新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:キングオブコージ

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宵の明けない妖怪横丁〜エンディング〜

「はぁ!!??勝ったぁ!!???」

 

 城の屋上から会長室に降りてきたイオリ・ドラクロアと鴉魔アルトから話を聞いた三嶋小雨は、なんというかこう、とんでもないようなものを見る目で声をひっくり返した。

 

「はっ、えっ、うっそぉ……」

 

 刑部之也討伐作戦、名目こそそうあれども。誰もそのつもりで戦ってはいなかった……敵に有利な場で戦う理由は何処にも無いからだ。必要な戦力も揃ってはいない。だが。

 

 実現してみせたのか、その夢物語を。

 

 まるで幽霊でも見るように二人を眺める小柄な彼女。いや、そう思われるのもそうなんだが。本当に勝ったのだ。

 

「っていうかさ、その……、話聞いといて分かってるんだけど、本当にあのお侍さんなんだな……?えっ、ちょっと待って、めっちゃ美人なんだけど……もしかして妖怪が化かしてるとか無いよな?」

 

 その言葉は、事情を知らない小雨がイオリに問う物である。至極当然だろう、今のイオリ・ドラクロアは現世で見た姿と違い──女の姿だ。知ってる男が僅か数十分で女性になっているとか意味不明だ。吾もそう思う。

 

「……証明するものは」

 

「いらないわ。分かる。あなたに感じる力はイオリ・ドラクロアと同じもの。わたしが断言する」

 

 悩むイオリにすぐさま答えたのは三雲深雪。別れる前と違って長い黒髪を留めていたお札が剥がれ、その美しさを思う存分に解き放っていた。

 その彼女は、申し訳なさそうに視線を斜めに逸らす。

 

「間に合わなくて御免なさい。でも、あなたたちで良かった。ありがとう、叢雲家の一人として感謝するわ」

 

 激闘の跡だろう、イオリが訪れた時とは比べ物にならない散乱具合の部屋がそれを物語っている。ドウタヌキしか居なかった筈の部屋に、どんな妖怪が来たのだろうか。

 

 それは、後に聞くとして。彼女たちは最高の仕事をした。

 

「皆のおかげだ。誰一人でも欠けていたらこの奇跡は届かなかったよ」

 

 何よりの本心。彼女たちが足止めしてくれたからこそ。イオリ・ドラクロアがこの夜を終わらせることが出来たのは全員の力があってこそ、だ。蜘蛛の糸のようにか細い可能性を手繰り寄せて、ありえた結末に偶然辿り着いただけに過ぎない。

 

 だから、今は。

 

「戻ろう、皆の元へ」

 

 誰より湧きそうな喜びを抑え、今は落ち着いて。待っている仲間たちの元へ──

 

──「はっ、見たか!?楽勝だぞ!!!」

 

 遠く背後に聳える妖怪横丁・町役場の城を背中越しにビッと親指で指し。絶世の美女が勿体無いほどにウッキウキで百八神社の神主・八雲鳳世にドヤるイオリ・ドラクロア。

 

「まったく貴方は、ひやひやさせる……」

 

 以前面識があるからだろう、女性の見た目のイオリに怯むことは無く。ドレッドヘアーに羽織袴の神職者とは思えない男はあきれ顔をして、でもしっかりと作戦成功の喜びを笑みとして顔に表す。

 

「お疲れさまでした。想像を遥かに越える活躍でしたよ」

 

「まあな。お前の見る目は正しかったよ、任せとけ」

 

 パァン!長身の女と巨躯の男が右手で存分にハイタッチをかました。……割と本気ではたいてやったが、これコイツも本気だったな。めっちゃ痛いんだが。はっ、さては読まれていたな。食えないやつだ。

 

 満足し、その次。茶色のふわふわショートボブに白黒チェックスーツの、綺麗めだが控えめそうな女性──後ろで大人しくしていた土御門祈の前に立ち。

 

「えっと、その……」

 

 どうしてそんなに引っ込んでいる……、面識のそう無い彼女だがもっと胸を張れと思った。その活躍に、実力に。イオリ・ドラクロアは惜しみない感謝をして。

 

