真剣で私に恋してください   作:猿捕茨

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突然の訪問者

一誠は順調に大学へ入学を果たし、暫くは一人暮らしによって生じる料理を除く家事に苦戦しながらも着実に充実した大学生活を送っていた。

 

 

大学に入ると驚くのが長期休暇の長さだ。一誠はこの長期休暇を実家に帰ることなくバイトと勉強、そして鍛錬の時間に使っていた。鍛錬は流石に一人暮らしの部屋で行うわけにもいかず、近隣の山に入り、そこにある手頃な広場で行っている。

 

清涼な夜の空をひゅんひゅんと軽快な音を立てながら回る刀。それも木刀や模造刀といったものではなく、国から許可を得た真剣である。

 

大学入学をするにあたって大成より送られたものである。道場内では大成の許可を得て真剣での勝負を行っていたので一人暮らしをするにしても鍛錬をするならと大成の心遣いによって齎されたものだ。

 

一誠としては保管の問題や価値のあるものを与えられるということにより受け取りを拒否しようとしていたが大成の真剣な目を見て受け取ることと相成った。

 

実際、鍛錬も黛の家では一定の年齢から真剣を用いて行っていたので模造刀や木刀を用いて行うより調子がいい。

 

まあ、真昼間から真剣を持ち歩くわけにはいかないので鍛錬は専ら夜に行うこととなってしまっているのが困ったところだが……

 

ふう、と体から噴き出る汗を拭い一息つく。夏の夜は蒸し暑いものだが木々に覆われた山の中ということもあって体に吹き付ける風は涼やかな空気を運んでくれる。

 

「さって、帰りますか」

 

手に持つ真剣を竹刀袋に入れ、カモフラージュをして山道を駆け抜ける。山を駆けているというのにその挙動は安定し、水が流れるかのように流麗な動きで木々を縫って町へ向かっている。

 

この世界に生まれてからの鍛錬の成果がこういった場所でも見受けられるのが鍛錬をサボるという行動に移させない原動力だ。目に見える成果があるのだからやめる気も起きない。

 

山裾まで来ると速度を落とし、普通の人が早足で駆ける程度の速度まで落とす。あとちょっと行けば自分の住むアパートだ。

 

夏場だからとつっかけサンダルで外に出ていたがこの夜の涼しさなら普通に靴でもいいかもしれない。そのような考えを巡らせながらアパート二階の端である自分の部屋に入ろうと階段を上がったとき、自らの部屋の前でしゃがみこんでいる影を見つけた。

 

はて? 大学の友人たちは時々自分の部屋を訪れるが来るときは常に連絡を入れるはず。まさか強盗がカギを開けられずに途方に暮れているといったことはないだろう。考えていても始まらないので近づいて行ってみるとその影は女性のようだった。

 

長い髪に小奇麗な服に身を包んだ女性だ。いや、女性というには年齢が足りていないだろう。少女といった年齢だろうことがわかる。

 

一誠としてはなるべくなら関わりたくなかったが勇気を持って声をかけることにした。

 

「えっと、何かありましたか? そこ自分の部屋なので出来ればそこを退いて欲しいのですが……」

 

一誠が声をかけるとその少女はバッとしゃがみ込み伏せていた顔を上げる。そこには予想もしていない少女の顔があった。

 

「一誠おっっっっっそーーーーーーーい!」

 

「うぇ!? なんでお前がいんの!?」

 

真っ白な肌に真っ白な髪、真っ赤な瞳をちょっと潤ませた少女。自らが行動し、救うことの出来た少女である小雪がいたのだった。

 

 

 

 

一先ずこんな夜に小雪のような少女を外に出して置くわけにもいかず、仕方なしに部屋にあげる一誠。

 

真っ暗だった部屋に光が灯り、一般的な大学生としては小奇麗にしていると言えるだろう部屋が照らされる。

 

取り敢えず小雪には適当な場所に座らせるように言って飲み物を冷蔵庫から取り出す。

 

この少女とも手紙やメールでやり取りをして悩みの相談や日頃の愚痴を聞いてきたりしてきたが直接会うのはあの時以来である。

 

一誠としては何故ここに小雪がいるのかわからない。日頃のメールでのやり取りでは親となってもらった榊原夫妻との仲も良好だし、その榊原夫妻との縁で仲良くなった葵冬馬と井上準ともうまくいっていると聞いている。まあ、この二人とも仲良くなるまで俺の介入があったり小雪の頑張りがあったりしたのだが今は関係ないだろう。一体何かあったのだろうか皆目見当もつかない。

