新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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燃え盛る夜

 イオリ・ドラクロアの手から放たれた「破光“夜”」が九つに光る龍を瞬く間に呑み込み、射線上の百物語の項目をも幾つも消し飛ばし、叢雲鳳世が放った「“宵”」とぶつかり、交じり合って対消滅を起こした。

 消え去るお互いの「“()”」、僅かに舞う光の粒子。一瞬の静寂の後にイオリがすかさずドウタヌキを抜刀、青白き威光を敵に対して放つ。

 

『吾輩の「“夜”」が再現されただと!?ええい、息をもつかせるな!』

 

 こちらの「“夜”」が容易く対処されたのはアルトにとっても想定外だったのだろう、しかし元よりイオリ・ドラクロアに一息もつく気なんてさらさらない。それほどまでに相手を舐めていない。

 

 放たれた威光が幾つかの「塗壁(ぬりかべ)」によって防がれる。それぐらいは分かっていた、その隙に空を駆けてイオリは思いっきり敵の間合いに踏み込む。

 

二式(にしき)魔王(まおう)!」

 

 輝く二振りの宝刀が抜かれ、その場に赤と青の刃が斬撃を放つ。

 

「『再現』「逃水(にげみず)」」

 

 が──刃は空を斬り裂くだけで終わる。声が聞こえた時には、既に叢雲鳳世ははるか遠くに。

 

 チッ、高速移動……或いは瞬間移動の類の現象!水に関連するものか……?そう簡単には捕まえさせてくれないか。

 

 減速する為屋根に着地するイオリ、一枚刃の下駄が濡れた屋根に飛沫を上げてブレーキをかける。雨は上がったが、まだ屋根は濡れている。制動距離が長い。

 

 イオリは再度、縫うように叢雲鳳世の方へ再び飛ぼうとする──が、異変に気付く。空を舞っている百物語の項目の一枚一枚が、魔法陣を描いて夜空を埋め尽くす。

 

 ぞわり。イオリの心の底に冷え込むような感覚。

 

「火よ、樹よ、水よ、風よ──ささやかな者たちよ、僕達に力を貸してくれ」

 

 叢雲鳳世の詠唱、それに直感が警報をあげる。マズい、この感覚、ただでさえヤバかった「九龍砲刀(クーロンカノン)」よりはるかにマズい!!

 

「「理論方程式の構築」、「理由の定義」、「存在の証明」、その到達点──『再現』。これが「大いなる力(アルス・マグナ)」だ」

 

 紡がれる言葉と共に花開いていく魔法陣。緻密な理論方程式を下地に豪快に理由を定義されたその存在が証明され、魔法陣すべてが一斉に激しく紫色の輝きを放ち、直後。夜空の向こうから降りる天国への階段のように「絶望の光」が降り注ぐ。

 

『まずい!!切るか!?二枚目!!』

 

 その世界の終りのような光景を、魂の中で響くアルトの狼狽を、赤髪を夜風に靡かせてイオリはへっと笑った。

 

「いや、切るのは三枚目だ」

 

 苦しい時ほど笑え、ドンと構えて藻掻け。大丈夫。すぐ其処に、希望の日差しはある──!

 

“祈りよ、願いよ、今ここに私のありったけの思いを!届いてっ、「浄焔(ホーリー)」!”

 

 何処からか聞こえた、暖かい言葉。それが、絶望の光を前にしたイオリ・ドラクロアの勇気を追い風のように後押しする。

 

 ドォ──ッ!!背後から聴こえる爆発音。吹き荒れる熱波に髪を揺られたイオリは、だからってそちらの方を見やる事はない。何が起きたかが、なんとなく分かるから。

 

 この感覚、込められた思いで理解る。土御門祈が放った炎が、背後に張られていた「百物語」の項目の結界を燃やし飛ばしたんだ。

 

“これだけ空けば結構!「句繰術(くくりじゅつ)(さき)」!”

 

 その直後、空いた結界の隙間を縫って夜空を満ちる絶望の光の一点、僅か一点に対して亀裂が刻み込まれた。あの強大な光に対してものの僅かだが、確かに刻まれたその亀裂に。

 

“っ、ここまで来て「負けました」なんて絶対許しませんから──!楔つけろ「桜射(さくらい)」!”

 

 矢継ぎ早。桃色に光る弓矢が夜空を駆け、僅かに刻まれたその亀裂に楔を付けた。

 

 降り注ぐ絶望の光。だが、あの一点。僅かに生まれた弱所。それがこの戦況をひっくり返す唯一の手立て。

 

 ありがとう。(おれ)は、まだ戦える──!

