小雪と連れ立って歩く。夕日に色づいていく空を見上げながら小雪は思う。
楽しそうに遊んでいる姿を見て自らも入れて欲しかった人たちがいつも遊んでいる場所に行ってみたらいた人。
硬質な髪を風にそよがせ、柔らかく微笑む姿。瞬く間に風船を膨らませ今も手にあるような動物達を作り上げた人。
仲間に入れて欲しかった人のうちの一人が来たら瞬く間に自分も巻きこんで楽しませてくれた人。
最初は警戒していたのにいつの間にか翔一くんと一緒に遊びほうけるくらいに愉快な人。
仲間に入れて欲しくて、でも断られて、けど諦めきれなくて、そうして来た今日、仲間に入れてもらえる切っ掛けを作ってくれた人。
手を繋いで歩くその人の顔を見上げて見る。鋼のような瞳だ。柔らかく、薄く微笑みの形を描く口は小雪を飽きさせないようにいくつもの話題を出してくれる。小雪はそれに応えながら強く思う。この幸せな時間がずっと続けばいいのに……と。
_________________________
家と言われる場所に近づくにつれて小雪の顔色が悪くなる。それは誰の目にも明らかな物であり、一般的な感性を持つ者であれば放っておけないほどの変わりようだ。
このような姿を見させられては段階を踏んでなどと思っていた考えなど吹き飛ぶ。
「ねえ、小雪ちゃん。俺の思い過ごしだったらいいんだけど何かご両親とうまくいっていなかったりしない?」
どうにか話して貰えるように。なんとか彼女を救えるようにと願いながら言う。事前に考えていた内容など吹き飛んだ。一誠もどうにか小雪を救おうと必死だ。
「ぇ? なんで? そんな……こと……ないよ?」
痛々しい笑顔。さっきまで見ていた心から楽しいと思ってくれていた笑みとは程遠い。
立ち止まり、しゃがみこむことで小雪と同じ目線にする。自然と眉根が寄り、小雪の肩を掴む。
「そんな顔でそんなこと言ってたら何かあるって言ってるのと一緒だって。何かあるなら言ってくれよ。俺はまだガキだけど、頼りになる大人の知り合いならいるから! ちょっとでも君の手助けになれるなら言ってほしい」
迷うような素振りを見せる小雪。言うべきか迷っているというよりも言おうとしているのに言葉が出てこないといった様子だ。
「お願いだ! 君の助けになりたいんだ」
「あ、あの……ぼく……」
そう何かを言おうとしたら極度の緊張にさらされてしまったのか、瞳がぶれるようになり、唇が震え、気を失って倒れてしまった。
驚いたが即座に倒れこみそうになる小雪を抱きかかえ、どうするべきか考える。こんな様子の小雪を彼女の家に送り届けるなどという選択肢はない。
勇気を持って何かを話そうとしてくれた女の子を放置するような人間であるつもりはない。出来るなら話を聞いてから、と思っていたがしょうがない。両親に連絡を取って迎えに来てもらい、同時に剣聖に相談するとしよう。
父も母も俺が連絡を入れ、事情を説明し車を回してもらう。小脇に抱えた小雪を見たら二人して動揺していたようだが母は俺から小雪を受け取ると抱きかかえるようにして車に乗り込んだ。その瞳は怒りに燃えている。
一誠という通常の子供とは異なる事情の子供を授かった両親だったが子供に対する愛情は人一倍強い。そんな両親であるためにただ両親のことを聞いただけで気絶するほどの状況ということを想像し、小雪の両親に対して怒っていた。出来ることならばこのまま小雪の家に怒鳴り込みたいほどだ。
けれど今なんの準備もないままに乗り込めば小雪は両親のところに戻され、自分たちは小雪を誘拐していたといった内容の罪に問われかねない。
ならば小雪が目を覚ますまで看病し、落ち着いたところで事情を聴き、その事情を加味したうえでこの地の有力者の助力を得る。
その為には一度友人である黛大成に連絡を取らなければ。何よりも普段怒るということをしない息子が怒りに燃えてるのだ。父として、母として、この機会に息子に落胆されるつもりはなかった。父は車のアクセルを踏込み、単身赴任中の仮住まいへと向かうのだった。
家に着くと父は布団を敷き、母は小雪をその布団に寝かせる。一誠は電話に飛びつき黛家へ連絡をとる。最初に電話に出たのは奥方だったが急ぎの用だと言って大成に代わってもらうように言う。
