この幻想郷に来てから私達の生活はすっかり変わった。朝に起きて神社に足繁く通う吸血鬼など聞いたこともない。そういう私も幽香に貰った日傘を差して神社に通ったりしているので妖怪生なにがあるかわからないものだ。
最近はアリスの家で糸の魔法を教えてもらっている。これがなかなか使い勝手がよく戦闘から身近な日常生活にまで幅広く活用できる代物だ。強度を上げるだけで立派な武器になる。
今日もお姉さま達は神社まで出かけた。私も誘われたが今日は別の用事があるので博麗神社まではいけないのだ。
「あれ?リリィ様、お出かけですか」
「ええ、ちょっと用事がありまして」
門を出る途中に美鈴に声を掛けられる。彼女が正式な睡眠時間を取っているところは見たことが無いので見た目は24時間勤務だ。実際は勤務時間中に確保しているのでこの雇用形態で本人も納得しているのだろう。
「お気をつけて」
一礼する美鈴に手を振りながら私は目的地に向かうため地図を開いた。当然そんなものはどこにも売っていないので紫に特別に用意してもらったものだ。中々詳しく書いてあるが如何せん幻想郷が広いので現在位置の確認すらままならないという状態だ。幻想郷の全体地図が欲しいと言った時に怪訝な顔をされたのはこういうことだったのか。
「しかし遠いですね・・・妖怪の山」
これから向かうところをに思いを馳せ、思わずため息が零れた。
「・・・ここですか」
まあなんとも大きな山だ。麓どころか遠方からもその頂上は見えないほど高い山、それに数多の妖怪の気配。木端共から大物まで混在している。そして何より遠くから私を見つめる視線。刺々しく侵入を拒むような監視の目だ。
別に山を荒らしに来たわけでもないので見逃してもらえないだろうかとも思ったが、これほど排他的な組織も他に見ないと紫に言わせたほどだ。一歩でも山に入ればタダでは帰してくれないそうだ、触らぬ神に何とやら。とはいえここに足を踏み入れなければ何も始まらないので止むを得ない、私は山の入口へと踏み出した。
「止まれ!不届き者!」
ため息が出る。予想はしていたが全くその通りに事が運ぶとは、しかも悪い方に。私は紫に貰った『タバコ』を取り出した。煙管は外の世界ではもう使われていないらしく、今はこのタバコに火をつけて煙を吸うらしい。試してみたところ大変落ち着くので気に入ってしまった。ちなみにこのタバコ、人間には有害なものらしい。それならなぜ手を出すのか疑問が残るところだがメリットとデメリットの天秤問題だろう。私は魔法で小さな火を作りタバコの先に火をつけた。
「何者だ!」
「吸血鬼です」
私の前に現れたのは白い天狗だった。白狼天狗といい、天狗社会において地位の下の者らしい。見張りなどという役割を当てられていることからもそれは伺える。紫から聞いた話だと今代の天狗の長はなかなか話が分かるということだったが、排他的なところは変わっていないのかもしれない。もしくは代替わり後間もないので統制が乱れているとか。どの道この白狼天狗にはどいてもらいたいところだ。
「吸血鬼だと?お前ら・・・お前らのせいでどれほどの仲間が裏切り死んでいったか知っているのか!?」
「どういうことです?」
何やらあらぬ疑いを掛けられているようで思わず訪ねてしまった。ここであまり無駄話をするつもりはなかったというのに。
「とぼけるな!お前らが私達の仲間を誑かして反乱を起こさせたのだろう!」
「反乱?そんなこと知りませんよ」
「嘘を吐くな!愚弄する気か!」
そういえば吸血鬼異変の余波は幻想郷中に広がっていたという話をレミリアお姉さまから聞いた。吸血鬼の軍門に下った者も多かったとか。妖怪の山でも同じことが起こっていたのだろうか。
「うーん・・・まあ、どうでもいいじゃないですか、過ぎたことですし」
「・・・なんだと?」
「今更そんな話をしに来たわけじゃないですし、貴女に用があるわけでもないんです」
「貴様・・・ッ!」
それでも私にとって天狗の被害や裏切りなどどうでもよかった。何年前の話を今されても困るし、私の知らないところで起きていたことに興味もない。向こうは歯軋りをするほど怒りを露わにしているが私へ八つ当たりするのはお門違いだ。
「それにその裏切りだって自身の意志で行ったことでしょうに。怒りの矛先を私に向けるのはどうかと思いますが」
「黙れッ!お前に、お前に何がわかる!血走った目で剣を向ける仲間を斬る私の気持ちがお前如きにわかってたまるか!」
目の前の白狼天狗は感情に任せて妖力を抑えることもしない。それに反応した他の白狼天狗達がうじゃうじゃと集まってきた。ふぅと煙を吐き出すと同時に私の中身も霧散させているのだがそれに気付く者はいない。
「かかれ!かかれぇ!」
「ウオオオオォォォォォォォ!」
どうやら監視をしていたのは白狼天狗のリーダーだったらしい、彼女の号令に従って一斉に周りの白狼天狗が私に飛びかかる。私はその場から動かない。
「やったか!?」
白狼天狗数匹に短剣で体を貫かれた私の体はその場に倒れこんだ。そして次の瞬間、私の体は煙玉のように爆発し、その場に霧が立ち込めた。
「な、何事だ!?」
「あははははははは!吸血鬼をその程度で殺せると思ったら大間違いですよ!」
辺りに響き渡るように全方向から音声を発する。漂う霧がその正体だとも知らずに周辺を散策し始める白狼天狗の群れ。そんな中リーダー格の彼女だけは妖力を高めて目を瞑っていた。
「椛様、敵は!」
「み、見えない。どこにいるかもわからない!」
