新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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宵の明けない妖怪横丁

──雨が降っている。空には町を染める夜、その前には黒色の雲が立ち込めて。降り注ぐ雨に打たれて、イオリは天守の上の屋根を踏んだ。

 

「……本当に来るとは。驚きました」

 

 其処に傘を差して佇んでいたのは、この舞台のフィクサー。白くなった髪を短めに切り揃え、顔には刻まれた皺、それでも凛々しく優しい瞳。グレーのスーツにベージュのジャケット、おとなしめの雰囲気。若干曲がり低くなった背丈、齢60以降に見える男──。

 

 刑部(けいぶ)之也(のなり)。その年齢、実に千歳を超えるであろう者。隣には寒色の花柄があしらわれた赤い浴衣を纏った小さな少女を連れている。あれが穂浪、と呼ばれている神か。

 

「お前が呼んだんだろう」

 

 目の前の異質に、出来る限り強がって答えるイオリ。濡れた前髪を掻き上げ、オールバックにして視界を確保した。

 目前の敵を見据える。宝である刀を当たり前のように取らせるとは、それに意味があるから。それが分からない訳がない。対して、刑部之也はにこやかに笑う。

 

「だからって馬鹿正直に来ますか?いえ、そんな貴方だからこそ、でしょうね──」

 

 逡巡する之也。一体何を。

 

「──妖怪横丁(こちら側)に来ませんか?」

 

 言っているんだコイツは。

 

「嫌だね」

 

 不遜。それが罷り通ると本気で思ってそうな上から目線の(ジジイ)に出来る限り嫌味ったらしく答えてやるイオリ。そんな無礼な若者の態度にも之也は気を悪くせず笑いかける。

 

「そう言わずに。鬼門が開いたとはいえ「祝福に至り切らぬ宝刀」を付喪神にしたのは、貴方が初めてです。あれは現代に……いや、現世では扱いきれぬ。いわば、宝の持ち腐れ。だから眠っていた、貴方の手に渡るまでは」

 

 あれほどの刀が埋れていた。それは、価値の分からない者たちがそう値札を付けた──と共に、それほどに()()()()()と云う事で。だから、それは悪いことではない。

 

 が。

 

「貴方には「神」になれる素質がある」

 

「聞いてもないのに、そこまで大事な事をべらべら喋るんだな?妖怪横丁の会長さんは」

 

 へらっと返すイオリ、だが。これは完全に去勢で。()()()()()()()をしているだけ。今、コイツは聞き逃しちゃいけない事しか喋っていない。

 飲まれるな、飲まれれば心から“負ける”。それはだめだ、余裕がない時こそ笑え。この笑みが、心の奥底の不安を鎮める。

 

「煽っているつもりでしょうが、無駄ですよ。だって、本当に貴方が欲しくて喋っているんです」

 

「それは失敬」

 

 刑部之也の、神の囁き。耳をくれてやることは無く、かと言って聴かなければ理解は出来ない。

 飲まれないように、見落とさないように。目の前の男から目を逸らさない。

 

「……この今降っている雨には、崇高なる神以外の時間を止める力があるんです。のに。ねぇ?」

 

 ()()る雨を手のひらで確かめた後、濡れた指で之也が指差す先は──他の誰でもない、イオリ・ドラクロア。

 

「貴方は止まらないんですね」

 

 穂浪の降らせた雨は、時間を止める。……予め聞いていた情報だ。その場に足を踏みいれ、平然でいられる。──否、確信があったから踏み入れていた。

 

「……何が言いたい?」

 

 問うた。分かりきってるのに──之也が答え合わせのように答える。

 

「その二つの刀に、君は守られている……いや、守らせてるのか」

 

 之也が言った言葉が全てだろう、イオリにも間違いなくそういう確信がある。

 今、イオリ・ドラクロアを包み込んでいる温かな感覚。この不思議な力……これが妖力か、或いは神力か?それが、イオリの魂の格を上げていた。

 故に。この降り注ぐ叢雨(むらさめ)の中で、イオリは止まらない。だから、彼は場違いにも見えた男をこの神域に迎え入れた。

 

「心外だな。人と妖怪が手を取り合うのが理想と言ったのはお前だ」

 

「そう。その信頼、その二つの神を覚醒させた、君こそが。この物語の主役だ──「(よる)()けない妖怪横丁(ようかいよこちょう)」の」

 

