「わあ…」
コウガを後ろに控えさせ、アスナは目の前に広がる森林に歓声を上げた。2人はつい昨日、ディアベル率いる攻略隊が解放した第3層へ足を踏み入れていた。
「凄いねコウガ君!森だよ、森!」
「見ればわかる」
「つれないわね、あなたに感動ってものはないの?」
「いちいち五月蝿いやつだな」
「あー!言ったわね!」
キー!と目を吊り上げてアスナがコウガに迫る。そんな様子を見てられないと思ったのか、ザルバが口を挟んだ。
『おいおいお二人さん痴話喧嘩もそろそろにして、そろそろ主街区へ行った方が良いんじゃないか?お互い武器は充分なスペックがあるが、消耗品の補充は必要だろう?』
「あなたって本当に良いこと言うわね」
関心した様にアスナが返事をすると、「行くぞ」とコウガの先導で主街区へ向かう事となった。第2層で再びコウガとパーティを組んでまだ日が浅いが、アスナは先程のようなコウガとの痴話喧嘩を1日に何度も繰り広げていた。
鎖を操るモンスターイシュターブとの戦いの反省から生き残る術を学ぶためにコウガについて行こうと決めたアスナ。しかし今はこういったコウガとの痴話喧嘩にも意味を見出していた。始まりの街で1人震えていた時よりも、いや、もしかすると現実世界にいた時よりも自分らしく生きている気がしていたのだ。
「それに、悪い人じゃなさそうだし…」
声を潜めた独り言はコウガとザルバには聞かれなかった。
よかった。無反応の背中を見て胸を撫で下ろす。その時だ。
ガキン!はあ!やあ!
金属音と斬り合っているかの様な人の声がアスナの耳に入った。
「コウガ君!」
言われたコウガも聞こえていたようで、音の方向を凝視している。
「行きましょう!」
「おい!」
手を伸ばすコウガをすり抜け、電光石火の速さでアスナは走る。木々を避け、数秒走った時、アスナはそれを見た。
「エルフ⁉︎」
絵本に出て来るような尖り耳の色白男と色黒女が剣を打ちあっている。その2人の頭上にはクエスト開始NPCの証である金の【!】マークが灯っていた。
「コウガ君、あれは何?」
遅れて滑り込んできたコウガに問う。コウガは首を傾げて左手の相棒を頼った。
「ザルバ、わかるか?」
『どちらかに加勢すれば受注出来るミッションのようだ。俺様は攻略本じゃないから、これ以上はわかりかねるがな。というかコウガ、お前、βテスターだろ?何か知ってるんじゃないか?』
「敵との斬り合いにしか興味がなかった。クエストの種類なんぞ知らん」
『使えないβテスターだ。キバオウは嫌う人間を間違えてるな』
「とにかく、見つけたからには放っておけないわ。このクエスト受けましょう」
そう言ってアスナはリズベットに鍛えてもらったおニューのレイピアを抜いた。そして迷わず白い男のエルフに攻撃を仕掛けた。
「人族⁉︎なんの真似だ!」
「加勢するわ!覚悟しなさいDV男!」
「愚かなダークエルフに味方するなど!」
言って、男エルフはアスナに反撃、装備した片手剣で斬りつける。そこへコウガが滑り込み、男エルフの剣を止めた。
「人族の男⁉︎貴様もか!」
男エルフがコウガに問うがコウガは付き合わず、魔戒剣の刀身を左手に乗せて弓引くように構えた。
「アスナ!コンビネーションアタックだ。遅れるな!」
「ええ!」
しばらく2層で練習した成果を見せる時が来た。2人はタイミングを合わせて男エルフに襲い掛かった。
「うおおおおおおお!」
獣のような雄叫びを上げて先にコウガが斬りかかる。彼から放たれる魔戒剣の一撃は強力で、男エルフは堪らずガードを崩される。
「今だ!」
「はあっ!」
コウガが叫ぶ。するとその背後からコウガの肩を蹴ってアスナが跳躍、側宙しながら男エルフの頭上でソード・スキルの連続突きを放った。
「ぐおおおおお!」
男エルフがダメージで怯む。そこへコウガが今度は舞うように魔戒剣で連撃をくらわせる。だが、そこであることに気付いた。
HPの減りが遅い。防御力が高いのだろうか、体力が多いのだろうか、コウガとアスナ2人分の連続攻撃が大したダメージになっていない。
コウガはザルバを呼んだ。
『フォレストエルブン・ハロウドナイト、つまりお前達が戦っているのは7層クラスの敵だ。このままじゃジリ貧になるのはこっちだぞ』
「チッ!ならば!」
