第1層攻略から数日たったある日のこと、アスナはこの世界に来て初めて悪夢でない夢を見た。それは過去の回想であった。
5歳の頃、両親に連れ出されたとあるパーティーでのちょっとした思い出だ。
父と懇意にしている会社の関係者への挨拶回り、したくもないのに頭を下げて回っていたその時である。
「こんにちは」
そこには父親に連れられた自分と同じ歳ぐらいの男の子がいた。
「どうしたの?どこか痛いの?」
アスナがあまりにむくれていたので心配になったのだろう。男の子はそう聞いてきた。
「別に、楽しくないだけ…」
「そっか…じゃあ、これ」
そう言って花を一輪、男の子はアスナに手渡した。
「これは?」
「君に元気になって欲しかったんだ」
「ありがとう」
花などもらったのはそれが初めてだった。アスナは枯れるまでずっとその花を大事に飾っていたのだが、今の今まで、この時のことを忘れていた。
「あの時の男の子、元気かな?」
朝の光が射し込む第2層の宿屋のベッドで微睡みながら、アスナはポツリと呟いた。今となってはは顔も名前もまともに思い出すことができない。だけど、あの1日だけの友達のことを思い出すとなんだかこの命を削る日常を忘れることができた。
・
ちょうどその時、コウガは常に刻まれている眉間のシワをさらに深くしていた。原因には今彼の目の前にいる爺さんにあった。
「貴様の顔に描いた模様は我が弟子である印。試練を乗り越え、その模様を洗い流すのじゃ」
そう言った爺さんをコウガは無駄とわかりつつも睨み付ける。爺さんの正体はこのゲームをプレイするプレイヤーにとあるスキルを授けるために存在するNPCである。
「では、弟子よあの岩を素手で砕くのじゃ」
そう言ったきり、爺さんは掘っ建て小屋へ引っ込んでいった。コウガの赤鞘の直剣、魔戒剣を持って。
『うむ、魔戒剣を取られたということは鎧の召喚は出来ないな。どうするコウガ?岩が割れなきゃ間抜け面のままだぞ』
ニヤけ声でザルバが告げる。今、コウガの顔には修行者の印という名目で猫髭のペイントが施されていた。
「さっさと洗い流してやるさ、こんなモノ」
白い外套、魔法衣を翻し、コウガは岩に歩み寄る。腰を落として溜めを作った渾身の右ストレートが一撃で岩を砕いた。
『やるな』
爺さんから魔戒剣を取り戻し、ペイントを洗い流していると、ザルバから褒め言葉を預かった。「どうも」愛想の無い返事を返しながらコウガは爺さんから授かった新スキル、格闘スキルをスキルスロットへセットした。
これでここでの用は済んだ。コウガは街に帰ろうと踵を返す。しかし背後に気配を感じ、ハッと振り返った。
「斬られたいか?」
自分の背後、気配の正体にコウガは冷たい問いを投げた。
「全く、見知った顔だってのに愛想も何も無いねアンタは。相変わらずだよ」
「フッ、お前も変わらずだな“ジャビ”」
セミロングの黒髪に黒革の軽装、ジャビと呼ばれた短剣使いはコウガの数少ない友人と呼べる存在であった。
「聞いたよコウガ、1層攻略戦では大した活躍だったそうじゃないか」
「嫌味か?」
コウガが聞き返すと澄ました声で「まあね」と返って来た。1層攻略のニュースは号外としてアインクラッドの全プレイヤーに知れ渡ったのであるが、同時にボスを倒したコウガについて“情報を隠して自分だけ強い装備を手に入れたβテスター”と言う悪評がついてしまったのである。
「アンタ、しばらく前線の奴らに近寄らない方が良いね。あいつら、特にキバオウとその仲間達が殺気立ってる」
「言われなくてもわかってる。それで、そんなくだらないことを言うためにわざわざ俺を探して訪ねてきたのか?」
嫌味っぽくコウガが言うとジャビはそれを否定する。そして急に深刻な顔になってコウガに言った。
「コウガ、同じβテスターのよしみでアンタに調べてもらいたい事がある」
