書くのおっそくなったのにこのクオリティってどうなの?
すいません。
あと感想への返信は必ずいつかします。どうも機会を逃してから感想返しが出来ない。
今やれと言いたいだろうけどすいません。なんか気が乗らないんです。
自らが知る中で最速の獣。
それを今、橘天衣は相手にしていた。
「ふしっ!」
眼前にまで届かんとしていた刃が一瞬の内に獣の背に回り、獣の脚が天を突かんとする。その脚の進む先には満月。そしてその手前には天衣の頭がある。獲られて堪るものかと一瞬にして練り上げた自らの気を持って強化をし、自らの最速を持って回避に努める。そして広場となった場の端にある樹木に自らの体重を預け、獣に向かって反撃に出る。
腰に佩いた小太刀を抜き放ち、加速―――加速―――加速―――目の前の獣に届かせんと加速した自身の体の速度の全てをただ一突きに籠めて獣を討伐せんと解き放つ。
「っっつ!?」
最速の獣は今までの鍛錬用の姿から刈る者としての姿へと自らの体勢をシフトすることで天衣の渾身の突きを回避する。
「あっぶないなあ。天衣さん」
そういって木刀を回転させながら天衣の腰の位置よりも低い体勢から直立に移行する一誠。この体勢を一瞬でも一誠に取らせたことを天衣は誇る。過去、目の前で獣のような体勢を取った一誠を見たのは一度のみ。それもギリギリ視界の端に映った子供が事故にあう現場に急行するときのみという事実。その構えと速度を見て天衣は悟った。一誠という人物の本来の戦闘用の構えはあの獣の如き体勢なのだと。後に問い詰めれば返ってきた言葉は「あれは今のところ誰にも使う気はないんです」との言葉。実際、一誠は獣の構え以外の石蕗一誠流ともいえる普段の構えも十分以上に強者の構えだ。
けれど、武術家としては目の前の青年の本気を引き出したいと考えるものだ。それが今回、彼に呼び出され、百代との再戦の機会を用意してあると言われ、それまでの鍛錬に付き合うと言われて天衣は思ったのだ。彼と別れてからの自分はそれなり以上に強くなったのだ。ならばその力を試したい―――そう思うことは不思議ではないだろうと。
そしてその結果が今の状況だ。一誠の普段の鍛錬の場として使われている山の広場で天衣と一誠は対峙していた。天衣の手には一誠と関わってから片時も離れたことのない小太刀がある。自らの速度重視の戦い方と自らの体質を抑える目的で身に着けた小太刀は思ったよりも相性がよく、気の扱いを教授してもらっていた相手が刃物を扱っていたことも大きいのだろうが――――――天衣は現在小太刀術を主に使用していた。一誠程荒唐無稽な動きはしないが小太刀と足技を良く使うスタイルで多くの強者を破ってきた。
先ほどの一誠の一瞬の本当の意味での本気の構えを彼から引き出して天衣は歓喜に震えていた。
今までも十分以上に本気だったのだろう。それは対峙していた天衣自身でも理解している。けれども、彼が誰にも使う気のない構えを一瞬とはいえ自分を相手に使ったという事実が天衣の武人としての誇りを刺激して止まなかった。
「やっとその構えを引き出せたな! 一誠!」
「これ、俺にとっては恥もいいとこの構えなんですけど……速度だけは早いんであの時は使いましたけど自分の武術としては今のこれが一番ですよ?」
彼の恥という言葉。それが何を意味するのか天衣は知りうる筈もなく、けれど今宵の鍛錬は続いていく。
薙いで、払って、切って、蹴って、打ち込んで――――――幾つもの攻防が繰り広げられて鍛錬は終了した。
「ホント、連絡入れてすぐ来るとは思いもしなかったですよ」
「君が連絡を入れてくれた時、結構近くにいたからな。しかも百代との再戦の機会だ。自分がどれだけ強くなったのか興味もあったんだ」
鍛錬が終了してから一誠の部屋で食事をとる二人。天ぷらに齧りつきながら声を上げる天衣。続いて蕎麦に取り掛かる。
「しかしまさかここに泊まることになるとはな!」
