新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
一歩、また一歩と。
男は前に足を踏み出して、目前も不明瞭な闇を進んでいく。何を目標に……とは分からない。進まなければいけない、と思ったから。
足が重くなる。なんだ、イオリ・ドラクロアは足元に目をやる。すると、足に泥がまとわりついて来る。
だからどうした、無視してその足を進める。それはどんどん嵩を増していき、次第に足に絡み付くほどになり、さらに重くなって。
それでも。さらに足を進めて。次第に足が重みで地面に埋まるほどになり、一歩を踏み出すのに全力を使うようになって。
構わないと、ずしりと地を踏みしめて、息が乱れてようやく、目指していたであろう場所に辿り着いた。
そこにいたのは、1人の少女。ボロ切れのような布を纏っただけの朧げな姿を、イオリは知っている。
「……ワタヌキ」
「旦那様」
突出した断崖の先。膝を抱えて座り込むように塞ぎ込んでいた、ワタヌキの姿。それを見つけて、イオリは見据える。
「探したぞ」
「嫌なトコ見せてるよね……、きてくれたのに、御免なさい。でも、これが私だから」
「……なんの話だ?」
要領を得ない。嫌なトコ、これが私?
イオリはふと、重くなった足を見る。先程まで纏わりついていた泥だと思っていたのは、気がついたら──骨。人の、骨が。幾つもの骨が、イオリの足を掴んでいた。締め付けるように。
骸の巣窟。イオリが次に周りを見渡した時には、幾つもの残骸が打ち立てられていて、理解した。その空間は夥しいほどの墓標に囲まれた──墓場。
「処刑刀“斬首”『ワタヌキ』……そう呼ばれてたと思う。私は、罪人を殺す為の刀だから」
下向いた目、笑みを作ろうとして、やるせない顔。その姿を見せて、どうにも出来ないような。
「旦那様に触れられた時、流れ込んできた、温かい気持ち……嬉しかった、力が漲った。でも、これが本当の私だから。本当の私にそんな気持ちは貰えない!」
涙。人と同じように、流れる涙。感情を得るに至った、いつしか呪われた刀の悲しみ。
「幻滅、しましたよね……」
イオリの足に絡み付く骨の手の数が夥しくなり、彼を飲み込もうと。
「なんでだ」
した所で、イオリは右足を一度骨から引き抜くと思いっきり地面に踏み込んで、絡みついていた骨を一蹴する。
「道具は、目的の為に作られる。その目的の為に生涯を尽くしたのなら本望。果たしたんだろ?お前は」
役割を全うした道具、それほどに美しいものがあるだろうか。
傷が付こうが、汚れようが、使われてこその道具。展示品じゃ無い、全ての物が、人の役に立つ為にあって。
「それの何を恥じる」
「だっ、だって!ウタちゃんと違って私は」
イオリは次から次へと絡み付く骨を踏みしだいて足を進め、怯えて竦むワタヌキへと手を伸ばした。
「人を、殺す為の──」
その手がワタヌキの腕を握り、手繰り寄せて胸に抱く。
「立派な仕事だった。お前は褒められていい。他の誰も送らぬのなら、俺がお前に最大の賛辞を贈ろう」
イオリはワタヌキの頭を撫で。
「よく、やったな」
責務を果たした者に、祝福を。
「うぅ……っ」
瞳を潤わせるワタヌキ。その後の小さな姿を、男は静かに受け止めた──