新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
百鬼夜行の頭目を下し、この夜を斬り抜けたイオリ・ドラクロア。勝った、間違いなく勝ちだ。誰もが見て分かるその刹那に、その手に、確信を得る。
──のも束の間。空中に高速で投げ出され、目前に迫る瓦屋根に対して次の一手を早急に打たねばならない現実に直面する。
叢雲鳳世を倒すので精一杯で後の事など考えてなかった……!此処は城の屋上!屋根から落ちたら間違いなく死……それだけは避けねばならない!
なら屋根にどう着地する?この速度で?サイレンサーを起動……っ駄目だ、今は使えない!
激闘による心身の疲労、過剰なるアドレナリンの分泌。能力のコントロールに必要な心の余裕がない。この状況、まずい。肉体がモロに瓦屋根に叩きつけられると終わる……ッ!
「チィッ!!」
考える暇もなく目前に迫る城の屋根に左脚で着地……出来る訳が当然無い。膝奥に響く衝撃、関節が壊れる前につんのめるような体制に無理矢理移行。
左腕を地に着いて受けに回るしか……っ!肩から力を流して一番面積の広い背中で衝撃を最大限に消そうとする。──が、五臓六腑が悲鳴を響かせ肺が呼吸麻痺を起こす。
「がぁっ……!」
内臓がひっくり返りそうだ。だが、気絶はしない。絶対に出来ない。したら死ぬ。歯茎を痛めるほどに噛み締める。体がまるごと一回転し、吹っ飛ばされる最中で両手に握っていたドウタヌキとワタヌキの柄を瓦に突き立てる。
ギャギャギャリリッッッ…………!柄が摩擦で火花を立て滑りゆくのに抵抗する、数秒。転落する事なく屋根の上でなんとか制止……、すぐ後ろには屋根のへりが見え、その先は……奈落。
ぶわっと冷や汗が流れ出たのを実感して地にその身を存分に預けると、イオリはさっきまで呼吸する暇なかった息を思いっきり吐いた。
「敵将を討ち取って死ぬ奴がどこに居るんだ……っ!」
体制を立て直し、二振りの刀を納刀する……いづっ!?左腕に違和感。アドレナリンが安堵で切れるまで気づかなかったが、酷い事になっている。
チッ、流石にこれは折れているか?どうだろう、燃えるように痛い。男の肉体だったら耐えてたか……?だから女の体は嫌なんだ。あーもう。
いや、いい。生きていたのならそれでいい。全く、なんでこんなに生き急いでいるんだ
「イオリっ!」
離れた位置から鴉魔アルトが飛んで駆け寄ってくる。叢雲鳳世が最後に放った炎を丸々肩代わりしてくれたみたいで、浴衣の右袖が焦げている……が、幸い体は大丈夫なようだ。よかった。そちらに右手を振ってこちらの怪我を悟らせないよう強がって気丈に答える。
今更心配させるのも示しがつかないしな。カッコぐらい付けたい。
「大丈夫だったか?まあ、お前が死んだところで」
「はぁ!?貴様は人の心配を!」
憤り迫るアルトの頭に右手をポンと乗せ。
「冗談だ。ありがとう、お前が居なければこの戦いはどうにもならなかった」
ぐりぐり、と押し付けるように呪詛がかった黒髪を撫でる。
「……ふ、フン?いつもより可愛い顔だからって誤魔化されはせんぞ!?わかれば良いのだ」
普段と違って女の顔だから慣れないのだろう。そんなアルトが少し照れる。
「ま、まあ?いつもの顔が綺麗で無いとは言っておらんが?」
「ん?あー、今の吾の肉体は19歳相当だからな」
精神の年齢は38歳とは言え、肉体は19歳に値するし書類上は20歳という事になっている。そう、まだお肌もぴちぴちだ。
「だから……っ、あーもうお前は!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く座敷童子。いや、機嫌を損ねるような事をしたか?
