アインズに慰められ、罰という名の甘美な褒美をもらっても
シャルティアの「主に反逆した」という心の傷は癒えなかった。
そんなある日、シャルティアはアインズに呼び出され…。

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書籍版第8巻の「アインズ様のご命令を遂行したご褒美」というのが
ひょっとして裏エピソードがあるのかなと思いつつ、
「敢闘賞兼残念賞兼慰労を兼ねて」との事なので
一応3、6、7巻の事だということにして、シャルティアが
アレを貰ったシーンを妄想してみました。

地味な話ですがお読み頂けたなら幸いです。

※7/26 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです。


シャルティアの硬い抱き枕

 

「アインズ様、ご尊顔麗しゅう。君命に従いシャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に馳せ参じましたでありんす。」

「うむ、ご苦労。(おもて)を上げよ。」

「はい。」

 

 ナザリック地下大墳墓内にワーカーを呼び込みこれを殲滅し、防衛網のチェックをするという大きな実験が終わって数日後、シャルティアはアインズの執務室に呼ばれた。

 

「アインズ様、他に御用はございますでしょうか?」

「ふむ……いや、特に無いな。ご苦労だった、ソリュシャン。」

「はい、では私はこれで。」

 

 直接シャルティアを呼びに来た戦闘メイドのソリュシャンが、優雅に一礼して立ち去る。室内にアルベドはいない。何かしらの君命で出かけているのだろう。至高の御方と二人きり、というのは珍しい事だ。

 動かないはずの心臓が子ネズミのように素早く鼓動しているような気がして、シャルティアは少し落ち着かない。

 

 あの時以前なら、この千載一遇のチャンスをどう活かしてアインズの恩寵を受けるかという事だけに夢中になったに違いない。

 だが今は、そうそう全く無邪気な思いだけでアインズと向き合う事が出来なくなってしまった。

 他のメンツが揃っている時はそうでもないが、二人きりだと喜びの他に、心の底にどことなしの怯えのような感情がある。

 むしろアルベドと寵愛を競い合ったり、アウラに暴走を止められるいつもの漫才をやっている時の方が素直に愛情を表しやすい。

 

 シャルティアのトラウマ……。洗脳されアインズに闘いを挑んだという、守護者に在るまじき失態。

 

 それはアインズが──後にデミウルゴスに微に入り細に入り説明という名の説教を受けたため、まるで覚えているかのようにその状況が鮮明に脳裏に浮かぶのだが──本来後衛の魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、さらに相性も圧倒的に不利でありながらシャルティアを単騎でねじ伏せるという、戦闘においても破格の才を見せつけ決着した。

 

 もし倒されたのが自分で無く見ている立場だったのなら、愛する御方の勇姿に見惚れてまた下着がまずい事になっていただろう。

 いやきっと消滅する寸前の自分は、限りない敬意と賛嘆の念のこもった言葉を紡いだに違いない。そうだと信じたい。

 

 そして自分はそのまま見捨てられる事もなく、ナザリックの莫大で貴重な資産を費やし復活させてもらった。

 生まれ変わって初めての記憶は、生まれたままの姿で愛しの君の腕の中、優しく抱き締められていた事。

 

 そして……謝罪の言葉。

 

 あろうことか、反旗を翻すという守護者として最も罪深き行いをした愚か者に対し、「すまない」っと言ったのだ。すべて自分の責任だと。

 そして詳しい状況を知った後の、自分はなんという事をしてしまったのかという絶望。

 その罪悪感はアインズ自身によって慰められ、頭を撫でてもらい、「愛している」という言葉を頂き、さらには愛しい君の椅子になれるという、罰という名の甘美なご褒美まで賜った。

 

 一体、どこまで寛大な御心の持ち主なのか。

 

 ……にも拘らず、罪の意識はいまだシャルティアの心の奥底で疼き続き、恐らく完全に消え去る事は永遠に無いと思われた。

 

 すぐにでも治癒する肉体の傷と違い、心の傷は吸血鬼(ヴァンパイア)の再生能力でもいかんともしがたい。

 王都襲撃の際、デミウルゴスに実質邪魔者扱いされた事も、その傷口に塩を塗り込められたような心持ちだった。

 

 ──そういえば、あの時つっかかってきた人間はなんだったのだろう。自分の爪を削った事に、えらく感動していたようだったが。全く、愚かな下等生物の思考は測りかねる。──

 

 なんにせよ、抵抗不可能なワールドアイテムによる洗脳の結果とはいえ、絶対の支配者であり且つ愛しの君への反逆という莫大な心の負債は、シャルティアに今も重くのしかかっていた。

