四月も残り一週間に差し掛かろうかという頃、一誠の部屋には由紀江が訪れていた。
「聞いてくださいよ一誠さん! 昨日先輩のクラスに転入生が来たらしいのですが、これが登校に馬を使うという凄まじい人でして、しかもこの人が寮のお隣さんになってしまったんですよ!」
土曜日。定期的に由紀江の生活を報告して欲しいという大成さんの願い通りに由紀江は土日のどちらかを一誠の部屋で過ごし、雑談に興じるようになっていた。本日も昼を一誠と共に過ごし、夕方頃には寮に帰るとのことである。
「ずいぶんとまぁ、風変りというのも憚られるような変人なんだろうなそりゃ」
「それが外国の方で、すっごい綺麗な方だったので余計びっくりしてしまいました」
「あー、日本を勘違いした外国人って感じなのね。しかもその勘違いを実現出来るだけの財力でもあるってとこか」
「綺麗ってワードに反応しないんですね」
「そりゃ、実質関わることないだろうしね。由紀江がお世話になるなら挨拶くらいはって思うけど、それ以上はどうだかなあ」
それに対し由紀江もそれはそうですけどと返す。先週は由紀江が料理をしてくれたので本日は一誠が由紀江に手料理を振る舞う番である。
由紀江は和食に精通しており、一誠は手広いがどちらかというと洋食に精通しているのがこの二人の料理の傾向である。
「それに、一応その転入生の情報も小雪経由で知っているにはいたしね」
フライパンの中でバターで炒められている米をお釜に入れながら言ってみると由紀江からの声が一時的に止まる。はて、何かトラブルでもあったのだろうか?
「その、小雪さんという方は以前一誠さんが関わったというこちらに住む方ですよね?」
なにやら探るように聞いてくるが別段探られて痛い腹があるわけでもなし、肯定しておく。
「そだよ? 今は川神学園の二年生だから由紀江の一つ先輩だな。紹介しようか?」
「い、いえ大丈夫です……その、小雪さんとは仲がよろしいのでしょうか?」
またも窺うように俺を見ながら聞いてくる由紀江。一体どうしたのだろうか。長年付き合いのあった兄貴分が自分の知らない女性と付き合いがあって拗ねているのだろうか?
「んー、まぁメールでのやり取りは続いているな。最近はケーキ届けに行った時に会ったくらいか? 結構お気楽な奴だから先輩後輩とか気にせず話せると思うぞ」
「そ、そういうことが聞きたいんじゃなくて……いえ、ありがとうございます……」
なにやら聞き取り難いくらいに小さな声で言われたが取り敢えず料理が完成しそうなのでまぁいいかと流すことにする。
本日の昼食は海上自衛隊のファミリーページで見つけたレシピを参考にしたパエリアと小松菜太巻きソテー、まぐろのカルパッチョである。結構美味しく出来た自信のあるもので、由紀江に味の感想を求めても結構好評なようである。料理を食べてからやや由紀江の表情が暗いのが気になったが聞いてみても大丈夫ですとしか返ってこなかったので気にしないことにする。
それからは現状の報告やら最近あったニュースに関することなどが話題となっていく。
どうにか由紀江の機嫌が回復したのを確認し、現状を聞き出していくとどうやら由紀江は風間ファミリーに問題なく入ることになったようだった。
原作ほどの緊張しいでも友達いないが故の松風というお友達もいないが、風間との縁や寮に顔を出した武神に気に入れられた結果そのように落ち着いたとのことだ。手料理を出したのもポイントが高いらしい。
なんともはや、人は変わろうと思えば変わるものである。
由紀江を送り出してから部屋で寛いでいるとインターホンが鳴った。
一体こんな時間に誰だろうかと確認をしてみると先ほど由紀江と話していた時に話題に上がった少女である小雪の顔がアップで映し出されていた。
「いっせー、ケーキのお礼持って来たから開けて―」
はいよとドアを開ければそこには三人の人影。小雪だけかと思っていたら冬馬に準も来ていたらしい。
「こんばんは、一誠さん」
「ども、ケーキ美味しかったっす」
そういってぺこりとお辞儀をする二人。小雪は二人を残してさっさと俺の部屋に上がり込んでいる。
「はいよ。美味しかったってんならよかった。小雪も上がっちゃってるし、どうぞ」
二人も迎え入れ、人数分の座布団を取り出す。
まぁ、小雪だけは座布団に座らず俺のベッドで横になっていたが。
「あ、これお礼の品です。病院の患者さんから評判のお店と聞いた場所のものなので不味くはないと思います」
