真剣で私に恋してください   作:猿捕茨

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暇つぶし

 

 

温泉から上がり、風呂場の近くに備え付けられた休憩所にトランクス一枚で座り込む。風呂から出るときは常に水のシャワーを浴び、暫くは外気にさらすのが温泉に行ったときの一誠の癖である。

 

近くに置かれている自販機の中からビールを買い、風呂上りの至福の時を過ごす。この後車を運転することがないからこそ出来る行動である。買う直前に由紀江の迎えに行ってやるべきかとも思ったが彼らはかなりの大人数だ。ピストン輸送するよりもみんなで仲良くバスで移動した方がいいだろうと考えなおして二缶目のビールに手を出す一誠。

 

適度に飲んだ後、宿に備え付けられていた浴衣を纏って外にでる。精悍な印象を与える一誠だが落ち着いた雰囲気故か、こういった和装が妙にしっくりくる。

 

通路を歩く足取りはしっかりとしており、少し赤みの差した顔以外にアルコールを摂取した様子は見られない。前世でもいくら飲んでも少々陽気になるだけで弱くなかったが、この世界に生まれてからは北陸の生まれ故か前世以上に酒に強くなっていた。

 

気分よく自分達の割り当てられた部屋に戻る。元々団体客用の部屋だからか異常に広い部屋に通されてしまい少々気おくれしてしまうがしょうがない。

 

「おーす。いい湯だったぜえ」

 

「やはり温泉地の温泉は違いますかね?」

 

部屋で一人、文庫本を読んでいたらしい冬馬が反応を返す。

 

「ま、各地でそれぞれ入った感触違うからなんとも言えんがいい湯であったことは断言してやろう」

 

冬馬からの投げかけに投げやりに応え、編み込みの成されたゆったりとした椅子に座る。眺めもそこそこ良いものであり、前世で過ごしていた地元を思い出させる自然が目に映る。

 

「そいや残り二人はどうした? 近くの散歩コースでも行ってんのか?」

 

冬馬に聞いてみると二人して近くの川の方へ遊びに行ったとのこと。

 

多分小雪が行きたいと言って準が引率役でついて行ったといったところだろう。

 

その言葉を聞いて思わず苦笑してしまう。その俺の顔を見て思っていることがわかったのだろう冬馬も同様に苦笑している。あいつはしっかりし始めているのにどこか子供っぽいときがあって放っておけないのだ。

 

「行くか」

 

「ええ、二人だけで川に居てもどうかと思いますしね」

 

「ついでに釣り道具とか持ってくか?」

 

「それは明日でいいでしょう。そこまで時間があるわけでもないですしね」

 

それもそうかと返し二人連れ立って宿を出ていく。流石に浴衣で川までいくのは不味いということで一誠はしっかりと私服であるワイシャツとスラックスに着替えた。

 

冬馬と二人、連れ立って歩いていて川沿いをいくと二人の姿が見えてきた。小雪が川を覗き込んでいるのを準が諌めているといった状況か。実際に今回の旅行まで小雪以外の二人と触れ合う機会はそこまでなかったが、今回の旅行を通して準の面倒見の良さがよくわかる。

 

ふとした瞬間のサポートといえば良いのだろうか。補佐をするいった行為に慣れているためか一緒にいて気楽なのだ。

 

問題点として重度のロリコンであることを抜けば、という注釈が入ってしまうのが残念でならない。

 

「おーい、二人とも。どうせ明日釣りに来るって予定だったんだから今日川来る必要ないだろうに」

 

少し離れた場所から声を掛けるとその言葉に反応した小雪がこちらを振り向き

 

「だって暇だったんだもん! 一誠はすぐに温泉行っちゃうし! 冬馬は本読み出しちゃうし!」

 

と言ってくる。理解できないでもないがそれで川に行くようになるのかね。

 

暫く川辺で雑談した後に宿の近くに散歩コースがあるからそこに行こうという話になった。まぁ、夕飯までの時間つぶしには丁度いい時間だったので全員了承し、散歩と相成った。

 

のんびりと新緑の中を歩く。まだ五月に入り始めということもあって花々も咲き誇っており、目に優しい色を提供してくれている。

 

大学に入ってからはこういった自然とは縁遠い場所に住んでいたこともあって妙に落ち着く。やっぱ人間癒しがないとだめだね。

 

 

 

 

 

 

暫く散歩で時間を潰してから宿に戻るとどうやら由紀江たち風間ファミリーが到着しているらしかった。宿のロビー近くにあるお土産を置いてある一角に由紀江がいた。

 

「よっ! もう着いたんだな」

 