「それより、だ」
お互いの無事を確認しあって、空気を切り替えるイオリ。それに反応してアルトもまた。
「ああ」
二人は一度倒した敵の方へ向かう。斬り裂いたはずの、だが、まだ
万が一がある。気を引き締めて、一歩ずつ瓦を踏み締めていく。
その先に。
横たわり少しも動けぬ老体、神威が解除された刑部之也の姿があった。
息はあるようだが、反応は無い。気絶しているのか。
「確かに斬り裂いたがな」
手ごたえはあったが、とはいえ「殺せた」という感覚では無かった。あれが神と共鳴している人間を守る奇跡なのだろう、そう考えるととても大きい庇護なのだと実感する。
だが──
しゅり、イオリは左腰に携えた刀を抜いた。抜き身の刃が青白く闇夜を照らす。
動けないのでは意味が無い。どれだけの祝福を受けようとも。
「っ駄目!!」
倒れた刑部之也の前。イオリとの間に立ちふさがる少女、小さな体が手を広げて必死に後ろの敗者を庇うように。よれた着物も、乱れた髪も、全ていとわないと穂浪と呼ばれた神がその間を遮った。
「鳳世君はみんなを守るために頑張ったんだ!誰より優しい鳳世君が、お前なんかに殺されていい訳がない!!」
鋭い眼差しがイオリ・ドラクロアを刺す。少女が自分の身を投げてまで助けたい彼への想いが。
「──」
どんな感情が交じり合っているのだろう、イオリ・ドラクロアにはその感情は分からない。どう産まれ、どう歩み、どう道を築いてきたのか。その少女の人となりを、その姿から受け取る事は出来なかった。
“人は何れ死ぬと知れ”。
そう自分に言い聞かせて来た。命はいつか失うものだと。それが定めで、それが摂理。だから人の命に重さの違いは無く、生きるか死ぬかは早さの違い。
齢38歳、長く生きたつもりだ。人生を濃縮し死と隣り合わせでたどり着いた感覚。そう信じて生きてきたが。目前の少女の強き瞳を受けて、これが答えだと、断言できる自信が無かった。
人が人を殺せる権利、とは。誰がどうしてそれを持ち得るのか。
……弱くなったな、吾も。
これまでだったら斬って捨てれただろうか、イオリは歩く。無心を装って。その姿に穂浪が身構える。が、立ちふさがるだけ。彼女にも余力は無いのだろう。その限界の眼差しが必死にイオリを睨みつける。
お前は恵まれてるよ、叢雲鳳世。だから、大丈夫だ。お前の夢は叶わないが、お前はこれからも幸せだろう。
イオリは屈んで、屋根に落ちていた一冊の書物を痛む左手で拾いあげる。そう、それは。
「「妖怪百科・百物語」──あいつは言っていたな、この本には現世と幽世の行き来をする力がある、と」
刑部之也の神力と切り離され、結界としての役目を失い一冊に戻った古びた本。
「……えっ」
それは詭弁だ。自分自身が1番理解している。其処にはなんの確証も、保証も無い。
だが。
「なら、これを断てばお前らが現世に来ることはもう無いな」
ザシュン!宙に放った「百物語」の原典をドウタヌキで斬り裂き、イオリは刀を納刀した。青白き宝刀に両断され妖力を感じなくなった「百物語」を手に取り、スーツの懐に仕舞う。
これが、吾に出来る最大限の仕事だ。
「アルト、帰るぞ。祝杯だ」
「……まったく、お前は」
肩を竦めながらも微笑むアルトを連れ踵を返し、戦場を後にしようとするイオリ・ドラクロア。その姿に。
「っ、ねえっ!」
かけられた声。振り返り、イオリはもう戦はおわったと黒い瞳で少女を見る。
その顔は俯き気味で、何処を見ていいのか分からないようで。
「あ、あのね……その……、ごめんなさい」
しかし、意を決して見据えられた少女の瞳が、涙ぐんだ彼女の目が。何処か、嬉しそうな顔が。
「それと……、ありがとう」
ありがとう。それが自分達の野望を打ち砕いた相手に向ける言葉か。理解できないな、神と云うのは。
ふっ、とイオリは少し笑み。
「奴の目が覚めたら伝えるんだな。次逢う時は殺す、と」
そう返して、かつて大罪王と呼ばれた男と黒い座敷童子は城の屋根から立ち去った。