その夜、一誠たちの宿泊している部屋では小雪が正座をさせられていた。
まるで修学旅行で覗きに走り、先生にばれた結果として反省させられている様のような状態である。あながちその表現も間違ってはいない。
先ほどの風呂場での聞き耳を立てていたことが一誠にばれていたのだ。気を用いずとも十分な身体能力を有する一誠は無理に意識を傾けていなかったとはいえ地味に衝立の近くで話していた京と小雪の声が聞こえていた。これは叱らねばと風呂上りにビールも飲まずに部屋で小雪を待ち受け、説教している次第である。
男性が女性に対してそういった事をした場合、女性は傷つく。それが逆の立場になったとして女性より精神的ダメージは小さいとはいえ嫌な思いをする人はいるのだといったことを懇々と言い聞かせている。
その姿を見て冬馬や準がまあまあと宥めに入り、一誠に川神水を与える。アルコールの類いは入っていない川神水だが酔うことは出来る。
ちょろっと飲んだ一誠は普段飲むアルコールとは違った味わいに満足して小雪の反省を促した後はみんなで仲良く川神水とおつまみで談話をするのだった。
尚、こういった場では衝立や男女の領域を決めるべきなのだろうが部屋が大きすぎること、また女子が小雪しかおらず離れさせるのは不憫だと冬馬たちが言ったことで酔って陽気になっていた一誠も了承し、全員が並んで寝ることと相成った。
なお、小雪がちょっと寝相を装って一誠の布団に潜り込んでも川神水とは別にビールも飲んだ一誠は熟睡しており、起きることはなかった。そのため小雪は一誠の腕の中でクスリと笑って抱き着いた状態で朝を迎えるのだった。
「一誠は……僕のだもんね……」
「っでよー、もうすごいってもんじゃなかったぜ? あの筋肉」
一誠が小雪に説教をしている頃、風間達は部屋で先ほど見た一誠について話を広げていた。
「まゆっちと同門の人だというからな。鍛えていて当たりまえだろう」
岳人の言葉にクリスが電車内での話を乗せる。
「ほう? そんなにすごいのか」
やや舌なめずりをするように岳人とクリスに確認を取る百代。由紀江と同門ともなれば刀使いだ。由紀江は一向に本気で戦ってくれそうもないから戦えそうな者は大歓迎という雰囲気を出し始める百代。
しかし、と考えなおす。隣の部屋にいるらしいその一誠という由紀江の兄。本当にそれほどの実力者なのだろうか? 取り敢えず探ってみた感触では精々が岳人より上という程度の気や実力しか感じない。
先ほどすれ違った時も武術を収めた人間としては笑ってしまうような動きしかしていなかった。相応の実力者であれば動きの一つ一つに実力の片鱗がうかがえるものだが彼からはそういったものを感じることがなかった。身に纏う雰囲気もだらけてはいないが武術を身に着けた者特融のものではなかったし、姿勢もやや猫背だったように思う。
岳人が凄さを百代に伝えようと頑張って色々話していたが、それを無視して由紀江に質問を投げかけた。
「なぁまゆっち。そんなにすごい人なのか? そのお兄さんは」
その問にビクンと反応をする由紀江。
「え、えっとですね。……その……」
言いよどむ様子に百代は同門で年上の一誠が大した実力ではないと言うことを憚っているのだと判断した。事実風呂上りだというのに脂汗を流して言い淀んでいるのが良い証拠だ。
「いや、すまなかったまゆっち。同門で、しかも年上のことは言いにくいよな。悪かった」
「い、いえ。その、大丈夫です」
変なことを言わずによかったと内心安堵する由紀江。旅行先で会った一誠がわざと武術を齧った程度の実力者の動きをしてたり、気の総量を誤魔化すように隠形をしてたりといった理由を思い至っていた由紀江としては先ほどの問に大したことないと言うべきだった。
けれどそれは一誠の実力を知る者として言えなかった。今回は百代が勝手に判断してくれてよかった、と思いつつ談笑に参加する由紀江であった。
