新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
「3億……ウォン、か?」
3億ウォン、確か3000万円程だった筈。3000万円あれば、家が買えるほどの金額だ。そいつはすげぇや。
「いやいや、まさか。円ですよ。流石にドルほど払えませんが、しっかり日本円で3億です。円ですよ」
聞いた金額についありえそうな可能性の方まで意識を飛ばしたイオリに、しっかりと麒麟が補足をする。
そもそも自分で3億と答えているんだ、円に決まってるじゃないか。
しかし、テログループを率いてた身とて3億円の価値が分からない訳がない。考えるまでもなく明白──不可能、達成できない筈の作戦の一員に払う金額……、あまりにも荒唐無稽すぎる。そう考えたら裏が無いわけがない。
何を求められている?当たり前のように疑心を抱くイオリ。察して、麒麟は答えた。
「予め答えておきます、これは貴方を「利用する為の金額」です。その為に払う価値が貴方にはある」
「俺に、とは……」
あの夜の戦いを経て、確信した事、それは自身の明らかな力不足。あの戦いの中、藻掻くので精一杯で役に立てたなどとは。
理不尽な戦いの中で、ついて行く事なんてできない。そんな俺に、それほどの金を払う価値があるだと?
「現に、刑部之也が狙っていた二振りの刀の内一つは回収出来たんです。両方敵に渡らなかったのは幸い、あれで首の皮一枚繋がっていますから」
「なるほど……」
ワタヌキとドウタヌキの価値をイオリは知らない、が。それほどまでに重要な二振りだとは思っていなかった。イクシーズから当たり前のように借りた刀、それが何故にこうも?
「まだピンと来て無いようですね、ドウタヌキを手にした刑部之也の一撃をその身に受けて」
「──」
そこに来て、ようやく話が見えてきた。ヤツはあれを自分の刀だと抜かした。ドウタヌキを手にした瞬間。確かに、あの男が放つプレッシャーが爆発的に増したのを実感している。
「
「聞いている限りでは、ワタヌキで受けれていなかったら即死だったでしょうね」
あっさり喋る佐藤麒麟の言葉で、本当にあの瞬間の全てが偶然、幸い、なんとか上手くいっていた事を実感した……いや、何も上手くいってないじゃないか。
「あの二振りの刀は、俺が預かったものだ。奪われたのは、俺の監督責任……になる」
その結論に至る。言うかどうか憚られる結論を、だが、誤魔化すわけにはいかない。
「あの場で誰も刑部之也を止められなかったのに?」
「……それは」
しょうがない、のだろうか。だが、確かにそういう気持ちもあって。
この女は、何が良くて何が悪いかのラインの把握が見えているのだろうか。
「皆生きている、と言う事が1番の成果だと私は思いますけど」
じわり、と手に汗がにじむ。一体、何度死にかけるんだ俺は。
「“命”は、“お金”より重いですよ」
「──!」
思考でも読んでいるのか?いや、違う。話術か。深層心理、こちらの考えを誘導して、欲しい言葉をかけているのか──
生き様柄、イオリ・ドラクロアは取引相手を信用しきらない。何処かで線引きはしておくものだ。
そんなイオリに向けられたのは、透き通った眼差しだった。
「だからこそ、命懸けで戦ってくれるなら、その報酬に生涯分の金額を払う事を約束しましょう。これはお願いです。強制でも命令でもなく、心の底からの、お願いです」
麒麟がイオリの瞳をじっと見据える。信用できそうにない女の、本心かどうか分からない言葉。
が、その言葉は。現実主義のイオリが納得するに値する言葉だった。
「なんで俺なんだ?」
「ドウタヌキと、ワタヌキ。二振りの刀が、貴方を選んだからです」
「……いいだろう、佐藤麒麟。その作戦、乗らせてもらう」
頷くイオリ。了承を受け、一息ついた麒麟は。
「ありがとうございます、イオリ・ドラクロアさん。ふふ、なんか緊張しちゃいました」
「はっ」
何を云う。
可愛げに、年相応に笑う。恐らく20代半ばに見えるその姿は、先ほどまで漂わせてた雰囲気は一国の責任を背負う者として堂々としていたのに。
手のひらで踊らされてるようにも思える、が。いいだろう。一夜限りは踊ってやるよお姫様。
こちらの素性もあらかた知っているであろう日守の姫の前で、イオリ・ドラクロアは軽く笑って見せた。
どうせ既に死んだ身。この命、さほど惜しくは無い──
──三重県伊勢市、イクシーズとの連絡の為に紡がれた海上新幹線を降りて、駅前で二人の男女が雪の舞う海風に吹かれる。
「日守に来るのも久々か」
一人、少女。黒い長髪を赤いリボンで結い、赤いパーカー、ホットパンツから覗く黒ストッキングに包まれた脚が美しい
「今回は緊急事態だからな。俺たちだから参加が許される」
一人、少年。短髪に眼鏡、知的なイメージを連想させる、少し不愛想な感じがクールに見える……らしい、学生服姿。
「……つか、なんで学生服なんだよ」
「今日は平日。癖だ」
能力者の管理を何よりも大事にするイクシーズは、上位レートの能力者の市街からの外出を極端に嫌う。それは、外での能力の無闇な使用を禁ずる為、管理外の場所で事故にあった時、万が一の損失を恐れる為。色々な制約があるが。この二人は急遽、前日の申請により外出を許可された。
その理由は──
「遥々来たわね、小雨!翔天!」
「どわっ」
「ぐむっ」
小雨は後ろから、翔天は振り向きざまに、ぐいっと声の主に抱擁を受けた。
身長が低めの小雨はまだしも、175ある翔天が不意というのもありその胸に抱かれる。苦しい。
「っとおい!いきなり抱き着くんじゃねーぜ姉貴!」
なんとか抱擁から逃れた小雨は振り向いて目の前に居る長身の女性に文句を言った。
「あなた、この前
ぶー、と端正な顔を贅沢にも膨らませる女性。黒の長髪をお札で結っており、白装束に雪駄、そして赤いマフラー。なんなんだこの格好は。一体何時代の人間なんだ。
「あと、翔天が死にそうになってる」
「あら、ごめんなさい」
小雨の指摘で胸にうずめられていた翔天は解放された。ずれた眼鏡を直し平静を取り繕うが、真っ赤な耳は隠せない。
「深雪、こういうのは、もう年だし、困る」
「ふふ、そうね。善処するわ」
イクシーズの海の向かい側、日守の地で二人を待ち受けた女の名は
「最強の
叢雲家が誇る最強戦力。黙っていれば儚げに、歩く姿は雪の花──そんな自身の存在を、街の往来で宣言した。
「うっさ」
重大な作戦前だってのに、この元気な女は。その輝きを見て、小雨はぼそりとニヤけて呟いた。
そう、緊急事態。小雨と翔天が呼ばれたのは、他でも無い。決まったのだ、イクシーズと日守の先を担う為の作戦。叢雲家に連なる『三嶋小雨』と『氷室翔天』だから特例で参加を許された、神を屠る為の「刑部之也討伐作戦」──