新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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氷天華

 白鞘に納まった長身の刀を手に青いチャイナ服を身に纏う、尖った髪に鋭い目つきの若そうな男が大広間にてイオリと深雪を待っていた。

 

 なんなんだ、この男の圧……。尋常ではない!!

 

 イオリ・ドラクロア、職業柄これまで何度も命の危機に瀕している。故に、目前の相手がどれほどか──というものを鋭敏に感じ取れる。それは相手の本気度などにも当然左右され、例として、さほど敵意の無い鴉魔アルトと戦った時に感じた危機感は以前戦った瀧シエルよりも低い。

 

 そして。目前の男に感じる危機感……およそ、ドウタヌキを持った刑部之也級。

 

 一呼吸のミスが致命的になる場。その道の一線級が見合った場合、そうなる。次の一秒が命取りになる、戦場とはそういう場だ。イオリは、そう覚悟していた。

 

「行きな兄さん。天守(うえ)ドウタヌキ(あの刀)が待ってる」

 

 ……は?

 

 だからこそ、その男の発した言葉は難解だった。すっと、男は一歩身を引き背後の階段を差し出す。

 

「あれの所有者はお前だろ?行ってやりな。不安げな顔で佇んでるぜ」

 

「──」

 

 今すぐに駆け出したい。が。躊躇。そして、肩に手を置かれた。

 

「罠よ。どう考えても」

 

 深雪が言葉を添えた。そうだ。誰の目に見ても「先に進んでいい訳がない」。敵が自ら宝物を差し出すなど。だが。

 

 イオリは肩に添えられた手を優しく除け、一歩を踏み出した。

 

「……すまない、今のあいつの顔を考えたら、行かないわけにはいかないんだ」

 

 今のイオリの中に浮かんでいるのは、僅かだが共に戦場を駆けた刀。それに心があるというなら。

 

「……そう。なら止められないわね」

 

 階段を駆け上っていくイオリ。それを優しい顔で見送ると、深雪の前に男が立ちふさがる。

 

 僅かな目配せ、4秒ほどして、深雪の開口。

 

「わたしも通してもらえないかしら?」

 

「それは駄目だ、こう見えて天守の前を任されてるんでね」

 

 男は笑いながら白鞘から刀を抜いた。臨戦形態。

 

「俺にも楽しむ権利があるだろ?遊んでくれよ」

 

「ノン。あなたに楽しむ余裕はないわ」

 

 チッチ、指を振ると深雪は自分の髪を結ってたお札を片手で破りさる。瞬間。

 

 ゴウッ。

 

 男は風を受け、音を聞いた。目の前の女の黒い長髪が見る見る銀に染まりゆき、ただでさえ強かった存在感がさらに増していく。こんな力、片手で数えるぐらいしか感じたことない。

 

 冷めた笑みが男に送られ、男は歯茎を剥き出しに笑う。

 

「わたしは急いでるもの」──

 

──冷気が立ち込めるエントランス。枯れ木のような細腕が幾重にも繰り出され、それを翔天はスケートリンクのように地面を滑って回避し、頃合いを見てブレーキをかける。氷細工の靴には刃の部分とスパイク部分の二つが施されており、それによってこの足場で理想的な機動力を確保していた。

 

 対する相手、魔戒・八卦は。

 

「コキュートス」

 

 氷室の正面にいくつもの氷柱が地面からせり上がり八卦に襲いかかる……が、横薙ぎの蹴り払いがそれらを打ち砕く。

 

(ぜん)

 

 防御行動から一転、足を地面に踏み込む八卦。表面の氷が割れ、足場が確保される。

 

伸脚(しんきゃく)

 

 からの飛び蹴り、一瞬で空間が詰まりその蹴りを氷壁で流す……が、追撃の一打。

 

螺掌紋(らしょうもん)

 

「ッ──」

 

 (おも)……(つぅ)ッ!?

 

 空中で体制を立て直しアクロバットに叩き込まれた渾身の拳を受け、吹っ飛び地面を転がる翔天。なんだあの身体、自由自在だとでもいうのか?この寒さの中で。

 

 本来、人間の身体は寒ければ寒いほどパフォーマンスを低下させる。故に、氷室翔天の能力「氷結」は展開するだけで優位に立てる能力だ。

 

 が。

 

 相性が悪い能力がある。例えば炎属性の能力など。周囲の気温を高める能力者と戦った場合、翔天は圧倒的に不利になる。

 

 そして、今回の相手──魔戒・八卦。

 

 気功(きこう)のプロフェッショナル。体内に蓄えた熱量(カロリー)を爆発させる事に全ての重きを置いている彼の身体は絶え間なくエネルギーを燃やし、まさに自由自在と言わんばかりにこの気温の中でも火力発電のように動く。故に、無駄な脂肪も無駄な筋肉すら彼の身体には存在しない。最低限に圧縮(ミニマリズム)された彼の身体の密度……もはや、黄金(おうごん)

 

 そんな男の一撃をなんとか肘で受けたが……立ち上がり構えた翔天は自分の身体の状態を認識する。

 

 右腕、骨折。肋骨、2・3本ヒビ入り。まじかよ。おいおい。右半身が痛みで燃えている。

 

「苦しかろう、辛かろう」

 

 八卦が間合いを詰める。冷えすぎた大気がかき混ぜられ、白い粒子が宙を舞う。

 

「今、楽にしてやろう」

 

 はは。終わった──

 

「南無三──!」

 

 最後の一発。八卦の拳が翔天を捉え──なかった。

 

 違和感。八卦は、自分の動きが、視界が、思考がスローになっていくのがよく分かった。こんな感覚、初めてだ。

 

氷天華(ゼロ・オ・クロック)

 

 まるで走馬灯、緩やかな時の中で、視界の隅、宙を漂う粒子。小さく細かいそれは、よく目を凝らせばまるで華のように美しい結晶であるのが分かる。

 

「フン……ようやく止まったか」

 

 八卦の拳と翔天の距離、残り40センチ程にて完全停止。動かない。氷の華が舞う空間の中で、気功のプロフェッショナル・八卦の身体はロクに動けずにいた。どれだけ体内で気を爆発させようとしても、身体が前に進まない。

 

「い、ったい、何を、し…た」

 

 ボロボロの身体でよれた学生服をただす翔天に、なんとか動く口で八卦が問うた。

 

「俺の能力は冷えれば冷えるほど強くなる。だから継戦が長引くほど有利になる。それだけの事だ」

 

 翔天の能力、「氷結」。自分の能力を使って空気を冷やし、そして空気が冷えればさらに能力が強まる。まるで戦闘のギアが少しずつ上がっていくように。

 そしてその冷え込みがあるラインを超えた時。空気中に舞う水分が凍り、結合し。まるで「華」とでも言わんばかりの美しさが周りを支配する。

 

 こうなった時、世界はスローに。どれだけ体が動こうとも、空間が動かなくなる。まともに動けるのは、能力を支配している本人だけ。この完全に凍った世界の事を、氷室翔天はその事象から「氷天華(ゼロ・オ・クロック)」と呼んだ。

 

 決着。ボロボロの身体で歩いていく勝者に、背後から声がかけられる。

 

「汝、魂と力、が、歪な結びつき、をしている……何者、だ、いずれその身、滅ぶ……!」

 

 振り返った翔天は、はっと笑った。

 

「言っても分からんだろう。人工能力者計画、2つしか無い成功例の二人目だ」

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