「……これで全部かな」
荷物を引っ越し会社のトラックに積み終わり、一息つく。これから一人暮らしが始まるとなると、少しドキドキする。
今日は春休みの真っ最中、俺は椚ヶ丘駅の近くに引っ越すことになった。理由は、此衣と朋樹のことを思い出さないためだ。この孤児院にいると、どうしても思い出してしまう。
幸い、金は両親の遺産がある。安いアパートくらいなら余裕で借りることができた。
「これで全部終わりか?」
「ん?ああ、おう」
奏矢が話しかけてきた。荷物も運び終わったので、引っ越し業者さんに合図を出した。俺の荷物を載せたトラックが出発していった。
「……ああ、あれだ……なんかあったら言えよ?」
「…………おう」
あれ以来、奏矢があからさまに気を使ってくる。そういうのは慣れてない癖に。まぁ、気遣いは素直に嬉しかった。
「……それよか、お前椚ヶ丘に行くらしいな。何でなんだ?」
あの後、ひと段落ついた後で玄斗さんにどこの中学に行くか聞かれた。その時、俺は打って変わって椚ヶ丘と答えたのだ。その理由は単純だ。
「近いから」
そう答えた俺に、奏矢が驚いたようだった。まぁ、そんな理由で椚ヶ丘に入るやつなんていないだろう。
もう、学校も勉強もどうでも良くなった。遠い公立校に通うのが面倒になったから椚ヶ丘にした。それだけだ。
「……玄斗さんに挨拶したら、もう行くよ」
「……………おう」
施設に入り、玄斗さんの部屋に向かう。中に入ると、玄斗さんは窓の外を見ていた。
「……やぁ颯君、もう行くのかい?」
「はい。その前に挨拶をと」
「そうか………」
そう言って、玄斗さんはある物を見せてきた。
「………これは?」
「朋樹君と此衣さんの部屋にあったんだ」
それは、前に買ったキーホルダーだった。繋がりの証だった。
「持って行くかい?」
「………いや、いいです。ここに置いておいてください」
どんな気持ちで持ったら良いか分からない。俺の持っているやつも、きっと机の中にずっと入れておくことになるだろう。
「そうか……何かあったら、連絡するんだよ」
「奏矢にも言われました。困ったことがあったら連絡します……今まで、ありがとうございました」
そう言い、一礼して部屋を出ようとする。
「……颯君、朋樹君と此衣さんはきっと「失礼します」」
玄斗さんの言葉を遮って部屋を出た。
聞きたくなかった。玄斗さんなら何か知っているかもしれないが、それでも分からないままが楽だった。
ずっと一緒にいて、一番二人のことが分かっていると思ってたのに、今となっては何一つ分からない。あの事故以来ずっと考えていたのに答えが出なかった俺は、考えることを拒否したのだ。
とにかく、忘れよう。そう思い、俺は長く住んでいた家に別れを告げて、新たな家に向かったのだった。
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いろんな事があって入学した椚ヶ丘での生活は、予想通りつまらなかった。毎日毎日勉強に明け暮れるクラスメイトたち。それが滑稽に見えた。きっと、そいつらにも俺が哀れに見えたのだろう。こいつは絶対にE組に落ちるだろうと。俺はそれでも構わなかった。
面白いと思えたのが、いわゆるオタク系のものだった。たまたま付けたテレビで見たアニメは、久しぶりに俺を楽しませた。それからは、アニメのDVDを借りたり中古ショップで漫画やラノベ、ゲームを買い漁ったりした。たまにゲーセンに行ったりもした。
そんな怠惰な日々を送っていた俺が、成績も伸びるはずもなく、E組行きはほぼ確実だと思われた。そして俺が中2の冬に入る頃、事件が起こった。
いつも通り授業を適当に流し、休み時間に飲み物を買いに来ていた。着くと、自販機には上級生らしき、ガタイの良い男達が並んでいた。
面倒だと思いながら俺も並ぶ。すると、男の一人が話し始めた。
「てかさぁ、ショウ君前のテスト何位だった?」
「ああ?当たりめぇだろ、一位だよ」
「うっほぉ、凄ぇ!」
話から察するに、どうやらショウ君は首席を維持しているらしい。そりゃすげぇなさっさとジュース選んでくれ。
「これも、相良と橘川が死んでくれたお陰っすね!」
………何だと?
「ああ、全く目障りな奴らだったぜ!まぁ……俺の実力ならいずれ勝っていただろーがな!」
そう言って、ショウ君と取り巻きはギャハハと下品に笑った。
……抑えるんだ。俺は二人とは関係ない。そうだろう?
