崖を難なく登り終わり、いよいよホテルに潜入するところだ。ビッチ先生が後ろでずっと騒いでいたが……
「この裏口の扉の電子ロックは私の命令で開けられますし、監視カメラも映さないよう細工できます。しかし、ホテルの管理システムは多系統に分かれており、私一人で全て掌握するのは不可能です」
「流石に厳重だな。律、侵入ルートの最終確認だ」
そう烏間先生が言うと、律は内部マップを全員の携帯に送信した。
「エレベーターはフロントが渡す専用ICキーが必要は為使えません。従って階段を使うしかないのですが、その階段もバラバラに設置されています」
「テレビ局みたいな構造だな。テロリストに占拠されにくい複雑な構造になってる」
「こりゃあ、悪い宿泊客が愛用するわけだ……」
千葉と菅谷がそう言うと、烏間先生は時間が無いと言い裏口を開けた。素早く入っていく先生に続いて、皆ホテルに入った。
一階 ロビー
こりゃ……早々に難関ポイントだな。警備員が予想以上に多く、皆がばれずに通るのはまず無理だ。
さてどうするか、有効なのは……陽動だろうか。でも、どうやって……
「何よ、普通に通れば良いじゃない」
……何言ってんだこのビッチ?
「状況判断も出来ねぇのか!?」
「あんだけの警備の中どうやって……」
菅谷と木村がそう言う。寺坂や吉田は青筋を立てていた。そりゃそうだ、そんな堂々と出て行ったら嫌でも目を惹き付けるに決まって………ん?惹き付ける?
「……そうか、ビッチ先生なら……」
ビッチ先生は普段がバカだからあまりそういう印象ないけど、これでもハニートラップの達人だ。普段はバカだけど、潜入作戦ならばここにいる誰よりも優れている。普段はバカだから、いや普段はバカだからこそこうやって皆を騙せるんだろうな。スゲーよビッチ先生!普段はバカだけど「ふざけんなこのガキ!!」
「いてぇ!?何すんだビッチ先生!グーで殴るなよグーで!」
「あんたになんか物凄くバカにされた気がしたからよ!」
何でバレてるのん?心を読む能力者多くない?
「ふん!……まぁ見てなさい」
そう言って、ビッチ先生は出て行った。そして、酔っている演技をしながら警備員に近づき、その一人に当たった。
「ごめんなさい。部屋のお酒で悪酔いしちゃって」
ビッチ先生は顔を赤くさせながら謝り、警備員は問題ないと言っていた。
「来週そこでピアノを弾かせて頂くものよ。酔い覚ましのついでに……ピアノの調律をチェックしておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっても良いかしら?」
「えっと……じゃあフロントに確認を」
従業員の1人がフロントに確認してこようとしてきたのを、ビッチ先生いいじゃない、と言い、腕を掴んで止めた。
「あなた達にも聴いて欲しいの。そして審査して」
「し、審査?」
「そ、私の事よく審査して、ダメなとこがあったら叱って下さい」
ビッチ先生はそう言うとピアノを弾いた。曲は幻想即興曲。俺もそこまで聞いたことは無いが、それでもそれがとんでもなく上手いことが分かる。
その音色は警備員や従業員を惹き付け、彼らにはビッチ先生しか目に映らなくなっていく。
「ね、そんな遠くで見てないでもっと近くで確かめて」
ビッチ先生は、離れている警備員にもそう言う。警備員達はビッチ先生に警戒することなく近づいていった。
ロビーの人間の気が全員ビッチ先生にそれたところで、ビッチがハンドサインを出す。
“20分稼いであげる。行きなさい”
俺達は、ビッチ先生が陽動してくれている間に素早く非常階段に向かう。
「……すげーやビッチ先生」
「あぁ、ピアノ弾けるなんて一言も」
菅谷と磯貝がそう言う中、烏間先生が言う。
「普段の彼女から甘く見ないことだ。優れた殺し屋ほど万に通じる。彼女クラスになれば、潜入暗殺に役立つ技能なら何でも身に付けている。君らに会話術を教えているのは、世界でも1、2を争う色仕掛けの達人なのだ」
なんだかんだ言っても、烏間先生はビッチ先生を評価してるよな。そして俺達も、少し考えを改めないと。先生達は、こんな状況でも頼りになるほど凄い。烏間先生も、ビッチ先生も、殺せんせーは………まぁ、クソだな。「夕凪君!?」
しかし、それは相手も同じだ。手強い奴らがこれから待ち構えてるかもしれない。気を引き締めないとな……
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三階 廊下
「さて……入り口の厳しい監視を超えれば、キミ達はここから客のフリをする事ができる」
階段を上がった烏間先生はそう言うのだった。しかし、菅谷はそれに疑問を覚え、聞いていた。
「客って……こんなホテルに中学生の団体客なんているんすか?」
「聞いた限りではけっこういる。有名人や金持ち連中のボンボンたちだ。甘やかされて育った彼らは、あどけない顔のうちから悪い遊びに手を染める」
「そう、だから皆さんも世の中を舐めた感じで歩きましょう」
殺せんせーがそう言う。すると、寺坂と吉田が凄みを利かせて歩く。皆もそれに続いて、それぞれの舐めた感じで歩いていた………
「………アホだ……」
とりあえず、意味が無いと思ったので俺は普通に歩いた。前からイカつい二人が歩いて来たが、別に大丈夫だったし。
そんなこんなで中広間に辿り着く。このフロアは余裕かな。
「ヘッ、楽勝じゃねーか!時間がねーんだからさっさと進もうぜ!」
そう言って、寺坂と吉田が烏間先生より前に出て行く。広間の向こうの道には、また客らしき男がいた。ただの一般人だろうな。
………いや、あの顔………まさか!?
