新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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「初めまして。紗蔵庵代表の佐藤(さとう)麒麟(きりん)です」

 

 和室の机を挟んで向かい側、座椅子に向かい合って座る女がそう名乗った。中程度の長さの美しい桜色の髪が目を引く、幼なげにも見えるが綺麗な女性。若干小柄に思えるその身に纏う黒と紺がベースの和柄のゴシックドレスは、落ち着きながらもどこか陽気な彼女の雰囲気を際立たせる。その傍らにはスーツの男が立っている。秘書だろうか。

 

 紗蔵庵の代表と言えば、日守連盟のトップ。一国の姫。向かい合って座るいつものスーツ姿のイオリが今更緊張など意味ないと口を開いた。

 

「統括管理局所属、イオリ・ドラクロアだ。初めまして……で悪いが、状況を説明してほしい。なぜ俺は此処にいる」

 

 そう聞いたイオリの素直な感情。隣で座る鴉魔アルトはじっと喋らない。何かを考えているのか、ただぼっとしているのか。……と思いきや、あんこにくるまれた餅の和菓子を食べていた。

 

 なぜ、刑部之也に敗れた俺が、わざわざイクシーズから日守まで連れてこられたのか。

 

「ここは、日守ですから。ほかの誰にも聞かれたくない話もあるというものです」

 

 なるほど、守秘事項というわけか。だからイクシーズを避けたわけか、それにしたって。

 

「まあ、まずは見てもらいましょう。永親(ながちか)

 

「はい、姫様」

 

 麒麟の傍らに居た、秘書らしき人物……永親と呼ばれた男が、押し入れから鞘入りの日本刀を取り出す。それはイオリもよく知っていた刀──

 

「ワタヌキ、か」

 

 あの時、倒れながらに覚えている。刑部之也にイオリごと斬られて、真っ二つになってしまった。

 

 麒麟は刀を受け取ると、鞘から刀身を抜く。すると、

 

「無傷……!?」

 

 両断された筈の刀が、何事もなかったかのように煌々と輝いていた。

 

「そう。私も話を聞いただけですが、この刀は一度、完全に斬られていたとの事です。しかし、今はこうして綺麗に治っている。まずはこれが一つ目」

 

 一つ目。麒麟はそういった。二つ目、まだ重要な何かがあるというのか?

 

「永親」

 

「はい、姫様」

 

 麒麟がそう命ずると、永親はイオリの後ろに回り込み。

 

「失礼します」

 

 そう言って、イオリの両肩に手を当てた。?何をして。

 

「ちょっとごめんなさい」

 

 行儀悪く麒麟が机に身を乗り出して、イオリのスーツの胸ボタンに手をかけた。

 

「いや、ま──」

 

 動けん!??身動いで避けようとしたイオリの体は、しっかり動かない。両肩を抑えられているだけなのに、まるで金縛りにあったように動かない。コイツ、能力者か──!

 

 なされるがままに胸元を開けられ、露わになった胸筋。イオリの自慢のバストがさらけ出され。

 

「おい、何を──」

 

 その胸を、指がすっとなぞる。正確には、胸に出来てしまった斬撃の疵を。

 

「……こうして目にすると、信じがたい事象も確信に変わりますね」

 

 じっくりとその傷跡を吟味すると、麒麟は服のボタンを止めて元に戻す。

 

「失礼しました」

 

 麒麟が再び席に戻り永親が肩から手を離すと、イオリは自分の胸を抱くようにして麒麟を訝しげに見る。

 

「なんなんだ、俺はセクハラされる為にここに連れてこられたのか!?」

 

 そんな初心な振る舞いのイオリに、麒麟はハッとして手を振って答える。

 

「いえ、ごめんなさい、そこまで気にするとは……私のも見ます?」

 

「姫様」

 

「冗談です」

 

 ……えっ、冗談なのか!?麒麟の受け答えに、少しドキッとした。男心ってフクザツ。

 

「まあ、言いたいことは大体わかったでしょう」

 

「いや、分らんが」

 

「吾輩は分かる」

 

「ならとっとと教えろ!!」

 

 さっきまで隣で茶を啜りながらあんころ餅みたいな和菓子を味わっていた座敷童がようやく入ってきた。くそ、コイツ他人事だと思って静観しやがって……!

