新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
「──勝ったんだな」
三雲深雪が決着を付けた戦場に辿り着いた三嶋小雨。強敵だったんだろう、部屋を見ればその激戦の跡が名残として残っている。
それに、髪色。彼女が普段止めているお札の髪留めが剥がれ、本来黒である髪から銀色に「神力」で染まっている。だから、「彼女が本気で戦った」結果というのが分かった。
「「当」たり「前」と書いて『当然』。翔天はどうしたのかしら?」
銀に光る長髪を手で払い、深雪は堂々と答える。
「帰らした。骨が折れてたのにまだやれるとか言うから、後は「おねーさま達に任せな」って」
小雨は翔天と合流出来たが、流石に満身創痍だった彼を躊躇なく帰らせる事にした。元より「全員が無事に帰って初めて成功の作戦」、このまま無理をさせる訳にはいかない。
「無事帰れたのね、扉を壊しておいてよかったわ」
あー、なる程。開幕で城の入り口を壊したのは、そういう意図もあるのか。今更ながらに小雨は姉の用意周到さを実感した。
欲を言えば、氷結の能力……。雨を降らせる神がいる相手にぶつける事が出来たなら或いは、と作戦の段階で夢は見られていたが。そうも相手もやすやすと通してくれる訳も無く。翔天だけを最終決戦の当てにする訳にもいかないので、活躍した彼にはゆっくり休んでもらう……というのが小雨の判断だった。
入口で足止めをするという大きな役割を果たした彼は、真っ先に帰る権利がある。それでいい。手負いで残るのは何より悪手。
「そんでお侍さんは?」
あのスーツ姿に帯刀した無骨な男を小雨はお侍さん、と、とりあえず呼ぶ。さほど面識がある訳でもないし、呼び方もよく分からないので特徴で呼称した。
「上よ。急ぐわ」
「なっ、マジ!?」
まさかの情報のやり取り数手後、駆ける深雪と小雨。イオリ・ドラクロアは上……?どうなってやがる?
「一緒に戦ってたんじゃないのか姉貴!?」
「相手が彼を見逃したのよ。上にドウタヌキがいるってね」
その説明に、さっぱりで飲み込めきれない小雨はひとまずついていく。相手はドウタヌキって刀を回収しに現世にわざわざ来たんじゃないのか!?
「いや、どう考えても怪しいだろ!?そんでアイツは!?」
「それを今から確かめるのよ!」
階段を上がり、さらに上の階へ……。到達し、感じた印象は。先ほどよりは狭い部屋。でも小綺麗で。壁には掛け軸、奥には机や観葉植物もされており、なんというか。これは……。
「社長室……いや、会長の部屋なら会長室か……。誰も居ないけど」
『ここには誰も居ないさ。お呼びでないのだから』
小雨がこの部屋には何も無い、と感じた直後だった。
ずもん……。二人がどこかから聴こえた声の方に耳を向けると、部屋の隅。靄の中から人影が現れる。
クリーム色のコートに、白いベレー帽。二人を見るのは落ち着きの中に潜む鋭い瞳、深雪ほどでは無いが高めの背丈の綺麗めの女性。
「やあ、初めまして。御用はなあに?」
どこから……?ともはや突っ込みどころの分からない神出鬼没な登場シーンにわざわざ反応もせず、現れた人影に小雨と深雪は当然の如く身構え問う。
「会長に用があってここまで来たの。会長様は何処に?」
あ、その設定とりあえず貫くんだ?と深雪の答えに内心笑うしかない小雨。だが、意外とまともな答えが聞けるかもしれない、と若干思っていた。
そんな訳ないのに。
「会長は、今ちょっと仕事で忙しくて。私でよければ話を聞こう?」
「道を空けてほしいのだけれど」
いつものように直球。目前の女、素直な深雪に、ベレー帽の女性はやれやれと帽子越しの頭に手を置く。
「それは出来ない。今、会長は大事な話をしてる」
女がベレー帽を部屋の端に投げ捨てる。ふぁさり、中に納められていた長い黒髪が流れた。床に付きそうなほどの長さの美しい黒髪が。
肩をすくめ、女は小雨と深雪の二人を見やり。
「夜雲と云う。申し訳ないけど、君達に此処から先を進む権利は無い」──
──イオリ・ドラクロアが濡れた瓦を踏み、城の屋根を
目指すは
10メートルの差を駆けて一気に詰め、左腰に携えたドウタヌキの一閃。先手必勝。独自の抜刀術「二式・一刀流」により理想の隙の無さを手に入れた彼の刃は、目前の敵を捉え──
「『
──たかに見えた。思えたのに。叢雲鳳世が居たはずのその場に刻まれた刃は空を切るだけで青白い光の剣閃がその場に残った。
なぜ?捉えられなかった?