「「寺坂(君)!そいつ危ない!!」」
俺は思い出し、そう叫んだ。不破も気づいたようで、一緒に叫んでいた。
烏間先生は咄嗟に反応し、二人を引っ張りその男から離れさせた。しかし、その男は素早くスプレーらしき物を取り出して烏間先生に噴射し、烏間先生はまともに食らってしまった。
烏間先生は蹴りでそのスプレーを飛ばし、距離をとる。やはり、こいつは敵の刺客だ。
「……何故わかった?殺気を見せずにすれ違いざま殺る。俺の十八番だったんだがな……」
「……あんた、ホテルで最初にドリンク配った奴だろ?」
俺の言葉に皆が男を凝視し、あ!と驚いていた。
「竹林が言ってた。ウイルスは飲食物からの感染だって。だから、その時にいた人間は警戒しとくべきだと思ったからだよ。俺、記憶力良いし」
「……断定するには証拠が弱いぜ。ドリンクじゃなくても、ウイルスを盛る機会は幾らでもあるだろ?」
「うっ……」
そこはまだ分からない。とりあえず警戒しとくべきだと思ったから叫んだだけだったから。
「夕凪君、私に任せて」
「不破?」
そう言って不破は、指を立てて話し始める。
「クラス全員が同じものを口にしたのは、あのドリンクと船上でのレストランでのディナーの時だけ。けど、ディナーを食べずに映像編集をしてた三村君と岡島君も感染してたことから、感染源は昼間のドリンクに絞られる…」
そう言うことか、これで辻褄が合うな。
俺は不破の隣に立ち、背中合わせにして二人で男を人差し指で指す。そして宣言した。
「「従って犯人はあなたよ、おじさん君(オッサン)!!」」
「…………ぬぅ…」
図星だったのか、オッサンはたじろぐ。すると渚と茅野が近づいてきた。
「すごいよ不破さん!!」
「何か探偵みたい!!」
あれ?俺は?
まぁ、俺は途中までしか分かって無かったからな。あれ?それなのに俺あんなドヤ顔で宣言してたの?恥ずかしいぃ!!
「ふふふ、普段から少年漫画を読んでるとね、普通じゃない状況にも素早く適応出来るのよ。特に探偵ものはマガジン・サンデー共にメガヒット揃い!!」
「おいおいジャンプはどこ行った?」
他誌はアカンだろ他誌は。
「え?ジャンプの探偵物?作者が新品で買おうとしたけど、お金無くて断念したらしいよ?」
「どうでもいいわ!!」
「あと、私と中の人が同じだから是非アニメ版も見てみて!」
「メタいのが止まらねぇな!?」
俺達がそんなことでワイワイやっていると、烏間先生が急に崩れ落ちた。やべぇ、敵倒してなかった……
「……毒物使いですか。しかも実用性に優れている」
「俺特性の室内用麻酔ガスだ。一瞬吸えば象すら気絶させ、外気に触れればすぐに分解して証拠も残らない」
「ウィルスの開発者も貴方ですね。無駄に感染を広げない、取引向きでこれまた実用的だ」
「さぁね。ただ、お前達に取引の意思が無い事は良くわかった。交渉決裂、ボスに報告するか」
スモッグはそう言うと、元の道に戻ろうとする。しかし、そうはさせない。
そこには、磯貝達がイスや机、花瓶を持って立ち塞いでいる。
「敵と遭遇した場合……即座に退路を塞ぎ連絡を断つ……指示を全て済ませてある。お前は……我々を見た瞬間に攻撃せずに報告に帰るべきだったな……」
烏間先生は、毒を食らった状態でもまだ立ち上がろうとする。さっき、象でも一瞬で気絶させるって言ってたよな?……
「……フン、まだ喋れるとは驚きだな。だが、所詮ガキの集まりだ。お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ」
そう言って、二人は臨戦態勢に入った。
先に動いたのは毒使い、素早くスプレーを取り出す。しかし、烏間先生は素早く毒使いに近づいた。そして毒を使う前に顔を掴み、膝蹴りを喰らわせる。とんでもない音が響き、毒使いは吹っ飛ばされて気絶していた。
しかし、それと同時に烏間先生も毒に侵され、その場に崩れ落ちるのだった。