「腹を引き裂かれて顔色どころか表情筋が1mmも動かない奴は初めて見たぞ」
「そう?最初で最後よ、良かったわね」
未だにサタンが優勢に見えるが、鮮血をまき散らしながらも動きに鈍りが全く見えない幽香も大したものだ。私はいくら殺されても死なないが、この数分で両の手まで使わないと数えられないくらいは殺された。尤も避ける気がないだけだが。
「リリィの体から出ていくだけでいいんだよ?そうしたら私は危害を加えないからさ」
私はね。しかしそんな戯言に耳を貸すような奴でもないだろう。そもそもリリィを憑代にしていないと現世にとどまれないのだろう、でなければこの場において未だにリリィの体に留まる理由がない。
「冗談はよしてくれ給えよ。一体この日を何百年・・・いや、何千年待ちわびたと思っているんだ」
くつくつと笑いながら目の前の悪魔は語り始める。
「あの男に出会えたのは本当に奇跡と呼ぶべきものだろうな、全く。その子孫が今は最早妖怪やら怪異などと呼ばれるほどだからこの世の中はわからんものよなぁ」
「貴女の話は聞いてないのだけれど」
「まあそう焦るな、今から面白くなるのだ。この娘・・・リリィ・スカーレットといったか?この娘は本来生まれるはずがなかった。ところがあの女・・・運命に抗うとは愚の骨頂よ。しかしながらその結果は別の者に咎を背負わせるだけだったがな」
楽しそうに語るサタン、しかしながら何一つ私達には伝わらない。リリィが生まれるはずなかったとか何とか・・・あの女が誰かすらわからない。ただ一つ私達の目の前に広がる光景だけが私達にわかることのすべてだ。
「リリィ・スカーレットは実在する、ただそれだけよ」
「くくっ、それもそうだな。これから消えるお前たちには無意味な話だったなぁ!」
サタンが右手を上げる。それだけで魔力の奔流が起きるレベルだ。だからと言って怯えることもなければ気持ちが昂るわけでもない、隣の戦闘狂以外は。
「あっちはもう始まってるみたいだぞ」
「ええ、急ぎましょう」
妹が消えてから一体どれだけの時が過ぎただろう。まるで永遠にも感じられるほど長い時間がたったようにすら感じられる。最早他人の会話など上の空だ。運命が私の手の上にあるのかどうかもわからない。初めて能力を使っても対処できないような事態に陥って久しぶりに恐怖や焦燥といった感情を味わった。
「しかし既に始まっているとはいえここまで大きく感じられる気は初めてですね・・・・・・天魔様でも簡単にはいかないでしょう」
「幽香の妖気も十分だけどそれも霞むくらいに禍々しい気配ね・・・」
アレはリリィの妖気ではない。そう言いたかったのだがフランも私も口を噤むしかなかった。あちらで何が起きているのかわからないからだ。姉であるにも拘らず事の成り行きすらも把握してない、そして何より妹のことを信じてやれなかった自分に腹が立って仕方なかった。
「お姉さま、お姉さまってば!」
「フラン?」
「大丈夫?さっきからぼーっとしてるけど」
「・・・大丈夫よ」
「しっかりしてよね、まったく。私
「・・・!ええフラン、私に任せなさい」
「それでこそよ」
フランなりの励まし方だったのだろう、こんな集中力のない状態じゃどのみちなにも出来やしない。
それにこれだけの人妖がリリィのために動いているのだ。あの子の人望が成し得ることだったのだろう。私ですら見ることのできなかった運命、私達だけでは抗えなかったはずの宿命。しかしそれすら打ち破ることが出来るかもしれない可能性をあの子が掴みとったのだ。だったら私達はそれを全力でサポートするだけだ。
「アリス、何か策があるのでしょう?」
「なくはないわ。ただしすべてが未知数、上手くいく前提で計画をすると崩れるわよ」
「十分、憑代のリリィが弱まれば憑き物も出てくるでしょう。あの子には少し我慢してもらうけど、そこを一気に叩くわ」
「ならいいの」
悔しいがアリスは本当のことをリリィから伝えられていたのだろう。ならばそちらはアリスに任せて私達は憑き物と戦うことが優先だ。
「相手は超上級の悪魔、それもとびきりの奴よ。なんにせよ油断はしないことね」
私はアリスの忠告を耳に入れ静かに頷いた。
「・・・この部屋は?」
「残念ながら私には見覚えありません、
「喋らないじゃない、
奇妙な会話を自分と交わす私。その間も憤怒はじっと部屋の片隅にあるベッドを見つめていた。何か見覚えが無くもない、しかし思い出せない。いや、思い出したくないのだろう。この部屋を見ているだけで頭がズキズキと痛む。
「あれじゃ暫くこっちも向いてくれそうにありませんねぇ」
「そうね・・・って、あの子泣いてない?」
「はい?うわ・・・なんでですかね」
目の前で私の形をした少女は涙を流していた。ベッドに顔を埋め、終いには声を上げて泣き出した。