 

 後ろから吹く追い風に心よりの感謝をし、ワタヌキを抜刀したイオリはその刀に想いを込める。

 

(てん)仇為(あだな)せ、神斬(かみぎり)(やいば)

 

 ボウっ、ゆらりと燃えるような赤い光がワタヌキに灯り、それを両手で引くように構えて。

 

「──「禍叢雲(まがのむらくも)」!」

 

 空に向かって全速で飛び、降り注ぎ迫る絶望の光に向かって刃を突き立てた。狙うは一点、亀裂に楔付けられた僅かな下穴へ。

 

『なんて無茶な!!「天邪鬼」にも許容限界がある、全ダメージは跳ね返しきれんぞ!!』

 

 光の波の中をワタヌキで突っ切るイオリにアルトからの忠告。剣を突き立てたものの、今にも身体を消し飛ばそうとする溢れでた紫色の光を「天邪鬼」のフィールドが()()()()耐えてくれている。

 

「なあに……、(おれ)は仲間を、ワタヌキを、ドウタヌキを、お前を信じている……っ!」

 

『そんな盲信いらんわーーーーっ!!』

 

 ドウッ、秒数にて12秒……、呼吸もろくに取れぬまま突っ切り、抜けた先は雲一つない夜空……。絶望の光の先、層の向こう側に躍り出るイオリ・ドラクロア。

 紡織する時にアルトとイオリの身長差の分布地が足りなかった為ただでさえほつれていた黒い浴衣がさらにボロボロに。だが……抜けた。あの絶望の光を抜けたのだ。

 

 ふぅっ、そこでようやく一息を付く。いや、正直死んだかとイオリ本人も魂内部のアルトですら覚悟はしていた。が、乗り切った。

 

「な?燃えたろ?」

 

 にやり、としたり顔のイオリが笑む。女の顔であるそれは、見た目だけは美人なのだが。中身は良い年した歴戦のおっさんなので中に居る座敷童子は普通にキレた。

 

『死ね!いっぺん死ね!!お前今度覚えてろよ!?』

 

「馬鹿な……「大いなる力(アルス・マグナ)」を耐えた……?」

 

 夜空に浮かぶ満身創痍の、だが自信満々の笑みを浮かべるイオリ・ドラクロアを、驚きに満ちた眼で見る叢雲鳳世。なんだこの人間は……?僕は夢の中でまた悪い夢でも見ているのか……。

 はぁ、何度目のため息だろうか、叢雲鳳世はすぐに顔を切り替える。駄目だ、この相手は。此処から先に付き合っては駄目だと。そう()()()しかない。

 

「ふふっ、魂ごと消すつもりはなかったんですが……仕方ありませんね」

 

 乾いた笑みを浮かべ、持っていた日本刀「紫陽花」を刃を下にして脇に構えた叢雲鳳世。あの「絶望の光」を乗り越えて落ち着きたいイオリの生命感(スリル)を脅かす、本気の敵意。

 

 来る。()()が来る。休んでる暇なんてない。夜空を背に宙でイオリは、その現象に身構える。

 

「さよなら、イオリ・ドラクロア。『再現』「天叢雲(あめのむらくも)」」

 

 逆袈裟斬り。単純な振りとは裏腹に舞と見紛う程の美しさは、まるでお手本のように。イオリ・ドラクロアのそれとは遥かに違う剣の威光は、夜空を飛び越えてイオリへ一直線に向かう。

 

 避ける?否。速度的に、範囲的に不可能。現世であれを受けた時の事を思い出す。何も出来なかった。無様に負けた。そう、負ける──

 

 このままでは。

 

 イオリ・ドラクロア、今宵最大の笑み。その一撃を待っていたんだ。

 

時雨(しぐれ)

 

 チィン。イオリ・ドラクロアはワタヌキを納刀し、そう唱えた。瞬間、目前に迫る威光が、周囲の空を舞う項目が、叢雲鳳世が。イオリ・ドラクロア以外の。

 

 時間が、止まる。

 

「何秒奪える!?」

 

 その直後、目前にまで迫った天叢雲の威光から円を描くように空を飛び、叢雲鳳世へ最高速度で駆け抜ける。

 

 鴉魔アルトがすかさず答えた。

 

『3秒だ!』

 

「ありゃ充分!」

 

 夜魔の邪神の最後の切り札、「時雨」。相手から本気の敵意を向けられた時、刀を納刀する事で発現する「天罰」。

 その効力は、無慈悲なる「時間の奪取」。神の時間を止められはしない穂浪の「叢雨」に対して、数秒ではあるが、天が天に罰を与える事すらも可能──という点で大きく勝る。それはとてつもない優位点、正に彼女自慢の真の切り札と言えよう。

 惜しむらくは重すぎるその代償。本来上限が無いともされる鴉魔アルトの容量ですら脅かすほどの、膨大な妖力の消費。そんな「天罰」、一夜に一度起こすのがせいいっぱいである。

 

 今の「時雨」に、イオリは鴉魔アルトと共有している妖力を可能な限り注ぎ込んだ。最大限注ぎ込んで三秒を奪えたのだ。

 

 決着は今、此処で!奴を仕留める!