「あんたはすごい!」

 

「わっ」

 

 有無を言わせず、喜びに任せてそのふわふわパーマをわしわしと撫でた。この娘が。あれだけの活躍を。見かけによらない──なんて言い方は失礼だな。彼女は英雄が1人だ。

 

「お前の焔、いまにも挫けそうな(おれ)の心をしっかりと後押ししてくれた。おかげでなんとか勝てた……、助かったよ」

 

 あの生か死かを分ける戦場で。神の結界である雨雲を消し飛ばし。百物語の障壁もこじ開け。決め手は叢雲鳳世の逃水を封じてくれた。……いや。居なかったら間違いなく詰みだった。本当に今回のMVPなんじゃなかろうか。そうイオリは確信している。

 

「あっ、あの、イオリさん……なんですよね?男性、じゃなかったんですか?」

 

 おずおずとする目。いや、男なんだが。その話は追々するとして、今は。

 

「ありがとう。君が居る日守(ひのもり)が羨ましいよ」

 

 この夜を支えた彼女に、ただただ感謝を──。

 称賛を受け、満面の笑みを浮かべる彼女。

 

「……お役に立てて光栄です」

 

 火力の申し子。この子はもっと、大物になる。そういう確信を持って。

 

 その次、最後はこの夜に吾を連れてきた依頼人。日守の姫、佐藤麒麟の目前に立つ。

 

「3億分の依頼、確かに果たしたぞ。佐藤」

 

 一服しようとして、スーツの懐からチェ・ブラックを取り出す。……が、ふにゃり。湿気っている。ちっ、それもそうか。あれだけ雨に打たれていれば──

 

「づっ!?」

 

 急な痛みに右手に持ったタバコの箱を地面に落とした。目前の佐藤麒麟が、有無を言わずにイオリの左腕を掴んでいて。

 

 彼女は訝しげな表情をして呟く。

 

「やっぱり。折れてる……」

 

「何をする──」

 

 イオリが抗議をしようとして麒麟の顔を覗く──その瞳は据わっていて。その威圧にイオリは少しだけ怯んだ。

 

「私、帰るように伝えたはずですが。なぜ──帰らなかったのです?」

 

 声色から冷たさが伝わってくる。なぜ、帰らなかったって。あの時、アルトづてに確かにそうは聞いた。しかし、帰れる場面では無かった。勝利の可能性があって、それを果たせばこの後の全てが上手くいって。

 

「吾の命懸けの一夜を3億で買ったのはお前だろう。吾は出来うる最高の仕事をした」

 

 瞬間、グイッと。イオリのネクタイが掴まれ、佐藤麒麟がその綺麗な顔を歪める。

 

「貴方は!私の「全員の生還」の指令を無視しようとしたんですっ!」

 

「──」

 

 それはあの柔和な、幼くも凛々しい一国の姫、佐藤麒麟という女からはとても見れそうに無い表情で。その場の誰もが押し黙りその様子を見届けるしかない。

 言い返せないイオリ・ドラクロア。この一晩にどれだけ死にかけた事か。蜘蛛の糸の綱を渡り終えたものの、それは結果論だ。

 吾を信じたこの女の心からの笑顔を見たかった。あの暗い顔を明かしてやりたかった。上から目線ばかりの奴らの度肝を抜いてやりたかった。その可能性が目前にあって、それを手繰り寄せて自分の物にしたかった。

 

 吾が見たかったのは、驚きつつも喜んでくれる雇い主の顔だった。だから、こんな顔をさせてしまうなんて──。

 

「すまない」

 

 気がついたら、謝っていた。謝る事しか出来なかった。正しいのは彼女だ。どれだけ結果を出そうとも、信頼は果たそうとも。信用を失う行動に出たのは間違いなく吾だ。

 

 ──ぽすっ。ネクタイを引っ張られ前によろけたイオリの胸部に、佐藤麒麟が顔を埋める。

 

「こんなに、ボロボロになって……」

 

