新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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赤き亡霊

 土御門(つちみかど)(いのり)の火の法術により構築された「対象に着弾した瞬間起爆する」爆弾。それを、佐藤麒麟は桜の花弁の層で念入りに包み込む。万が一にもこの切り札を誤爆させる訳にはいかない。

 

「ふふ、祈さんが居てくれて本当に助かりました。これならあの御方を出し抜ける」

 

 麒麟が祈に微笑みかける。奇襲は一度だから意味がある。待ちに待った、此の時。

 

 それが結びつけられたのは──空に浮かぶ大きな桜の花弁の弓矢。佐藤麒麟が自身の能力・夢桜──神力を纏った桜で宙空に織りなした、人体の数倍のサイズはあるほどの桃色に輝く大弓に。土御門祈が()()で作った爆弾が備わり、完成。

 

 祈が右手を左肩の上まで引き。

 

千里先迄(せんりさきまで)(くさび)つけろ、桃御弓(もものおんゆみ)桜射(さくらい)

 

 その手は払われ、そして射出。放たれた桃色の矢は光跡を作りながら夜を進み、向かうは城の頂天。はるか遠くの夜空を覆う雨雲にぶつかり、矢はかき消え、そして──弾けた。

 まばゆい光が空を染める。夜空を覆う雨雲の層を、「削る」目的で放たれた弓矢は。爆発し、その雨雲を当たり前のように「消し飛ばした」。

 

 …………は???

 

 霧散。夜空に水が消し飛んだ霧が舞う。唖然とする弓を放った麒麟と、そして隣でそれを指揮していた八雲鳳世。その空の光景を見て、土御門祈はほっと息を吐く。

 

「よかった……!私、役に立てたんですね……!」

 

 笑顔で嬉しがる彼女をよそに、驚愕。神の作った結界を当たり前のように全壊させた爆弾。それがどいうものかは誰の目に見ても明らかで。本人以外には。

 

「なんと……」

 

「あ、ありがとうございます。本当に」

 

 困惑を隠しきれず感嘆する八雲鳳世と、一先ず感謝する麒麟。よかった、日和って城の屋根辺りに撃たなくて本当に良かった。もしかしたらを考えたくはないが、とんでもない事になってたかも。……いや、結界の層の差でなんとかなったかもしれない、か?相手は刑部之也だ。それで終わる訳が無い……()()()()()()()()()()()()()は別として──うん、やはり駄目だ。

 

 が、遂に最後の仕上げは終わった。

 

 状況は完璧、夜を見送る麒麟。弓矢を放つ前、鴉魔アルトは空に飛び立った。「結界の破壊と共に、アルトが突入し場を錯乱。隙を作り、イオリと深雪と小雨を帰還させる」──

 

 それでこの夜は勝ちだ。百点中の百二十点。完璧だ。

 

 だから。

 

 雨の結界が途切れている内に、もう一矢を放つ。桜色の大弓が夜空を突っ切る。もし結界を修復されているとしたら、少しぐらいの時間稼ぎにはなるだろう。

 

 「千里眼」を得ている麒麟の瞳が、城の屋根で合流したイオリ・ドラクロアと鴉魔アルトを捉えた。アルトには帰還を促すように伝えてある。話している二人を見て、確信。安堵で胸を撫でおろそうとした。

 

 その手が、指が、自分の胸に爪を立てる事になるとは。

 

 弓矢の軌跡に気づいたイオリ・ドラクロアが視えてない筈の此方に視線を向けた。そして。

 

 “勝ちに行こうぜ、お姫様”

 

 ──え?

 

 男の唇の動きが、そう言っていた。

 

 見間違いか?麒麟は男を凝視する。いや、あれは──帰る様子を見せない。心臓の音が、煩くてかなわない。目前のアルトに向き直り、会話を続けるイオリ。

 

 どうして。

 

「ッ、戻りなさい!イオリ・ドラクロア!」

 

 聴こえる筈も見える筈もない声が虚しく響き、狼狽える様子の麒麟に祈と八雲鳳世が思案する。

 

 は?なんで?命が、三億が惜しくないのか?