 ぜがひにでも新たな重要任務を受け賜り、成功させ、少しでもそれを払拭したい思いと、もし次に失敗したらという恐怖がせめぎあう。

 

 再び失態を犯し、そして今度こそ(アインズ)に失望されたら。

 それを考えると、強さではナザリックに……つまりこの世に数えるほどしか並ぶもののいない吸血鬼の真祖が、まるでか弱い人間の少女のように心細い気持ちになり、我と我が身を掻き抱きたくなる。

 

 このところ時折、不安を拭うために吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の胸にしがみついて乳首をむしゃぶりながら赤子のように寝ることがあるのは、絶対に誰にも明かせない秘密だ。

 夢中になりすぎて乳房を噛み千切り吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の再生能力すら追いつかない力で抱きしめ殺したり、目覚めた後、我に返って気恥ずかしさでその《抱き枕》を跡形もなく消し去ったりする事も。

 

 ──アインズ様になら、逆に抱きしめ殺されても本望だけど──

 

 それほど甘美な死は、この世に比肩するものが無いだろう。もし次にアインズに殺される機会があるのなら、せめてそうして欲しい。

 経験した事のない快楽の絶頂の中で果てる事が出来るはずだ。

 そう考えれば、直接の主人である自分に抱き締め殺された吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は、なんと幸福だった事か。

 

 そんな心境のシャルティアがやや緊張した神妙な面持ちでいると、ポンっと一冊の大きく古めかしい本がデスクの上に置かれた。

 アインズが空間から取り出したのだ。

 

「……? アインズ様、その本は……なんでありんすか?」

「ふむ、やはり見るのは初めてだったかな? これはな……百科事典だ。」

「百科事典……?」

「ああ、元はユグドラシルの情報を書き連ねていくものでな。プレイヤー一人につき一冊しか持てない一点ものだぞ?」

 アインズはなぜか、どこか面白げな口調だ。

 

「それは……なんと貴重なアイテムでありんしょうか……。そしてそれがアインズ様ご自身のものでありんすか?」

 感嘆と畏敬の響きを込めてシャルティアが尋ねる。

 

 しかしなぜそんなものを自分に見せてくれるのだろう?訝しげに思いながらも、シャルティアはその本から目が離せなかった。

 引き寄せられるような魅力を感じる。その本自体に何かしらの強い魔力がこもっているのだろうか。

 真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)たる自分をも魅了するような?

 洗脳されたという記憶が……それ自体はデミウルゴスから(以下略)だが……脳裏に浮かび、かすかな恐怖を感じる。

 が、その恐怖はアインズの言葉によって一瞬で消え去った。

 

「ははっ、いや、これはな……ペロロンチーノさんのものだ。」

「ふあおうわあああああああああああああああああああ!!???」

「お、おうっ!?」

素っ頓狂な声を上げたシャルティアに、思わずアインズもビクッとなって変な声が漏れる。

 

「ぺ、ぺ、ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺろろんちーのさまのおおおおお!? うお、うお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおふひゃうおあわあああああああああああああああああああ!?」

「お、落ち着け、落ち着くんだシャルティア! どう、どうどう!」

 

さすがに(あるじ)の許しなく勝手に触りはしないが、まるで食いつかんばかりに百科事典に顔を近づけフンフンと鼻息を荒げ目を血走らせるシャルティアに、アインズも思わず暴れ牛をなだめるような口調になってしまう。

 

「はっ!? あ、あ、し、失礼しました! アインズ様!」

 ハッと我に返り平伏するシャルティアに、焦りのあまり精神の安定化が起こり冷静になったアインズはあーっ廓言葉忘れてるな……っと心の中でツッコミを入れる。

 

「あーごほん、しゃ、シャルティア、落ち着いたか……?」

「は、はい、あ、アインズ様にその、大変ご無礼をいたしました……で、ありんす……。」

 消え入りそうな声で付け足した語尾で確かに冷静さが戻ったようだと判断したアインズは、ショボンとしているシャルティアを慰める。

 

「ま、まあ無理も無い。ペロロンチーノさんはお前の創造主だからな。その持ち物をいきなり見せたらそうなるのもしょうがない。すまんな、ついいたずら心を起こしてしまった。私の配慮が足りなかった。だから気にするな、シャルティア。」

「はっはい……ありがとうございますでありんす……。」

 

そこにありんすをつけるのは用法として正しいのだろうかと思いながらも、まあそもそもがなんちゃって廓言葉なんだからいいか、俺も雰囲気だけで本物知らないしな、っとアインズは話を進める。

 

「受け取るが良い」

「え?」

 

