戦闘描写は苦手なのでこれで我慢しちくりー
天衣は由紀江と一誠、双方の剣撃を興味深げに観察していた。
由紀江が一誠に飛び込むように駆けてくると同時、由紀江の太刀が煌めく。神速の斬撃が三閃、しかし、それらを一誠は脚を振り上げ、その足先で太刀の腹を蹴ることで無効化してしまう。なんという技量だろうか。
今の自分なら似たようなことは出来るかもしれないが、それでも自分は小太刀を用いて斬撃を逸らす選択をする。その方が確実だと自分でわかるからだ。だが、一誠は脚での迎撃を取った。つまりは……
「直線的すぎるな! 由紀江!」
脚で迎撃したならば、反撃は難しい。けれど一誠の剣術はそのような状況を一顧だにしない。由紀江の斬撃を迎撃したと同時に一誠の手に握られた刀が由紀江に向かって振るわれる。
「なんの!」
一誠の挙動は知っているのだろう。由紀江はこれを自らの太刀を蹴り上げられたと同時に一足で後退し、距離を取った。
「全力で、と言いました。一誠さんも全力で向かって来て下さい」
「っは! 言ってろ」
一誠の刀が舞い、それを由紀江の太刀が迎え撃つ。
ここ最近では耳に馴染んだ金属と金属のぶつかり合う音が響き渡る。まるで音楽のようだな、と天衣は思った。
一誠が指揮をし、それに必死に追いすがる演奏者が由紀江だ。
「はあっ!」
腰をねじりあげてからの大振りな斬撃が一誠を襲う。これまでの斬撃の速度とは比較にならない速さであるが、ここ暫く一誠とともに鍛錬をしている天衣からすればその速度は一誠の本気の速度に劣るとわかってしまう。
「っと!」
ほら、やっぱり迎撃された。一誠が由紀江の全力という言葉に応えようと蹴りだけでなく、刀が宙を舞いだした。くるんくるんくるん。まるで自らの意志で刀が舞い踊っているかのように軽やかに刀は宙を舞う。
「そら! 全力で受けに回れよ!」
「ッツ!?」
一誠のその言葉と同時に一誠と十分距離が開いていた筈の由紀江が弾かれたように更に後退する。
いや、実際に弾かれたのだ。宙を回っていた刀が一瞬地面に対して水平になった瞬間に一誠はその柄尻に足の甲を当て蹴りだしていた。由紀江に届いた後には器用にも柄尻を足の指で挟みこんでいる。
けれど押されたままで由紀江も黙っていない脚の伸びきっている一誠に隙を見出したのか直線的な動きながら凄まじい速度で接近し、一誠の足先にある刀を跳ね上げる。それで一誠を無効化できたとは思っていまい。けれど少しでも一誠の行動の選択肢を減らせたとでも思ったのだろう。口の端が上がったのが見えた。馬鹿が、一誠が全力で応えるとなったらその程度ではなんともないと思え。
片脚は水平からむしろ垂直にまで持ち上り、片足しか地に触れてないのに滑るように由紀江に近づいて行った。由紀江もこのあと一誠が何をするのかわかったのだろう。一誠の地に着いた脚に向かって太刀を払った。
だが一誠は太刀の払われたほんの少し上まで跳躍し、持ち上がっていた脚を由紀江に向かって振り下ろした。
ドンッ!!!!
懸命に一誠の踵落としから逃れた由紀江の耳を打つのは人が地面に蹴りを落としたとは思えない程の重低音。地面は爆砕するのでなく一誠の踵の形を表すように押しつぶされていた。
「いい反応だ。成長しているじゃないか」
「ありがとうございます。けれど、その余裕無くしてみせます!」
それからは攻守が入れ替わり立ち代わり、耳を撃つキンキンという音が山に響き渡る。
最初に剣を交えてからどれほどたったのだろうか?