「若、その言い方はどうかと思うんだが」
「いやいや、嬉しいよ。中身はお茶菓子かな?」
「ええ、季節のフルーツのタルトだそうですよ」
その言葉にそりゃ美味しそうだと返し、包丁と皿に飲み物を用意する一誠。小雪のことなのでここでお茶してく気満々だろうから中身は四切れ入っているのは予想がつく。
箱を持ってみた感触からもその予想は間違っていないだろう。
「お、こりゃ美味しそうだ」
「僕が選んだんだから当然だー!」
先ほどまでベッドに寝転んで枕元に置いてあった文庫本に目を通していた小雪が口を挿む。まぁ、選んだのが小雪というのは容易に想像が着く。買う時に冬馬にごねて別々の種類のケーキを四つにし、自分も一誠の家で食べたいといった姿が目に浮かぶというのだから小雪もわかりやすい性格をしている。
小雪の言いように苦笑し、中にあった四つのケーキを小雪に見せながらどれがいいのか選ばせる。冬馬と準は小雪の言い様に一誠と同様に苦笑している。
四人全員にケーキがいきわたると一誠が紅茶を淹れてそれぞれの前にティーカップを置く。ケーキに合うかはわからないが一誠のお気に入りのレディグレイである。
それぞれがケーキの感想を言い合ったり、交換したりしながらゆったりとした時間が流れる。冬馬も準も最初の頃はどこか遠慮した空気を纏っていたが小雪の活躍でそういった壁は取っ払われている。
「そういえば、不正の証拠の収集は捗っているかい?」
ふと思い出したかのように一誠が冬馬に向けて問いかける。
不正の証拠……原作における葵冬馬が自暴自棄になり、川神に住む人々を巻き込んだ事件にまで発展した原因である父の不正な証拠の数々である。
一誠は小雪から二人が落ち込んでいるという相談を受けた時に色々と介入し、電話口で相談に乗ったり小雪が彼らを叱りつけるなどの活躍をした。現在、冬馬はしっかりと親の保護がなくとも生活できる基盤を得てから逃げようのない証拠の数々を得て、告発するという方針を固めている。
その為に多くの不正の証拠を収集し、不正に関わっていた人間の洗い出しをしている最中だ。
「ええ、そちらの方は順調ですよ。しかし、あなたも無理を言いますよね。自らの親を追い詰める為の手段を言った後に『告発した後はどうしたって色眼鏡が掛けられる。だから今のうちのイメージ戦略は大切だ。クリーンな印象を周りに植え付けとけ。欠点の一つ二つは表に出しといた方がいいぞ。その方が人間味があって周りからの好感に繋がる。ついでに親の油断を誘えそうだったら油断を誘ってより情報を集めとけ』ですからね」
よく昔言ったことを一言一句違えることなく覚えているものだと感心してしまう一誠。二度目の人生なので幼少時から聡明であると言われてきたが元々のスペックが違うのか目の前の天才と自分は別物なのだと納得してしまう。
「ま、今は潜伏期間だろ。その間に蓄積されていく不正の証拠の数々で君の親は逃げ場を失っていくわけだ」
「おお酷い。本人を目の前にして言うことですかね。ぞくぞく来ちゃいそうですよ」
その言葉にこれくらいでへこたれるタマじゃないだろと返しながら最後の言葉にびくびくする一誠。流石に一部の女性に不信感を持ってようと男に走る趣味は持っていない。
「むー、トーマ! 一誠は僕のなんだからね!」
と小雪が横から抱き着いてきて言う。む、胸が当たっていて何を言っているのかわからないくらいに思考が乱れてしまう。妹! こいつは俺のなかで妹だから!
「ええ、わかっていますよ。ユキの恩人にそのようなことはしません」
「若も表に出す弱点ってのがこれじゃなけりゃなぁ」
準が冬馬の性癖についてぼやいているが一誠もそれには全力で同意したい。
男と男とか非生産的すぎる。
どうにか三人が部屋を出ていくと夕食の時間帯となっていた。
由紀江と寛いでいたときはかなりリラックス出来ていたのに小雪たち三人が来てからの疲労度合がすごい。主に葵冬馬一人の手によって齎されたのだが……
なんだか精神的にどっと疲れた一誠はトボトボと鍛錬の為に家を出ていくのだった。
地味にいつも悩むのがサブタイトル。結局適当につけているけど。一話とか二話とかにしとけばよかったと後悔。けど自分がその話でなにやったか忘れるからこれでいいや。
尚、作中で出た料理は実際に海上自衛隊のホームページに載っています。
結構手軽に作れるのでおすすめ。
紅茶も作者が大好きな銘柄です。