そう言うとジャビはコウガにとある事件について語り出した。
・
「やあっ!」
掛け声とともにソードスキルを発動し、アスナは蜂型の雑魚モンスター、ウィンドワスプをレイピアで突く。
SAOのゲームの仕様上空中を飛ぶモンスターは非情に戦い辛い。しかしアスナはこの空飛ぶモンスターウィンドワスプを執拗に狩り続けていた。このモンスターからドロップできるアイテムがアスナのレイピアの強化にどうしても必要だったのである。
「ニードルオブウィンドワスプが20個…」
ドロップ率8%、20個集めるのはなかなかに骨が折れる作業だった。だが、これだけあれば9割以上の確率で強化に成功するだろう。
アスナはレイピアを鞘にしまい、踵を返し、2層の主街区ウルバスへ駆けて行く。
しかしその道中、見知った後ろ姿を見つけてそちらへ駆け寄った。
「待ちなさいよ!」
アスナを含めたプレイヤー達とは一線を画す仕立ての良い白のロングコート、間違い無い。
「コウガ君!」
呼びたてると、コウガはキョトンとして振り向いた。
「大丈夫なの?そんな目立つコート着て」
「何が悪い」
「キバオウさんやそのお仲間があなたを排斥しようとしてるのよ。背中を刺されるかもしれないわよ」
「なんだ、そんなことか…」
くだらない。とでも言いたげにコウガは呟く。
「何よ、せっかく心配してあげてるのに」
「要らん心配だ。それよりちょうどよかった。お前に会いたいと思っていたところだ」
えっ?コウガの言った言葉にドキリと心臓が跳ねた。会いたかったとはどういうことなのだろう。
しかしアスナが心当たりを探るより早くコウガはアスナに歩み寄ってその手を取ってきた。
「はあ⁉︎ちょっとコウガ君!何、どういうこと!」
質問には答えず、コウガはアスナの左の中指に銀の指輪を着けた。
「どういうことよ⁉︎私達そう言う関係じゃないでしょ⁉︎」
「そう言う関係ってどういう関係だ」
たかだかパーティーを組んだだけ、指輪を貰う謂れなど無いはずである。こんな物要らない。アスナは叩き返してやろうと指輪を外す事を試みた。しかしウンともスンとも言わない。ガッチリ指に食いついたように外れないのだ。
「何よこれ!」
「お守り代わりだ」
「はあ⁉︎要らないわよ。外してよ!」
「そのうちな」
アスナの抗議に非情な返答をして、コウガはウルバスへ向かって歩いて行く。
「待ちなさーい!」
アスナは全力疾走でコウガに追い付くと外せ外せと抗議しながらウルバスへの道をともに歩いた。
・
アスナが5時間振りにウルバスへ戻った時、すでに日は落ちかけて暗くなり、街の街灯が辺りを照らしていた。
「予想以上に遅くなったわね、鍛冶屋さんはまだ開いているかしら」
アスナがそう言った瞬間、コウガの目の色が変わった。
「お前、鍛冶屋に何の用だ?」
「何って、武器の強化よ。第1層のボスはあなたに手柄を取られて何も出来なかったじゃない。だからもっと強くなろうって思って、エギルさんに相談して、色々教えてもらったのよ」
「止めとけ」
「えっ?」
「止めておけ」
無愛想にコウガは言った。なぜ?アスナが聞くが、コウガは理由を語らない。「お前は知らなくて良い」の一点張りだ。
「何なのあなた、突然変な指輪着けてくるし、今度は理由も教えず武器を強化するなって…そんなんじゃキバオウさんが怒るのだって当然よ!もうあなたには関わらないから!」
怒鳴り散らしてアスナは去って行った。その背中を見送ってコウガはザルバに問うた。
「何で怒ったんだ。あいつ」
『お前はもうちょっとコミュニケーションって物を大事にしろ』
ズバリ、ザルバが答えるがわかっているのかいないのか、コウガの様子からはわかりかねた。
そんな時である。
「畜生、最悪だ。あの時、あいつに強化を任せなきゃ!」