由紀江の方は既に息も荒く、何度も一誠の攻撃を受けた太刀を握る手は少ししびれが見える。
対する一誠は汗をかいてはいても息を乱した様子は無く、剣撃の途中で突如離れた由紀江を見定めるように刀を握る手をだらりと下げている。
はぁはぁと乱れた息を落ち着かせるように呼吸をした由紀江は決意を秘めた目で一誠を見据える。
「一誠さん」
「はいよ」
「もう私が全力で振るえるのは一撃のみです」
「まぁ、だろうな」
一誠がちらりと由紀江の手を見てみると小刻みに震えているのが見える。
「だから、最後に一撃だけ」
「おう」
「一誠さんも本気の一撃を」
「わかったよ」
しかたない、とでも言うように今までに見たこともない――――――けれど刀を振るうのであればそれなりに見る脇構へと移行する一誠。
前に重心を置いた一誠は言う。
「そんじゃ、最後に一撃だけ」
「ええ、一撃だけ」
そう言って双方は駆け出した。
由紀江は自らにとっての全力を放つ。黛の剣術の中で三番目に強力で、そして現在の由紀江であれば全力を出すとしたらこれ以外ないと言える「阿頼耶」
一誠は由紀江に応えるように走り出す。我流の剣術を収めるしかないとしても腐らずに毎日続けた素振りの末にたどり着いた一誠の中では唯一黛の剣術に通ずるところがあると言える一誠のただ一振り「断空」
――――――空が割れた
それを感知したのは川神にいる武術家だけでなく、日本にいる達人と呼ばれる者達全てはその一瞬の風を感じ取っていた。だが、同時にこの風を感じれる者達に向けられているのだろう、風に含まれている片方の言外の意志も感じ取っていた。
ただ、そっとしていて欲しいという願いにも似た思いを。
それを無視してその風を生み出した者を探そうとすれば自らは武術家として終わる。そう思ってくれる者達が大半であった。
そしてより鋭い武術家たちは小さいながらもはっきりとした想いをも感知し、微笑ましいものを見るように笑っていた。そう由紀江の想いだ。
「私を見てください」
ただ、それだけだった。
――――――――――――――――――
最後の最後で手加減された――――――のだと思う。
そうでなければ最後の一撃、由紀江は確実に切られていたと思うし、自らの手にある太刀もほんの少し欠けるなんていうような状態にならず、完全に両断されていたのだろうから。
敵うとは思いませんでしたけど―――戦っている時はそのようなことなど忘れていた―――やはり一誠さんは強かったですね。
「気は済んだかい?」
私の我儘に付き合ってくれた一誠さんは気遣うように太刀を抱え込んでいた私を覗き込む。
「ええ、なんというか……思いっ切り戦って頂けてすっきりしました」
少なくとも今、目の前にいる一誠は昔から由紀江の知る一誠のままなのだということは理解出来た。だから変に悩みすぎる必要はないのだ。
「一誠さん」
「あいよ」
「軽蔑したというその時の思いは今もあります。けれど、それだけでないのも私の想いです」
「ああ」
「だから、こんな面倒くさい私ですけど」
小さく一誠が笑った気がした。
「これからも隣に居させてくださいね」
「当たり前だろう? 大切な妹分だからな」
少し由紀江は拗ねた。
それを見届けてから天衣は柏手を打ち二人の間に入ってくる。
「ほらほら、問題が解決したのなら一誠は私との鍛錬を始めようか」
「え? 天衣さん、俺結構疲れているんですけど」
「息も乱してないで何を言っているんだ。私の調整に付き合ってくれると言ったのは一誠だろう」
「わ、わかりましたよ……ほら、由紀江。疲れているだろうからこれ飲みながらでも休んでろ」
一誠の荷物の中からスポーツドリンクが由紀江に手渡される。ああ、なんだかこんな光景は実家での日々から久しくなかったかもしれない―――由紀江は思いながら一誠お手製のドリンクを飲むのであった。
天衣との鍛錬を終えた一誠が一言。
「あ、由紀江、それ残ってたら頂戴」
「ひゃいいいいいいいいいいい」
なんてこともあったが取り敢えず由紀江としては満足のいくひと時であった。
そして三人で帰る道すがら一誠は由紀江に向かって
「ああ、そうだ由紀江」
「なんです?」
「天衣さんの調整もあと少しだからな。武神に伝えといてくれよ」
「ああ、対戦の日取りが決まったとな」
「次の休日の昼過ぎにやろうってな」
「……はい」
後日、その知らせを受けた百代は昂ぶった自らの気を抑えることが出来ず、周囲を威圧してルー師範代に怒られるのだった。