新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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夜を駆けろ

“トンネルを抜けると其処は雪国だった”。そんな有名なフレーズがある。

 

 ひとたび足を踏み入れた瞬間、まるで異世界に入ったかのような体験。そういうのを表すのに似たような言い回しで使われるだろう。

 

 紗蔵庵の真昼間の庭から一歩踏み出して、黒い靄に飲まれた先でイオリ・ドラクロアが見たのは。

 

「まるで「夜」……いや、「夜」そのもの……」

 

 陽は無く、昇っているのは満月のみ。黒い空が包んだ街を、月明りと、あちらこちらに(とも)る灯篭や提灯の(あかり)が照らす。木造の日本家屋が並びたち、そして縁日のように屋台が遍在し行きゆく妖怪の者々。

 まるで祭りのような古びた街並み、こう見ていくと現世(うつしよ)とそう変わらない……が、第六感が告げたのは「夜」。「夜」としか言いようがない世界。

 

 匂いが。呼吸が。視界が。全てがそう告げている、そう──

 

 其処は「夜」だった。此処が、「妖怪横丁(ようかいよこちょう)」。

 

「?確かに空は暗いが、そりゃそうとしか」

 

 陽が無いのだからそれは当然……と反応した小雨に対して、深雪が答える。

 

「空気が違うわ。纏わりつくように感じる何か……現世には無かった、これは、妖力(ようりょく)とでも言うのかしら?それが満たされるように漂っている」

 

 彼女にも分かるみたいだ、この例えるのが難しい、初めての感覚。

 

「それを「夜」と表現したのね。いい感覚を持っているわ、ミスター・ドラクロア」

 

「イオリで構わない。危機感は高い方でな、嫌な感じだが、飲まれないように気を付けた方がよさそうだ」

 

 へー……と小雨はよくわかってなさそうに相槌を打つ。この感覚は誰もが感じるわけではない、か。どちらが好都合かはまだ分からない。彼女にとってはこの感覚、あっても無くても変わらないのだろう。

 

「さ、行きましょう。目的地は目前に見えています」

 

 麒麟が促す、視線の先。屋台の街並みの向こう側……高い、明らかにひと際高く聳える建物。それは、どう見ても「和製の城」だ。

 

 ……いや、大分デカいな。

 

「妖怪横丁・みんなの会、町役場。あそこに会長である刑部乃也とドウタヌキが居るはずです」

 

 八雲鳳世が手元の資料を開き、すらすらとガイドのように教えてくれる。あれが町役場なのか!?

 

「本当に詳しいな」

 

「何回か偵察に来てますので。準備なしに作戦は成功しませんから」

 

 さも当然、とした顔で妖怪の街を歩いていく。人間が七人、邪神が一人。当然、多くの現地民とすれ違っていく……それは人の形だったり、動物だったり、明らかに物だったり、様々な姿で。眼玉のついた提灯と唐傘がぴょんぴょんと跳ねて追いかけっこしている様を見たときには流石に驚いた、これがこの町の日常風景なのか。

 

「これまですれ違ったのは」

 

「はい、全部妖怪です。先ほどのお洋服の女性は付喪神ですし、通ってったイタチも……なんでしょう、かまいたちかな?」

 

 さすがの鳳世でも見ただけで全部分かる、という訳ではないか。だが、妖怪という括りの幅広さに驚く。あれもこれもそうとは。

 

「こうして見ると、人型も多いんだな、これならバレる事もないか」

 

「人型……というのは語弊があります」

 

 そう言ったのは麒麟。

 

「神が人を模しているのではない、神に人が似ているのです」

 

 人が先か、神が先かだとするなら神が先……という事だろうか。その話も何処まで本当だか、とひっそりイオリは心で毒づく。

 

「まあ、元より人と分かったからってどうとなる場所ではありません。妖怪の方々は親人派(しんじんは)ですから」

 

 街を誰より先陣切って歩く麒麟に、すぐそこのおでんの屋台から身を乗り出した中年の男性が声をかけてくる。あれも妖怪、か。

 

「よお姉ちゃん、美人だねぇ!食ってくか?サービスするぜ!」

 

「ふふ、ありがとうございます。また今度寄らせていただきたいですね」

 

 ひらひら、と手を振ってバイバイする麒麟。想定していたより遥かにフレンドリーな姿を見て、土御門祈はほんのり笑みを浮かべる。

 何処の屋台も繁盛しているのだろう、客入りはいい。……妖怪に仕事という概念があるのだろうか?

