新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
「本当ごめん麒麟ちゃんっ!
「
『久遠』滋賀支部長・久住が起こした騒動の全てが収まった後。一室の応接間にて、頭を下げる一人の女性の姿。対して佐藤麒麟が朗らかに笑んで返す。
スラっとした顔立ちを崩し、申し訳なさそうなその女性は──それにしたって麗しい。長く美しい艶やかな黒髪にキレのいい瞳。豊かな身体のラインを強調させるクリーム色のセーター、黒いロングスカート。落ち着いたお姉さんのような雰囲気でありながら、語尾にどことなく関西訛りが混じるのもまた親近感を覚え魅力的か……。
『久遠』のトップはやはり顔で選ばれるのか?とイオリ・ドラクロアは邪推しかけて。
「そこのお姉さん二人は初めてですね。私、京都支部の支部長を務めてます
平安の地・京都。神々を祀る街並み、そんな特異な地に聳えた『久遠』──その支部長である女が、顔だけで選ばれる訳がない。
深々と、佐藤麒麟の部下である此方にも謝罪をしてくれる久慈貴歌。京都支部の『久遠』のトップ。その彼女がこうしている姿に、本当に気遣い屋なのだろうとも思う。仮に表面上だけのものにしても──比較対象にするのもなんだが、あの
「初めまして。シオリ・ドラクロアです。あの程度なら露を払ったようなものですから、吾は気にしてません、姫様がいいというのならそれが全てです」
「初めまして、その、土御門祈です……床を焦がしちゃってすいません」
しっかりと、体裁上は日守の姫に仕える者として名乗るイオリ、対して若干元気無さそうに名乗る祈。その姿に久慈は両手を振って。
「いえいえ、本当に気にしないで!全面的に此方が悪いので!麒麟ちゃんが来るって聞いたから京都からこっちに来たら、こんな事になってるとは……」
がっくし。肩を落とす久慈。……支部長というのも大変なのだろう、組織全体が悪くなくても個人の失態であれよこれよと責任に晒される立場にあるのだから。
「でも、今日貴歌さんに会えて嬉しかったです。もう耳にしたと思いますが、一番の憂いが払拭されたのです。貴女にも、伝えたかった」
その気負う彼女に、等身大の少女の姿で。
「麒麟ちゃん……」
佐藤麒麟が、笑む。それはこれまで見た、どの「取り繕ったような」笑みとも違う、自然体なその姿に──ひしっ。久慈貴歌が、佐藤麒麟の体を優しく抱擁して。そして、感情のままに強く抱きしめる。
「っ、貴歌さん」
「おめでとう。本当に、よく、よく頑張ったね……」
面食らう佐藤にかけられた声色から、柔らかな祝福が伝わる。彼女達の背負って来た物に、ようやく決着をつけられたのだろうか。「刑部之也討伐作戦」──体裁上に組まれた夢物語の奇跡を今、偶然にも乗り越えた。
これまで、この国にはどれだけの重荷が乗っていたのだろうか。果たして彼女達の歴史は、何処から紡がれていたのだろうか。
「……うん、ありがとう」
彼女達が背負っていたもの、それはどれほどのものなんだろうか。日守の姫と、平安の地を支える者。その重積は、一度は命を捨てた程度の一介の傭兵には知る由も無く。
けれどもその光景を見届け、それでようやく、今日の目的が達成されたのだな──と、そう、一夜の責務を果たしたイオリ・ドラクロアは。仮にも今はお姫様の家臣として、温かい気持ちに包まれた──
──「わっほーーい!今日もビールが美味しいですねぇ!」
「ねっ、ですね!」
カァン!と
「……ペースが早すぎやしないか?」
土御門祈が率先してグビグビと大ジョッキの生ビールを喉に流し込む。テーブルでは七輪の上でジュウジュウと音を立てる
ほんのり薄暗い木造の建物、広くはあるがその場にはイオリら四人しか居らず。しかし静かかと問われればそんな事はない、昨日とは打って変わって「如何にも飲み会」、貸し切りの漁師小屋に宴の音が鳴り響いていた。祈曰く、「いつも卸してる所を特別に貸してもらった」との事。そんな無法許されるのか。
「いいんです。何故なら今日はお祭りですから!」
