吸血鬼が寝るところと言えば棺桶だ。というのは魔理沙から聞いた人間の想像であり実際は吸血鬼だってふかふかのベッドで寝たいものだ。もちろん私も同じで、私の部屋である地下室もまたふかふかのベッドが置いてある。尤もここはどうやら私の部屋ではないらしいが。
目を開けると綺麗な天井。傷一つない、私の部屋のものではない天井。体を起こそうとするがまだ完全には回復してい無いようで動きにくい。更には上からかけられたシーツの一部が抑えられているようで余計に起き上がりにくい。力の偏っている左側を見るとそこには――――
「おはよう・・・ございます、お姉さま方」
見慣れた二つの顔。しかし二人ともずっとここにいたのか寝顔をこちらに向けたまま動かない。しかし敬語というのは慣れないもので急に真似しても上手くいかない。今更治す必要もないかという気もしてくる。
このまま動けないのも良くないが二人を起こしてしまうのもいい気がしない。ならば久しぶりに図書館の方へ連絡してみるのもいいのではないだろうか。
『パチュリー、起きてる?』
『ッ!?・・・ビックリさせないでよ』
読書中だったのだろうか、何かをぶつける音が聞こえた。これでは二人を起こすまいとして別の者に迷惑をかけただけになってしまった。
『はぁ・・・まずはおはよう。それで何か用?』
『ふむ・・・今何日目?』
『9日と13時間42分。・・・なるほどね、流石の吸血鬼も10日起き続けることは出来なかったわけね』
パチュリーはいいデータが取れたわ、と苦笑交じりに付け足した。単純に個体差だろうが、今や吸血鬼自体が希少な存在なので確かに貴重なデータかもしれない。
『まあいいわ、今からそっちに向かえばいいのね?』
『お願いね』
「あらあら、こうしてればレミィもフランも可愛いものね」
「失礼な、いつも可愛いじゃない」
「・・・久しぶりにシスコンっぷりを発揮したわね」
クスクスと可笑しそうに笑うパチュリー。別に人格がまるで別人のように乖離していたわけではないので至っていつも通りだったと思うのだが。
「口調はいつもと違うのに別人な気がしないわ」
「別人じゃないからね」
何がおかしかったのかまた笑い出すパチュリー。別人のようになったのは彼女の方ではないのだろうか。もっと知的なイメージがあったが笑いのツボが浅いバカ女のイメージが上書きされそうである。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「考えてるよ多分」
「・・・正直でよろしい」
「あーほら、パチュリーがうるさくするから・・・」
目を擦りながら体を起こす二人。その目は私を捉えると大きく見開かれた。
「「リリィ!」」
「おはよう、二人とも」
ガバッと同時に私の方へ飛び込んでくる。当然その勢いに耐えられずに私の体は布団に埋もれる。なんだか体がぎこちなく動いているようで少し不安を覚えた。
「やっと目を覚ました・・・」
「本当にもう目を覚まさないかと思ったんだよ!本当に、本当に・・・!」
目に涙を浮かべ詰め寄る二人。目のやり場に困りパチュリーに目を向けると同じ方向を向かれた。魔女め・・・。
「ごめんね?でも私、やり遂げたやりとげたんだよね?終わったんだよね?」
「ええ、終わったわ。もう安心して、これからはもう苦しむ必要なんてないから・・・」
「そっか、そうだよね。よかった――――」
体を起こそうとして、シーツが擦れるパサリという音と共に後ろに倒れる。やはり思うように体が動かない、まさか後遺症でも残ってしまったのだろうか。
「まだ無理に動かさない方がいいわよ。魔力が回復してないから」
「パチュリー、そういうことは先に言ってほしいわ」
「ごめんなさいね」
私がため息を吐くと悪びれた様子もなく謝罪の言葉が飛んできた。思いの籠もっていない言葉がどれだけ空っぽかよくわかる。しかしパチュリーは魔導書を取り出す(厳密には空間に急に現れているので取り出したと言えないかもしれない)と、少しの詠唱と共に奇妙なものを出した。それは椅子を模して造られたであろう外見と馬が引くような車の車輪を兼ね備えた不思議な物体だった。
「パチェ、なにこれ」
「scaun cu rotile。最近の外の世界の物らしいんだけどね、なんでも動きが不自由な者を保護者が押して回るらしいわ。どこからこんな資料が紛れ込んだのか知らないけど、これも運命って奴かしらね」
「私の体が動かないこと知ってたってことね」
「言いそびれたわ、私も貴女が回復して喜んでたのよ」