驚いたのは大成である。一誠はまだ帰ってこないのかと娘二人にせっつかれていたので連絡を取ろうと思っていたらその一誠から連絡が来たのだ。驚かないわけがない。
しかも妻の様子から鑑みるに火急の事態らしい。即座に受話器を取り一誠から事情を聴き、それに対する対応を取っていくのだった。
どうにか黛家経由で川神鉄心に渡りをつけることが出来た一誠は安堵した。少なくとも川神院の代表である鉄心を味方に付けることが出来ただけで一先ず小雪の安全は保障されたようなものだ。
一誠自身はまだ小雪から事情を聴いてないとはいえ、原作や先ほどの状況から鑑みるに小雪が親から虐待されていることは確定事項と言っても問題ないだろう。
鉄心に連絡を取り、小雪に直接会ってもらうようにしてもらった。
鉄心への電話の途中で小雪は目を覚まし、未だ震えていたがどうにか電話を受け渡しちょっとでも状況について話して貰うと即座に鉄心さんはこちらに来ると言ってくれた。
それからはとんとん拍子で物事が進んでいった。
小雪への母親からの虐待が認められ、母親の親権は剥奪された。鉄心という有力者がいたからか驚くべきスピードで物事が進んだのだった。うちの親が養子にとろうかという話が出たのだが何故だか小雪がそれを頑として認めなかった。
別に石蕗一家が嫌いという理由ではなく、お世話になりすぎて申し訳ないというスタンスだった。そんなこと気にする必要ないと言ったのだが小雪は頑としてその意見を取り下げなかった。
仕方なく鉄心さんが小雪の里親を探すと言って場は収まることとなった。
けれどこれで小雪の心の傷が癒えたわけではない。だからこそ一誠は小雪に自らの住所や郵便番号、電話番号を書いたメモを小雪に渡して「寂しくなったり嫌なことや悩み事があったらここに連絡してくれればいいから」と言って別れるのだった。
一誠が川神の地にいられる最終日。
どうにか小雪を救うことが出来てよかったと思いながら駅に向かう一誠を迎えたのは綺麗な洋服に包まれ、綺麗な姿となった小雪だった。
「ん、元々美人さんだったけどもっと美人さんになったな」
「えへへ、一誠兄ちゃんに言われると照れるのだ」
もじもじとする小雪。決して最後の別れというわけではないがそう易々と会える距離ではない。
小雪にも事前にそれを伝えてあり、伝えた当初は泣かれたものだ。
「もう、行っちゃうんだよね?」
「まぁ、こっちには父さんに会いに来ただけだったからね。なんか父さんに会いにきたにしては色々なことがあったけどね」
「それってひょっとしなくてもぼくのことだよね?」
「ん? そんな暗い顔すんなって。むしろ俺としては綺麗な女の子を救うこと出来たんだから自慢が一つ増えたくらいなんだぜ?」
「あはは! 兄ちゃん変なこと言ってるー」
ちょっと暗くなりかけた小雪だが一誠の発言で気持ちを持ち直す。
この人にはお世話になってばかりだ。将来会った時には自分はもう大丈夫なのだと言えるような姿を見せなくては。
「あ、新幹線の時間だね」
「ん、そうだな」
「一誠兄ちゃん。ぼくがおっきくなったら会いに来てくれる?」
「んー? どうだろうなあ。絶対とは言えないけど小雪が良い子にして元気に育ってくれていれば来るかもなあ」
「ぶー、絶対なの! 絶対ぼく良い子にして元気に育ってるもん!」
「はいはい。それじゃあおっきくなったら会いに来ますよ」
「絶対だからね! 絶対だよ!?」
新幹線がホームに着く。
微笑みながら母と一緒に乗り込む一誠。目線を父に送ると頷いて小雪を見た。小雪の経過は父を通して聞かされることになっている。
扉が開く直前にニヤリと笑いながら小雪に言ってやる。
「それじゃあな! 小雪! いい女になれよ!」
別れは辛いものであってはならない。茶化すように言ってみれば
「絶対いい女になってるんだからなー!」
と返ってきた。再会した時を楽しみにするとしますか。
最後には涙目の小雪が喚き散らしながらの別れとなった。
別れの際に涙にまみれていても最高の笑顔が見れて良かった。大成さんにもお礼言わなきゃな。
あれ?
なんでだろう……由紀江より小雪の方がヒロインやってる……