「はい。お祭りですから」
乗っかる様にペースの早い佐藤。……まあ、その気持ちは分かるか。『久遠』に「刑部之也討伐作戦」の成功を伝えてすぐだ。全てから解放され、ようやく存分に楽しめるのだろう。
何処となく保護者目線では居たイオリも、折角なので楽しもうと箸を伸ばす。
「……!美味いな、これ」
イオリは七輪とはまた別に並べられた、魚の刺し盛りを一つまみして。その柔らかさ、まろやかさに舌鼓を打ち、ジョッキのビールをあおる。……いや、幸せだよこれは。
「えっと、それはヒガンフグです。こっちがサワラで、こっちがグレですね」
当たり前のように答える祈。海産物を取り扱ってるとは聞いていたが……なんというか、手慣れたもんだ。くっ、感動的だ。どれもこれも美味い。
「お店の人はもう居ないんだろう、切ってくれたのか?」
「捌いた訳じゃないですけどね。柵にしてもらってたのを刺身にしただけですから」
大津から三重に戻ってきた頃には流石に辺りも暗くなっていて。そんな中、祈が「任せてください!今日は私が店を用意してますから!」とその豊満な胸をドン!と叩き。……若干の不安はあったが、まさかこんなにしっかりしてるとは。
「ほわ……っ、美味しい……」
殻付き帆立を皿に取り、貝汁ごと頬張る佐藤。瞳を輝かせ、その幸せそうな顔が本当に見てて楽しい。……このお姫様、食事の時が一番幸せなのではなかろうか。一生食べてる所を観察していたいぐらいだ。
空いたジョッキを片付け、ビールサーバーから祈が三人分のビールを注いできてくれる。中と中と、……大。勿論、大は祈のだ。いやそれ三杯目だぞ。
美味しい海鮮を前に酒が進み、宴は賑やかに。しかして。
「永親は食わないのか」
イオリは、壁際にて佇む近江近衛永親に問う。昨日もそうだったが、彼が一緒に食事を取る姿を見る事は無く。
「お心遣いありがとうございます。私の仕事は姫様とそのご友人が楽しむ食事を見守る事。ですので、出来るだけ楽しむ姿をお見せくださいませ」
……成る程、此処がいくら「日守の地」と言えどその責務は貫き通すのが彼の役割という事か。
「いつもありがとう、永親。私が気を利かせられませんでした。今度は他に護衛を呼びますから、また皆でお食事しましょう」
「いえっ、姫様、そんな事まで……」
佐藤麒麟がこうしてこの場に当たり前のように笑顔で居られるのも、近江近衛永親が居てこそ、か──。
日守のトップと、その補佐。その姿に、イオリは嫉妬する。この男のような奴が、なんだかんだ一番格好いいんだよな。
「永親、今度飲みに行こう。男二人、水入らずで」
「──いいですね。オフの日は用意してもらってるので、その時であれば是非に」
「あっ、永親さんずるい!私もイオリさんとサシ飲みしたいのに!」
ずるいってなんだ、しかもそっちか。
やんややんや、と昨日の飲み会とは打って変わって如何にも飲み会らしい雰囲気を。佐藤は「ふふ」、といつものようにビールをくぴくぴと味わって眺める。
「──さて!」
トン!三杯目の生大を飲み干した祈がジョッキを机に起き、意を決した様に店内の業務用冷蔵庫に向かいそのドアを開ける。舞い込む冷気、中から取り出されたるは──存在感ある、一升瓶。
「じゃーん!「
自慢げに胸に抱えられたその存在感の対比にも目が行くが……深雪って、あの、「
「……そんなものを。
今日一番の真剣な顔で問う佐藤。キラリ、と祈の目が光る。
「ふっふっふ。麒麟様、お酒は、
きゅぽん。蓋を外された一升瓶が用意された3つのぐい呑みに注がれる。……3つ?
「いや、待て。吾は」
「ささっ、ググッと
「あそれ、ググッと御大♪」
「ググッと御大殿」
御大って何?こら永親、お前まで乗るな!
しかして、飲みの場にて躊躇は無粋。心の何処かではそんな飲み方をして良い訳が無いと理解してはいるが、イオリは周りに囃されるままにキュッ、と日本酒を飲み干す。
瞬間、口先から胃にかけて広がる、旨み。
舌に乗った瞬間は柔らかなのに、喉奥でしっかり主張する……ぐっ、それにしても美味すぎる──ッ!
