動した際に必ず最初に来る事になるポートゲートだ。ここから、この世界に点在するいくつかのゲートに転移する事が可能であるが、一度行った事がある場所にのみ転移する事が出来る。

 博信は待ち合わせをしている友人『にゃるさん』を探し、周囲を見渡す。

 ポートの周辺には同じように待ち合わせをしているのか数人のプレイヤーの姿が見られる。きっと彼らも今から冒険に行くのだろうと思い博信は何だか妙な親近感を感じていた。

 

 「やぁマスター、這いよる変態にゃるさんだ」

 

 何の音もなく背後から聞こえてきた声に、驚く事もなく博信は背後を振り返り呆れた声をだす。

 

 「にゃるさん……。いい加減その無音スキルを使って近寄るのは勘弁してくださいよ。心臓に悪い」

 

 「はははは。失敬。これは最早癖みたいなものでね。それにさほど驚いているようには見えないよ?」

 

 愉快そうに笑うのは美青年と呼んでもなんの差支えもない男性だ。

 黒い髪を腰まで伸ばし、白い陶磁のような肌に青い瞳が特徴的で優しく穏やかなその表情は、見る人に安心感を与える。スラッとした体躯に身長は180㎝にも届く高身長でモデルのようなその佇まいもあって、このゲーム内において5本の指に入るほどの人気を誇る人物だ。茶色の皮鎧に身を包み漆黒の外套を羽織る彼は、そのスキルの希少性も相まって非常に強い。特に面倒な雑魚戦においては無類の強さを発揮するのが彼だ。

 博信にとってはスキルやその戦闘力よりも性格の方が少し厄介だとも思っているが、気が合うのも確かなので困っているともいえる。

 

 「……俺の場合は慣れですよ。会うたびに毎回脅かしてくるんですからいい加減慣れますよ。それより、今回のイベントボスってどんな奴でしたっけ?」

 

 「それは残念。今回はなんでも特殊なイベントらしくてね。イベント名は『食屍の王』だったんだ。実はまだこのイベントクリアされていないんだよ」

 

 「クリアされていないんですか?あの廃課金者たちがまだクリアしていないって事ですか?」

 にゃるさんの言葉に驚きを隠せない博信は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 博信が言う廃課金者とはこの世界でも最早公然の存在となっている2柱の神の存在である。1柱は炎の化身と呼ばれる神でプレイヤー名を『バーニング』さん。この方はとある原子力発電所を潰し、その炎の力を持って火力発電所を運営している神で己の力でだけで発電できるため無駄が少なく、ハイリターンによって高収入を得ている人物だ。なんでもたった1人で原子力発電所8台分の電力を創り出しているとかなんとか……。しかも発電所に力を割きつつもひたすらゲームをやり続けているという噂が立っている神だ。

 彼はその発電所で入ってくる自分への給料のほとんどをこのゲームへと課金している。その額はおよそ10億近いと言われている。ちなみにこの神はかなり運がないらしく、外れアイテムを引く事が多いとかなんとか。

 

 もう1柱の神はプレイヤー名を『✝深淵を統べる漆黒✝』さん。言いたい事が分るようでよく分からないプレイヤー名だが彼も人気を博している。この神は正体不明であるが、実際に課金した額は約1億との事。彼が一時期課金アイテムだけで装備品を揃えていた時があったのだが、その時の彼は全身漆黒の鎧で、装備していた大剣は包帯(本人曰く呪符らしい)に巻かれており、その装備の珍しさに近づいて来たプレイヤーに対しこう言ったらしい。

 

 「私は世界を背負っている。力に汚染される可能性があるから近寄らないほうがいい……むっいかん!離れるんだ!我が力が……!」

 

 と言って走り去っていったらしい(原文そのまま)。

 一時期は漆黒さんになりきろうというグループもあったらしいが、なんだかんだで人気なプレイヤーだ。

 

 その2柱の神は課金額もおかしいが実力も間違いなくトップクラスだ。そんな2柱の神が攻略出来ていないというのは不思議な話だ。

 

 「なんでも特殊な防壁を張ってきて攻撃が通らないボスだとか。いまあのバカ2人が募集をかけているみたいだ」

 

 「なるほどなー、それで俺の出番なのか。でもどうだろうな。流石にその特殊な防壁ってのが何なのか分からんけど、俺のスキルが通じるかな?」

 

 「大丈夫。マスターの超レアスキルなら問題ない」

 