怒鳴り声とそれを宥める人達の声を聞きつけ、コウガは彼らに歩み寄った。
「おい、何事だ」
「なんだよあんた。まあ何でもいいや聞いてくれ」
そう言って3本ヅノの兜を着けたプレイヤーはコウガに語り始めた。
彼の言うには今日の昼、ネズハと名乗るプレイヤーに武器の強化を頼んだところ、彼の武器を消滅させてしまったのだと言う。
『どう思う?』
3本ヅノと別れた後、ザルバはコウガに問い掛けた。
「わからん、だが鍛冶屋のプレイヤーと言うなら調べるしかない」
言って、コウガは今朝のジャビの話を思い出す。
最近、本来あり得ないはずの武器の消滅を発生させる鍛冶屋がいるらしい。ジャビはその現象を何らかの不正であると睨み、コウガに秘密裏の調査を依頼したのだ。
「ネズハか…」
『どうやら今日は閉店したらしいな』
「ああ」
寂しくなった露店街に噂のネズハの店が無いことに肩を落とし、コウガはその場を後にした。
・
次の日、アスナは意気揚々と朝の街へ繰り出していた。理由は簡単、彼女は昨日出来なかった武器の強化に挑戦しようと思っていたのだ。コウガに止められた事も頭を過ぎったが、聞いても理由を語らない奴を信じてやる義理などない。そう思って、アスナは良さげな鍛冶屋を探した。
「武器の強化いかがですか?」
辺りを見回していると不意に声をかけられる。露店商の少年プレイヤーだった。Nezha's smith shop ネズハの武器屋。立て看板にはそう書かれていた。
プレイヤーの鍛冶屋の方が強化成功率は高いんだったわよね…
エギルに教えてもらった事を頭で反芻する。
試してみるか…アスナは意を決し、愛剣ウィンド・フルーレをネズハに任せた。
・
「どうだ、ザルバ。武器消滅のトリックはわかったか」
『わからん現場を見るか、それか、もっと詳細な情報が必要だ』
「ゲーム内Aiの知識でもダメか…骨が折れるな」
昼前、活気あるウルバスの街の雑踏の中、コウガは肩を竦めた。ジャビから調査を依頼された武器強化詐欺、証拠を掴み、罪を認めさせ止めさせる。それを目標に努力はしているが、詐欺を行っているという決定的な証拠に欠けている。これではネズハを見付けても言い掛かりを付けられたと躱されるだけだ。
昨晩の3本ヅノとその仲間がその時の様子を詳細に語れなかったことにコウガは歯嚙みした。そんな時である。
「リズベット武具店です。お客さん、武器の強化はいかがですか」
リズベットと名乗る緩いくせっ毛のある童顔で小柄な露店商の少女に声を掛けられたのだ。コウガの眉間に刻まれたシワにビクリと声を掛けた事を後悔したように身じろいだリズベットだったが、コウガは一瞬、逡巡してからリズベットに問い掛けた。
「おいお前、客の剣を仕事に見せ掛けて盗んでみろと言われたらどうする?」
キョトン、何を言っているのかわからないという風にリズベットは首を傾げる。
バカらしい事を聞いてしまったか…
リズベットの様子を見て、コウガはそう思った。しかし、
「うーん…仕事に見せ掛けて剣を盗むか、そうねアタシなら…強化を受けた剣と同じ剣、それももう強化出来ないエンド品に剣をすり替えて目の前で破壊するわ」
「なに?強化で剣を破壊出来るのか?」
「ええ、強化施工回数をオーバーするとぶっ壊れるわよ。自分で試して気付いたの。で、話の続きだけど、すり替えたお客の剣を1時間ほど隠しておくわ。不幸な客がそうとも知らずに諦めてくれれば…」
『そうか!わかったぞコウガ!持ち主の手元を離れた武器は違う武器を装備して1時間経つと持ち主無しの状態になる。そうなった武器をちょうだいするんだ!』
「その通り!って誰が喋ったの⁉︎」
突然喋りだしたザルバにリズベットが動揺するが「気にするな」とコウガはしらばくれた。