 

「結構優しそうですね、妖怪って……」

 

「それはそうですよ。……これから争う相手達です。心が痛みますか?」

 

「うっ」

 

 日守連盟に所属している祈は当然、神々への強い信仰心を持っている。使命感に駆られて作戦に参加したが、つまりそれは「神々と戦う事」である。

 妖怪と呼ばれるそれは、日本に元々いた神々の別名。それを相手にして、信神深い彼女は。

 

「……日守の為に此処に居ます。麒麟様、何なりとご命令を!」

 

「ありがとう。助かります」

 

 此処から先は正義であるか、悪であるか?それを問われた時に、即答出来る者がこの中に何人居るのだろうか。

 ……仕方のない事、故に「仕事」。割り切るのは重要だ。イオリ・ドラクロアは、自分の刀が奪われた事と、三億円の依頼という事に注視して物事を運ぶ。そうすれば、心を痛める暇もない。

 

 受けた依頼は果たす。それが契約であり、社会人として名乗れる条件だろう。

 

 怪しまれないよう急ぎすぎる事無く、街中に聳える城……町役場の目前に到着した八人。現世と違って城の周りに堀があるという事は無く、人と妖怪の違いが構造にも表れているのか、とイオリは感じた。あれか、妖怪って飛べるイメージあるもんな。

 

「では作戦通り、此処で二手に分かれます。戦線組は突入、支援組は待機。ご武運を祈ります」

 

『了解!』

 

 麒麟の号令、城の入り口に近づいていくのは深雪・小雨・翔天・イオリの四人、其処から少し離れて待機するのは麒麟、鳳世、アルト、祈の四人。

 

「やはり、吾輩も行った方がよいのではないのか?」

 

 継戦能力の高い四人を送り出した形だが、其処に鴉魔アルトは入っていない。戦う力ならトップクラスなのに。だが。

 

「有事の為、いざという時に何処にでも駆け付けやすい貴女は言わば「切り札」です。その時が来るまでは待機していてください」

 

 諭す鳳世。存分に暴れてくるだけなら彼女を送り込んだ方がいいだろう。だが、今回の作戦の根本を考えると鴉魔アルトは一先ずステイ。最終兵器はここぞという場面でこそ輝く。

 アルトも切り札と言われて悪い気はしなく、ふんと鼻息をならして腕を組む。

 

「ほぅ、まあいい。出番があるならいつでも行ってやろう。早速面白いものが見れそうなのがもどかしいが」

 

 そういってアルトが目をやる先は、城の入り口。男が一人、それも2メートルは優に超える背丈の、まるで岩とでも言わんばかりの男が立っている。アイツは、この前現世でも見た──

 

「こんばんわ。町役場に用があって来たのだけれど」

 

 三雲深雪が岩男に声をかける。

 

「……お前からは力を感じるが、後ろの三人、人間だな?何の用だ」

 

 分かるのか。やはり人と妖怪では感じる雰囲気に差があるのだろうか。三雲深雪は実質、神域……ならば、と深雪は答える。

 

「会長様に用があるの。通してもらえるかしら?」

 

 会長、刑部之也の事だ。単刀直入。

 

「駄目だ、会長は忙しい。要件があるなら此処で聞いておこう」

 

 門前払いとも言わんばかり。それもそうか……深雪は用意してた答えを云う。

 

「要件、そうね……其処を退()いてもらえるかしら」

 

 慇懃無礼、なだらかな瞳に滲む篝火。その言葉に、表情(かお)に、岩男はどっと笑う。

 

「ふはは!面白い冗談だ!俺はぬりかべ、安助(あすけ)地康(つちやす)!この俺を退かせるものなら実力を以て退かしてみろ!もっとも俺は押しても引いても倒れんがな!」

 

「ノン。あなたは倒れるわ」

 

 チッチ、と深雪が人差し指を振る。

 

「ん?」

 

「わたしが通るもの」

 

 深雪が体勢を低くし、構えた。と思ったのも束の間。

 

魔弾(まだん)一不二(ヒーロー)

 

 雪駄で地を蹴り、飛んだ。白装束が靡き、赤いマフラーが真紅の軌跡を作る。

 

「──」

 

 ドォン!一瞬の出来事。轟音が鳴り響き、土煙が舞う。イオリ・ドラクロアがかろうじて捉えたのは、岩男がとんでもない勢いの飛び蹴りをもらった瞬間だった。

 

 土煙が引き、何が起こったかようやくわかる。あの1秒前後の刹那で、10メートルの差が埋まった。深雪の飛び蹴りで吹っ飛んだ岩男が、城の扉を打ち抜いてなんかめっちゃ奥までいったっぽい(???)。

 扉の前で着地して佇む深雪が、此方に微笑みかける。

 

「さ、開いたわ。行きましょう」

 

 三雲深雪、能力は妹の三嶋小雨と同じ「脚の強化」。

 

 これが、「最強(さいきょう)叢守(むらかみ)」。

 

 ……そんなはちゃめちゃな。

 

 後ろで腕を組んで頷いてる小雨と翔天の手前、イオリは「コイツが味方なの、ありがた過ぎる」と思い、この城に突入する覚悟を再び行った。

 これが飛び交い、それが当たり前のような戦場。死地に向かうとは、そういう事──。

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