東方末妹録   作:えんどう豆TW

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白いレースと無翼の吸血鬼

 

 

 

 魔法使いとは普通自分の研究所である住処を誰かに偶然見つけられるということを恐れるため、自分の家の周りに術を施すのが一般的、らしい。尤もその話をした魔法使いは吸血鬼の館を隠れ蓑に伸び伸びとその空間を拡大していたのでイマイチ説得力がなかった。土地代も取らない優しい吸血鬼たちはその知識、魔法の才能、探究心を認め彼女の滞在を許したのだそうだ。そんな昔話から数百年、ついぞ私は周りに術を施した魔法使いの家は見ることが叶わなかった。

 

「アリス、いますか?」

 

 美鈴が木製の扉をコンコンと叩く。この幻想郷に住む魔法使いたちはたいてい魔法の森と呼ばれる瘴気に包まれた森に家を構えるため常人では偶然に辿り着くことすら出来ない。私が訪ねに来たアリス・マーガトロイドという魔法使いもまた例に漏れず魔法の森に住んでいる。

 アリスは私の命の恩人と言ってもおかしくないほど私に協力してくれた。紅魔館に入る際には美鈴に引きとめられることもなく(そしてアリスは美鈴を起こすこともない)、フランお姉さまやレミリアお姉さまを初めとした紅魔館の住人とも仲が良い。妖精メイドですら顔を覚えたほどだ。幻想郷に来てから何年経ったかはイマイチ覚えていないが、少なくともまだ新参者と呼ばれるほどに歴史は浅い私達だ。アリスももしかしたら幻想郷に来てからそんなに時間が立ってないのかもしれない。

 話を戻そう。あの一件が終わってから私は協力者たちにお礼を言って回ることにした。それが礼儀であり、過去の自分への最後のけじめになると判断したからだ。そして一番最初に訪れることにしたのがアリス、彼女だった。

 

「もう体は大丈夫なの?」

 

 足音が近づき、扉が開かれる。最低限とは言え監視用の魔法はあるようだ。まあ彼女ほどの実力者になれば自ら返り討ちにすることも容易いだろう。油断や慢心と言ってしまえばその通りなのだが。

 

「おかげさまで」

「そう、よかったわ。あがっていく?」

 

 これからいろんなところに向かう予定だが、私はあえて頷いた。彼女の話が聞きたかったからだ。

 

「少し片付けるから、待ってて」

 

 そう言い残すとアリスは家の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、何も準備してなかったのよ」

「お構いなく」

「勝手に押しかけたのは私達だからね」

 

 アリスの家は大きくないながらも生活に困らないような作りをしていた。私達が今いるリビングに、閉められた扉の向こうは彼女の部屋か研究室か。廊下が少し奥行きがあっていくつか部屋がある。なんというか、生活に無頓着な妖怪がこの幻想郷には少ない気がする。それとも野良の妖怪を私があまり見ていないだけか。ルーミアなんかは生活のイメージが全くつかない。

 

「それで、今日はどうしたの?無理してまで外出するなんて」

「今回の関係者のところを回ろうと思ってるの、お礼回りって言うんだっけ?」

「違うと思うけど・・・無理は禁物よ?」

「わかってるよ」

 

 安堵と心配が入り混じったような表情のアリス。今の私はそんなに無理をしているように見えるのだろうか。鏡に映ることのない私は自分の顔色を確認することも出来ない。

 

「そりゃそんなものに座りながら移動してたら心配もするわよ」

「はは・・・確かに」

 

 ため息をつきながらアリスが困り顔で言う。美鈴も苦笑いで同調、私だけ仲間外れ。いいじゃないか、死ぬわけじゃあるまいし。

 

「いくら吸血鬼が頑丈だからって魔力不足で生きるのは西洋の妖怪にとって苦なんじゃない?こんな様子じゃ私でも殺せちゃうわよ」

「ひどい事言うのね」

「冗談」

 

 日本の妖怪というのは魔力よりも妖力を主に使うらしい。紫や藍、萃香などの鬼がその例に当たるという。確かに私達とは違う力を使っているような感覚はある。妖術を使うことも私達にはない。代わりに紫たちには魔力の性質を持つ力やそれに類似するものが多くは感じられない。そこは生まれ育ちや本質の成すところなのだろう、妖怪とは精神面に大きく左右される存在だからだ。

 

 そういえば彼女に渡したいものがあったのだ。尤もそれは彼女だけでなくこれから回る人妖達にも渡すつもりではあったのだが。

 

「アリス、感謝の印にこれを」

「あら、綺麗な花ね。なんて花?」

「ホワイトレースフラワーですよ」

 

 美鈴が私の代わりに答える。彼女は紅魔館の庭で花を育てるという門番以外の仕事もしている。

 そういえば先の話で思い出したが、アリスの育ちは魔界らしい。魔界と言えば魔力の性質を持つ悪魔や魔人が有名だ。彼女は生まれも魔人なのだろうか。

 

「アリスって、生まれも魔法使いなの?」

「どうしたのよ急に」

「うーん、なんとなく気になっただけ」

「変なの」

 

 ハーブティーを私達の手前に置きながら困ったように笑うアリス。これは幽香のハーブだろうか、たまに譲り受けているという話を聞いたことがある。

 

「実をいうとね、覚えてないのよ。私を育ててくれた人は知っているし覚えているけれど、私の生みの親は知らないわ。もしかしたら育ててくれたあの人が普通に生みの親なのかもしれないけれどね」

「・・・地雷踏んだ?」

「失礼ね、そんな感傷的な話題じゃないわよ。ただ・・・もしかしたら人間に近かったのかもね、ご飯も食べたし睡眠もとってたしそれが今の生活にも染みついているようでね」

「それは私達も同じよ、この悠久の生に潤いは必要でしょう?」

「確かに、その通りね」

 