 (あるじ)の言葉に、シャルティアは思わず問い返す。

 しばらく時が止まった後、至高の主は少し苦笑しながら続ける。

 

「私よりも、お前が持っていた方が良かろうと思ってな。」

「わ、わ……わたくし……に……頂けるので、ありんす……か?」

「そうだ。……なんだ、欲しくないのか?」

「と、とんでもありんせん!!!」

 

 シャルティアは非礼も忘れ思わず叫んでしまった。例えではなく、そのままの意味で涎が出そうなアイテムだ。

 

「で、ですが、な・な・なぜでありんすか? こ……これほどの宝物を……わ、わ、わたくしに……?」

 

「いや……まあ、たまたま宝物殿で見つけただけで特に……いや、ふむ、そうだな……意味も無く渡すというのも他の守護者の手前……まあなんだ、敢闘賞兼残念賞兼慰労としておくか。エントマにも似たような褒美……ただの約束だが……をやったが、お前も色々と苦労した事だしな。」

「あ、ああ……アインズ……様…… あ、ありがとうございま……」

 

 シャルティアはフラフラと手を伸ばしかけ……そして固まった。

 

「ん……?」

 アインズがどうした、っと軽く首を傾げるが、吸血鬼の真祖はまるで命令が途絶え待機状態になったスケルトンのように、そのままダラっと手を降ろし俯いてしまう。

 葛藤が、シャルティアの心に渦巻いていた。自分にこの宝を授かる資格があるかと問われれば……。

 

 あるはずがない。

 

 最近成した事といえば、あのワーカーの小娘を捕らえて優しく命を奪った事ぐらいだ。

 アインズの君命を遂行した……といえば確かにそうだが、そもそもがわざと逃がした上に、絶対に取り逃がす事のない地下大墳墓第六階層でのそれは『狩りを楽しんで来い。』という主の言葉そのままの、それ自体がちょっとしたご褒美のようなものだった。

 とてもこんな品を拝領出来るような成果ではない。

 

 確かに先の(あるじ)の言葉の通り、慰みの品でもあるのだろう。だがそれにしても過分だ。あまりにも、過ぎた品だ。

 

 つい先日、王都で長らく工作し大きな功績を上げたセバスやソリュシャンが賜った褒美など、比較にもならない。なるはずがない。

 例えソリュシャンが千人の無垢なる者を拝領したとしても、万分の一の価値すら無い。

 いや正直、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンより上だとすら言える。比較出来るのは同じく自らの創造主の持ち物以外に無い。

 

 そもそも慰労というのならば、なぜ自分だけが拝領できる。

 常に成果を上げ続けているアルベドは、デミウルゴスはどうか。アウラは、マーレは、コキュートスは。

 セバスやコキュートスは自分と同じく失態を犯した……とはいえ、それを埋め合わせるだけの功績も上げている。

 

 彼らに比して自分は……自分だけは本当に、何もしていないのだ。

 そんな自分が、この至高の宝物を手にしていいのか。

 一度そんな思いに囚われたシャルティアは、葛藤のループから抜け出せない。

 

 ああ欲しい欲しいけれども、けれども……欲しい  欲しい 欲しい欲しい でも…… 欲しい ああわたしにそんな資格が……欲しい この愚か者に 欲しい 欲しい 図々しい でも 欲しい……欲しい!欲しい!でも欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!わたしに欲しい!欲しい!厚かましい欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!欲しい!

 

 再び両手を伸ばし手に取ろうとする力と、それを引き止める力が拮抗する。

 目が血走って大きく見開かれ口の両端が今にも裂けそうなり、爪がギギギ……っと伸び、全身からどす黒いオーラが噴出し始めた。

 血の狂乱もなく真の姿を表しかねない状態だ。

 

「落ち着け、シャルティア。」

 

 非常に静かな、アインズの声が響く。

 

 それほどの状態であったシャルティアが、瞬時に冷静さを取り戻し元の可憐な美少女に戻るほどに。

 アインズ様……? っと自分でも知れず小さく声が漏れる。

 もしかして怒らせてしまったのか、あまりの激昂から精神の沈静化が起き、それで冷静な声なのかと恐怖を感じるが、その懸念もすぐに消え去った。

 

 アインズの眼窩の赤い光が、暖炉の灯火のように暖かく揺らいでいる。

 形を変えない髑髏の口元が、微笑んでいるように見える。

 その優しげな雰囲気は、慈父のようにシャルティアを包み込む。

 

「……なあシャルティア、お前がなぜ受け取るのをためらっているのかは想像がつく。……私は何度もあれは自分の失敗だからお前は気にしないで良いと言ったし、望み通り罰も与えた。それでもまだお前の心の傷が癒えていないのだな。……やはりもっと時間が必要なのだろうな。だから私がこれ以上言葉を重ねてもかえって辛いかもしれないが……。」