「リズベットとか言ったな。知恵を貸してくれて助かった。俺の剣に強化はいらんが、知り合いにお前を紹介しておく。あと、それと、商売をするなら口が軽いのを直した方が良いぞ、嬉々として詐欺のやり方を話すのはやめた方がいい」
「あっ…!違うからね!アタシはそんなことやりませんからね!」
リズベットの抗議を背にコウガはネズハを探して歩き出した。そうしているとふと、大通りのベンチに座り込んで首を垂れるアスナの姿が目に入った。
「お前…どうした?」
「コウガ…君…。なによ、関わらないでよ…」
「そうしたいところだが、目に入ってしまったからな。わけくらい聞かせろよ」
「武器を強化しようとしたの、一番気に入って使い込んでたウィンド・フルーレ…そしたら、運が悪くてね、強化失敗して壊れちゃった…代わりにってアイアンレイピアをもらって装備したけど…」
「それはいつのことだ?」
「朝、2時間前くらいかな」
「そうか、安物で良かったな。もうじき強い武器が幾らでも出てくる。気を落とすな」
恐らくネズハの犯行だろう。コウガはそう睨んでいたが言わなかった。アスナの被害にあった品はどうせすぐに強い物が出て来て用が無くなってしまう物だったからだ。おまけにコウガが1層のコボルドロードのラストアタックを取った時、パーティーメンバーだったアスナに分配した分の金銭がある。それで新しくて強い剣を買うには充分だとコウガは思っていた。
「そう、あなたにとってはそうかもね…でも、私はそんなの嫌…」
しかし、アスナにはコウガのような割り切りは無かった。
「私も剣なんてただのデータだって思ってた。だけどあの剣、あの子は不思議なくらい私の手に馴染んでくれて…狙ったところを正確に射抜いてくれて…意思を持って私を助けてくれるんじゃないかって…あなたにとってはスズメの涙みたいな物かもしれないけど、私にとってあの子は…」
「そうか…」
それで充分、そう言わんばかりにコウガは話を打ち切った。
「変な気は起こさないでしばらく待ってろ」
コウガはそれだけ言ってネズハ探しに戻った。
『全く不器用なヤツだぜ』
左手で呟いたザルバのボヤキも聞かなかった程、コウガの歩みは迷い無い物だった。
・
その日の夕刻…
日が落ち、街に明かりが灯り始める。そろそろ閉店の時間だと、ネズハは看板をたたみ、露店を出すためのカーペットを丸めて抱えた。しかしその時、背後からゾッとするような殺気を感じてネズハは振り向いた。真っ白なコート、恐ろしく隙の無い佇まい。そこにはコウガがいた。
「お前がネズハだな?」
「あ、え、なんの用ですか…?」
「スズメの涙を返してもらいに来た」
どういう意味だ。ネズハは首を傾げる。しかし、目の前の人間が只者ではなく、その気になれば自分など一捻りにされることだけはわかった。そしてそうされてもおかしくない程、ネズハにはやましいことが沢山あった。
「わあああああああ!」
悲鳴をあげてネズハは駆け出す。しかし、手に持った荷物とふらふらとした足取りでその足は遅い。コウガはネズハを歩いて追い立てた。
カーペットを引きずり、平行感覚が無いように転んだりしながら、ネズハは走る。しかし、やがて彼は壁際に追いやられた。
「やめて、殺さないで!」
「殺しはしない。今日、女のプレイヤーからウィンド・フルーレを盗んだだろう。返してくれればそれでいい」
「あ、ああ、それならすぐにでも!」
言って、ネズハはウィンド・フルーレを実体化させた。ウィンド・フルーレ+4施工回数残り2。これか?ザルバにコウガが問うとザルバはうんと呟いた。
「あの、僕のことを誰かに言うんですか?」
おずおずとネズハがコウガに問い掛けてきた。コウガは軽く息を吐くと振り向いて言った。
「ジャビ、捕まえたぞ。どうするつもりだ」
ヌッと黒革のスカートを揺らしジャビが現れた。アスナから話を聞いた後、コウガが前もって呼び寄せていたのだ。