「ちょ、ちょっと!なんで泣いてるの!?こんな時はえーっと・・・っていうかアンタは私でしょうが!」
「うわぁ、目の前で起こってることがすごい面白いのに笑えない状況なんてのが皮肉効きすぎですね」
私があたふたしているのを面白そうに見つめる傲慢。手伝えとも言いたくなるが彼女は彼女で考え事をしているようなので口を噤む。
「お母様ぁ・・・」
目の前の少女から小さな言葉が漏れる。傲慢には聞こえなかったのだろう、しかし私には確かに聞こえた。これが私の心の叫びだというのだろうか。
「ああ、でも・・・」
『ごめんなさいリリィ、私のせいでつらい思いをさせて...本当に......』
違うよ、と。誰も悪くないよ、と。お父様もお母様も、レミリアお姉さまもフランお姉さまも、そして私も。誰が悪いとか、誰のせいだとか、そんな問題じゃない。誰も悪くなかったのだ。一族のために家族から嫌われることも家族を傷つけることも厭わなかった父親、私の痛みを背負おうとした母親、何も知らずにお父様を憎んでしまった二人の姉、そして・・・なんて悲しい物語でしょうと達観する私。
強いて言えば自己嫌悪くらいしか残っていないというのにそれぞれが自分の罪を背負おうとしている、あるはずのない罪を。そして私はお母様の言葉を少しでも否定したかった。その後悔の念に駆られて今もこうして泣き続けているのだろう。
「でも、もういいでしょう?」
そう、もう過ぎたことだ。罪とは過去そのものだ。過去を引き摺っていてはいつまでたっても償いなんて出来やしない。
「この何百年ずっと泣いてたの?」
彼女が頷く。呆れたものだ、これが私の本質であるから余計に腹立たしい。いや、理解していたからこそ余計になのかもしれない。
「前向きな言葉を掛けるつもりはないよ。
熱血系でもないし、根性論を語るつもりもない。ただ一つそれが出来るかどうかにかかわらず私が成すべきことなのだ。この支配から抜け出して、みんなに頭を下げて、それで大団円。それでお終いだ。
「ここで立ち止まらせやしない。一生泣いてて赦されるわけじゃないの。引き摺ってでも連れて行くよ、貴女がいないと始まらないもの」
ちらりと傲慢を見ると考えは既にまとまったようで、静かにこちらを見つめていた。こちらに気付くとにやりと笑った。
「子守は終わりましたか?」
「みたいよ。貴女の考え事は終わったの?」
「こちらもですよ。おかげさまで」
どうやらお互いに成すべきことも決まったらしい。全て私がやることなのだが、この空間では些細なことだ。
「じゃあここから出る方法を考えましょうか。というかもうまとまってるんですけど」
「方法って、普通に出ればいいじゃん」
「お忘れですか?一人しかここから出られない法則があるじゃないですか」
「あ・・・」
傲慢の言葉に口を開け思わず硬直してしまう。そういえばそうだった、私がずっとこの中にいた理由じゃないか。
「じゃあどうするの?」
「当然、私達を統合します」
「はい!?」
出来るのかそんなこと。と聞くまでもなくできるのだろう。何故ならみんな私だから。
「じゃあ行きましょうか、尤も私達はこれでお別れですけど」
「お別れじゃないよ。だってみんな私でしょう?」
「ふふっ、そうですね」
私の言葉に微笑んだ彼女は瞬きをした瞬間消えてしまった。右を見るとそこにはやはり誰も居なくて、私の一人遊びはここで終わってしまった。
「もしかしたら、こことももうお別れなのかな」
少し寂しい気もする。でも待ってくれてる人がいるのだから、ここに居座ることは出来ない。
「―――――さよなら」
静かに目を閉じる。
「あれ?」
出られない。
「幽香、応援が来たよ」
「あら、じゃあここまでね」
後ろに人影が見え、私と幽香は大きく後退する。まさかこんなに大人数で来るとは思わなかった、よく見れば紅白や黒白までいるじゃないか。
「戦況は?」
「サタンとか名乗ってる奴がリリィのことを乗っ取ってるよ」
「ボコれば出てくるかと思ったけど再生力が高いわね。何回も殺したわ」
紫は何かを計算し始めたので目線を逸らす。他のメンツも観察してみよう。
紅魔館の面々は説得を試みていたが一目で諦めたといった様子か。アリスもそんなところだが思ったより冷静に観察が出来ている。巫女は特にいつもと変わっているようには見えない、黒白の方は笑みの裏側に恐怖が見え隠れしているがどうにかこらえているようだ。
「じゃあ、出てくるまでボコり続けましょうか」
「え、ちょっとほんとに?」
「今のところそれ以外には考えられないわ、今逃がすわけにはいかないしね」
「・・・わかったわ」
「リリィ、ちょっと我慢してね」
敵対する者が増えたにもかかわらず、サタンとやらは好戦的な笑みを浮かべる一方であった。
「どれだけ増えても同じこと!」
まだ戦いが終わることはなさそうだ。