 

「そっ…………!」

 そんなっ……っと叫びそうになって、慌てて自制するシャルティア。

 アインズの言葉はとても嬉しい。嬉しくて、悔しい。

 愛しの君にこれほど心配をかけ、まだグジグジと悩み気を使わせている自分が情けない。

 これで階層守護者最強とは片腹痛い。

 

 同じく大失態を演じた……それが智謀の王(アインズ)の予定通りであったとしても……コキュートスがリザードマンの村落で、この世界の者達に恐怖抜きでナザリックに忠誠を尽くすよう教えていくという、無骨な武人にとっては大変な難事業に、失敗を恐れず雄々しく向き合っているというのに。

 なのに自分は、何の成果もあげずぬけぬけと褒美を受け取ろうとしている。

 

 情けない。情けない。情けなくて、消えてしまいたい。

 

 今にも泣き出しそうに体を震わせるシャルティアに、アインズは再び優しく言葉をかける。

 

「シャルティアよ、受け取るがよい。……いや、受け取ってくれ。」

「あ、アインズ……様。」

「これは私の、お前に対する……言葉ではない評価の証だ。」

「で、ですが……私は……私は……何も評価される事など……。アインズ様を失望させるばかりの……無能な……ダメ……な……。」

 

「シャルティア。」

 

 自虐の海に溺れそうなシャルティアを、愛しげな呼びかけが引き戻す。

 

「よく考えるのだ、シャルティアよ。お前は、私がお前に与える評価より自分で決めた評価が正しいと思うのか? 失望している相手に私の大切な仲間の……それも唯一無二のアイテムを渡すと思うか? 私はそんな愚か者なのか? ……もう一度言うぞ、これはお前がナザリックの……私の大事な存在である証明だ。」

「あ……アイン……ズさ……ま……」

「階層守護者シャルティアよ。お前にはその価値が有るのだ。私の……ゴホン……親……友……ペロロンチーノさんの娘のようなものであり……そしてナザリックに欠かす事の出来ない……」

 

「あ、あひんず さ……」

 

「とても大切な、私の愛するシモベだ。」

 

「あ、あ、あ、あ゛い゛んずざばあああああああああっ!!」

 

もう止まらなかった。不敬という思いも吹き飛び、机を飛び越し、アインズに思い切り抱きつく。

その速さは、あの戦闘でフル装備で突進したのにも勝るかもしれない。

 

「うおお!? シャ、シャルティア……!?」

「愛してありんす! 愛してありんす! 愛してありんす! アインズ様! アインズ様! アインズ様! アインズ様! アインズさまああああああああああああああ!! うわあああああああああああああああああああああ!!」

 

「お、落ち着けシャルティア! シャルティア! シャルティ……。」

 

 一度焦って振り払おうとして、そしてアインズは抵抗を止めた。

 しゃくりあげながら涙と鼻水でグジュグジュになった顔をアインズの白い胸骨に押し付けてくるシャルティアの背中をポンポンと優しく叩き、不器用ながらそっと頭を撫でる。

 

「ぐすっ……アインズざま……あひんずさま……あいんずさま……ぁ……。」

 

 普段のシャルティアならアインズにすがりつく事に性的な興奮を感じ、アインズは引いてしまうだろう。

 だが今はそんな気配は欠片もなく、ただただ父にすがりつく幼子のように弱々しく愛おしかった。

 アインズはその背中を優しく抱きしめてやる。

 

 しばらく好きにさせてやろう。

 思い切り甘え泣き濡れれば、心の傷も少しは癒えるだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 何度も何度も振り返ってお辞儀をし、百科事典を赤子のように優しく注意深く胸に掻き抱いて部屋から出て行くシャルティア。

 それを見送るアインズの髑髏の眼窩には限りなく優しく、そして物悲しげな光が宿っていた。

 

「胸……ずれてるぞ。」

 聞こえないように小さくツッコミを入れる。

 だが今のシャルティアはそれにすら気づかず、雲の上を歩くような心持ちだろう。

 

 アインズはつかの間、鈴木悟に戻って呟く。

「なあシャルティア……ペロロンチーノさんはお前の事が大好きだったんだ。あんなに楽しそうに細かく設定して……自分の好きな要素を何もかもぶち込んで、とても嬉しそうに俺に語ってくれてたんだから。今でもそうだ。きっと……そうだよ。でもしょうがなかったんだ。だから……。」

 