 にゃるさんはそう言いながら博信の手を取りうっとりとした目で見つめる。

 その視線には明らかに信頼以上の危険な感情が含まれているように見えるが、きっと気のせいではないだろう。

 

 「マスターと、私にクリアできないイベントなどない。2人の愛を妨げる事など誰にも出来ないのだから!」

 

 大仰な動作でそう宣言するにゃるさんは誇らしげである。

 宝塚でも通用しそうなほどキレのある動きでにゃるさんは博信の肩を抱き寄せ、周囲にいた女性プレイヤーからは黄色いお声が漏れているようだった。

 

 「……あぁはいはい。さて行きましょうか」

 

 「つれないなぁ。そこが良い所でもあるんだが」

 

 博信は平坦な声で答え、それに苦笑するにゃるさん。2人はポートへと向かい今回のイベントの近くまで転移を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『食屍の王』

 このイベントは始まってはいるが、実はまだどんなイベントなのか分かっているものはいない。

 クロットリアと呼ばれるタウンをメインに発生するイベントであるという事と、特殊な防壁を張って通常攻撃が効きにくいという情報以外は特になんのアナウンスもなく、多くのプレイヤーがここで情報収集を行っているが誰もがなんの情報も手に入れる事が出来ないでいた。そのイベント名からこのタウンの墓地に何かあるのではないかと考える人達も多かったが、その多くが無駄足に終わっていた。

 何らかのイベントフラグがあるのか、もしくは運営のミスなのかなど様々な情報が錯綜しているようだ。

 

 博信とにゃるさんはクロットリアでの現状では、今自分達が調べても真新しい情報はないだろうと判断し、町の周辺を回りつつ新たな発見がないかを探し始めていた。

 

 「ところでマスター。店の方はどうなんだ?」

 

 「どうって?」

 

 2人は群がってきた10匹のゴブリンを片手間で殺害しながら悠長に会話をしている。

 一匹のゴブリンがにゃるさんに棍棒を振るうが、それを難なく回避し首を一瞬にして切断した。その手にはいつの間に抜いたのか細見の剣が握られており、儀礼用の剣のように華美な装飾が鍔元から柄にかけて施されているが、その刀身自体は禍々しい形状をしておりその相反する見た目はアンバランスな印象を受ける。

 

 「経営の方だよ。ちゃんと生活できてるのか?マスターは優しいからな。変なのに引っかからないか心配だ」

 

 「俺はそんなに優しい方でもないと思うけど、なっ」

 

 博信に向かってきたゴブリンを巨大な斧を使って吹き飛ばす。剛腕とその質量を利用して放たれた一撃はゴブリンの上半身を根こそぎ吹き飛ばし、臓物をまき散らした。リアリティを求めまくっているあたり開発の本気が伺えるシーンである。

 

 「しかし、ゴブリンって殺しても殺してもきりがないな。ポップが早すぎるんだよ」

 

 「確かに。このあたりのゴブリンは確かレベル40位だったかな。このレベルのゴブリンは耐久も意外と高いからな。ゴブリンのくせに」

 

 このゲーム内においてレベルの高さというのは重要であるが、それ以上にそのレベルボーナスによってもたらされるポイントをどう割り振っていくかも重要となっていく。

 主に耐久、力、魔力、防御、敏捷、運の6項目がメインのステータスとなり、それにスキルが割り振られる形となる。スキルだけでも十分に個別性を図れているゲームではあるが、そのポイントをどう割り振っていくかも、スキルと相談しながら割り振っていく必要がある。

 例えば全体的に均等に振り分けた場合器用貧乏になりすぎて、逆に使えないキャラとなってしまう可能性もあるし、何かに一能特化させると他で役に立たない時が来る。

 パーティを組むなら一能特化の方が役に立つ時も多いが、そこを補うのがやはりスキルなのだ。

 ちなみにこのゲームにおいてレベルの上限は100となっており、マスターとにゃるさんは共に上限に達している。マスターは完全な耐久と力の特化型でありにゃるさんは力と敏捷特化型である。

 

 「そう言えば、にゃるさんこの辺りのモンスターで装備の材料に必要なのがいるって言ってませんでした?」

 

 「覚えていてくれたんだな。ちょうどこの辺りに出るキラーマンティスの鎌が必要だったんだ。出てくるようならついでに狩るとしよう」

 

 「りょーかい!」

 