「そう思っているなら数日後に来て欲しかったんですけどね」
「だから偶々近くに来ていたんだ。我慢できるわけないだろう?」
「どっかの安宿を手配しようと考えていたところにそのまま来られたんですから手配間に合いませんって。しかもそのまま鍛錬に行こうとか言い出すし」
「別に私は君の部屋で寝泊まりしても問題ないんだがなあ。別に君になら襲われても構わないし」
「洒落にしては笑えないので本気でやめてください」
「前も君の部屋で寝たことあったじゃないか」
「天衣さんが俺の部屋で酒飲んでへべれけになったから泊めただけじゃないですか」
天衣が適当に言っては一誠も適当に返す。二人の会話は以前からこのようなものとなっていた。鍛錬や武芸のことに関連しない範囲でなら二人は手のかかる姉としっかりした弟といったような関係になっている。
部屋に泊まっても色気も何もない関係なのだ。しばしばドキッとする仕草をする天衣ではあるが一誠はそこに一瞬女を感じても即座に彼女のダメオーラで緩和されてしまい、女性を部屋に泊めているという実感が薄い。昨年の共に鍛錬していた時には一緒に酒盛りをしてそのまま一誠の部屋で就寝ということも少なくなかったのだが今のところ男女の関係になってしまったことはない。
一応、ということで来客用の布団は出してあるが今夜は徹夜で酒盛りかなーと思わなくもない。一誠には翌日の大学があるが……まぁなんとかなるだろう。
「なー、一誠」
「はい、なんざんしょ」
「私は、百代に勝てるかな」
「どうでしょうかね。今までの武神なら今の天衣さんなら勝てたかもしれませんけど」
「心構えが違うと?」
「ま、そんなとこです。実際は戦ってみないとわかりませんけどね。汗臭い話はここまでにしてお酒飲みましょ」
「お、美味しそうなのだな。高かったんじゃないか」
「それなりです」
二人分のグラスにとぽとぽと注ぎ込まれる上等の酒。一誠自身は決して酒に弱くはない。その為かどうにもいろいろな種類の酒を集めるのが趣味になっていた。
ごくりと嚥下する酒気を帯びた液体は身体をカーッと熱くさせる。思考能力がほんの少し低下していくのがわかる。口も軽くなるのかもしれない。
「なぁ、あの時に君はあの構えを恥と言っていたが、何かあったのか?」
その言葉に酒を煽っていた一誠の動きがほんの少し止まる。だがそれもほんの瞬きの間だ。再び酒を煽ってから一誠は語りだす。自分の中に長年溜めこまれた言葉を。
「……天衣さんは輪廻転生って信じます?」
「ん? そうだな。あるかもしれないし、ないかもしれない。私自身が経験してないことだからな。判断は付かないよ」
「まぁ、そうですよね」
だが、と続けられる言葉。
「輪廻転生という考え方自体は嫌いじゃない」
死んだ後に何も残らないのはひどく味気ないと言葉が続いた。その言葉に一誠は苦笑をする。目の前の女性のように人生を堂々と過ごしていけていれば前世からこのような世界に生れ落ちることもなかったのではないだろうかと思ってしまう自分がいる。
「で、その考え方がどうかしたのかい?」
「いえ、本題に関係するのかわからないんですけどね。それじゃ、前世の存在は信じますか?」
「前世、か……私は前世の記憶なんてものを持っていないからなぁ」
「普通はそうですよね」
そう一誠が答えたのだから天衣は気づいた。目の前の青年はその前世の記憶というものがあるのだと。視線をやりながら注がれた酒を煽ると一誠が溜息をつく。
「お気づきのように、自分にはその前世の記憶というものが生まれた時からあったんですよね。精々二十数年程度の人生の記憶ですが」
「ふむ、だからと言ってそれが今の話に何か関係があるのか?」
「前世の死因に起因するとでも言いますか……自分のあの構えは確実に暴走状態に陥った時に生まれた構えなんですよ」