 ユグドラシルという『非現実』よりも、現実の生活を取ったペロロンチーノ。

 だがこうして生きて動き、感情を露わにするシャルティアを見たのなら。

 ペロロンチーノのことを想い、一言の恨み事も述べず、ただただ慕い続ける姿を見たのなら。

 

 ──彼は本当にこの世界に来ていないのだろうか。語らいたい事がたくさんある。ナザリックについて、この世界について、命を持ったNPCに……シャルティアについて。

 

 共に、百科事典に記していきたい。

 ペロロンチーノ本人に再会出来たのなら、きっとシャルティアは喜んで返してくれるだろう。

 

 

◇◆◇

 

 

 ──第二階層、シャルティアの寝床である死蝋玄室──

 

「シャルティア様、今宵は……。」

「ああ、いいのいいの、今夜は一人で寝るわ。お前たちは下がって良いでありんす。」

 

 今夜は誰が犠牲になるか。

 絶対の忠誠心を持ち生殺与奪すべてを握られそれに全く疑問を持たないとはいえ、本能としてやはり存在の消滅に恐怖を感じる吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)達は、やたら機嫌良く優しく見えるシャルティアを怪訝に思いながらも、ホッと胸をなでおろしそそくさと立ち去った。

 彼女達の(あるじ)は、いつ豹変するか分からないのだから。

 

 豪奢なベッドルームに入ったシャルティアはいつものように全裸になり、そして胸にエンサイクロペディアを掻き抱いて滑らかな真紅のシーツにくるまった。

 

「ペロロンチーノ様……」

 

 古めかしい、羊皮紙の臭いがする分厚い百科事典は、抱き枕にはふさわしくない。

 少女のつつましやかな胸の突起に、その感触は硬く冷たい。

 

 しかしシャルティアには、それが吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)の柔らかく豊満な胸よりも甘美に感じられた。自身の創造主がその手に持ち、文字を書き記したこの世に唯一無二の書物。それに勝る抱き枕など、無い。

 ペロロンチーノの手が伸び、その尖った指先で自身の体に文字を記す妄想が脳裏を駆け巡り、真珠のような牙を持つ愛らしい唇から甘い吐息が漏れる。

 潤んだ瞳は表紙に刻まれた文字を陶然と眺め、ぷっくりと開いた小鼻でスーッと百科事典の匂いを吸い込む。

 ゾクゾクっと、背骨を伝った快楽が股間に到達する。

 

「はあ……。」

 

 長い長い至福の時が流れ、満足したシャルティアは(とろ)けた頭でぼんやりと考え事をする。

 

 そういえば、アウラはぶくぶく茶釜様の腕輪をもらっていたのだっけ。

 あのチビ助がそれはもうみっともない、蕩けそうなふにゃふにゃ顔になって腕輪に頬ずりしていた。

 でもまあ、その気持は良く分かる。

 

 アルベドは……タブラ・スマラグディナ様のそういうアイテムを貰ったという話は聞かない。

 あの女ならすぐに自慢してくるだろうから、きっとまだ何ももらえていないのだろう。

 リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは……まあ守護者統括という地位によるものだし。

 ああ、そう考えると案外、自分の方がリードしているのかもしれない。

 男は女の弱った姿に弱いというが、アインズ様もそうなのだろうか。

 

 クスクスと忍び笑いをして、軽く伸びをする。

 

 ──しょうがない、大事な大事な百科事典だけれども、機会があったらアルベドにもこの本を自慢……もとい、見せつけ……いや、お披露目してあげよう。

 

 心の傷は……消えていない。 恐らく、永遠に。

 ジクジク ジクジク…… 疼きつづける。

 

 しかし、そう、これは自分の原罪。この痛みを受け入れよう。

 忠義を尽くすべきあの御方の手によって、自身の魂に刻まれたのだから。

 考えようによっては、これこそが他のNPCの誰も得ていない賜り物なのだ。

 至高の御方が自分のすべてを受け止め、己のすべてをぶつけてくれた。

 愛をもって殺されるという究極の交わりの証。

 

 ──永劫の罪と愛── なんという甘美な響きだろうか。

 

 胸の内に常にその存在を感じ続ける、痛みを伴う宝物。

 

 アルベド、あなたには分からないでしょうね。

 ううん、これは……他の誰にも理解出来ないわたしだけのアインズ様との繋がり……。

 

 目を閉じて百科事典を優しく抱いたシャルティアは、満足そうに呟いた。

 

 ──今夜はいい夢が、見られそう……で、ありんす。──

 

 例えばそう、至高の御方々全員がナザリックにお戻りになられ談笑される中、ペロロンチーノ様に抱っこされアインズ様に頭を撫でられているような。

 

 

 


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