新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:キングオブコージ
瀧の家からの帰り道。駅で電車から降りて、光輝とクリスは家から最寄りのスーパーに買い物をするために向かっていた。
「皆さん個性的な方でした。光輝は素敵な友達に恵まれてるのね」
「はは。変人ばっかだけどな」
よく言えば個性的、悪く言えば変人。そもそも光輝自身が自分を変人であると自覚しているのだ。そもそもこんな街に常人なんているのか?と。
……が、恵まれてるとは思う。いい奴らばかりだ。
「そうでしょうか?いい人達でしたけど」
「まあな」
そう。それはそうだ。こんな特殊な街で、理想を追い求めて。みんなが夢に溢れている──その姿が、眩しく見えて。
俺には無いものだ。その姿に憧れる。が、憧れは憧れのままで。俺はいいんだ、最低でいい。
光輝は諦めて歩いた。光輝は先に進む事など考えていない。自分が弱者である事を誰より理解してるから。それは独りよがりかもしれない、だが、知らない。自分を自分で最低と位置付ければ、他者からの評価がどんなものでも受け入れることができる。自信が無くてなんぼだ。じゃないと光輝の心は自分を守れない。自己防衛は大事だ、死ぬよりマシだ。
「でも、光輝が私の中での1番です」
「……ははっ」
満面の笑みのクリスに、なんて返せるだろう。何も返せやしない。こんな、保身だけで、日々を安寧の為に生きてる弱者が。
1番だなんて?ドベからか。いや、そう考えてしまう自分こそが最悪なんだ。
考え事をしていれば、いつの間にかスーパーの前まで。時間帯は5時ほど。夏のこの時間帯はまだ空が青い。夏は最高だ、その青空の下に長く居られるなんて。
「そこ、寄ってこうか」
クリスを誘い、スーパーマーケットに入る。今日の晩ご飯はクリスがオムライスを作ってくれるそうだ。オムライスだぞ?この少女は一体どれだけ有能なのだろうか。ありがたく享受させてもらうことにする。
店内を歩きながらクリスの食材選びを見ていると、見知った人を見かける。このスーパーの店員の人だ。向こうも、光輝の姿に気づいたらしく手を振って近づいてくる。
「やあ、光輝くん。珍しいね、この時間帯に来るなんて」
「どうも、主任」
このスーパーの主任、
この人はよく光輝を捕まえて昔話をする。「若いうちは無茶をしてでも色んな体験をすべきだよ。後で笑い話として話題にできるんだ」とか「僕も昔は菓子パンで昼を過ごしたもんだ。いいよね、菓子パン」とか。少し鬱陶しく思いつつ光輝はその話を聞いていた。そうすれば菓子パンの割引額を本来20円引きのものを半額にしてくれたりするのだ。節約面でよく助かっている。ははっ。
「始めまして、光輝のお知り合いですか?クリス・ド・レイです」
「……んん?んんん??」
主任は首をかしげる。そしてハッと何かに気付くと、光輝の肩を激しく揺さぶった。やめてくれ、脳震盪になる。
「光輝くん、彼女が出来たのかい!あの光輝くんに?奇跡が起きたのか!?」
「あら、彼女だなんてそんなお上手な……」
顔を真っ赤にして手を主婦の「あらやだ」のようなモーションで振るクリス。主任は真面目に傷付く事を言ってくる。いや、無神経というわけではなく本来、岡本光輝という人間を知っている人ならするはずの通常の反応だ。だって俺でも傍から見たらそう思うから。
「違います、彼女じゃないです」
「妻です」
「なんという……!?」
「おいぃぃぃぃ!???」
悪ノリのグランド・ゼロを仕掛けられ、とんでもない事になるその場。弁解によって事なきを得たが、いや、その。……やめてください、罪悪感で死ぬから。
「だがね、光輝くん。女の子と仲良くなったら大事にすべきだよ。あれは僕が中学生の頃だった。僕は好きな子に告白したんだ。そしたらなんて言われたと思う?「
「はぁ」
昔話に巻き込まれ。ええい、聞いてないし長いしウザったい。よく感傷的になるのはこの人の悪い癖だと思う。なんだろう、俺にシンパシーでも感じているんだろうか。ダメ男オーラでも出てるのだろうか。この人はこの手の話を始めるとそれまで好青年だったのにいきなりダメ男オーラを出し始める。そんなシンパシーいらないぞ。というか主任のフルネームは
「土井さん、お仕事をサボって何をしてるんですか?」
「げっ、店長!」
主任は顔を引き攣らせつつ後ろを振り返った。主任の後ろには気が付くとにっこり笑いつつ主任の肩に手を置く店長と呼ばれた女性が。大人で綺麗な雰囲気がまた怖い。主任と合うとよく見る光景である。
「ごめんね、光輝くん。はーいお仕事戻りましょうねー」
「痛っ、痛たたた!店長、痛いっす!勘弁!!」
耳を引っ張られながら幸福そうな顔でバックヤードに戻っていく主任と店長。主任はM気質なんだと思う。でないとあんな顔はなかなか出来ない。ふう、ようやくこれで好きに買い物できる。
「光輝の顔って広いんですね、流石です」