けれど一誠さん。私が百代先輩と関わってしまっている以上、そしてあなたが川神に住んでいる以上、あなたほどの実力を隠し続けるのは難しいと思うのです。
その思いを心の奥底へ押し込めて、由紀江は話の内容に合わせて笑うのであった。
翌日、一誠が起きると自分の布団に小雪が潜り込んでいるのを発見した。
やばい。
昨夜は確かに酔っていた。しかし前後不覚になるほどではなかったし、理性もしっかりしていた。むしろ理性なくなったからといって女性を襲うような性格はしていないと断言できる。
けれどこの状況を誰かに見られでもしたら悪いのは一誠である。世の中って理不尽。
しかも男の朝の生理現象が発生しており、小雪は寝間着としていた部屋に備え付けられていた浴衣がちょっと着崩れている。
耳元近くで呼吸をする小雪の寝息が、匂いが、着崩れた浴衣から覗く谷間が、思わず小雪が女なのであるということを明確に意識させる。
やばい。まじやばい。
幸い、小雪の体勢は一誠の動きを束縛するような形ではなく、また一誠が頑張って抜け出せばどうにか小雪を元の布団に戻すことは不可能ではないように思える。
隣の部屋に武神がいる為に気を使い、自らの肉体を強化して即座に抜け出すというわけにもいかず、芋虫のようにずるずると布団から這い出る一誠。
一番に起きてよかった。冬馬も準も一定のリズムで寝息を立てている。
苦労しながら布団から這い出ると優しく小雪を元の布団の位置にまで戻してから一息つく。
思わず顔を手で覆ってしまう。
「やっばい……このままじゃ小雪の顔を直視出来ん。……頭冷やしてくるか……」
独り言と分かっていても言わずにはいれなかった。鏡を見ないでも顔が真っ赤なのがわかってしまう。
部屋を出て顔を洗いに行く一誠の背中を薄目を開けて小雪は見守るのだった。
朝食を終え、食休みとして幾らか雑談で時間を潰してから宿で貸出を行っている釣竿を三人は受け取り川へ向かう一行。尚、一誠のみ自分の釣竿持参である。大学の仲間と海に行った時に買った中々のものだ。
川へ着くと風間ファミリーの面々は一部が山の中へと入っていくのと川で釣りをするのとに分かれているところのようだった。
「おっす由紀江ー」
気の抜けた声を投げかけるとなにやらびくびくした様子でクリスの持つ竿の針を持っていた由紀江がバッと振り返った。
「い、一誠さん! すいませんがこれつけてください!」
そういって渡してくるのは針と餌である虫。前日に由紀江は虫が苦手だから針に着けてくれとは言われていたが何故こいつは他人のをつけようとしているのか……どうせ先輩のためと気を遣ったがやっぱり厳しいといったところか。
「ほい。というか由紀江。昨日虫苦手だって言ってたろ」
手早く餌をつけて溜息交じりに言ってやればクリスが
「なんだ、苦手だったのかまゆっち」
と呑気に言ってくる。その言動にちょっっとイラッときながらも
「女の子が釣りの餌をつけるの苦手なのはわかるけどさ。だったら近くにいる男連中に頼んだりしてくれ。震えながら針を持つ様子を見れば苦手なのわかるだろ?」
と至極正論を言えばちょっとムキになりかけた顔を覗かせながらも一応すまないと言ってくれた。
経緯を聞いてみると偶々近くに由紀江がいて、頼んだら了承してくれたから問題ないと思ったとのこと。由紀江も断れと言ってやりたいが先輩ということもあり、一回くらいならと頑張ろうとした結果が先ほどの状態らしい。
「ほら、お前のも付けてやっから」
そう言って由紀江の針にも餌を付けて渡す。風間ファミリーとはちょっと離れた位置で小雪たちは釣りを開始していたので一誠もそちら側に行き、車に積み込んでおいたアウトドア用の折りたたみベンチを広げる。
ヒュッと竿を振って一誠たちは気楽に釣りを楽しむのだった。
ペースダウン
多分気まぐれな更新になって行きます。
今後自分も忙しくなってきますし、原作開始入っちゃったのでイベントの確認のために原作プレイしなきゃいけないですしね。