言って、コウガは男エルフを蹴飛ばし、身を翻しながら剣先で円を描き牙狼を召喚した。
「でやあっ!」
吼えて牙狼は牙狼剣を敵に叩き付ける。男エルフは盾で攻撃を防ぐ、鬱陶しい、邪魔だとばかりに牙狼は左手でその盾をもぎ取ると返す刀で男エルフを両断した。
「ぐあああああああ」
悲鳴を上げて男エルフが砕け散り、戦闘終了のリザルト画面が浮かぶ。スキルレベルアップ。牙狼を視界にそんな文字が浮かび上がった。
「新スキル…烈火炎装…」
鎧を解除して、会得した新たな技の名を読み上げるコウガ。それと同時に禍々しい装飾のジッポライターも入手していた。
「…礼を言わねばならないな」
新たな技について色々と調べたいとコウガが思っていると色黒の女エルフがおずおずと口を開いた。
「我が名はキズメル、お前達のおかげで鍵を守ることが出来た。我らが司令から褒美が出るかもしれぬ、よければ南にある我らが野営地へ来てくれ、待っているぞ」
そう言い残し、キズメルは森の霧に紛れて姿を消してしまった。
「消えた…」
呆然とアスナが呟くと、計ったように辺りの霧が濃くなって視界が悪くなった。
「迷いの森だったか…厄介だな…」
眉間のシワを深くしてコウガは言う。これではキズメルの言う野営地どころか主街区へたどり着くことも危うい。
「コウガ君、どうしよう?」
ことの重大さに気付いたアスナが困った言うに聞く、それに答えたのはザルバだった。
『コウガ、行きたい場所を思いながらさっき手に入れたライターを使え、そいつから出る魔導火がお前を助けてくれるはずだ』
言われるがままコウガは手に入れたジッポライターで火を付けた。不思議な緑色の火が出ると、火の先端が道を指し示すように揺らめいた。
「この火は行きたい場所を指してくれるというわけか」
「あなたばっかりズルいわ便利なアイテムをいっぱい手に入れて」
『嬢ちゃんじゃ、牙狼の試練を受けても死ぬだけだ』
「あの鎧を手に入れるのってそんなに大変なの?」
『無論だ。この世界の最強でない者に鎧を纏う資格はない』
どうやら見た目通りコウガは強いらしい。なんだか関心してアスナはコウガに続いた。そうして主街区にたどり着くと手早く消耗品の補充をして、そのまま魔導火を頼りにキズメルから招待された野営地へ向かった。
・
「よく来た、お前達の来訪を待っていた」
野営地に着くとキズメルは一番に出迎えてくれた。
「さっきは助かった。改めて礼を言わせてもらう」
「気にしないで、成り行きみたいなものだもの」
「そうか、では成り行きついでで悪いのだがしばらく私に同行してくれぬか森エルフ達が我らが持つ鍵を狙っているのだ」
森エルフ、さっきの色白のエルフのことだろう。キズメル達黒エルフは森エルフという集団と鍵をかけて戦っているらしい。
「わかったわ、コウガ君も大丈夫よね?」
「ああ」
有益なことがあるかもしれない。2人はキズメルの提案を了承してクエストを進めることにした。
「今日はもう日も暮れている、任務への出立は明日にしよう。私の天幕を使うといい」
そう言ってキズメルはテントを指し示す。アスナは一礼するとコウガとともに天幕へ向かった。
・
夜の闇が深くなり、野営地がランタンの光で明るくなった頃、コウガは1人、野営地の片隅で剣を振り回していた。
「お見事」
斬撃を飛ばし、オブジェクトの木の表面を傷付けたコウガにキズメルが賛辞を送った。
「コウガとか言ったか?鍛錬は結構だが休まなくて大丈夫か?」
「アスナが…連れの女が一緒には寝れないと言い出してな。追い出された」
NPCに言っても無駄か、不毛な会話をしてしまった。言い終わってからコウガは自嘲する。しかし、
「ふふ、確かに男女で同じ天幕は使い辛いかもな配慮が足りなかった」
キズメルはNPC特有の事務的な様子ではなく、まるで人間のようにコウガの話に微笑んでいた。こんなNPCに会ったのは初めてだった。
「お前こそ、こんな時間にこんなところへなんの用だ」
NPCとの話なんて適当に切り上げて適当な寝床を探そう。そう思っていたコウガだったが、気付けばキズメルを人として扱い、会話を続行していた。
「妹の墓があるのだ」
コウガの問いに答えたキズメルは木の根元を指差す。そこには墓石があってティルネルと刻まれていた。
「家族を亡くしたのか…」
“父さん!父さん!”