 

悩んでいてもしょうがないので取り出したコップに飲み物をいれながら小雪に問いかける一誠。

 

「で? なんでお前さんがいんのよ? ここ、川神からは結構離れていると思うんだけど」

 

「だって一誠がこっちの方に来るって言うから僕待ってたのに全然来ない一誠がわるいんじゃーん」

 

「俺が川神に行くのは3年の時だ。前にメールでも行っただろう」

 

「あれ以来一回もあってないんだから会いたくなってもしょうがないじゃん! 乙女を期待させた一誠が悪いのだ―。だから僕来ちゃったんだもん!」

 

何が乙女か。最初の頃は親から虐待受けてたトラウマ発動して榊原夫妻にもなかなか心開けなくて俺に手紙で泣きついてきてたくせして。

 

まあ、納得は出来ないが一応会えると思って期待していたのに肩すかし食らったから会いに来たというのはわかった。しかし俺は小雪にここの住所とか教えたことはなかったと思うんだが……

 

「はいはい、俺が悪かったって。で? どうやってここのこと知ったのよ? ここのことは知らせてなかったと思うんだけど」

 

「ふっふっふー、一誠のお母さんに聞いたのだー。知らなかった? 僕一誠のお母さんと仲良いんだよ?」

 

それで夏は帰らないと連絡を入れた時にちょっと様子がおかしかったのか。

 

 

「あの母親は個人情報というものを知らないのか……そういや結構長いこと待ってたみたいだけど何時ごろから待ってたんだ?」

 

「えーと……15時頃……」

 

一応言って置くと現在の時刻20時である。

 

「馬鹿か!? 連絡入れてくれりゃ驚きはするけどきっちり迎え行ったのに」

 

「だってー、久しぶりの再会だから驚かせたかったんだもん!」

 

「今の発言のがよっぽど驚いたわ! その時間から待ってたんじゃ夕飯食ってないだろ。俺のも一緒に用意するから食べなさい」

 

「その言葉を待ってたのだ―。もうお腹と背中がくっついちゃうかと思ってたよ!」

 

和やかな笑みを作る小雪。こいつはあんな暗い過去を持っているのにこうも明るい。

 

 

 

下手なもんを出すわけにもいかないのでパスタを茹でてペペロンチーノと昨日の夜に作っておいたトマトスープ、そして野菜のサラダを出す。

 

小雪は笑顔で食べ、美味しいと言ってくれるがこれからどうするつもりなのか。

 

来てしまったものはしょうがないとして小雪をどこに寝かせるのかが問題だ。近場にホテルのようなものはないと記憶しているし、たとえあったとしてもそこに押し込むのも気が引ける。だからといってここに泊めるものなぁ。

 

適度に談笑を交えながら食事を終え、一誠が食器を洗いながらベッドのところで寝転ぶ小雪に話しかける。

 

「お前さんは今日これからどうすんの? どっかホテル泊まるってんなら車出すが」

 

「ふぇ? ここに泊まるに決まってんじゃん。始めから僕そのつもりで来てたんだけど」

 

「……あのなぁ、一応俺も男であってここは男の一人暮らしをする部屋なんだが」

 

「けど一誠がそんなことするわけないじゃん。一誠のお母さんも普通に泊って行っちゃいなって言ってたし」

 

あの母親はホントにもう……

 

「へいへい、わかったよ。そんじゃ小雪はベッド使いな。俺は友達来たとき用の寝袋使うから」

 

「へーい、これだねー」

 

といって小雪はベッドの下に置かれていた寝袋を取り出す。その時ちらりと目の端に映った太ももがなぜだか妙にまぶしく映った。4つも年下の、ましてや小雪に欲情しかけるとか……俺溜まってるのかなぁ。

 

男の性にむなしさを抱きながら食器を洗い終えて部屋に戻る。

 

それからは小雪とじゃんけんで風呂の順番を決め、寝間着を持ってこなかった小雪に一誠の大きなスエットを渡し、現状を面白おかしく話しながら眠りにつくのだった。

 

 

翌日、小雪は一誠に案内を頼み近所の美味しいケーキの店を巡ったり最近話題の映画を一誠と一緒に見たりして過ごし、夕方になるころに電車にのって川神に帰るのだった。

 

今度は川神での再会を約束して……


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