 残りのゴブリンを殲滅しつつ、のんびりと狩りを行っていく2人。

 その能力は高く、ゴブリンが100匹来ようが1000匹来ようが恐らく2人のやる気が削がれない限り負ける事はないだろう。それほどに彼我の戦力差は大きかった。

 10匹程度など物の数分で片が付き、2人は早速目的のモンスターを捜索にかかった。

 いつもの事だと2人は特に気にもしていなかった。

 自分達が倒したモンスターが普段は消滅していくのに、いつまでもその肉体が残っている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやいや、今日は助かったよ。これで新しい装備が作れそうだ」

 

 「どういたしまして。やっぱり魔剣シリーズですか?」

 

 「あぁ。どうも魔剣という響きが好きでね。その名前を持つ剣はどうしても持っていたくなるんだよな」

 

 「まぁ気持ちは分からなくはないですけどね」

 

 「流石は我が最愛のマスターだ!」

 

 抱き付いてきたにゃるさんを躱した所で、設定していたアラームが鳴り始めた。

 

 「おっと、今日はもうおしまいですね。ありがとうございましたにゃるさん。明日は休みなんですけど、にゃるさんはどうですか?」

 

 「もうそんな時間か。私は大丈夫だ。イベントの続きだろう?明日の朝10時からどうだろうか?」

 

 「問題ないです。じゃあまた明日ですね。お疲れさまでした」

 

 「ああ、おやすみ。マスター。よい夢を」

 

 にゃるさんは手を振りながらマスターを見送り、自分もログアウトを開始した。

 

 「……本当にいい御人だ」

 

 そんな言葉を残し、にゃるさんはその姿を電子世界から消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界へ帰還した博信は明日の為にも早速寝ようとして、ふと違和感に気付く。妙に暖かいベッド。それはいい。自分の体温できっと暖かくなっているんだろう。

 布団類の状態。普段よりも何故か盛り上がっている。更に言えば意識がない状態であったため、基本的には体動がないので乱れるはずのない布団類が少し乱れている。

 

 横を向いた彼の目に、昼間に見た可愛らしい女性が寝ているではないか。

 彼女はあられもない姿でYシャツ一枚にパンツだけという扇情的な姿で、ある意味裸よりも蠱惑的な姿で睡眠中である。

 

 「……これは襲われても文句は言えないと思うが……。いやでもこれで神様を襲ったってなったら俺どうなるんだ?……後が怖いな。やめとくか」

 

 自分に言い訳でもするように博信は目を逸らしながら、アゼリアから少し離れようとする。

 

 「……俺がいつでも来ていいって言ったんだしまぁいいか。明日事情を聴くとしよう。流石に一緒に寝ているってのはおかしいと思うが」

 

 博信はそう考えつつ、押し寄せる睡魔に抗う事なく安らかな眠りの世界へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっはようございます、マスターさん!朝ですよ!」

 

 いきなり聞こえてきた声に、意識が一気に覚醒した博信。普段はアラームで起きるだけなので、他人に起こされるという経験があまりにも久しぶりなので一気に目が覚めたのだった。

 

 「えっと……おはよう…ございます。……あぁそっか。アゼリアさん昨日潜り込んでたんでしたね」

 

 「はい!マスターのお言葉に甘えて来ちゃいました!」

 

 ダメでした?と小首をかしげて言うアゼリアが可愛らしく、博信は溜息をついて苦笑する。いまさらダメともいえないし、自分が来ていいと言ったのだ。ここで追い出すのは野暮というものだろう。もしかしたにゃるさんはこういった博信の性格も含めて大丈夫かと聞いたのではないだろうかと、ふと思う博信だった。

 起き上がり、目覚ましに軽くストレッチを行いそう言えば昨日はどうだったのだろうかと思い、アゼリアに目を向ける。

 

 

 「アゼリアさん、昨日はどうでした?町は楽しめましたか?」

 

 「うーん。まぁまぁ楽しめましたけど、何というかここが一番落ち着きますねー」

 

 「そうですか。……ところでどうやって入ったんですか?きちんと戸締りはしていたと思ったんですが?」

 

 「そこはあれです。私の力をちょちょいっと使ってですね。余裕でした」

 

 人外の力を侵入に使う辺り残念としか言いようがないが、それもまたしょうがないかと簡単に割り切り溜息をつく博信。本来ならここは防犯上の意味も込めて彼女に忠告した方がいいのかもしれないが、博信の勘は言っていた。彼女には言ってもきっと意味がないだろうと。