どうやら椛という名前らしい彼女はどうやら遠くから相手の位置を補足する術があるらしい。厄介なので彼女を倒してから進むことにしよう。そう考えていた矢先のことだった。
突如風が吹き付けて霧となった私の体はさらに霧散した。何が起こったか一瞬わからなかったがどうやら新手の登場らしい。黒い翼、烏天狗だ。よく見たらその顔には見覚えがあった。
「あ、文様」
「椛、状況説明を」
「はっ!現在侵入者一名と交戦中、吸血鬼です」
「吸血鬼・・・?」
「私ですよ」
私は霧状にしていた体を収束させ姿を再び現した。文は私の姿を見ると驚いて目を見開いた。
「リリィさん?どうしてここに」
「天魔殿に用がありまして。案内していただけませんか?」
私の答えに文は少し考えると顔を上げて頷いた。
「わかりました。私について来てください」
「ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと待ってください!こいつは吸血鬼ですよ!?」
しかしそこで椛が反対する。文はそんな椛を冷ややかな目で一瞥するとすぐにこちらに向き直った。
「文様!」
「椛、黙りなさい」
「っ!」
「各自持ち場に戻ってください、命令です」
宴会で見た時とは全く違う雰囲気を纏った文に少し驚きながらも彼女の後についていくことにした。白狼天狗達は散り散りになっていく。
「認めない・・・私は絶対に認めない・・・」
声を震わせながら呟く椛を背に私は頂上を目指した。
「すみません、部下が無礼を働いたようで」
「いえいえ、気にしてないですよ」
道中、時折烏天狗の視線を気にしながら文と共に天魔のいる屋敷を目指す。暫く黙っていた文が私に話しかけてきた。その表情は複雑な感情を含んでいた。
「白狼天狗は仲間意識が強いです、それこそ烏天狗よりもずっと。彼女達が貴女方を恨むのは確かに逆恨みですが、それ以外に怒りのやり場がないこともわかってあげてください」
「優しいんですね」
「まさか、天狗という組織に変な印象を持たれたくないだけです」
私がからかい気味に言うと、文は苦笑しながら返した。元々縦社会なのは知っていたので部下に余計な情など抱いていないだろう。私達紅魔館とはまた違う組織体系なのだ、それを否定する気もない。
「・・・今天狗の社会は対立しています。天魔様の率いる革新派と、大天狗の多くから成る保守派です」
「具体的に何が違うんですか?」
「幻想郷は大きな節目を迎えました。それに伴い天狗社会も変えていこうというのが革新派、外と断絶し今の形態を保とうとするのが保守派です」
「なるほど、スペルカードルールですね」
「はい。実はこの間行った取材も天魔様からの命なんです。実際にスペルカードルールに則って異変を起こしたリリィさん達に意見を聞くことで保守派を説得させようとしたんですが・・・」
「失敗した、と」
「その通りです。今の地位から落とされることを恐れているんでしょうね」
時代の流れに乗れない者がこの先生き残れるはずもないでしょうに、と文はため息を吐いた。文の言う通りだ、いつまでも過去の栄光に縋る者は廃れていくものだ。向上心無くして栄光を掴むなど不可能だとわからないのだろうか。
「ここから先は大天狗の家の集まりです。言いたいことはわかりますね?」
「突っ切りますか?」
「もちろん!しっかり捕まっててください!」
文はそういうと私を背に乗せて翼を広げた。私は文の肩に手を回すと周りに防御魔法を展開する。展開と同時に文は一気に急降下して天魔の屋敷に突っ込んだ。周りの景色が歪むほどの速度に思わず目を瞑る。
「天魔様、お客様をお連れ致しました」
「ああ、ありがとう。まずは屋敷の修繕費の計算をしてくれ」
「儂が天魔、天狗の長じゃ。おぬしの名を聞こうか」
「リリィ・スカーレット、紅魔館の者です」
天魔の屋敷は思ったより広く、対談は部屋を移して行われた。小さな部屋に座布団が二つ、天魔の横には文が控えている。
天魔は若い男だった。想像では年老いた貫録のある老天狗だったが、代替わりなら若い者に継ぐのも当然だ。しかしその覇気はそこら辺の天狗とは桁違いに強い。実力は確かなようだ。
「今日は何用でここに?」
「天狗と紅魔館の間に不可侵条約を結びに来ました」
私の言葉を聞いた二人は目を見開いた。だが私はそれに構わず続ける。
「もう一つは中立宣言の樹立ですね、不可侵条約と並行して行いたいのですが」
「ふむ、まあ双方に損のない内容なら歓迎だが」
「不可侵条約はそれ以外に結ぶことはありませんよ。お互いに手を出さない、それだけでは不満ですか?」
「・・・いや」
天魔の返答を聞くと、私はすぐに一枚の紙を出現させた。上級の悪魔が扱うことのできる、悪魔の契約書というものだ。これによって成立した契約を破った者には死が訪れる。
「ここに血印をお願いします」
「わかった」
天魔は爪を立てると親指の腹を削ってサインを押した。血の印を確認すると契約書は自動的に消滅する。ここに紅魔館と妖怪の山との不可侵条約及び中立条約が成立した。
「天魔様、よかったのですか?」
「ああ、別に困ることでもない」
「そうではなくて、他の者との審議もなしに勝手に条約などを締結したら反乱が」
「あやつらが儂に賛同などするものか。老害の意見など聞かん」
文は困った顔をしていたが内心ではそれに賛成しているのだろう。私が恐れているのはそれによって天狗社会が崩れ、ここで結んだ条約が無意味なものになってしまうことだ。
私の顔に出ていたのか、天魔は私の顔を見るとにやりと笑って心配するなと言った。
「ここからは天魔ではなく、北条時海として話させてもらおうか」