「ぷはっ」
「わーお!流石イオリさんっ!」
もはやそこからは皆、止まることを知らないように。鳴り止まぬ宴の音、イオリは見守ってくれている永親に感謝と若干の恨みを送ったのだった。──
──「ふう」
夜も更け、湯気の立ち込める屋内の浴室で一息を付くイオリ・ドラクロア。あの後、永親の運転するスカイラインで宿まで連れてって貰ったが、本当に申し訳ないことをした。こんな酔っ払い達の世話をさせる事になるとは……いくらなんでも羽目を外しすぎた。
祈に至っては「イオリさーん!私のお姉さんになってくださいよぉー!」とか謎の言語を喋り首に腕を回して懇願してくる始末。結局、途中で爆睡する祈を宿の部屋までおぶっていき布団にそのまま寝かすしかなかったが、よりにもよって永親が「女性の体に男性がみだりに触れる訳には」と宣ったのでやむを得ず吾が運ぶしかなく……だから吾も男なんだって。泣くぞ。
しかし、ぬぅ……。彼女の強かに主張する豊満な感覚がまだ肩に残っていて、なんというか、その、思い返すと気まずい。あんな良い娘をそういう気持ちで捉えるんじゃ無い!!……気持ちを切り替える。
「流石に飲み過ぎだ」
誰に答えるでもなく戒めるように自分に答えた。今やるべき事をと、ボディソープを手で泡立て身体に広げていく。いつもだったら女の姿の自分の身体を洗う事に大きく躊躇うのだろうが、今は酔いでもうあまり気にしてられない。というよりかは、面倒くささの方が勝って──さっさと洗って、風呂に浸かって。さっさと寝るのが一番だと。だからこれを事務的に済ませられる。
自問自答で疲れた心身をシャワーで流す。……その最中。ふと、自分の胸に手を添えた。ぞり、と指先がざらつきを捉える。
あの時、死に損なった
胸に受けた傷痕は、女姿になっても消えない。刑部之也の“天叢雲”を受けたその傷が皮膚に残っているのを確かめ、「生きている」。自分の心音で、その生を。改めて感じ取った。
「っ、寒っ」
気持ちを入れ替えはしたものの、屋内の浴室のドアを開けて外の露天風呂に踏み出したイオリは驚き身震いする。外のその光景をみて、寒いのは当たり前だと納得した。
雪だ。灰色の夜空から、こんこんと雪が地を埋め尽くすように落ちてくる。
灯籠にぼんやりと照らされる、岩に囲まれた湯殿。立ちこめる湯気に、何処となく温もりを覚える。
「いかんいかん」
ほんの少しだけ幻想的な風景に目を奪われたが、肌に落ちてヒヤリとする雪から逃げるように足を早め湯殿に滑り込む。……入れば、まるで夢心地。先ほどまで寒さに怯えていた身体を安堵させるその温もり。最早ここで寝たいぐらいだ。……当然、そんな訳にはいかないのだが。
「っはぁ〜……。」
あまりの心地よさに19歳の見た目からは出ないような溜めた息がふと漏れる。ぼんやりと次から次へと降る雪が温泉に落ちて湯気になる姿を見送り、イオリは思い返す。今日の仕事は……上出来だった、筈だ。
“天叢雲”。
刀から神力を威光として放つあの感覚、一度掴んでしまえば神威していなくても使えるのが分かった。あれはこれから大きな戦力になる。
後は……あっ、アルトに今日も泊まるって連絡をするのを忘れてた。後で入れておくか……ちゃんと生活出来てるか心配だ。
そんで……いや、もう思考はいいか。酔いで頭が上手く回ってない。整理も出来ないのなら、後は出来事を思い返そう。はっ、忙しすぎだ。この1ヶ月、目まぐるしい事象にあまりにも疲れた。奔走し、死にかけて、死にかけて──。
……よく生きてられるな、吾。
ガラッ、後ろで音がした。ドアの開いた音か。宿は貸し切りらしいから、従業員の方だろうか。
わざわざ声をかける必要も無いかと、幻想的な空に目を向け──
「寒いと思ったら、雪ですか」
──その声を聞いて、心臓がドクンと跳ねた。それは、当然だ。だって。
聞きなれたその声を、酔っていたからと、間違える訳が無い。それは、あまりにも理解不能で。
「その、良ければ──お背中を、流しましょうか?」
その言葉は、酔い越しの脳には余りにも難解すぎた。
聞き間違いか?空耳だろうか?どれだけ脳で考え直しても、その言葉はそうとしか認識できずに。
『否定を否定しましょう』と言ったって、限度がある。振り向いてその目に捉えたその声の主は。間違える筈もない、桜色の髪に、柔らかな可愛らしい顔。素肌にタオルを巻いただけの──「日守の姫」、佐藤麒麟。その本人が視線を斜めに、赤らみ顔で佇んでいた。