 くぐもった声が、ほんのり上ずっている。その姿に、先ほどまでの覇気とは打って変わって儚い彼女に。身を預けられたイオリ・ドラクロアは何も出来ず。

 

「……すまない」

 

 一夜を命懸けで駆け抜けた英雄は、繰り返すようにその言葉しか言えずに──

 

──刑部之也討伐作戦から一週間が経ち。受けた治療も功を成して、イオリ・ドラクロアは五体満足の身体をベッドから起こす。

 

「……今日からまた仕事か」

 

 ふわぁっと欠伸をし、床に足を付けて自分の体重を再認識する。半ば寝たきりであった為に鈍っている──が、天邪鬼も終わり再び男の肉体のそれは。前ほどの身軽さは無いものの、しっかり自分の体に馴染んでいる。元の俺の体だ。

 

 ……アルトはもう起きたのか。

 

 イオリの自室には既に彼しかおらず、まだ覚醒しきらない脳でリビングへと向かい──

 

「あっ旦那様、おはよう御座います!」

 

 朝から鼻腔を刺激する良い匂いと共にかけられる元気な声。付喪神の少女、ラフなTシャツと短パン姿のワタヌキがテーブルに皿を配膳している姿が映る。

 

「おはよう貴殿。寝癖がついているぞ?」

 

 豪快にフライパンを振るいながらもこちらを心配してくれるのはポニーテールにエプロン姿の、まるで新妻のような新鮮さを感じるドウタヌキ。……いや、何その手さばき。何処で覚えてきたんだ。

 

「おうイオリ。もうすぐ飯が出来るぞ、ほら顔を洗ってこい」

 

 そしてちょこんと椅子に座っている座敷童子──鴉魔アルトがイオリを促す。いや、お前は手伝わないんかい。

 

「……あいよ」

 

 気が付けばこの家は、なんとも大所帯になったものだ。

 

「ウタちゃんね、旦那様の為にって料理凄い頑張ったんだよ!」

 

「おいこら!言うなってそういうの!……その、あれだ」

 

 ドウタヌキがコンロの火を消してフライパンを置く。調理は終わったみたいで、彼女が此方を向いた。

 

「貴様に、感謝している。だから、その……飯をな?私の作った飯を。食わせたいんだ」

 

 その姿が。あの夜見ていた彼女とは同じで違う面影に。イオリははっと笑い。

 

「旨そうな香りだ。腹が減る」

 

 付喪神となった二振りの刀は、妖怪横丁の夜を乗り越えてこうして現世に舞い戻った。それは果たして、彼女達にとっていい事だったのだろうか。

 そう思う事もあったが、今の2人を見て。賑やかな光景に。こいつらの幸せを守れたのだと、少し誇らしくなれた。──

 

──統括管理局、正門。入口にて立ち並ぶスーツ姿の男が二人。

 

「流石は僕が見込んだ(ひと)だよ。もう体は大丈夫なのかい?」

 

 隣の歌川鶻(うたがわのはやぶさ)弌弐弎代(ひふみよ)がにこやかに話を切り出す。

 

「なんとか、な。しかしえらいもんに付き合わされた」

 

 対する1人、いつも通り二振りの日本刀をそれぞれの腰に携えて。

 

「ははっ、難儀だね」

 

「お前にもだよ」

 

 軽口の交わしあい。この一件はだれが悪いとかではないのは分かっている。全ての成り行きの上で成り立った事で。

 

「ごめんごめん。そうだ、今晩どう?僕が持つよ。イオリ・ドラクロアへの称賛に」

 

 クイ、とヒフミが口の前で軽く握った拳を傾ける。なんとも嬉しい申し出だが。

 

「お誘いは嬉しいが先約があってな」

 

「そっか。残念」

 

「折角だ、また来週ご馳走してもらおうかな」

 

「──決まりだ。また色々話を聞かせてもらおう」

 

「ああ。さて、来客だ。仕事するぞ」

 

 まだ色んな事を考えなくてはいけない。これからも色んな事が起こるだろう。だが、まずは目前の仕事を。

 かつて大罪王と呼ばれた男、イオリ・ドラクロアは。今日も社会人としてその日々を全うしていく──

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