 

 全て諦めた上で全てを手に入れたつもりだった佐藤麒麟は、自分の顔が青ざめるのを実感する。のに、見守る事しか出来ない。

 今すぐにでも駆け出したかった。空を飛んで、彼を引き戻したかった。だが、彼女の立場が、これまで築いた諦観が、足を動かしてくれない……。

 

 絶望と呼んでいい状況を目の当たりにした彼女は、その直後、まるで夢とも言える光景を観測する事になる。無謀とも思えた眼差しを見送る事しか出来なかった彼女の瞳に映ったのは、二人が、否──“四人”が起こした奇跡。遠くに輝くその姿、例えるなら。それはさながら“赤き亡霊”──

 

──「──はははは!!」

 

 叢雲鳳世が笑い、目前のみすぼらしい──いや、違う。まるで「歴戦」……と形容するのが正しいような浴衣の、妖力をマグマのように滾らせる堂に入った姿の女を見る。

 

 なるほど。あの黒い少女と融合したか。

 

 「神に認められ」、「神を受け入れる器を持ち」、「女性である事」、それが『神威』の条件。それをこう満たすとは。そうだ、それぐらい滅茶苦茶でなきゃいけない。

 

「無理矢理「神威」を満たしてくるとは思わなかったよ。けど、それで同じ土俵に立ったとでも──」

 

 チッ!叢雲鳳世の左頬を斬撃が掠め、赤い線が垂れる。その奥に、立ち込める霧を消し飛ばす風切り音が鳴り響いた。

 

 チン。納刀の音。目前の女──イオリ・ドラクロアが抜いていたドウタヌキを鞘に納める。

 

 僅か一瞬の出来事に刻まれた一閃。遠く離れている距離から放たれた、イオリ・ドラクロアの抜刀術。距離は当然、剣閃が届くような距離ではない。

 

 のに。

 

「これはお返しだ。これまで手加減していた貴様へのな」

 

 蒼い瞳が叢雲鳳世に向けられる。この距離、届く筈のない刃、否──それは、「威光」。祝福を受けた刀の放った神力が、刃となり空間を斬り裂いた。

 

 まるでお披露目、とでも言わんばかりに。

 

「本気で来い」

 

 次は当てる──と。

 

「……っはぁ~~」

 

 ぐしゃり、と濡れた髪、前頭部を右手で鷲掴む叢雲鳳世。先ほど頬に負った傷は既に消え、気だるそうな瞳でイオリを見据え。

 

「死んでも後悔しないでくださいね」

 

 ぶわっ、彼の持っていた「妖怪百科・百物語」の項目(ページ)が激しく音を立てて空に幾つも飛んでいく。ばらばらばらばら、とその本のどこにそれ程の項目数があったのか──叢雲鳳世の手から「百物語」が項目(ページ)を出し尽くして消える頃には、彼らが立つ城の屋根の空を宙に浮いて舞う項目(ページ)が敷き詰めていて。

 

 まるで城を覆うような包囲網、弧を描いて「百物語」の項目が舞い踊る。それはさながら、新たな「結界」。

 

「いいでしょう、貴方がそのつもりなら。人の安寧か、妖怪の自由か──救われる者の運命を今。此処で決めよう!」

 

 百物語を手放しフリーになった両手を広げ、叢雲鳳世が最大の笑みをイオリ・ドラクロアに送る。当然、イオリも笑みを返して。

 

「全てを背負える程の器は無い。(おれ)(おれ)の分だけ掬うよ」

 

 始まる、百鬼夜行(ひゃっきやこう)頭目(とうもく)大罪王(たいざいおう)の戦い。開幕を、叢雲鳳世が容赦無く告げた。

 

「『再現』“闇槌”」

 

 空に浮かぶ幾つもの項目が、イオリを囲むように舞って一枚一枚が魔法陣を描き、そして放たれる。先程までとは段違いの制圧力、闇夜に紛れた薙ぎ払いの槌が屋根に立つイオリに四方八方から襲い掛かり。

 

「──」

 

 ぐしゃり。槌同士が派手にぶつかりあい、形成する闇は塵となって滅びる。その潰れた槌の向こう側にイオリは──居ない。何処に?叢雲鳳世は捉える。イオリ・ドラクロアは空に。

 

「成る程!」

 

 アルトと神威したイオリは今、邪神・鴉魔アルトの編み出した「聖者の禁法(スペル・オブ・ソロモン)」の全てを使う事が出来る。それは当然、彼女がいつも使っていた空中飛行能力もしかり。

 

「最高速で──」

 

『駆ける!』

 

 グオン。飛び上がってすぐ、イオリはその身で夜空を縦横無尽に駆け回る。この空に漂う一枚一枚の項目に狙いをつけさせないようにする為。

 