 

「イオリとワタヌキは確かに斬られた。が、な。そのすぐ後に治ったのだ。治療する間もなく、な」

 

「……」

 

 は?どういう事だ?

 

「ずっと近くで見ていたのだ。お前を病院連れてってこれから治療、の前に傷口は見る見る塞がって刀は元にもどった」

 

 そんな事があるわけがない。

 

「そんな事があるわけない……事はおこってしまうんです。まずは否定を否定しましょう」

 

 イオリの考えを読むかのように麒麟は綴った。その目はいたって真剣で、つい先ほどまでの陽気さはなりを潜めている。

 

「端的に言いましょう。我々はその現象を共鳴(きょうめい)と呼ぶ事があります」

 

「共鳴……」

 

 能力者であるイオリは、神職者特有であろうその言葉に聞きなれは無い。

 

「人と神が強く、強く心の底から結びついた時、奇跡的な事が起こる。人は貴方で、神はそう。この刀」

 

「人が俺で、刀が神……」

 

 刀が神?なんだ、本当に付喪神だったとでもいうのか。と思い、自身が倒れた時の事を思い出す。そういえば。

 

「夢の中に、あれはそう、夢の中だ。ワタヌキと、言葉を交わした……」

 

 自分の経験、聞いた情報。確かに、当て嵌めれば──。

 

「……およそ間違いないようですね。貴方は刀と非常に密接な状態にあり、奇跡的にその身を回復した。それが今回の結論です」

 

「ふむ」

 

 確信を得たであろう麒麟。多分、本当にそうなんだろう。だとしか思えない。この女がどれほどの者だとして、ひとまず害は無いのでそう納得するしかない。

 

「それで、此処からが本題です。貴方……イオリ・ドラクロアを此処に呼んだ理由」

 

「いいだろう、話は聞こう」

 

 これまでの情報、知らないことばかりだったが。それを踏まえた上で。まだ重要な話があるんだろう。そりゃ守秘事項にもなる訳だ。

 

「刑部之也討伐作戦」

 

 それを聞いた時、空気がより重くなるのを実感した。聞き間違いでないのなら、それは。

 

「彼らの根城、妖怪横丁(ようかいよこちょう)に強襲を仕掛けます。貴方の仕事は、元々貴方が所持していた刀──ドウタヌキの奪還。これは、貴方にしか出来ない事です」

 

 まるで絵空事。あの時、誰もヤツを止める事が出来なかった。天領牙刀が居て、瀧聖夜が居て、鴉魔アルトが居て──それを、この女は。

 

「出来ない、と思ってますよね?」

 

「不可能だな」

 

 否定を否定しろ、と言われても。それで道理が通る訳ではない。

 これまで真剣だった麒麟の眼差しにほんのり、と悪戯心が浮かぶ。

 

「不可能ですよ。作戦名は大義名分、でもやっておかないと示しがつかないんです。こう見えて私、日守のトップですから」

 

「……」

 

 測りかねる、目の前の女を。目的はあるのだろう。どこまでが本気で、どこからが諦めなのか。

 

「でも、貴方へお願いする仕事は可能だと思ってます」

 

「信頼してくれるのは構わないが、受けるとも言ってないが」

 

 それほどの大規模作戦、此方もそうやすやすと首を縦に振れるわけがない。そもそも一度負けた身だ、そう期待されても困る。

 

 俺が、役に立てるだなんて保証は何処にもない。

 

 ずず……テーブル脇に置いてあったお茶で麒麟が喉を潤す。

 

「一般的にサラリーマンに支払われる生涯年収……ご存じですか?」

 

「……3億ぐらい、か?」

 

 イクシーズに雇われる際に相場を調べた事がある。一般的となるとそれぐらいだった筈だ。

 どうした急に?にこり、と麒麟がほほ笑む。

 

「今回の依頼の報酬金額です。貴方の積み重ねた生涯の一日、命懸けでお貸しください」

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