前半と後半でかなり方向性が真逆な話ですよ。
夜、それなりの観光地であるが一応田舎となる箱根。宿泊施設の近くにある川で風呂前の夜釣りを楽しんでいた。昼も釣りをしていたというかもしれないが一誠としては夜釣りは夜釣りで昼とは異なる楽しみがある物だと思っているのでつまらないといった意見は出てこない。もとより、この場には一誠以外の面子はいない。
ひゅっと竿をしならせながら昼に行った武神との対戦を思い起こす。あれでどれだけ誤魔化していけるだろうか。一応彼女に
彼女に打ち込んだ
そして、他者の気が自らに取り込まれた場合、その人物は気を練ったり扱ったりする際に違和感を感じ、今までのように気を扱うことが出来なくなってしまう。
武神が飢えているのは自らに並び立つ者が存在しないが故の破壊衝動を発散できないからだ。一誠としては鍛え上げた力を試したい破壊衝動などというものは一笑に付すものだが……まぁ、並び立つ者がいないなら彼女をその場から引きずりおろすまでだ。これが傲慢でどうしようもない愚行である事は一誠もわかっているが、生憎と武力を生業とするつもりのない一誠は彼女に付きまとわれる事態はなんとしても回避したいところであった。
「さて、毒に気付くのは一体いつになるやら……」
小雪や由紀江には絶対に見せないであろう類いのあくどい笑みを口に薄く浮かべ夜釣りに勤しむ。
気付くのは旅行の後のどれほど後だろうか? それ程に一誠の気は気づかれにくい程に薄いのだ。真の勝負の時にそれは鋭さとなって牙を向くのだろう。
さして釣りの成果を求めてない現状、適度に釣竿を振っては戻し、振っては戻しを繰り返していると背後で砂利を踏みしめる音が鳴る。
「なんだ? こんな夜更けに」
「あの、一誠さん」
背後を振り返るまでもない。かなりの時を一緒に過ごした妹のような存在である幼馴染の気配がそこにはある。先ほどまで浮かべていた笑みは消し、素知らぬ顔で釣りを継続する。
「モモ先輩に……気を打ち込みましたよね?」
そして背後を振り返るまでもなく彼女が怒りに燃えていることが理解できた。
「最初は勘違いだと思いました。一誠さんの気は意識しないと分からないくらいに曖昧だから……けど先ほどモモ先輩をしっかりと観察したら僅かに一誠さんのものと思われる気が混じっているのがわかりました」
勘違いであって欲しい。けれど先ほど見た事実がそれが勘違いでないと理解してしまう。そしてこれが間違いであるのであれば普段の彼は薄い笑みを浮かべてこちらを振り返り、それを訂正してくれるだろう。けれど先ほどから彼は全く微動だにせず、ただ揺れる釣竿の穂先を眺めている。
ああ、これは事実なのだと何を思うでもなくわかってしまう。
「なぜ……モモ先輩にあのようなことを……確かにモモ先輩があなたに不遜な物言いをしたと思います。それについては謝ります。けれど! なぜ!?」
問い詰めるように一歩踏み出す。けれどほんの一瞬。恐らく一誠の気に長年触れた由紀江でなければわからない程の一瞬だけ明確な意思を持って一誠から気が放たれ、由紀江のもう一歩を阻む。
はぁ、と一誠が溜息を放つ。そして釣竿を引き上げると振り返った。その顔にはどういった感情が浮かんでいるのだろうか? 暗く、また月明かりが川の水面に反射し、逆光気味になっていてよく読み取れない。
「俺の為であり、彼女の為でもある……かな?」
彼から放たれた言葉はなんとも不可解なものであった。
「いや、俺の為というのが大部分を占めていて、彼女の為というのは俺の言い訳か」
そういってふうと息を吐き出す一誠。彼を見やる由紀江の表情は硬い。常に信頼していた。常に好意を抱いていた相手が行った自らの仲間に対する暴挙。許すわけにはいかなかった。
「それはどうしてですか?」
「俺が武力を生業とする者になりたくなかったから。武神という名称を持つ彼女に絡まれれば望まずとも
「それは、ただ誤魔化すだけではいけなかったのですか?」
「それでも良かったんだろうね。けれど、俺はより確実性を取った。決して大量の気を打ち込んだ訳ではないから彼女がもう二度と武術を出来なくなるということはないだろう。けれど、元の実力に戻るには苦労するだろうね。一応、それによって彼女の破壊衝動は薄くならざる負えないだろう」
「一誠さん……」
「なんだい?」
これから言われる言葉をほんの少し予想しているのだろうか、僅かに見える彼の表情は硬い。
「初めて、私はあなたを軽蔑します」
「ああ、覚悟の上だよ」
「失礼します」
丁寧にお辞儀をして由紀江は去って行った。ああ、全く、ここに彼女が来た瞬間に今後の展開が読めていたがこれは思った以上に心に刺さる……
水面を照らす月に影が差した。
今後の由紀江との距離感を考えていた一誠の上方に丁度人間二人ほどの叫び声が飛んできたのはすぐあとだった。
ほんの一瞬で頭の中を切り替えた一誠はこのままであると二人が飛び込んだ結果として自らにも水が引っかかると判断して釣竿を投げ、二人の服にひっかけ、こちら側へと引っ張り込んだ。薄く釣竿に気を流して強化していなければ釣竿は壊れていただろう。
