真剣で私に恋してください   作:猿捕茨

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由紀江四歳

一誠の学年が二つ上がったころのことである。一誠は黛家の人々に好かれ、週に一回から二回のペースで稽古の後に夕食を共にするのが常となっていた。休日ともなれば昼食も共にする。

 

そんな一誠であるので自然と食後の休息の時には由紀江や沙也佳の遊び相手を務める。彼自身も子供が嫌いということもなく、前世では年の離れた妹がいたが、今は一人っ子ということもあり、本当の妹のように可愛がった。

 

今日、黛家では由紀江の四歳の誕生日を祝うために奥方とうちの母は二人で協力し、豪勢な料理の準備に余念がなかった。俺もクッキーを焼き、簡単なお手伝い兼由紀江へのプレゼントを用意した。しかし、普段の誕生日であればそこまで豪勢な料理は用意しないのだ。だが、今日は由紀江の稽古の開始を祝うのと一緒なのでここまで豪勢な料理が並ぶ。門下生もその日の誕生会には参加するほどである。今までの誕生会はせいぜいうちの両親も参加してのお祝いであった。

 

 

広間にテーブルを並べ門下生達を着席させ、料理の数々を運ぶ。といっても元々黛の門下生はさして多いわけではない。その門戸は常に開かれているが鍛錬の厳しさに逃げ出すものが多いのだ。全員が着席したのを確認すると外で待機していた大成さんが由紀江を連れて上座へと着席する。

 

 

そして大成さんの祝いの言葉で一斉に門下生が由紀江に対する祝いの言葉が紡がれる。その大きな声に由紀江は怯えているようだが俺が微笑みかけると少しは落ち着いたのかしゃんと背筋を伸ばした。四歳児と思えぬしっかりとした娘さんである。

 

一誠も他者から見ればその年齢に比すれば異常とも言えるほどの落ち着きと対応を取っているのだが門下生達はその光景をよく見ているのでもはや何とも思っていない。

 

呑めや歌えといったことはこの黛の家では行われないが、それでもそれなりの盛り上がりを見せ、大成の手を離れた由紀江は門下生達にもみくちゃにされながら祝福されている。皆が皆年の離れた由紀江が可愛くてしょうがないようだ。

 

その様子に一誠は苦笑しながら料理を摘まみ、そんな一誠をちらりと見て大成もやれやれと首を振るのだった。

 

 

門下生が帰路につき、母と奥方の手伝いとして食器の片づけをしているとトコトコと由紀江が寄ってくる。

 

 

「一誠さん。父上がお呼びです。片づけが終わったら道場に来るようにとのことです」

 

「はいよ、わかった。ありがとな由紀江」

 

「い、いえ。私は父上に伝言を頼まれただけですし」

 

「それでもしっかりと俺に伝えてくれた。それは自分に与えられたことをしっかりと熟したということだ。誇っていい」

 

「そんな……ありがとうございます」

 

原作における異常なまでの緊張しいではないが元々の性格が少々内向的な娘である。こういった時に何らかの言葉をかけてあげなければ彼女と会話を継続してくのが難しい。話したいのに話すのに遠慮してしまうのだ。

 

「今日は疲れた?」

 

「いえ、皆さんが私を祝ってくれているのはわかるので……」

 

気遣いやさんなのでこういった時は困りものである。長年黛家にお邪魔しては遊び相手をしてた俺にそうなのだから今後門下生に対しても気を遣いすぎて遠慮を重ねた結果、大成さんの娘ということもあり孤立してしまいそうである。今のところ門下生達は由紀江が可愛くて仕方ないのだがそれも彼女が実力をつけてきたらどうなるかわからない。

 

「そんな気を使った言葉はいらないって。お兄さんに正直なところ話してみなさいな」

 

「そう……ですね。少し疲れました。皆さん年上の方たちばかりなので」

 

それはしょうがない。黛の道場の門下生は俺を除くと最年少が十七歳なのだから。俺の場合、最近では門下生の人たちと仲はいいけど一緒に鍛錬することがほとんどないんだよなぁ。というのも俺が大成さんの命で離れの道場で一人、鍛錬に励んでいるからだが……くだらない嫉妬をするような人達が殆どいないのが救いだ。けれど一人だけ違う扱いだからか少々遠慮されてるきらいはあるか。

 

「それはどうにも解決しようのないことだけども、年上だからと遠慮や気を遣うことばかりしてたら疲れちゃうよ。そうでなくとも由紀江は大成さんの娘っていう門下生としては特別な人なんだから」

 

「そう、なんでしょうけど」

 

「けどとか言わない! 由紀江が頑張って歩み寄ればしっかりと話し相手になってくれる人ばかりだから。どうしようもなくなったら離れの道場に来れば俺が話し相手にもなるしね。しっかり自分の意見は言えるように!」

 

「は、はい! 頑張ります」

 

俺の語気の強さにつられる様に了承したがそれでも由紀江の方から話しかけるだけで扱いは変わる筈なのだ。

 

話しながら進めていた片づけも終わり。由紀江と別れて道場へ向かう。道場に入る前に服の皺などを伸ばし、入室する。

 

背筋が伸び、真剣な顔で座していた大成さんは師匠として俺を待ちわびていた。

 

 

「さぁ、今日の対戦を始めようか」

 

「はい!」

 

 

俺は少し長い木刀を手にし、師匠と相対する。


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