「あ、一誠さん! はい、結構前に着いたんですけど一誠さんたちがいなくてちょっと探しちゃいました」

 

「そりゃ悪いことしたかな。暇だったから近くの散歩コース行ってたんだ」

 

といった会話を由紀江と繰り広げていたら後ろに控えていた冬馬が会話に入ってくる。

 

「失礼ですが、こちらの方は?」

 

と聞かれ、そういや直接の知り合いが誰かといったことは言ってなかったかと思い至る一誠。

 

「妹みたいなもんだな。黛由紀江。君らの後輩にあたる」

 

「こ、こんにちは! 若輩者ですがよろしくお願いします」

 

顔をガチガチに固めてそんなことを言った由紀江だが、この程度で冬馬は引いたりすることなく。さらりとこちらこそ、と言って自分たちの紹介を済ませてしまう。

 

「もしかしたら今後の予定が被るかもしれませんが、一緒になった時はよろしくお願いしますね」

 

と由紀江に微笑む。相変わらずこういった動作が様になるのだからモテて、それを有効活用できる男は違うものだと穿った見方をしてしまう一誠。自分だったらこういう行動できるのは知り合いに限るという注釈が着いてしまうだろう。知り合いでもさらっと微笑みを浮かべてこういう言動が出来るかと言われると微妙だが……

 

「そんじゃ、風間ファミリーだっけ? 仲良しグループでの旅行楽しんでな。俺らは俺らでまったり楽しむわ」

 

と片手を挙げて去ろうとしたらワイシャツの袖を由紀江に握られて引き留められる。握っている張本人はちょっと表現しがたい顔をしているので何かしら相談したいことがあるのだろうと三人を先に部屋に戻るように言う。

 

ちょっと小雪が不満げな視線を寄越してきたが苦笑を返すと仕方ないかといった表情をして部屋の方に行ってくれた。

 

さてはて、一体何の相談なのやら……

 

 

 

取り敢えず落ち着いて話の出来るところを、ということで休憩所のようになっている場所に座る。

 

「で? なんか不安なことでもあったのか?」

 

その言葉にびくっとなる由紀江。はて? そんな怯えるようなことでもあったのだろうか。

 

「ええと、その……そう! 明日一誠さん達は釣りに行きますか!?」

 

一瞬ひるんだかと思えば大きな声を出してくる。その聞いてくる内容は別段どうということではない。

 

「ああ、まあ飽きるまでは一応釣りをする予定になっているが……それがどうかしたか?」

 

「え、ええとそうですね。実は釣りをする時に虫を餌にするらしいのですが怖いので針に着けるときに手伝ってくれないでしょうか?」

 

まぁ、それくらいなら別に問題ないので了承すると続く相談がないのか由紀江は黙ってしまう。先ほどのような深刻な顔をするような相談でもなかったので何かあったのかと邪推してしまう。

 

もしや、風間ファミリーの男の中で嫌がっているのに言い寄ってくる男がいるとかだろうか? だったら単純にブッ飛ばしに行くのだが顔色からするとそういった内容でもなさそうなのでわからない。

 

「そ、その……」

 

黙って待っていると由紀江が意を決するように静かに言ってきた。

 

「先ほどの女性が小雪さんという方でいいんでしょうか?」

 

「ん? ああ、そうだな。結構面白いやつだから明日の釣りの時とか話してみるといいと思うぞ」

 

何を聞いて来るのかと思えば小雪の事だった。

 

「その小雪さんは一誠さんとは知人ということでいいんですよね? その……特別な関係ということもなく」

 

さらに探りを入れるように聞かれたがその問にも首肯を返す。何を心配してるのかと思えば兄貴分に彼女が出来てちょっと嫉妬といった感じの感情だったか。流石に小雪を恋人にしてしまってはなんというか、彼女を救ったことがそれ目的のようになってしまうし、妹のように可愛がっているのがウソになってしまう。んなことになってたまるかというのが一誠の本心である。

 

最近地味に小雪との触れ合いの中で愚息が反応しそうになって困っているのも事実ではあるが……

 

一誠の答えに安心したのか由紀江は息を吐くと引き留めてしまってすいませんと言って一誠と別れるのだった。

 

由紀江の兄離れも進行させていくべきなのだろうか? けど高校の卒業までは一誠としても可愛がりたいので何とも言えなかった。

 

 

 

夕食を食べた後は温泉である。

 

散歩の前にも温泉を堪能したとはいえ食後の温泉もまた良いものということで冬馬や準が温泉に行くのに着いて風呂場に行くのだった。





次回、温泉にて原作キャラたちとの触れ合い

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