新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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天叢雲

「人と妖怪が手を取り合う世界」

 

 目の前の男が。グレーのスーツにベージュのジャケットを羽織った初老に見える男が。

 

「どう思います?」

 

 初対面の男、イオリ・ドラクロアに、そう問いかけた。

 

「……何?」

 

 としか、返せない。妖怪?なんの事だ?

 

「考えてみてください、世界には本来ならありふれているものが実のところ足りない。人は誰もがそれを信じているのに、居ないものだと思って疑わない」

 

 男は、少し遠い目をするように語る。

 

「ちぐはぐ。異能力がある世界で、本来あった当たり前がない。今ではそれは不可思議とされ、人々は矛盾した当たり前の世界で良しとしてしまった」

 

 それは切なく、憂いで、寂しく、悲しい佇まいだった。

 

「……美しくない」

 

 放つ、論外のプレッシャーさえなければ。

 

「存在する。していたんだ。君たちの知らない遥か昔、それらは人と手を取り合い、共存していた。そんな時代がもう一度」

 

 分からない。

 

「──なぜそれを俺に」

 

 なぜ、この男は。その昔話を俺に言うのだろうか。

 

「さて?改めまして。私の名前は刑部之也、彼女の所有者です」

 

 之也が手を差し、そう言った先──頭痛にしかめ面をする、ドウタヌキ。

 

 この男が?イオリ・ドラクロアが借り受けた刀の、所有者?一体──

 

「行きましょう、×××××。あの時の約束を果たしに」

 

「──」

 

 之也が、何を言ったのか。聞き取る事が出来なかった、否、聞き取る権利を持っていなかったのか。発した言葉を認識できず、そしてドウタヌキは言葉を発する事もないまま。

 

 青白き光を放つ綺麗な日本刀として、それはそれは美しく、之也の両手に収まった。

 

「な……」

 

 唖然。それがさも当たり前のように。僅かだが共に戦場を駆け抜けた刀が、あっさりと敵の手に渡ってしまった。

 

「返せ、それは俺の──」

 

「素晴らしい。そうです、そうでなくてはなりません」

 

「かた……は?」

 

 何が。どうでなくてはいけない?

 

「彼女から感じた、あふれる思い。それが刀を付喪神へと目覚めさせた。神、妖怪が失われた現世で、こうも素敵な出逢いがあるとは!!」

 

 年甲斐もなく喜びを隠せない目の前の男についていけない。だが、やるべき事は決まっている。口車に乗せられるな、遊ぶな、目的を果たせ!

 

「……ワタヌキ」

 

「うん、いいよ。私もよく分からないけど、覚悟あるから!」

 

 イオリの問いかけに後ろに控えていたワタヌキが答え、手を取り合う。すると、先ほどまで人を形取っていたワタヌキの姿が一振りの刀に。鞘越しから赤黒い光を放つ刀を、左腰のホルスターに携えた。

 

 ……勝てる。勝負は一撃、刀の競り合いなら──!

 

 しゅり。之也はドウタヌキを鞘から抜いた。瞬間。

 

 ドッ──

 

 !?????

 

 か、

 

 勝てない。

 

 そう言いそうになって、呑み込んだ。これまで感じたものとは比べ物にならない。ただでさえ異様だったプレッシャーを、それでも刀の勝負ならと己を鼓舞し、戦える。勝てるつもりでいた。それなのに。

 

 刀を抜いた所作、美しさ。堂の入り様全てに敵ながら見惚れ、そして結論付けた。

 

 この男には、どう足掻いても勝てな

 

「統括管理局所属、イオリ・ドラクロアだ。精々足掻こう」

 

 諦めの言葉を飲み込み、無理矢理名乗りを上げる。甘えるな!泣き言を言うな!逃げ出すな!心から折れたら、この場に立っている意味が無い!

 

 ヒフミが信じた俺に賭けろ、後ろで戦っているアルトに示しを付けろ!これまでの人生全てを背負う覚悟で──

 

 イオリがワタヌキに手をかけ、鞘に収まった刀身を僅かに覗かせ。

 

「──人は何れ死ぬと知れ(メメント・モリ)!」

 

 金打。チィン、と音が鳴ると、一気に赤黒の光が増幅して周りを照らした。

 

「人は何時か死ぬ、摂理ですね」

 

 にこり、と笑って之也は返し。

 

 ほんの数秒の見合い。その刹那は、止まっていた雨が降り出すと同時に破られた。

 

魔王(まおう)!!」

 

 イオリがアスファルトを蹴り、水が跳ね、之也に向かって刃を抜いた。必殺の抜刀術、無衝撃(サイレンサー)から放たれるそれは音を置き去りにし、

 

天叢雲(あめのむらくも)

 

 袈裟斬り。之也の放った斬撃は、とても綺麗で、静かで。

 

 ドウタヌキの一閃が、ワタヌキを切り裂き、イオリの胸部に刻み込まれ、雨が降りしきる夜の中、水と血の混じった溜まり場の中にイオリの意識は消えていった。

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