島津寮への入寮は川神へ来るのに思ったよりも時間がかかってしまいそうなので明日へと持越しになることになった。
川神から加賀へ行くときは全く渋滞にも当たらず、問題なかったのだが今回はちょっとした渋滞に巻き込まれた結果として引っ越しの荷物を持って行くのには微妙な時間になってしまいそうなのだ。これは渋滞情報を見逃した一誠のミスである。
なので入寮が明日になることを島津寮に連絡しようとしたらどうだとサービスエリア内の喫茶店で紅茶を飲みつつと由紀江に言ってみると返ってきたのは
「あ、大丈夫です。そもそも入寮は明日だったので」
という言葉。一誠にはよくわからん名称の飲み物を飲んでいる由紀江を見やり、これはこの事態になることを予想していたなと思う一誠。
というか普通入寮日というのは決まっており、それに間に合わせるのが普通か……今まで寮というものに入らなかったから考えもしなかった。三月の終わりに俺がマンションに引っ越して、現在4月。入学式がすぐ控えている。
一先ず入寮に関することは大丈夫だったので今後の予定を話していくことになる。
「あ、今日は一誠さんのところで泊まらせていただくようにと父上が言ってました」
明日はどうするかといった内容を話し合っていたところ、一誠が今日の宿泊先を尋ねたところ返ってきたのがこれである。
黛家における一誠の信用度合がよくわかる。一誠としても別に問題ないとこれを了承。なんら気負うことなくこれを了承したのを見てちょっと凹む由紀江。ちょっとくらい照れたりしてくれてもいいのに。
由紀江を泊めるにあたって夕食をどうしようかという話になったときに一誠宅には今のところ食材らしい食材がないことが問題になった。昼がサービスエリア内でのものだったので流石に夜は自分で作ったものを食べたかったが由紀江には川神に慣れる意味も込めて外食でもいいかと一誠は考えていた。けれど由紀江が夕食を作ると言ったのでこれはありがたいと川神に着いたと同時にスーパーに車を止める一誠。
買い物籠を一誠が持ち、それにポンポンと必要な物を投入していく由紀江。その姿を見たご近所の奥様方はあらあらといった目で二人を見やる。息の合った動きはまるで夫婦のようにも見える。
夕食のメニューに関して言い合う二人は車に乗って一誠の住むマンションへと向かった。
駐車場に車を置き由紀江と連れ立って部屋に入る。新品と言ってもいい状態の部屋なのでまだ生活感の感じられない部屋である。
「それじゃ、料理が終わるまでそこで待っててくださいね」
「待ってるだけってのも暇だから何か手伝うことあったら言ってくれ。これでも一人暮らしも長いから料理は結構出来るから」
「いえ、今日のメニューじゃ手伝ってもらうようなことはないですね。テレビでも見て待っててください」
「へいへい、りょーかい」
といってもテレビなんぞニュース以外碌にみない一誠である。バラエティーなんぞ見ても特に面白いと思えず、さてどうしようかとなる。
ぼーっと料理をする由紀江を眺めていたらそのふりふりと揺れる尻に目が行ってしまう。
一誠も男だ。前世の死因から一部の女性に不信感を持ってはいても性欲の対象は普通に女性である。
その男を魅了しようとしているとしか思えない動きに知らず腰が浮きかける。
それを自覚すると一誠ははっとし、自らの太ももを抓る。
由紀江にまでこういった対象になりかけるとか本格的に俺終わってる、と。
一誠の熱心な視線を感じながら料理する由紀江は気が気でなかった。
兄のような関係の中で育ってきたがその落ち着いた様子や自らの為に色々と便宜を図ってくれた意中の相手が今まで一回も見せたことのない熱の篭った視線を送ってくるのだ。
これは覚悟をするべきなのかと思っていたらその熱視線は和らぐ。これには安堵していいのかそれとも残念に思うべきなのかと微妙な気持ちになりながら料理を仕上げ、二人で味わった。
翌日、島津寮の前に車を止めて由紀江と共に挨拶をしに行く。
既に連絡は入れてあるので麗子さんが出てくる。
その第一声が「あっら、良い男」というものだったが一誠はその言葉をスルーして由紀江と共に挨拶をする。そして由紀江の部屋を教えて貰い、本来ならば両手で頑張って持たねばならないような荷物をそれぞれ片手に持って階段を登って行く。
一誠が結構な量を運んでいくので由紀江は荷物の整理に集中出来た。といっても一誠が上がってくるので下着類ではなく普通の服や雑貨が中心であったが。
車の中にある荷物も由紀江の部屋に運び終え、下着類を除いた荷物の整理を一誠も手伝いかなり早い時間に引っ越しは終えることが出来た。
そこで一誠が帰ろうとすると麗子に呼び止められて三人でのお茶の時間と相成った。
聞いてみると今日は寮生の全員が何かしら用事があって出かけているのだそうだ。由紀江もこの寮で生活するということで積極的に現在の寮生のことを聞いている。
三人でまったりとお茶をしていると玄関の方で音がした。誰か帰ってきたようだ。
廊下をパタパタを音を立てているのが聞こえる。
「麗子さーん。寮の前に見ない車あったけどあれって誰の」
「よっ! 覚えてるか知らないが寮の前にある車は以前会ったことのある人のなんだな」
そこに、帰って来たのは頭にバンダナを巻いた男であった。