2009年3月
一誠は引っ越しの準備を始めていた。
これから向かうは川神の地である。前世においてこれまでに触れ合ってきた人物たちが出ていたゲームの地である。
そしてこれから原作開始のころとなる時期である。
にもかかわらず一誠は淡々と引っ越しの準備を始めていた。というのも別段今更興味がわかなかったというだけである。
以前の縁から風間に会うといったことが出来ればそれなりに嬉しいが、こと原作という意味でなら一誠はなんら思うところはないのである。
無印の原作における冬馬や準、小雪の関わっていた事件。その火だねとなる出来事に関して一誠は既に小雪を介して介入しており、小雪の頑張りもあって今のところ解決してはいないが冬馬と準、小雪が関わった事件は起こらないだろうと断言できる。
そうなってしまえば一誠個人としては無印からSやAの誰のルートの展開となろうと気にするつもりは無い。いや、大和の事は小雪の件もありあまり好ましく思ってないのでもし大和が由紀江と小雪に色目を使ったら全力を持って『彼女が欲しくば私を倒してみろ』をやってやるつもりではあるが……
その二人が関わっていないのであれば一誠としては自ら進んで関わるつもりはないのである。
とりあえず一誠としては今後、大成からの連絡で由紀江が川神学園に入ることになったのを伝えられ、定期的に由紀江の現状を報告するように言われているので由紀江と定期的に会話して現状を聞き、それ以外では普通に大学生活を満喫するつもりである。
引っ越しの準備を終えた部屋はすっかりと自らの色に染まっていた部屋とは趣を変え、無機質なものとなっていた。
川神の地に到着し、新たな住まいとなるマンションの一室に荷物を持って入る。以前の部屋と異なり、かなりの広さを誇る一室である。しかも防音設備完備なのだ。まあ、それだけお家賃の方も跳ね上がったのだが大成さんが娘の事も頼むのだからとポンとお金を寄越してくれたのだ。
俺も親も断ろうとしたのだが場合によっては由紀江が泊まりに来るかもしれないから広い部屋に住んでほしいと言われては断りずらいというものだ。
由紀江は一人暮らしさせるには早いということで原作同様に島津寮に入るとのことだったが時には地元の者と話したくもなる時もあるだろうということで自分を無理やり納得させ、この話しを受けたのだ。受けたことでこの広い一室が手に入るとなればいい気分にもなるというものである。
以前の住まいから荷物を車に詰め込んでそのまま来たのだが、長時間の運転の疲れも見せず荷物を整理する動きも軽い。
鼻歌を歌いながら荷物の整理にいそしみながら一誠の川神での初日は過ぎていくのだった。
引っ越し作業を終えた一誠は取って返すように実家へと戻っていた。
新たな部屋を堪能したかったが由紀江も引っ越し作業を始めたと聞いては仕方ない。
力仕事が出来て、それでいて車も運転できる自分がいるのだ。ならば別に引っ越し業者を使う必要もないだろうと言ったところ大成も納得し、由紀江の引っ越しを手伝うことと相成った。ついでに言えば今回のことには関係ないが資格取得の一環として去年中型免許も一誠は取得している。
どうせ家具の類いは備え付けなので基本的には必要ないのでその内訳は衣料品や雑貨が多くを占める。そうであれば個人で引っ越しを行っても問題ないだろう。流石に家具も持って行くのであれば一誠も業者に頼む。
石川から神奈川まではかなりの距離だが一誠は大学に入ってから帰省をするときは運転の練習も兼ねて常に車で行き来していた。だから慣れっこである。高速を使っても半日以上かかるが、予定では朝からの出発なので休憩を挟みながらのんびり行く予定である。
実家で一泊した後に由紀江から引っ越しの荷物の準備が出来たと知らされる。
その連絡にはいはいと答えながら大学入学からの愛車を黛家へと運ぶ一誠。
一誠の車が黛の家の前に止まる。
後部座席とトランクを開けて段ボール詰めにされた荷物を入れていく。
女の子だから荷物は多いものと思っていたのだが予想より少ない。
場合によっては愛車を実家に預けてからレンタカーを借りてくるべきかと思っていたのだがそのようなことにならなくて一安心する一誠。
「それじゃ、行ってきますわ」
「それでは父上、行ってきます」
「ああ、寮の人に迷惑を掛けないようにな。一誠君頼んだよ」
「わかってますよ」
と結構あっさりとした親子の別れを交わして由紀江を助手席に乗せて車を運転していく。
目指すは川神の地である。
いくつかのパーキングが過ぎた辺りで休憩を取るために近くのパーキングに駐車する。
「そんじゃ、これから休憩な。20分くらい休憩時間とるからトイレなり適当な食べ物かってくるなりしていいから」
「はい、わかりました。何か軽食を買ってくるつもりですけど一誠さんは何か希望はありますか?」
由紀江が気を利かせて提案してくる。
「ん、それじゃタコ焼きでも買ってきてくれるかな?」
「たこ焼きですね? わかりました。それじゃ行ってきます」
と、財布片手にパーキングに小走りで駆けてく由紀江。その後ろ姿を見てしっかしいい女になったなぁと感慨深い思いにかられる。
一誠としては由紀江は妹のような感覚の存在だがあのスタイルと楚々とした佇まいやしっかりと教育された家事や作法などと言ったマナー関連。全てパーフェクトのような存在である。彼女を妻とする人物は果報者だろうと一誠をして思わせるほどである。
久々の再会を果たした時には原作の姿を知っていても驚いたものである。
しかしなんだか思考回路がオッサン化していないかと自分を戒める一誠。前世も含めると御年40を超える立派なオッサンである。精神年齢は環境に左右されるものである印象が強いのである程度若々しいつもりではあるが妙なところで妙な年より臭さを出してしまう一誠であった。
固まった体を解す目的で体操をしていると由紀江がたこ焼きの入った袋とペットボトルを二つ抱えて戻ってきた。
時間を見てみるとあれから20分経っている。
「そんじゃ、行きますか」
「ですね。けど今ここで食べなくていいんですか?」
「ん? 食べたいけど一気に食べるのもね。運転しながら食べさせてもらうよ」
「あ、そうですか。わかりました」
二人して車に乗り込み高速へと戻る。
渋滞しているということもなく比較的スムーズに進んでくれている。
「あ、由紀江。さっき買ったたこ焼き食べさせてくれ」
「はい!? さ、さっき自分で運転しながら食べるって」
「そりゃ運転しながらじゃ両手使えないから食べさせてもらうって意味に決まってるだろう」
車運転してる時は両親もそうやってたんだが一般的な方法ではないのだろうか?
「は、はい! わかりました! どうぞ! お食べください!」
「お、おう。ずいぶんと気合入っているな」
あまりの気合の入りようにビビりながら由紀江の手ずからたこ焼きを食べる一誠。
どこかちぐはぐな印象を受ける掛け合いをしながら一誠たちを乗せた車は川神へと無事、到着するのであった。