完全な暴走状態。先ほど行った鍛錬の時にはそのような空気はなかった。どういうことだと眉間に皺を寄せる。
「そんな睨まないで下さいよ。自分は前世で糞女の盾にされて暴漢に殺されたってだけです。だからなんですかね。見た目の派手な女性は未だにパーソナルスペースに侵入されただけで身構えてしまいます。で、重要なのはこの先なんです」
トラウマなんです――――――そう言葉が紡がれる。
「誰であろうとも自分の背後に女性が一人いて、目の前に刃物を持った人物がいる――――――そういう状況に陥ると自分でも歯止めがきかない程に暴走してしまうんです。前世のトラウマですかね? 武術を齧るものが自らを律せないなんて恥もいいところでしょう? 以前、大成さんと俺の鍛錬を見に来た沙也佳が背後に立った時に自分は暴走して大成さんを半殺しにしてしまいました。下手をすれば自らの師を殺していたかもしれない」
だからこその恥なのです。
酒で口が軽くなった。そう理解していても一誠は不思議な気持ちで一杯だった。今まで一誠は前世の話など近しい人間に話したことなど一度もない。けれど目の前の人物にはぺらぺらと饒舌に話してしまっている。なぜなのだろう? そう思考を巡らすと単純な答えが生まれ出た。
――――――ああ、前世での初恋の人に似ているのかもしれないな。
親戚のお姉さんだった。自らの話を笑顔で聞いてくれて、つまらない内容にも真剣に考え込んでくれる素敵な人だった。その人に見た目が少し似ていたのかもしれない。だからか、ほんの少ししゃべり過ぎた。そう、今話したのは冗談だったのだ。忘れてくれ。そう言い放つだけでいい。なのに――――――
「師をも殺めかねない構え―――か、いいじゃないか」
そう目の前の彼女は言ったのだ。
「別に師を殺めかねなかったことを気にするなとは言わない。けれど君の剣術はあの獣の構えの方がずっと美しかった。ああ、うん。美しかったんだな。正直見惚れた。私のわがままだな。けど私は君のあの構えに見惚れたんだ。出来れば、君のトラウマを克服してあの構えを見せて欲しいな、私は」
そう――――――ほんの少し酒気を帯び、とろりとした目で自分を見つめる瞳。その瞳を見て、その瞳に映る自分を見て悟ってしまった。ああ、自分はなんて怯えた表情をしているのだろう。師を殺めかけたことが怖かった。自分の力に恐怖した。自分のトラウマの深さに嘆いた。いつ自分のトラウマが発動するのか怖かった。いつ自分が理性を失って目の前の相手を攻撃するのか――――――いつも脳裏にそんな考えが浮かんでいたんだ。
だからだろう。自らを律せなければ――――――そういつも思っていた。だからだろう――――――自分に匹敵するやもしれぬ実力を持ちながら自らの欲望のままに行動する百代が気に入らなかったのは。だからだ。自分の中にあった思いが自らの気を彼女に打ち込ませるという行動をとらせた。確かに、今回、一誠が百代に気を打ち込んだ影響で百代の暴走の危険性は低下している。けれどこれは結果的にそうなった。冷静になった頭ではそうなるだろうと思っていたが、あの当時の心境ではそうなると考えていただろうか? 前世の記憶にあった著作物の内容なんぞ、どうだってよかったのだ。それは、今知る者達の性格がほんの少し先にわかっているというだけの指標でしかない。
目の前の彼女が言い放った言葉は何故か一誠の心の奥底に染み渡った。見惚れたのだ、と。自分の恥とも言える暴走の結果の構えを彼女は美しいと言ってくれたのだ。自らの未熟の結果を肯定してくれたのだ。別にそれで何が変わるわけでもない。けれど、一誠の中で何かが変わったのだ。
「ははっ……今までのは酒の席の戯言だと思っていてくださいよ」
穏やかに言う。怯えるのは辞めだ。
「けど、あなたとの鍛錬の時、少しの間だけあの構えでやりましょうか」
そう言ってみれば酒で朱色を帯びていた顔は興奮の色を示して是非という言葉が返ってくるのだった。