 ザァー……。降りしきる雨が沈黙を表す。之也は傘を閉じて隣の穂浪と共に雨に打たれだした。

 何を言っている?何を考えている?言葉、行動の一つ一つが想定外の目前の男。イオリはただ、今は耳を傾けるしかない。

 

「──(よる)からこの町は始まった。人の世から切り離され、悠久の時を漂い、月歩の如く歩み、閉ざされた世界の営みの中で。幸せだが、理想には届かぬ世界──」

 

 男は独白する。自分が生きた世界の話を。

 

「何時かは訪れるだろうと願った人々との理解、夢から覚めるのを待った。そして、終ぞその夢は覚めないまま」

 

 言葉の節々から痛み、悲しみが伝わってくる。

 

「呪いです、この宵は。そして覚めない夢は深まった。このままでは明ける事は無い、妖怪横丁の夜は──」

 

 彼が皆と共に歩んできた道。それは本当に大切で大事だったんだろう。だからこそ、イオリには分からない。

 

 なぜそうまでして、現世に拘るのか。

 

「もう一度言いましょう。こちら側に来ませんか?イオリ・ドラクロア。共に人と妖怪が手を取り合う世界に一歩を踏み出しましょう」

 

 改めて、イオリの方へ右手を差し出す之也。距離にして10メートル……現在の立ち位置、この後の世界の情勢、まだ見えぬ理解……。

 近づいてその手を握るのがこの場では一番「正解」かもしれない。そうすれば、現時点での生は確保され。圧倒的強者の元にて、共に世界を紡ぎ英雄になる未来があるかもしれない。

 

「お前達と組んで現世で暴れてやるのも、楽しいだろうなと思う」

 

 過去を思い出す。国の為に戦い、神と敵対し、国は滅び。流れ着いた果てで、人道とは何かみたいな生き方をした。

 それでも仲間に恵まれ、路銀を稼ぎ、天に唾を吐いた。どれだけ泥臭くても、「救われなかった者たち」を救った。それで、泥の中の英雄気取りだった。

 

「でも」

 

 負けた。嘘のようにあっさり負けた。一つの国を相手取って、大罪王と呼ばれた男は罪と引き換えに只のサラリーマンとなった。この掃き溜めでしか生きれなかった男を、新社会は一人の人間のように雇ってくれた。

 

「俺に居場所をくれる奴らが居る」

 

 謎に友好関係を結ぼうとする奴がいる。

 業務中に喧嘩を売ってくる奴がいる。

 昔の殺し合いの延長戦を遊びでやってくる奴がいる。 

 野望に巻き込んでくる奴がいる。

 ひたすらマウントを取って来る奴がいる。

 金に物を言わせて味方にしようとする奴がいる。

 

 そんなどうでもいい日常が、今は心地よく感じてしまう。

 

 だから。

 

「すまないな」

 

「──」

 

 はあ、と息をつく之也。瞳を閉じ、数秒して。

 

「交渉決裂ですか……いいでしょう。穂浪」

 

「うん、行こう。之也君の望むように」

 

 之也と穂浪はお互いの手を取り合って。

 

『神威』

 

 そう唱えた。瞬間。雨が一瞬、止まった。静寂な、切り取られた時間の中で。その二人は、光に包まれて。

 

「……この感覚、千年ぶりくらいか。老いてたんだな、僕も」

 

 光が収まり、目前に立つ男。一人……穂浪は居ない。グレーのスーツにベージュのジャケット。服装は変わらない。のに。

 

 違う。

 

「刑部之也、改め今は()()()()()()。僕の名前は叢雲(むらくも)鳳世(ほうせい)

 

 見た目が。声が。姿が、違った。若い──まるで20代の見た目。白髪は変わらず、声すら青年のように。雰囲気丸ごと遥かに若くなった男……これが刑部之也か?がその場に居て。

 

 「神」の「威」を借る故、『神威』。現世で佐藤(さとう)麒麟(きりん)が行って見せたそれに、彼女は注釈をした。

 「神の力をその身に受けられるのは女性だけ」「だからが私が日守の代表なんです」「人類史で言えば、唯一の例外を除いて」──

 

「強情な君を攫おう」

 

 唯一の例外、男性でありながら神の威を借る者。叢雲鳳世と名乗った男は、鋭くなった視線をイオリ・ドラクロアに向けた。

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