その時、コウガの脳裏に幼い頃の記憶が明滅した。
「ああ、ティルネルは薬師でな優しい娘だった」
言ってキズメルは妹との思い出を語り始める。彼女の話はコウガにとって他人事ではなくなった。
「強くなれ、キズメル。強くなれ…」
馬鹿らしい。そう思いつつも、コウガはキズメルにそう語った。
「ああ、そうだな…」
キズメルはしみじみと呟く。そうして夜は更けていった。
・
次の日
「洞窟に出現せし大蜘蛛を始末せよ、か…」
キズメルが持って来た任務、それを承諾するとコウガとアスナはしこたま毒消しを持って野営地から出発した。
「暗いわね…」
件の洞窟に着くとアスナが顔をしかめた。それもそのはず洞窟には明かりの類が一切無いのだ。
「仕方がない」
コウガは言うと、ライターで魔導火を起こす。辺りに緑色の光が灯った。
「綺麗…」
アスナの感想にキズメルが頷く。しかし惚けているわけにも行かず3人は奥へ奥へと進んでいった。
雑魚モンスターの小蜘蛛を蹴散らしながら、互いの技やコンビネーションを褒めあった。
「もうすぐだ、もうすぐ大蜘蛛の元へ着く」
キズメルが言い、一旦足を止める。
「やったね」
アスナは言って、手を上げる。
「「なんの真似だ?」」
コウガとキズメルがアスナに意図を問うたのがほぼ同時だった。
信じられない。アスナがそんな顔でコウガを凝視した。
『コウガ、ハイタッチだ。嬢ちゃんと同じように手を上げろ』
言われた通り、コウガは手を上げた。パチンと音をたて、アスナがコウガの手を叩いた。
「なんだそれは」
とキズメル。
「これはハイタッチ、人族の挨拶よ」
それにアスナが答えるとキズメルは新たな疑問を呈す。
「コウガは知らないようだったが…」
「この人は中身が人族じゃないから…」
「人族だ!というか、人族ってなんだ」
ふふ、とキズメルはアスナとコウガのやり取りを見て笑う。人間らしい自然な笑みだった。つられてアスナも笑った。
そんな時である。
「誰だね⁉︎」
男の声がした。声の方を向くとそこには見たことも無い集団が立っていた。
白髪の博士然とした男が率いる紅白の衣装で固めた集団である。
「お前らこそ何者だ?」
コウガが博士然とした男と向かいあう。まさかここで争いが起こるのではないだろうか?アスナは心配になったが、相手のリアクションは好意的だった。
「その白いコート…まさか君が黄金騎士かい?」
そう言うと感激といった様子で男はコウガに歩み寄った。
「私の名はヒースクリフ。つい最近攻略組に参加させてもらった新参者だ」
言うと、ヒースクリフはコウガに握手を求めた。不承不承といった感じでコウガもそれに応じた。
「私達はギルド結成のクエストを受けに来たのだが、君達もそう…と言うわけではないようだね」
キズメルを見たヒースクリフが言う。面倒そうな顔で答えたくないと言った様子を見せるコウガに代わってアスナが答えた。
「私はコウガ君の弟子?のアスナです。彼女はキズメルさんと言って、私達は彼女のクエストを受注しています。この先の大蜘蛛を退治するんです」
「そうだったんですか、実は私達もこの先に用があって、良ければ今だけ協力しませんか?」
「コウガ君、キズメルさん、どうしよう?」
ヒースクリフの提案についてアスナが2人に聞く。キズメルは「構わない」と言い、コウガが「勝手にしろ」と言ったのでアスナはそれに乗ることにした。
「ありがとう」
ヒースクリフはそう言うと仲間を紹介してくれた。
大きな体の斧使いゴドフリー、恰幅の良いタイゼン、そして無口な格闘家コダマ。
紹介も済んだところでヒースクリフの先導で大蜘蛛の出現場所へ進んだ。
「キシャアアアアアアア!」
洞窟の最奥、そこに目的の大蜘蛛はいた。
「散開!」
戦術指揮担当となったヒースクリフの指示でコウガ達は散り散りになりながらもフォーメーションの位置に着く。
「うおおおおおおお!」
「でぃやああああああ!」
攻撃力の高いコウガと巨漢のゴドフリーが先鋒として突撃し、大蜘蛛の爪攻撃を跳ね上げに行く。そうするとコダマに守られたアタッカーキズメル、アスナがガラ空きになった体へダメージを与える。
コダマの体術は機械のように精密で、アスナ達を阻むあらゆる攻撃を拳と足でパリィしてくれた。こうした統制のとれたコンビネーションアタックで牙狼に頼ること無く大蜘蛛を討滅することが出来た。
「ありがとう、コウガ、アスナ任務は成功だ。私は司令に報告するので野営地に戻る。気が向いたらまた来てくれ」
そう言うとキズメルは霧を纏って消えていった。
「君達のクエストは成功のようだね」
大蜘蛛戦の後、ヒースクリフはアスナに言った。
「ええ、助かりました。あなたの指示のおかげです」
「いや、君も大したものだよ。黄金騎士…コウガ君の弟子?だったか、しっかり鍛えられている。ギルドが出来たらうちに来ないかね」
「しばらくは彼と一緒にいるつもりですけど…考えてみます」
アスナは愛想笑いで返すと「行きましょう!」とゴドフリーの快活な声が聞こえてきた。協力したからには最後まで、アスナはそう言ってコウガと一緒にヒースクリフ達に付き合った。
「我ら、“血盟騎士団”ここに結成を宣言する」
アスナとコウガは目の前でヒースクリフによる血盟騎士団結成宣言を聞いていた。