「ネズハって言ったね、武器強化詐欺のこと、私に詳しく教えとくれ。処遇についてはそれからだ」
ジャビが言うとネズハは肩を落とし、観念したように首を縦にする。このまま事の成り行きを見守ろうか、コウガが思った時である。ザルバが突然口を開いた。
『コウガ、残念なお知らせだ。アスナの嬢ちゃんが妙な気を起こしたようだぞ』
「なに⁉︎」
「行っといでコウガ、こっちはもういいよ」
「すまない」
脱兎の如くコウガは駆け出した。アスナに着けてやった指輪の効果でパーティーの繋がりが絶たれていてもザルバを通して居場所を知る事が出来る。
「ザルバ、あいつはどこに!」
『ウルバスの外れの岩山だ』
日が落ちてからのこの時間、ザルバの言う岩山にコウガは心辺りがあった。あの辺りで武器をドロップ出来るイベントがあったのだ。鎖を操るモンスター、イシュターブ。
「イシュターブからドロップ出来る剣は順当に鍛えていけば長く使える」
『なるほど、情報を得て、新しい相棒を探しに行ったってわけか…だが1人じゃ危険すぎる。相変わらず危うい嬢ちゃんだ』
ザルバが言い終わってからコウガは走る事に集中した。
・
岩山を登り切った先、待ち構えていたように立つ女性型のモンスターと向かい合ってアスナは息を吐いた。イシュターブ、情報が正しければ目の前のあいつを倒せば、今手に入れられる中でも最強クラスの細剣を手に入れる事が出来る。順当に鍛えていけば10層を超えても使えるらしい。ウィンド・フルーレを失ったショックは大きかった。少し泣いてしまったりもした。しかしアスナには大いなる目的がある。このゲームから自分の力で逃げ出す事、例え死のうと最後まで足掻く事。これらを諦めるわけにはいかない。無茶、無謀、なんだってやってやる。アスナは壊れたレイピアの補償でもらったアイアンレイピアを構えて、ソードスキルのモーションに入った。
それを見てイシュターブも交戦体勢に入る。口を開けブレスのように鎖を吐き出した。
「…ッ!」
遠距離攻撃⁉︎アスナはスキル発動を中止して回避する。敵と対するのはこれが初めて、パターンを掴まなければ。間合いをとって敵を観察する。しかし、
「キエエエエエエエエエエ!」
奇声を上げてイシュターブが両手を伸ばす。掌から大量の鎖が鞭のようにしなって襲いかかって来る。その全てを見切る事は困難で、アスナは手を打たれて剣を取り落とした。しまった!ヒヤリと背筋が凍る。そんな事は御構い無しで次々と鎖の鞭が襲いかかって来る。それの回避に精一杯で落としたレイピアを拾う事が出来ない。
「こうなったら一か八か!」
速さには自信があった。全力のダッシュでレイピアを取り戻す。
アスナはすぐに行動に移した。だが、
「しまった!」
四方八方あらゆる軌道で飛んでくる数十の鎖、その全てを避けきる事は叶わなかった。
「くっ…!」
鎖がアスナを捕らえ、ジャラジャラ、ギリギリとその体を締め付けてきた。そんなアスナの頭目掛けて、イシュターブは口から先端が短剣になった鎖を吐き出してきた。
「いやっ!」
終わる。硬く目を閉じた。しかし、キンッ!という甲高い音がしただけでアスナの頭に鎖が貫通する事はなく、それどころか、鎖が解けてアスナを空中へ手放していた。
「痛い!」
ドスッと地面に落下して、小さな悲鳴を上げてしまった後、彼女は眼前に白いコートを纏った後ろ姿を見た。
「コウガ…君…!」
どうしてここが⁉︎聞きたかったがその間もなくイシュターブが攻撃を仕掛けてくる。コウガは魔戒剣を振るい、飛来する鎖を断ち切っていくが何本かが剣に巻き付いて、ウィンチの様にコウガごとイシュターブの元へ引き寄せられた。
「くっ…はぁ!」
