一誠が前世の知識プラス今世での勉学の結果として地元の有名私立高校へ入学を果たし、数か月が経ったころ、黛の家では慌ただしい空気に包まれていた。
本日の鍛錬が終了し、大成に誘われ夕食を共にしようと家に上がったところ由紀江がバタバタと普段立てない足音を出しながら前を過ぎていく。
しきりにきょろきょろしながら奥方の名前を呼んでいる。
そういえば明日は修学旅行だったか。旅行の準備自体は済ませていたはずだから今は追加で何を持って行こうかと悩んでいるところだろう。
なにせ現在、由紀江には友達がいるのだ!
もう一度言おう。由紀江には同学年の友達がいるのだ!
言ってしまえば簡単なもので、由紀江が小学校に入学した時に一誠は6年生。近所であることから由紀江と一緒に登校し、ついでに色々と由紀江に友達が出来るように便宜を図ったのだ。
同学年や仲良くなった下級生の妹や弟で由紀江と同学年となるものがいたら紹介をし、積極的に遊びに由紀江や由紀江と同学年の子たちを誘って一緒に遊べる状況を作って行った結果として由紀江は友達を得るに至った。
友達が出来た時の由紀江はそれはもうこちらまで嬉しくなるほどの喜びようであり、骨を折ったかいがあったというものである。
そうは言っても由紀江は黛の家の娘。道場での鍛錬が毎日のようにあり、中々一緒に遊びに行くという機会に恵まれなかった。
だからこそ、由紀江は友人達と一緒に行く修学旅行を楽しみにしていた。それこそ楽しみにし過ぎて父である大成から稽古中に他のことを考えるなと注意されるほどである。
「いいい一誠さん! な、ななななにを持って行ったらいいいいいんでしょうか? やっぱトランプは絶対必要ですよね!? お友達と遊ぶものを持って行かないとかダメですもんね!? はっ、それなら夜のお約束である恋バナ!? 恋バナを用意しておくべきなんですかねえええええええええ!?」
あまりにテンパった由紀江を見るのは前世での原作以来だなーと思っていたら胸倉掴まれて激しく揺さぶられる。この娘はテンパった時の対応がとても面倒臭いなあ。
「ちょいちょい、由紀江! 揺すんな。疲れた体にそれは結構クるから!」
「ハッ!? 私は何をしていたのでしょうか?」
「はいはい、そんな我を忘れてた演技とかいらないから。まあテンパってるのは事実だろうけど」
「うぅぅ、しょうがないじゃないですか! お友達との初の旅行ですよ! これが私にとってどれだけ喜ばしいことか一誠さんならわかりますよね!?」
「わかった! わかったから胸倉掴むんじゃない!」
喜びはすごく伝わってくるのだが無理に遊ぶものばかり持っていくわけにもいかないだろう。
由紀江を落ち着かせて対面に座らせる。
「今回の修学旅行先って俺が行ったときと変わってない?」
「あ、はい。毎年恒例みたいで、相変わらずですよね」
「そんじゃ面白かった場所とか教えてあげる。パソコンがここにあれば詳細を詳しく調べてあげられるんだけどな」
「ありがとうございます! パソコンは……父上が父上ですし」
「だよなあ、しょうがないか。ああそう、仮に何か持って行くならトランプとかのカード類でいいと思うよ。恋バナは生憎と俺らの時はなかったけどね。枕投げで盛り上がってた」
由紀江に色々と修学旅行先の情報を流したりとしているうちに夜遅くになってしまっていた。
由紀江にはまだ色々と聞かせて欲しいと言われたが生憎と明日はテストがあるのだ。
前世と異なり毎日コツコツと勉強して上位の成績を出しているが寝不足で集中できずに成績を落としたとなれば目も当てられない。由紀江の頼みなので聞いてやりたかったが一誠は黛家をあとにし、帰宅するのであった。
テスト三日目を終えて鍛錬の為に黛家に向かう途中、修学旅行の帰りなのか大荷物を持った由紀江を見かけた。
「よっ! 今帰ってきたところなのか?」
「あ、一誠さん。はい、黛由紀江ただいま帰ってまいりました」
その言いように苦笑してしまう。
「重いだろ? 持つよその荷物」
「い、いえ一誠さんにそんなことさせるわけには!」
「はいはい、んな遠慮する仲でもないっしょ。渡す渡す!」
半ば強引ながらも重たそうな荷物を奪い取り片手に持って先行する。
「ああもう! 私は大丈夫なのにこういうことは強引ですよね一誠さんて」
「はは、そりゃあしょうがない。女の子に重い荷物もたせてちゃ男が廃るってね」
もう! っとぷりぷりと怒ったようなポーズをとる由紀江。一頻り怒った後、気を取り直して旅行先での思い出を語りだす。
友人達との旅行先での思い出を楽しそうに語るその顔に微笑ましいものを感じてしまう。
小さなころから彼女の成長を見てきたがここまでの喜びようはなかなか見られるものではない。
由紀江が思い出を語り、一誠がそれに返す。言葉のキャッチボールは黛家に着くまで続くのだった。
黛家に着いてみれば玄関先で大成がうろうろと見るからに怪しい動きをしていた。
「なにやってんですか大成さん」
思わず呆れを滲ませた声音で言ってしまう。その声にやっと俺たちに気付いたのか大成はうろうろとした動きを止める。
「や、やあ一誠君。そろそろ帰ってくるころだと思うのだけれど由紀江を見なかったかな? 本当は迎えにも行こうかと思ったんだけれども妻に止められてね、しかたなくここで待っているんだが」
ある意味その判断は正しいだろう。普段は抑えられている気があたりに無差別に発せられていて近くを飛ぶ鳥は一羽も存在しない。
この状態で由紀江を迎えに行けば由紀江の友達連中はへたすりゃ気絶させてしまうだろう。奥方マジいい判断です。
「あー、会いましたよ」
「ホントかい!? どこにいた!?」
剣聖といえども人の親。娘を心配する気持ちはわかるが生憎とその気持ちをすべて娘が受け止めるわけではない。
「ここに……」
と、持っていた由紀江の荷物で陰になっていたところが見えるように横に避けると由紀江はぷるぷると震えていた。
「父上! 心配する気持ちは嬉しいですがこのような玄関先でそのように待っていられては困ります! それに私は父上に心配されるほど不出来な娘であるつもりはありません!」
激昂した由紀江はそう言うと父である大成を残して家の中に入って行ってしまう。
世の中、親ばかを子供が望むかというと必ずしもそうではないのである。