ジュースは諦めてその場を立ち去ろうとする。すると、また声が聞こえた。
「てかあの二人って、デキてたんじゃないスか?」
「ああ〜あるある、ずっと二人一緒で、正直キモかったわ」
「汚ねぇ孤児が、死ねて本望だったんじゃねぇのか?」
プチン
何かが切れた。切れてしまった。
ギャハハとまた下品に笑うショウ君に歩み寄り、肩を叩く。
「ん?何だよテメェ……ブフォ!?」
振り向くショウ君の顎に思いっきり拳を入れる。これでE組行き確定だろうが……知ったことか。
「テメェらみてぇな糞野郎がぁぁ、俺の恩人を馬鹿にしてんじゃねぇぇえぇぇええぇぇえ!!!」
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「それでそいつら全員殴り倒した俺は、中3までの停学とE組行きの処分が決まった。これが、俺のこれまでの人生だよ」
「「「「「……………」」」」」
語り終わったが、誰一人口を開こうとしない。あのカルマも、態度は悪いが顔は真剣に聞いていた。
すると、殺せんせーが初めに口を開いた。
「……なるほど、君が何を思ってここまで生きてきたのか、何となく分かりました」
「……正直さ、生きてる意味とか分からなくなってた。つい最近でも、此衣の弟の紫苑に、許さない、って言われたんだ」
二人の葬式の時、一番感情的になっていたのが紫苑だった。それだけ紫苑の中で、此衣の存在が大きかったのだろう。
「けど、E組に来て、楽しかった。皆とこの教室で、遊んだり勉強したり訓練したりするのが、凄い楽しかった。それで思えたんだ」
そう言って、改めてE組の皆を見る。
「このクラスの皆なら、朋樹と此衣のようなかけがえの無い存在になれるんじゃないか、またあの頃みたいに笑い合えるんじゃないか、って」
そう言って微笑む。クラスの皆も、笑顔になっていた。そしてクラスを代表するように渚が来た。
「話を聞いていて、夕凪君の背負ってるモノの重さが改めて分かったよ。朋樹君や此衣さんくらいかけがえの無い存在になれるかは自信が無いけど………僕らは夕凪君とそういう関係を築いていきたい。そう思ってるよ」
そう言って、渚は手を出した。
「……また……信じても良いのか?」
「当たり前だろ?お前も俺達も一緒のクラスメイトなんだから」
「鷹岡先生と戦ってた時だって、凄いカッコ良かったよ〜」
磯貝と倉橋がそう言った。他の皆も口々に言ってくれる。
「……ありがとう……ありがとう!皆!」
渚の手を握り言った。目からは涙が流れたが、皆見守ってくれた。
「はぁ、結構時間経ったね」
「そうだ!烏間先生、生徒の努力でまた体育教師に戻れたし、なんか臨時報酬あってもいいんじゃない?」
「そうそう、鷹岡先生そーいうのだけは充実してたよねー」
中村と倉橋の言葉で、さっきのムードはなくなり明るい雰囲気が流れてきた。こういう楽しい雰囲気も、E組の良いところだ。
「……フン、俺は甘い物など知らん。サイフは出すから食いたい物を街で言え」
「「「「「やったー!」」」」」
っしゃあ!フィーバータイムだぜ!
「にゅやっ!先生にもその報酬を!」
「えー?殺せんせーはどうなの?」
「今回はろくな活躍無かったよな〜」
「いやいやいや!!」
俺も岡野と前原に賛成だ。ずっと見てただけだしな。
「夕凪君」
すると、不破が話しかけてきた。
「あの時助けてくれてありがと!カッコ良かったよ!」
「お……おう」
そう言って笑みを浮かべる不破をみて、少しドキッとしてしまった。
「それじゃ、行こ?」
「ああ、そうだな!」
そう言って皆について行く。これからもこの皆と過ごせるとわかると、心が躍ってしょうがなかった。
「土下座してついてきやがった!!」
気持ちわりぃなオイ!!
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鷹岡騒動のあった週の土曜日。
この日は訓練がなかった。基本休日は家にいるのだが、休みを返上してまで来た場所は……
「久しぶりだなあ、ここも」
霧島チャイルドホーム。俺の前の家だ。2年とちょっとばかしだが、懐かしく感じる。
今日は玄斗さんに用があって来たのだ。もう会う話はしてあるので、多分いるはずだ。
ドアを開けて、玄斗さんの部屋に向かう。見る光景の何もかもが懐かしかった。
「失礼しまーす」
そう言って玄斗さんの部屋を開ける。
「やぁ、来たね」
やはりいた。玄斗さんは何やら仕事をしているようで、パソコンに向かっていた。
「前より調子が良さそうで安心したよ………それで、相談って何だい?」
そう、俺はこの人に頼み事があったのだ。
俺は無言で膝を着き、正座をして頭を下げた。THE 土下座だ。そして言った。
「俺に稽古をつけて下さい!!」
「……………は?」
これで過去編は終わりです。
次回にオリ回を少しだけ挟んで、原作ルートに戻ります。
次は不破さん回です!