ゴスッ!引き寄せられたコウガが左のフックをイシュターブの頬に放つ。NPCの爺さんから手に入れた素手スキルがイシュターブにダメージを与えた。コウガは魔戒剣に絡み付いた鎖を強引に振り解き、距離を取る。イシュターブの遠距離攻撃も全力のバックステップで逃げ、充分に距離を取ってから剣を掲げた。そして切っ先で描いた光の環から牙狼を召喚し、それを纏った
「アスナ!」
牙狼は叫びながら憤怒の狼の面の緑色の瞳をアスナへ向け、鞘に納まった一振りの剣をアスナへ投げ渡した。
「これは⁉︎」
ウィンド・フルーレ!能力値、その他諸々、様々なパラメーターがネズハに壊されたそれと同じ物。信じられない自分の物だ。アスナは目を見開く。
「疑問があっても後にしろ。先に奴を倒す!俺が合図したらソードスキルを使え」
「わかったわ!」
とにかく頷きアスナは臨戦体勢に入る。するとイシュターブは鎖を操り、手近にあった大岩を縛ってそれを投擲してきた。
「危ない!」
「おおおおおおおおっ!」
アスナが悲鳴を上げ、牙狼が飛ぶ。牙狼は投擲された岩を打ち砕くと魔戒剣が変化した黄金の大剣、牙狼剣でイシュターブへ斬りかかった。イシュターブは鎖をガントレットのように腕に巻き付け、牙狼剣の斬撃を受け止める。
手強い、だがそうでなくては、狙い通りに物事が進み牙狼は軽く笑った。
「グルァ!」
獣の咆哮を上げ、牙狼はイシュターブへ頭突きを食らわせ、天空高く蹴り上げた。
「アスナ!」
「了解!」
頭の回転は速い方だ。アスナは牙狼の狙いを理解してイシュターブの落下予測地点へ滑り込んだ。
「さっきはよくも私の頭を撃とうとしたわね」
お返しよとばかりにアスナは十八番のソードスキル、リニアーを放ちイシュターブの頭を貫いた。落下による相乗効果で大ダメージが発生し、イシュターブのHPが全て砕け散った。
・
「つまり、詐欺だったってわけね。まあいいわ、許してあげる」
深く土下座するネズハを前にアスナは微笑み手を差し伸べた。ネズハは泣いて喜び、良いと言うのに何度もアスナに頭を下げていた。
「コウガ、調査の礼を言うよ」
言って、ジャビはコウガに事の顛末を言って聞かせた。ネズハはレジェンド・ブレイブスという集団に所属していたそうなのだが、ナーヴギアの接続不適合により戦闘職は絶望的となったどころか、仲間達の足を引っ張って最前線への参加を遅らせてしまったのだと言う。そんな中、酒場で出会った黒尽くめの男に今回の詐欺を勧められたそうなのである。
「黒尽くめの男…か…」
「ああ、誰であれ見つけた方が良いね。私は弟子のナタクを育てながらそいつについて調査するつもりだ」
「ナタク?」
「ネズハのことだ。Nezhaはナタクと読むことも出来るのさ。古の英雄からあいつは名をもらってたんだ」
「そうだったのか。まあなんにしても、困ったら言ってくれ、力になってやる。その代わり…」
「困ったら力を貸せだろ?わかってる、ギブアンドテイクだ」
そう言うとジャビはネズハ改め、ナタクを引き連れてどこかへ消えて行った。
「何話してたの?」
ジャビが消えてからアスナはコウガに聞く。
「お前には関係無い」
「またそれ⁉︎仲間に対する態度は改めてちょうだい」
「誰が仲間だ」
「私、しばらくあなたについていくから」
「なに?」
「聞いてないぞ」コウガが言うと「言ってないもの」とアスナは澄ましてみせる。
『コウガ、しばらく連れてやったらどうだ?昨日のこともあるし、手元に置いといた方が楽だろ?』
というザルバの提案を飲み、コウガはアスナと再びパーティーを組むこととなった。
「まずはどうするの?」
アスナが聞いた。
「お前の武器を鍛えに行く。ウィンド・フルーレとイシュターブからドロップしたやつがあるだろ。腕の良さそうな知り合いが出来たんだ」
「わかったわ!行きましょう!」
やった!と飛び跳ねるような勢いでアスナは喜ぶとコウガに連れられウルバスの街を歩き始めた。