 魔界とはどんなところなのだろう、私に取りついていたような悪魔がうじゃうじゃいるのか、案外彼女がたびたび口にする”都会的”な場所なのか。興味は尽きないが行く手段もまた思いつかないのだ。

 

「・・・ねえ、貴女魔界の神様に会ったことある?」

「無いに決まってるじゃない、行ったこともないのに」

「そう・・・そうよね」

 

 唐突に質問した後に考え込んでしまうアリス。その様子があまりにも不思議だったので、私が気になっていたことも兼ねて尋ねてみることにした。

 

「アリスはさ、どうして私のことを助けてくれたの?昨日まで本気の殺し合いをしてた相手を助けようだなんて普通の精神じゃないわ」

「・・・私もそれについて考えてたんだけどね、結局確信の持てる答えは見つからなかった。だから”親孝行”ってことにしといてくれる?」

「じゃあ、やっぱりアリスは」

「そう、私の育て親は魔界神よ。今は魔界に戻る手段がないから確認はとれないけど、きっと貴女を助けてくれたのもね」

 

 「もっとも彼女は直接来れないみたいだけどね」とアリスは付け足した。彼女が伝えたいことは結局すべて憶測に過ぎないから深くは考えないようにしたということなのだろう。魔界に行けばわかるのだろうが、アリスにわからないのであれば私にわかるはずもない。ならこの話はそれで終わりだ。

 

「しかし、そんな薄い色の服に白い肌ってまるで保護色ね。どう?今度都会的な魔法使いの私がオシャレな服を作ってあげてもいいのだけれど」

 

 いかにも今思いついたようなしぐさとわざとらしいセリフ。彼女の行為でもあるのだがそれなりの付き合いだ、私にも彼女の意図は読める。

 

「・・・・・・わかったよ、魔法の実験に付き合ってほしいなら素直にそういえばいいのに」

「あら、いいの?でもどうしてわかったのかしら」

「白々しいわ、裁縫だって趣味のくせに」

「一石二鳥、私の一人勝ちね」

 

 思わずため息を吐く。どうして魔法使いはこうも回りくどいことをするのか・・・そういえば同じようなことを誰かに言われた覚えもあるが、はて。都合の悪いことは覚えが悪い。

 

「まあいいわ、貴女には返し切れないほどの恩があるからね」

「・・・そうやって罪悪感を押し付けるところは変わらないのね」

「罪悪感を感じるくらいならしなきゃいいのに」

「ぐぅぅ・・・」

 

 口先で悪魔に勝とうなど1億と2000年は早い。尤もその時私が生きているかは不明だが、諸行無常という言葉があるように私もまた不変の存在ではないのだろう。今はその時ではない、ただそれだけだ。

 

「・・・それから、その・・・」

「歯切れの悪い、何でも聞いていいのよ?」

「翼、よかったの?」

 

 アリスが聞くかどうか迷っていたことはどうやら私の翼のことらしい。そんなことで気負わなくてもいいのに、やたらと心配症である。

 

「命あっての物種、結果良ければすべて良し。これが私のざゆーのめい」

 

 せっかくなので覚えたての日本語を披露してみる。すると何がおかしかったのかアリスは急に口元を抑え笑い始めた。

 

「ふっふふふっ・・・・・・そう、貴女が後悔してないならそれでいいの」

「馬鹿にしてません?」

「いいえ、とっても可愛らしかったわよ。ねぇ?」

「あ、あはは・・・」

 

 急に話を振られた美鈴は苦笑いしながら私と目を合わせないようにしていた。後で問いただしてみることにしよう。

 

「で、これからどうするの?」

「これから、とは?」

「この後よ。色んなところ回るんでしょう?妖怪の山なんて大変ね」

「文たちには悪いけど山登りは流石に・・・」

 

 ゆっくりと流れていく時間、今までよりも一日がずっと長いように感じる。今まで生き急いでいたのか余裕がなかった毎日を送っていたが、今はそれが嘘のようだ。今思えばまるで人間のような忙しない毎日だった。寿命は長くとも残された時間は恐ろしく短いものだったと今更ながら身震いしそうになる。

 

「どうしたのよ、急にしんみりして」

「え?そんな顔してた?」

「してたわ、まるで老人みたい」

「そう・・・そうかな。でも私はすごい今幸せなんだ。時間を気にせず皆と話して、遊んで、ゆっくりと景色を眺めて・・・。やっと私が掴んだ幸せなんだって、それ以外何もいらないって望んだ世界なんだってね」

「・・・リリィ様?」

 

 私は幸せだ。私の為に尽くしてくれた家族も、私のために犠牲となった者達も、私達を恐れ遠ざけた人間達も、私達を受け入れてくれたこの幻想郷も――――――――――――。これでやっと報われる。これで良いのだ、これ以上は何も望むことはない。

 

「やっと私達の念願が叶ったんだよ、美鈴。どうしてそんなに不安な顔をしているの?」

 

 だというのに彼女はなぜそんなに不安な顔をしているのだろう。彼女はどうして泣きそうな顔で私を見つめているのだろう。私にはまったく理解できなかった。

 ―――というのは嘘で、ちゃんとわかっている。彼女はきっと私が予想していることと同じことを考えているのだろう。

 

「リリィ様、貴女は・・・」

「すごいね、なんでわかったの?勘?能力?」

「ちょっと、私にもわかるように会話してよ」

 

 私と美鈴のやり取りに不満そうな顔を見せるアリス。そのふくれっ面に思わず笑みがこぼれる。

 

「多分ね、私の魔力はもう戻らないと思うの」

 

 私の一言に二人の表情は凍りついた。

 

 

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