四月も半ばになったころ。一誠は自分の取る講義も粗方選択し終え、本日は意図的に空けてある休日(一般学生や会社員的には平日)。そこで一誠が何をやっているのかというとケーキ作りだったりする。
基本的にハイスペックと言って良い一誠だがある意味欠点とも長所ともつかない癖が存在する。食事に拘りだしたら止まらないのだ。
前世においてもその癖は存在し、実家住まいで母は専業主婦だったというのにかなりの頻度で料理をしていた。この前世の経験は今を生きる時において一人暮らしの時にとても役立つものとなった。
で、現在一誠がハマっているのがお菓子作り全般である。大学に入学してから川神に来るまでの間は自分がとれる講義をフルで取っており、時間があれば資格の取得の勉強や講義の予習にレポートと忙しかった。
そして現在は結構余裕を持ったスケジュールにしており、一週間の内に大学に行く日は三日という自堕落と言ってもいい予定となっていた。
ここまで来ると資格の勉強やレポートなどに時間を浪費しても暇な時間というものは出てくるものであり、さてどうしたものかと思っていたところ目に入ったのが美味しいケーキの店を紹介している番組だった。そこでその店に行きたいという欲求でなく、ケーキ作ろうという思いが湧いてしまったが最後、近所の商店街に行って材料を買い漁り、美味しいケーキの作り方などの乗った料理本を買って今に至る。
元々料理を頻繁にしていたからか失敗するといったこともなく、気付けば三つのケーキをホールで作り上げていた。チーズケーキにイチゴのショートケーキ、チョコレートケーキである。作り終えてからはボー然としてそれを見てから自分はこれをこれから食べなければならないのかと思ってしまった。
別段一誠は甘いものは嫌いではない。しかしホールを三つも食べられるかと言われれば否である。しかたないので大学の友人に食べないかと連絡を入れると男の手作りケーキなんぞいらんという言葉が返って来た。
しかしこういったケーキは日を置いては美味しさが半減してしまう。大学の友人がダメとなると……甘いものと言えば女子だろうという考えから小雪に連絡を入れることにする。
「ケーキ作ったら作り過ぎたからいらないか? 食べるんならこれから切り取ったのを箱に詰めて持ってくんだが」
「え? 一誠の手作りー? 食べるよー」
と気の抜けた返事が返って来た。ついでに今は家にいないので学校に来て欲しいと言われる。小雪が食べるなら冬馬も準も食べるだろうと切り取ったケーキをそれぞれ一つづつ入れる一誠。だがまだまだケーキは残っている。由紀江は甘いものが嫌いでないがこんなに食べるだろうかと思考をめぐらすとそういえば島津寮の人々にもという名目であれば一気に消費出来るかという考えに至った。
「ケーキ作り過ぎたからこれから持って行く。寮の人たちと適当に消費してくれ」
「え? え? 一誠さんが作ったんですか? え? ケーキを?」
驚いたというより狼狽した感じの返事だったが、放っておくとまだ色々と続きそうだったのでそれ以上の返答を待たずに電話を切る。
小雪用のと由紀江用のケーキを入れた箱を手に持ち家を出る一誠。
距離の問題から島津寮に先に寄る。車で乗り付けてケーキが結構な量入った箱を持ってインターホンを鳴らす。
一応学校が終わっている時間だと思うが由紀江が寮に帰っているのかの確認を忘れてしまったので心配だったが階段を下りてくる音が耳に聞こえて来て安心する。土曜日に一誠のところに雑談に来た由紀江はクラスで友達がどうにか出来たのだとうれしそうに報告して来たので遊びに行っていたら麗子さんに渡していたところだ。
「い、一誠さん! ケーキ作ったってどいういう」
「ほい。なんか作りたくなってな。試食してみた感じ美味しいと思うからおすそ分け」
「あ、ありがとうございます。じゃなくて! 誰かの為に作ったとかじゃ」
「ないな。暇だったから作りたくなっただけだ。すまんが他にもおすそ分けしにいかなきゃならないんでこれでな」
「あ! ちょっと一誠さん!」
呼び止める由紀江の声を意図的に無視して車に乗り込む一誠。ケーキ作りというのが自分にあんま似合わないのはわかるが色々と追及されては堪らない。
車を走らせ小雪の待つ川神学園に行く。
学園の駐車場に止めるのはどうなのだろうと思ったがちょっとの間だけだからと自分を誤魔化して侵入する。
「ほ、ここに何の用じゃの」
車を止めてドアを開けたと同時にかけられた声。凄まじい速度で接近して来たのは感じることが出来たので別段驚きはしない。
「いえ、知り合いにケーキのおすそ分けをしようとしたらここに来てくれと言われましてね」
「なんじゃ、そんなことか。流石に部外者を校内に入れるのは準備がいるからの。その知り合いとやらを呼んでもらうことになるが大丈夫かの?」
「ええ。大丈夫です。学園内に車を置くのも気が引けてたので」
入学式の後、少し話す機会のあった鉄心さん。その眼光は鋭く、射抜くような光を湛えて一誠を貫く。
その眼光をそよ風のように受け流し、小雪に連絡を入れる一誠。
暫く待つと校舎の玄関口から小雪が駆けてくるのが見えてくる。
「やっほ! いっせー! その手に持ってるのがケーキ?」
その呑気な声に知らず口元に笑みが浮かぶ。小雪の問いに首肯し、箱を渡す。
「一応使い捨てのフォークは入れてあるからな」
「ありがと。あとごめんね。一緒に食べたりしたかったけど僕これからちょっと忙しいからこれで!」
一誠からケーキを受け取ると小雪はそう言って足早に去っていく。
あいつが忙しいって何だろうか? 忙しそうにしてる姿が想像できない娘なので中々見当がつかない。
「で、おぬしは帰るのかの? 暇なんじゃったらこの後川神院にでも……」
「用事は済んだので帰らせてもらいますよ。鍛錬の場所には困っていないので結構ですよ」
未だ残っていた鉄心の誘いを断り車に乗り込む一誠。入学式の後、再会してから直接的に百代の相手になってくれとは言わないが武神に実力を見られそうな機会をどうにか作ろうと画策されてて困り者である。
尚、ケーキの出来は上々だったようで小雪含む三人組からは後日お礼を言われ、由紀江からも感謝のメールが来た。結構嬉しかった。
イベントの確認の為にマジ恋やり直してたら大和たちがクラスで一泊してたのでそれをネタにして書いて、もう一度確認したら「春休み中に」という文字を見つけて凹みながら没にした。
時間空いた割に結構適当な出来になっているのはそれが原因ということにしてほしい。