引っ張り込んだ二人を両手で受け止め、その二人の顔を見てみると風間ファミリーの二人である大和と岳人が吃驚した様子でこちらを見ていた。
「えっとその、ありがとうございます」
「どもっす」
二人からの感謝を受け取り何があったのかと聞いてみれば曖昧な顔を浮かべる二人。なぜと思い浮かべ上流を見れば露天風呂が有名な宿が僅かながらに見えた。
「覗きか」
ビクンとする二人。高校生にもなってんなことしてんなというのが一誠の正直なところである。最も、一誠個人のそういった部分に関する欲が他者と比べて少々弱いという意見もある。
「ま、反省してさっさと宿帰って風呂入って寝るこった。俺はまだちょっと夜釣りに勤しんでいくからな」
と言って二人を放ってしまう。再度お礼を言われたが一誠は適当に手を振るだけだった。
二人が返ってから少しの時間が経過し、一誠が部屋に戻ると三人は皆浴衣に着替えてトランプを行っていたようだった。
「おや、ちょうどキリのいい時に帰ってきましたね」
「ん? なんかやるのか?」
「罰ゲーム有りの大富豪をやるのだー」
「まぁ、三人でやるにはちょっと微妙ってことで一誠さんを待ってたんですけどね」
ほんのちょっとささくれた心を癒すかのような三人の言葉につい笑みが浮かんでしまう。
「罰ゲームの内容や形式は?」
「大富豪が大貧民に好きなことを一つ命令するということで」
「むっふっふー、一誠には負けないからなー」
「若の命令がちょっと怖いけど俺も負けませんよ」
「うっし、そんじゃやりますか!」
夜はまだまだ長いのだ。
一誠は冷や汗を流しながら対面にてあくどい顔をしている男を睨んでいた。
「さぁ、さぁ、早く出してくださいよ一誠さん」
準が残った手札をちらりと見ながら一誠を催促する。
既に冬馬と小雪は抜けている。しかも冬馬が一着なのだ。何を要求されるかわかったものではない。まぁ、小雪が一着だった場合は物理的に財布が軽くなりそうな要求をしてきそうなので冬馬のほうがよかったかもしれないが。
一誠の手札は6と7だ。正直、強い手札がほとんどなかったためにこんな手札が残ってしまった。
どうにもならず準が7以上を持っていないことを願って7を出すも無常にも準が出したカードはQだった。
「いえーい! いっせーの負け―!」
「いやぁ、負けなくてよかったっすわ」
「ふふ、それでは罰ゲームですね」
冬馬がニコリと一誠に通達する。一誠の気分としてはもうどうにでもしろと言った感じだ。
「それでは、一誠さんの好みの女性などを」
「まじかー」
確かに旅行じゃ恋バナはありなのかもしれんが自分にそういった話が舞い込んでくるとは思わなかったなぁ。まぁ、現在好きな相手などいないのだが。
「あー、好みか。きゃぴきゃぴした女性は苦手だ。年下よりも年上でキリリとした女性が好みかなぁ」
具体的に言えば川神学園の梅先生とか結構いいなぁと思ったりもする。年下より年上というのは単純に平均寿命を考えた場合女性の方が男より長生きするためである。今生では病気一つしない一誠であるので寿命で死ぬことになるだろう。そして一誠の考える結婚とは即ち共に生き、共に死ぬである。
「まぁ、容姿に関してはそこまでこだわりないけど芯がしっかりした女性が一番だな。家事は出来るに越したことはないけど出来ないなら出来ないで俺教えられるし。あと武術をやっているにこしたことはないかな。そういう人って姿勢がいいし」
そういっているとちょっとうつむき加減の小雪とやっちまったって顔をしている二人がいる。はて?
「それは年下は希望が持てないということでしょうか?」
などと冬馬が聞いてくる。
「いや? これは単純な俺の好みだから結局のところお付き合いをして結婚までいく相手がぴったりその条件にあてはまるわけないだろ? 実際、世の夫婦の相手が自分の好みの容姿や性格をしている例ってかなり少ないっていうし。好きになったらそれでいいんだよ」
そういうと小雪が飛び跳ねるかのように復活し、次のゲームを催促するのであった。
そして一誠の性癖が次々と漏れていく結果となるゲームを8連戦という苦行が一誠をまっているのであった。
忙しかったり筆がなかなか動かなかったりで今後も更新は不安定だと思います。
もうちょい書ければいいんですけどね。
いくつも感想で突っ込まれているので今回、由紀江が一誠を軽蔑すると言った理由をば。
基本的に一誠を信頼している由紀江ですが彼女は一誠のことを誠実で模範ともなるべき人だと認識しております。そんな中行われた卑怯ともとられる行為を自らの仲間に行った一誠にショックを受けたんですね。
私の仲間にこんな形で手を出すなんて! ってところでしょうか。
よくも悪くも真面目過ぎる由紀江ですので今回のショックは大きかったです。まぁ、そうなるだろうこともわかったうえで一誠はこれを行ったのですが。