『吾輩がいつも飛んでるより速いな!?』

 

 魂の中でアルトの声が聞こえる。サイレンサー、空気抵抗もここまで減らせるのか。初速は40前半、トップは80越え──と言ったところか。分かる、普段アルトが使っている法術のセオリー、はたまたその感覚すらこれまで使()()()()()()()()()()馴染んでいる。

 

「『再現』“竜巻(たつまき)”」

 

 一手一手では高速で動いているイオリを捉えられないと踏んだのだろう、次に叢雲鳳世が起こした現象は「竜巻」。この城の屋根を風の刃が舞い、その範囲全てを斬り刻む。

 

五月雨(さみだれ)

 

 イオリは二振りの剣を抜刀し、その場で回転した。刀から放たれた威光が周囲を薙ぎ払い、風の刃を起こしていた項目等が威光に射貫かれ、塵になっていく。

 

「はっ」

 

 しなやかな抜刀術、その剣技や天晴(あっぱれ)……。驚愕するべきは、今日初めてその力を行使するはずなのに、まるで予め分かっていたかのような技の精度。

 

 イオリ本人は気づいてないが、魂の内側──鴉魔アルトは実感する。自分の使う法術より出力自体そもそも上だが、これは。

 

 彼のこれまで培ってきた、生命観(スリル)

 

 今この場で何が出来るか、何をすべきか。それを感じ取り実行する能力がとんでもなく高い。そこに一切の妥協は無く、何より「(せい)」へ近しい方へ。それが、誰より死に急いだこの男が今まで生きながらえてきた理由なのだろう──そう思った。

 

 このいくつかのやり取りの中で、当たり前に勝てると思っていた叢雲鳳世にも僅かに焦りが見えてくる。

 

 普通の一手では詰められない。なら、此処からは──出し惜しみは無しだ。

 

「行くよ、紫陽花(あじさい)

 

 叢雲鳳世がその手に日本刀を召喚し握り込む。ドウタヌキでないとは言え、その姿にイオリはこの夜最大の注意を向ける。

 

 ()()ならマズい、その時は──!

 

 構えられた日本刀の周りに幾つかの「百物語」の項目が集い、吸収され、刀が強く輝きを起こす。優雅、堂に入った振る舞いでイオリの方へ剣閃は放たれた。

 

「『再現』九龍砲刀(クーロンカノン)

 

 刀身から光が破裂するように九つに別れて弧を描き、夜空を斬り裂いてイオリ・ドラクロアに襲い掛かる。なんて強大な威圧感(プレッシャー)、それを見てイオリは覚悟を決める。

 

 一枚目を切るぞ、アルト。

 

『妖力の溜まったバケツをひっくり返すようなものだ、二度は使えんぞ!!』

 

 結構。心の中でやり取りを終えたイオリは、目の前に両の手のひらを差し出す。

 

()()混沌(こんとん)終焉(しゅうえん)女神(めがみ)

 

 夜空に浮かんで詠唱を始めたイオリの姿を見て、最大火力の一つを放った叢雲鳳世は先ほどまでの考えを今一度改めて唱え始める。

 

「──()()暗影(あんえい)終末(しゅうまつ)御神(みかみ)

 

 重なるように追っての詠唱、叢雲鳳世も目の前に両手差し出し言葉を紡ぐ。お互いの手のひらに、黒い力があふれ出していく。

 

 ──イオリ・ドラクロアに出し惜しみは悪手、どころでは足りない。次から次へ、質量で押し潰すしかない!

 

(うつ)るは唯宵(ただよい)」「(うつ)(ただよ)い」

 

 赤く光る髪を靡かせ、溜まった闇にイオリは掌から光を湯水の如く注ぎ込む。対する叢雲鳳世はひたすらに闇を増幅させ──。

 今にも襲い掛かる「九龍砲刀(クーロンカノン)」に対して、あまりにも冷静に詠唱を続けるイオリ。だが、確信がある。

 

 あれを打ち消すなら、今の最適解はこれだ。

 

 対する叢雲鳳世も、切り返しを余儀なくされる。あれを対処しない訳にはいかない。

 

「「(すべ)()()め」」

 

 二人の詠唱が終わり、イオリ・ドラクロアと、

 

破光(はこう)(よる)”」

 

 叢雲鳳世の手から。

 

「“(よる)”」

 

 全てを黒く染める、「()」が放たれた──

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