次の瞬間、イオリは横に飛ぶしかなかった。雨を斬る音、斜めの屋根を転がり滑る、急遽の回避行動。さっきまでイオリが居た場所の雨が散り散りになって消し飛ぶ。
「『
何処から聞こえた?声の方を向く。赤い瞳が再び叢雲鳳世を捉えた……、その手には一冊の古びた本。あれはイオリ・ドラクロアにも見覚えがある。
「
その名を聞いて、叢雲鳳世は口元を少し緩めた。
「そう、「
雨の中、本来ならふやける筈の本が雨を弾いてぱらぱらと捲られていく。その項目が次から次へと移る度に、ぽうっと小さな光が闇夜の中に浮かんで萎んでいった。
「この本には全妖怪の記録が載っているんだ。そして、その現象の再現を行う力もある」
再現。確かに彼は先ほどそう言っていた。その時、能力の行使とも思えるような不思議な現象が起こった……。
から、どうした?
イオリは次の一手を駆け、ワタヌキの一閃を振る。赤黒い剣閃が相手に放たれ。
「それを信じろとでも?」
「『再現』“
あと一手、届きそうな距離を。何処からともなくせり上がった土壁が阻み、刀が斬り裂く。斬り裂きはするが、あと一歩届かぬまま。衝撃の風圧が叢雲鳳世の雨に濡れた髪を揺らして終わる。
「どれだけ近くても、届かない現実は夢と変わらないよ」
目前、僅か1メートル。次の一撃はすぐに行われた、その刃が叢雲鳳世に迫り。
「『再現』“
刃が宙を斬る。イオリ・ドラクロアの目前に居たはずの敵の声が、後ろから聴こえる。驚き、振り向いた。当たり前のように其処には叢雲鳳世が。
届きそうで、届かない。
「信じる信じないは君の勝手で、僕は一方的に使わせてもらうだけさ。でも考えてごらん?」
叢雲鳳世が手を広げ語る。この戦場で明らか様なアドバンテージをひけらかすように。
「君たちは現世から「百物語」の副本を使って幽世に来てる筈だ。どうして来れると思う?」
なんで?それを問われても。イオリ・ドラクロアは神職に疎く、日本の文化も祖国とは微妙に違う。故に、現状推理しか出来ない。
「……「百物語」に仮に再現の力があったとして。それが現世と幽世が隔たれた時から存在するのだとしたら──」
──だとしたら?
「ふふっ」
気付いた。
「……副本の「百物語」に、当初の記録──昔の貴様が起こした現象が記されていたから」
そうとしか、思えなかった。
「正解。『再現』“
にこりと笑った叢雲鳳世が次の再現を行い、イオリ・ドラクロアの身体を闇夜に紛れた黒槌が横なぎに襲った。
「ぐっ……!?」
ドッ!ゴロン……っ、視認性の悪さに対処出来ず、イオリの身体が吹っ飛び屋根を転がっていく。不意打ちであろうと能力「サイレンサー」により衝撃はおよそ受けない……が、脳が揺れる。外傷は無いが、内臓へ地味に広がっていくダメージ。
「所詮は僕が皆と共に妖怪横丁へ渡った時の記録だから、一方通行だけどね。でもこの原本だけは違う。二つの世界への行き来は勿論、僕と共に見たあらゆる妖怪の起こした現象が記録されている」
立ち上がり、目前の敵を見据えるが。濡れた服が重い。雨に濡れた髪から水が滴り目に染みる。絶望的な状況で、それでも赤い瞳の闘志を絶やさず、構える。
その眼差しを受けて、叢雲鳳世はため息をつく。はぁ、と。
「誰も来ませんよ」
ザァー……。降りしきる雨が、この二人だけの世界を作っている。
「理解しているでしょう?この雨は止まない、誰も割って入れない。誰も、君を助けに来ない」
諭す声。彼は、無情なこの世界の現実を突きつけようと。
「君は諦めるんじゃない、手に入れるんだ。偽りなんかじゃない、本当の世界を」
その言葉を聞いて、差し伸ばされた手を見て。イオリ・ドラクロアは。
「……お前が夢見るように、俺も夢を見たんだ」
伏せた目で、誰かに心で誓った言葉を唱える。
「最大の賛辞を贈ろう、と」
これは、願いだ。
「一夜限りは踊ってやる、と」
この絶望を乗り越える為の。
「この夜の向こうへ、と──」
奇跡を想い。ギン、と赤い瞳をより鋭くして叢雲鳳世を睨んだ。
「……結末は決まった。なのに、なんです?その瞳は何を狙って──」
──ドォンッッッッッ!!