 

 時間停止から三秒経過、時が動き始める。「天叢雲」の射線上にイオリが居ない事を悟った叢雲鳳世に、死角から無言でイオリが迫る。その速度、時速にして84キロメートル。その距離、僅か5メートル──

 

 貰った──!

 

「『再現』「逃水」」

 

 ふぉん。目前から叢雲鳳世が消える。それは──

 

「読んでいた!「天邪鬼(あまのじゃく)」!」

 

 イオリ・ドラクロア、これまで進んでいたスピードを「天邪鬼」で反転、バキンッという音と共に空中でUターンをかます。今の音、「天邪鬼」のフィールドが壊れた音だろう。使い切った感触が分かる、もう何も跳ね返せない。

 

 奴の声がした方向へ飛び突っ込むイオリ、その姿を瞳に捉え。逡巡する、彼の瞬間移動の現象「逃水」は恐らく「時雨」と同じ天罰方式の現象、死角からでも敵意に反応して瞬間移動した──と考えるしかない。

 

 じゃあ、次も逃げられるのか?一考、いや、あの天罰にだって他に条件があってもおかしくない。

 

 迫るイオリに向き直る叢雲鳳世。唱える。

 

「『再現』「(にげ)──」

 

 彼は現象を再現しようとして、やめた。いや、出来ないのか。

 

 そうだよな、お前は雨を降らす神と神威しているんだ。その現象を再現していた。当たり前のように使っていたそれを。だが、今、その場は──!

 

 叢雲鳳世が今立ってる屋根は先程までとは違い、濡れていない。その場所は、少し前放たれた土御門祈の結界を破るほどの業火の余波によって。

 

「乾いている!」

 

 ドンピシャ。「逃水」の条件は「地面が濡れている事」。急遽、逃げ場の無い叢雲鳳世。回避が出来る前提で立ち回っていては大技を繰り出す余裕も時間もないだろう。必殺の距離、あとわずか3メートル!

 

「──「火車(かしゃ)」」

 

 ただで終わる訳がない妖怪の王。唱えられ、イオリ・ドラクロアに放たれた最後の一手。ノーモーションで放たれた、人間1人包んでしまうほどの炎。避けている暇など、無い……ッてか止まれない!!

 

 ボオッ!直撃し、破裂。紡がれていたイオリ・ドラクロアと鴉魔アルトの神威が強制的に解除される……、後ろに仰け反り右腕を浴衣ごと炎で燃やしたアルトが思いっきり叫んだ。

 

()け!!」

 

 その言葉を受け、振り向いてなんかいられない。髪は赤から黒に、服は浴衣からスーツに戻り、唯一肉体は反転したまま戻らない女の姿で、蒼から赤になった瞳で叢雲鳳世の姿を捉える。

 

 空中飛行能力を失い、慣性だけがイオリを動かす。止まってたまるものかと、サイレンサーを全開にして敵へ飛び込む。

 

 投げ出されるような浮遊感の中、二刀に手を添え必殺の構え。ワタヌキとドウタヌキの鍔を少しだけ鞘から浮かせた後、そこでサイレンサーを完全解除。チィン、鞘に納刀して、その場で音を響かせる。

 

人は何れ死ぬと知れ(メメント・モリ)

 

 金打(かねう)ち。古来から伝わる、約束の礼法。この状況でイオリは叢雲鳳世に約束する。「この夜を終わらせる」と、そう見栄を切った。

 

 その姿を、最後の一撃を放った後の無防備な叢雲鳳世は瞳を閉じ。

 

「……最高の夜でした」

 

 負け惜しみか、本心か。それを聞き届けて。

 

 ──この空間(くうかん)(おれ)だけの間合(せか)いだ──。

 

 その一時は、赤く燃え盛る濃密な刹那。瞬間、青き刃と赤き刃が。

 

二式(にしき)魔王(まおう)!」

 

 叢雲鳳世を斬り裂き、果てまで広がる夜の向こう側まで輝きを残した。

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