「どーだか」
恐らくは本心なのだろう。彼女の声色は確かに明るくなっていた、というよりはどこかほっとしたような感情が込められていた。彼女も色々と気負うものがあったのかもしれない。
「本当よ、この一週間と少しの間、落ち着いて読書も出来やしなかったわ」
「ふふっ、パチェったらおかしいのよ。私達がずっとここから動かないのを見兼ねて、慣れもしないメイドの真似事なんてしたんだから」
「メイドの真似事じゃないわよ。ただ少し体の具合を見に来ただけで、紅茶はそのついで」
「メイドと言えば、咲夜はどうしたの?」
「館の清掃中よ、今呼んでくるわ」
「あたしは美鈴を呼んでくるね」
「じゃあ私も仕事を疎かにした部下を呼んでこようかしら」
やっぱりいつもよりおしゃべりになっている気がする。尤もパチュリーだけじゃなくレミリアお姉さまもフランお姉さまもだが。
みんなが部屋から出ていってから一人考える。紅魔館の図書館には当然最近の物がない、つまり誰かが外から持ってこないとあの車輪椅子は創れなかったはずだ。もちろん魔法の産物なので外のものとは構造は異なるのだろうが、それでもパチュリーは機能すると判断して持ってきたのだ。つまりモデルとなる資料が必要だったはずである。そして外の世界からこちら側にそんなものを送り、尚且つパチュリーの目に入るような位置に気付かれずにおくことが出来る人物は私の知る限り一人しかいない。
「おかげさまで外出できそうよ、紫」
「・・・衰えてないようで何よりだわ」
紫は私の隣の空間から音もなく出てきた。彼女もまだ回復していないようで、いつもの覇気が感じられない。それでも相変わらずの能力は健在だ、インチキと言われてもおかしくないだろう。
「なんか、口調は変わったのに全然変わった気がしないわ」
「さっきも言われた・・・ってもしかして聞いてた?」
「いいえ」
やっぱり敬語にする必要はないみたいだ。というかそんなに変わることを覚悟されていたのだろうか。別人格とはいえ私はいくら変わっても私だろうに。
「私は家族の団欒を邪魔しないように退散するわ」
「ええ、近いうちにまた会いましょう?」
「・・・なんか、豪く可愛らしくなったわね」
「そう?」
ひらひらと手を振ってそそくさとスキマへ戻っていく紫。部屋に近づいてくる気配を感じ取ったからだろう。そういえばこんなに大勢で集まるのはいつぶりだっただろう、暫くそれぞれが自身のことへ没頭していたためか、こうして顔を合わせることも少なかったように感じられる。特に図書館から出なかったり地下室から出なかったり・・・後者は私だが、魔法使いの体質が移ったのかもしれない。
扉が開かれ、それぞれの顔が目に映る。改めて私は幸せな関係の中で生きてきたのだと自覚できる。彼女達の顔は泣いていたり笑っていたりと多少の差異はあれど、私の回復を心から喜んでくれる者ばかりであった。
「とりあえず、ただいま?」
どう声をかけていいかわからず、私はなんとなく頭に浮かんだ言葉を発した。
――――――――――おかえりなさい。
某日、私は車椅子(と呼ぶらしい)に乗って今回の関係者たちにあいさつ回りをすることにした。お姉さま達には止められたが回復を待っては1か月ほどかかってしまうだろう。それまでにこちらに来てもらうのは流石に忍びないので、こうして車椅子を押してもらって回ろうとしているわけだ。
「リリィ様、お体は大丈夫ですか?」
「うん。美鈴こそ門番はよかったの?」
「私の場合はほとんど仕事がありませんから」
「それもどうかと思うんだけど・・・」
「事実ですからねぇ」
同伴者は美鈴が申し出てくれた。彼女が述べたように他の者に比べて仕事が少ないのが理由だろう、同じように仕事がない図書館の方はこういう力仕事には向いてない。そんなわけで彼女に押してもらって私は紅魔館を出た。
「最初はどこに行きますか?妖怪の山とかになると上るのに一苦労ですけど」
「そうだなぁ・・・とりあえずは魔法の森かな?」
「そうですね、彼女に会わないことには始まりませんか」
「うん、私の我儘沢山聞いてくれたからね」
彼女にはとてもお世話になったものだ。思えば見ず知らずの私を殺し合いの直後から気に掛けてくれる時点で何か裏があるのではないかと考えていたのだが、そんなことは結局なかった。そのあたりも差支えなかったら聞いてみようかな。
「では、出発しましょうか」
くるりと車椅子の向きが変わり、私の少し長い旅がもう少し続く。
もう少しだけ続きます(最終章とか言ってごめんなさい)