 

 「そっすか。余裕でしたか。まぁいいや。朝ごはん食べていきますか?」

 

 「是非!お願いします!」

 

 目を輝かせるアゼリアがおかしくてついつい笑ってしまうが、自分の料理で喜んでもらえるなら、カフェ経営者としてこれ以上喜ばしい事もないと思い、張り切って料理を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 「そう言えばアゼリアさん。そもそも何の用でこの町に来たんですか?昨日は初めて受肉したとかなんとか言ってましたけど」

 

 

 一通りの食事を終えた後、食器を片付けつつ尋ねた。アゼリアも手伝うと申し出て一緒に皿を洗っている最中にふと思い出し、疑問に思っていた事を尋ねた。

 

 「あー、実はいま上位存在。マスターさん達でいうと神様にあたる存在の間で、1つの噂が流れているんですよ。なんでもこの世界にある神様が造った機械の中で、神々の願いをどんな物でも必ず叶える事の出来る道具があるという噂が。なんでも何とかというゲームの中にそれがあるらしいんですよね。私の本体は実はとある理由もあってまったく動けなくて……恥ずかしながら、実は外界とこうして触れ合うのも初めてなんですよ。それで本体でもこの世界で問題なく動けるようにしてほしいという願いを叶える為にこうしてその機械を探しにきた次第です」

 

 泡を丁寧に落としながら濯いでいく彼女はどこか真剣な表情でそう語る。

 博信は一体どういう神なのかと考えつつ、彼女が語る道具というのがもしかして『OverZenith』の事ではないかと考える。このゲームにはブラックボックスな部分も多く、神が造りだしたゲームというのなら、きっとそれ位可能なのではないかという噂が流れていた時期もあったからだ。

 そこでふと考える。彼女も神であるのなら己の願いを叶える事は容易なのではないかと。

 その事を尋ねるとアゼリアは首を振り、答えた。

 

 「……私は、まぁ神というか、その邪神なんですよ。私達みたいな邪神は役割が決定してまして……。万能かというとそうでもなくて。出来る事は多いですが、本当に欲しいものというのは得てして持っていないものなんですよね」

 

 自嘲気味に笑うアゼリアはそう寂しそうに語る。

 見知ってまだ一日ではあるが、博信はそれを見て考えた。彼女の寂しそうな笑顔が何と悲しいものなのかと。彼女と初めて会った時の事を思い出し、行くあてもなく頼れるものもない状態で探し続けていた彼女はきっとその噂に一縷の望みをかけて、彷徨っていたのだろう。

 であるならば。ここで手を貸さないという選択肢は博信にはなかった。

 

 「ねぇ、アゼリアさん。もしかしたらその機械について心当たりがあるんだけど、良かったら俺も手伝っていい?」

 

 「ふぇ?いいんですか!?」

 

 「うん。会ったばかりの俺がこういうのもなんだけど、アゼリアさんがそんな悲しそうな顔をするのは寂しいですからね」

 

 「……ありがとうございますぅ。良かったぁ、実は中々人に聞いても分からなくて困ってたんですよぉ。それに私邪神なんで返せるものなんてないですし……本当に良いですか?」

 

 「いいですよ。じゃあアゼリアさん用の本体を買いに行かないといけないな。今の時間ならオドバシカメラが開いてるかな?そこだしちょっと行ってくるか」

 

 洗った食器を手早く片付け、着替えを始める。

 電化製品と言えばこのあたりではオドバシカメラが一番の大手だ。品揃えも豊富で朝早くから開いているのもありがたい。

 

 「じゃあ一緒に行きましょう!私まだそこには行ってないと思うんで!」

 

 アゼリアは目を輝かせて、まるで玩具を見に行く子供のようにはしゃいでいる。

 そんな姿を見て断る訳にも行かず、共に行くことになった。

 ふと、まるでデート見たいだと考えつつも邪な考えを振り払う。

 

 (しかし、邪神か。……自由になりたいって一体どんな邪神なのか気になる所ではあるが……。まぁこんな彼女が邪神というなら騙されてもいいかなと思ってしまうあたり、俺もきちんと男だったんだな)

 

 「何してるんですかマスターさん!早く行きましょう!すぐ行きましょう!ダッシュで行きましょう!」

 

 鼻息荒く話す彼女を見て、ふとそう考えてしまうのだった。

 

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