とんでもない音が鳴り響くと共に、空がオレンジ色の光に染まった。光は一瞬で消え、すぐに空は夜に戻る。が。
「な──」
雨が消えた。いや、正確には──
「
「何ッ!?」
ザシュン!影が飛び込んで来た。澄んだ夜空に戸惑う叢雲鳳世の方へと黒鎌を振り、退け。
「待たせたな」
一枚刃の下駄を鳴らして屋根に着地し、イオリ・ドラクロアに向き直る者が一人。子供のように低い背、呪詛がかった美しい黒髪、
「あくびが出るとこだった」
鴉魔アルト。黒くも美しい夜魔の国の邪神が、その存在を誇示するかのように妖力を溢れさせてその場に立つ。
「ももこから伝言だ。「直ちに現世へ帰還せよ」だと」
「ももこ……?」
思考し、思い当たる人物が1人。ああ、佐藤麒麟か。確かに髪は桜色ではあるが。
そうか。この空間を切り取っていた雨が無くなったのなら、「百物語」で現世に帰れる。そうだ、ドウタヌキは奪還した。俺の役割は終わった。終わったのだ──
終わった?何を馬鹿を。まだ何も終わってなんかいない。イオリは問う、この夜を終わらせる可能性を。
「アルト、今俺に「
「──は?何を突拍子もない事を??」
いきなり寝ぼけてでもいるのかとでも思わんような事を言うイオリ・ドラクロア。鴉魔アルトの「天邪鬼」は光を闇に、ダメージを回復に、などさまざまな現象を反転させる効果があるが。それをイオリに使った所で精々、以前間違えたように性別を女にするぐらいしか──
はっとして、その真っすぐな赤い瞳を鴉魔アルトは青い瞳で見据えて。にやり、とした。
「ははーん?可能だぞ?」
──ビュン!!二人の少し上の空を、桃色に光る一閃が通り抜けた。きっと今のは佐藤麒麟の力だろう、イオリ・ドラクロアはその方向を伺う。彼女は「今なら帰れる」、と。そう言いたいんだろう。
遠くて見えない彼女の姿が目に浮かぶ。なんでも見透かしたような、それでいてどこか諦観したようなつまらない顔が。
出来ない、無理だ、とあの諦めたような。全てが自分の思い通りに「しかならない」ような。そんな雇い主の顔を思い浮かべて。
いけ好かないな。その否定を否定してやるよ。
「勝ちに行こうぜ、お姫様」
遠くの彼女に鼻で笑ってそう言い放ち、イオリ・ドラクロアは向きなおる。鴉魔アルトが叫んだ。
「我が名を呼べ、イオリ・ドラクロア!」
「もし死んだら、一緒に地獄に落ちようぜ──鴉魔アルト!」
アルトが右手に溢れ出す紫色の闇を灯して、
「お前に吾輩と云う名の邪悪をくれてやる!」
それをイオリ・ドラクロアの腹部に打ち込んだ。
『
ボウッ──二人を、大きな闇が包み込む。それはすぐに大きさを増し、強く赤い光を放ち、少しして闇は小さくなっていき、残ったのは、1人の人影。
その場に立っていたのは、先程まで居た無骨なスーツの男ではなく、はたまた浴衣の座敷童子でもなく──黒い浴衣を身に纏った、赤髪の美女。女性にしては大きめの身長を、裾が若干擦れたようなピカケの花火柄の浴衣が黒く覆い。燃え盛るような赤で靡くセミショートの髪、胸囲は、女性特有の豊満さを有して。
左腰には青白く光る刀を、右腰には赤黒く光る刀を携えていた。
その光景に、壊された結界と直結している神力の修繕に時間を要していた叢雲鳳世は。目を見開いて驚愕する。
「は──はははは!!なんだその奇跡は!?どういう事だイオリ・ドラクロア!!」
骨格は見るからに違うが、顔つきに何処か面影が、何より、感じる雰囲気──
叢雲鳳世がイオリ・ドラクロアと呼んだ女は、凛々しくも鋭い蒼い瞳で相手を見据えて。
「すまないが、勝たせてもらうぞ」