「ははは……」
だから変人ばかり仲良くてもなあ、自慢になりゃしない。まあ、しょうがない。
紆余曲折。買い物を終え、帰り路を行き、作ってもらった晩御飯を食べ終える。クリスの料理は美味い。独りでないと時間がこんなにも速く過ぎていくのかと気付く。いつもは勉強をし、音楽を聞き、読書をし、空を見上げるだけで時間を潰していたので不思議な感覚でいっぱいだった。
「さて──
「負けませんよ?」
光輝とクリスのババ抜き勝負。風呂の順番を決めるためだ。光輝は譲ったのだが、クリスがそれは不公平だと持ち出したゲームだ。だからと言って、光輝は負けてやる気など更々無い。
彼は自分に戦闘能力が無いことを知っている。だからいつも幽霊の力を借りる。だが、それが関係ないゲームだとすれば、光輝は無慈悲を貫く。実力を全開で出す。光輝は、勝てる勝負にて他者の力を借りない。御陸歩牛との対面においてもそうだった。それは、光輝なりの意地、小さなプライド。
だが、それは光輝という人間を作るのに大きい物だ。光輝は自分でもやれると、そういう場面を求めている。光輝がこの世に存在する理由を作るための僅かな
「ふふ……最後の局面、私は勝てる。光輝であろうと容赦しません」
クリスは2枚の手札を握っている。対する光輝は1枚。光輝が手札を引く番だ。光輝が外せば絶体絶命、その瞬間「負け」を意識しなければいけない。逆に行けば光輝がここで引き勝てば光輝の勝利。それは単純な運否天賦。2分の1。
……いや、違うね。
光輝は超視力を強める。光輝の超視力、傍から見ればスキルランク1もいいとこの外れスキル。だが、光輝の超視力はランク3を貰っている。なぜか?それは超視力の副産物の一つがもたらしている。これはイクシーズのデータベースも把握している超視力をランク3たらしめる要因、「思考の高速化」。
光輝の超視力は通常の視力とは別に識別力、動体視力も上がる。そしてその隠された副産物、「思考の高速化」。これは光輝自身ですら自信を持てる要素の一つ。視たものを脳内で処理するために神が与えたもうた至福の時間。だからスキル3。光輝の思考速度は他者より速い。
光輝はクリスを観察する。その表情筋、目の動き。光輝は手を動かす。2枚の札に対して、慎重に。
クリスは僅かに目線を動かした。光輝はその隙を逃さない。まず最初は左の札へ。クリスは表情の変化無し。その右は?手を動かす。その瞬間クリスは表情を僅かに、ほんの僅かに動かした。頬が緩んだ。
光輝は引く抜く。必殺の札を。そう、「右の札」を。
「っしゃあ!2と2、揃いィ!俺の勝ちだ!」
「っあああああ!?なんでですかぁぁぁ!?」
光輝は手を天に振り抜く。クリスは残ったジョーカーを床に落とし、敗北という事実に崩れ落ちる。
「俺はな、人を信用するのが大嫌いだ。クリス、お前は俺を騙ろうとした。その演技、天晴れだ。だがな、この岡本光輝!疑う事には人一倍敏感なのさ!」
「馬鹿、な……」
そう、クリスは演技をしていた。光輝を騙す為の一世一代の大演技。ジョーカーでない方を選ぼうとした時の、ほんの僅かな表情筋の動き。口角を上げたのだ。その僅かな隙間、光輝の超視力でようやく捉えられる動き。ようするに、「光輝相手への必殺の演技」。
それを見越して、光輝は裏をかいた。クリスは出来る女だ。そのクリスならそれが出来る。光輝の超視力の精度を信じたからこその騙り。そのクリスを信じて、光輝は逆を選んだ。
それが岡本光輝という人間。人を疑うことを知っている人間だ。故にマイナス。卑屈であるからこそ出来る悪魔にも似た所業……それが岡本光輝を岡本光輝足らしめる要因だ。
「ほいじゃ、おっさきー」
「くっ……」
まあ、あれだけの事をやっておきつつ風呂の前後を決めるだけなのだが。人生の楽しみなんて、そんなものでよいのだ──
──夜、消灯する。またもやクリスは光輝のベッドに潜り込もうとしたが、光輝はそれに対抗して追い出した。無理です。そうも理性が持つわけがない。
「俺、明日学校の部活で昼過ぎまで居ないから。母さん帰ってくるかもしれないから家でじっとしといてくれれば助かる」
「えっ?わ、私、どうすれば……」
慌てるクリス。まあ、それもそうだろう、一人で家主と対峙するかもしれないのだから。でも、いつかはなる事だ。
「大丈夫。直ぐに帰るし、母さんがもし早く帰ってきても真面目に話せば問題ないだろ」
そこには光輝の思惑に含まれる打算。上手くいけば、クリスを瀧家へ追い返せるかも知れない策がある。
「分かりました……光輝がそう言うのなら」
「おう。そんじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
今日の出来事を脳内に浮かべながら、ゆっくりと就寝に着く。人生山あり谷ありというが、俺のこれは……何と称するんだろうな?
それはそれとして、朝起きたら光輝のベッドにクリスが居たのと心臓が2回目止まりかけたのは言うまでもない。