どうか暖かく見守って下さい。
――恋次サイド――
穿界門から出て目に飛び込んできたその光景に、俺は驚愕のあまり声を失い立ち竦んだ。
ルキアと2人で死神になろうと誓った時に見た、荘厳な迫力すら感じた白く美しい瀞霊廷の町並み。
それが今は見る影もなくなり、彼方此方(あちこち)から火の手が上がり、黒い煙が空を汚していた。
「おいっ!これはどういう事だ!一体何があったんだ!!」
俺は近くにいた穿界門番の胸倉を引っつかんで問い詰めたが、思ったよりも力が入っていたらしく、穿界門番は顔を苦しそうに歪めて手をばたつかせているが、激情に支配されて俺は待ったく気付けなかった。
「やめろ恋次!落ち着け!!」
俺と門番の間にルキアが割って入って止めてきた。
その所為で胸倉を掴んでいた手が外れ、穿界門番が「けほけほっ」と咳き込む。
「落ち着けだとルキア!瀞霊廷がこんなにされて落ち着けるか!!」
「冷静になれといっているのだこの戯け!!!」
ルキアの一喝は激情に流されていた俺をも怯ませるほどに力が込められていた。
「私も動揺はしている。だがここで焦っても事態は好転などせぬ!今私達がするべきことは、状況を聞いて整理することだろう!」
理路整然としたルキアの叫びに、混乱していた俺の頭に冷静さが戻る。
「あ、あぁ。済まねぇ」
「全く、そういう所は昔と変わらぬな。お前は」
「う、うるせー」
図星をさされ、照れくささから頬が赤くなったのを自分でも感じる。
「それで、一体何があったんだ?」
俺は赤くなった頬を隠そうと、さっきまで胸倉を掴んでいた穿界門にぶっきらぼうに聞いた。
「はっ!今から三十五分前に正体不明の旅禍の一団が瀞霊廷に侵入し、襲撃を開始。
護廷十三隊全隊が出動し対処にあたっていますが、数も種類も多い旅禍の正体が分からない事と、全ての通信機に原因不明のノイズが発生し、隊の統率が困難となり全体的に混乱が生じている模様です!
現在は二番隊並びに隠密起動隊が伝令に周り、何とか情報を共有しているのが現状です」
「状況はあまり芳しくない…という訳か」
顎に手を当てて思案するルキアの横で、俺は内心の苛立ちを外に出すかのように「くそっ!」と吐き捨てた。
そんな俺を横目にルキアは数秒俯いた後「よし」と呟いて、顔を上げた。
「恋次。まずは当初の予定通りに吉波を呼ぶ。これを適当な所に貼り付けてくれ」
そう言ってルキアは俺に先程渡された道標符を差し出して話を続ける。
「正体不明の旅禍を私はまだ見たことはないが、このタイミングでの襲撃だ。その旅禍が吉波の言っていたイレギュラーズとやらの可能性もある。もしそうなら、イレギュラーズに詳しい奴を呼んだほうが良い」
ルキアの考えに俺は「それもそうだな」と頷いて符を受け取り、近くにある適当に選んだ建物の壁に符を貼り付けて、ルキアの元に戻った。
「貼ってきたぜ」
俺の一言にルキアは「うむ」と答えて伝令神機を操作して連絡を入れるが、突然ルキアの顔が曇りだし、段々と怪訝そうな顔になっていった。
一体どうしたんだ?
「どうしたんだルキア?」
「繋がらぬ」
「は?」
返されたその一言に訳が分からず、間の抜けた声が漏れる。
「奴に渡した通信機に繋がらないのだ」
…な!?
「おいおい!まじかよ!?」
「このような事を冗談で言う訳がなかろう」
「ちぃっ!ちょっと貸せ!」
ルキアの手に持った伝令神機を引ったくって、通話ボタンを押す。
「ちょ、おい恋次!」
ルキアが文句を言ってくるが、俺は無視して耳を当てて、繋がらないとみるや再び通話ボタンを押すのを何度も何度も繰り返す。
『…い……も……もし』
当てた耳に掠れ気味の吉波の声が届いたのは、そんな行為をもう何度繰り返したか分からなくなった時だった。
――通じた!
俺は吉波の声を聞いたと同時に大きく息を吸い込み、要件のみを一気に捲くし立てる。
「おい吉波!聞こえるか!!すぐにソウルソサエティに来てくれ!
正体不明の旅禍の一団が瀞霊廷を襲撃している!護廷十三隊も出て対処してはいるが、数も種類も多い旅禍の正体が分からない事で全体的に混乱している!!
もしかしたらお前の言っていたイレギュラーズとかいう奴かも知れねぇ!!
だからお前が来て確認するのが一番手っ取り早い!
今は混乱しているが、何とか抑えているといった所が現状……って、くそっ!切れちまった!」
話の途中で通信機から無機質な電子音が流れ、俺は当てていた耳を離した。
「どうだ恋次、繋がったか?」
聞いてくるルキアに俺は苦い顔をして「分からねぇ」と呟いた。
あいつの声が聞こえたから取り敢えず言えるだけ言っただけだ。通じたかどうかは全く分からねぇ。
そう思った刹那。俺とルキアの左前方。道標符を貼り付けた場所が突然輝きだした。
「くっ!」
「なんだ!?」
閃光に目が眩み、思わず目を細めてしまう。
だがその時俺は見た。光の中に2つの影が現れるのを。
そして光が収まると、そこには死神化した一護と吉波が襲撃された瀞霊廷を見て呆然としていた。
「なんだよ。ちゃんと通じてたじゃねぇか」
俺は口の端を上げて安堵の笑みを浮かべた。
――龍一郎サイド――
背後から聞こえた恋次さんの呟きに、俺は振り返って「お待たせしました」と言って敬礼した。ちょっとした茶目っ気だ。
「恋次!ルキア!無事か!?」
2人の安否を気遣う一護さんに、ルキアさんは「私達は見ての通り無事だ。だが瀞霊廷は…」と火の手が上がる瀞霊廷を見て悔しそうに唇を噛み締めた。
「瀞霊廷をこんなにしやがって!絶対に許さねぇ!」
胸の前で自らの掌に拳を打ちつけて怒りを露わにする恋次さんに、俺が釘を差す。
「恋次さん。心中穏やかとはいかないのは分かりますけど、今はとにかく襲撃者の正体を確かめるのが先決じゃないんですか?」
「…そんなこと分かってらぁ」
内にあるもやもやした感情を吐き出すように不機嫌な顔で答える恋次さんを一瞥し、ルキアさんが「それでどうだ吉波?ここから旅禍がイレギュラーズとかいう存在なのか判別は出来るか?」と聞いてくるが、俺は「すいません。流石に実物を見てみないと分かりません」と言って首を左右に振った。
エルフィに頼めば分かるかもしれないが、今この場に居ない以上仕方がない。
「なら、火の手が上がっている場所に行ったほうがいいんじゃねぇか?
少なくとも消火する為に死神が来ているだろうし、話を聞くことも出来るだろう?
下手に目的地が無くってうろつくよりはいいと思うぜ」
的を射た一護さんの意見にそれもそうだと俺を含めた全員が頷く。
「んじゃあ付いて来い。案内するぜ」
そう言った恋次さんが先導して駆け出し、ルキアさん、一護さん、俺が後を追う。
流石に三人とも足が速く、付いていくのが少々大変だったが、夜一さんとの鍛錬で脚力が上がっていたこともあり、何とか逸(はぐ)れずにギリギリだが後を追うことが出来た。
路地に入って直ぐに左に曲がると崩れた塀が路地を塞いでいたが、恋次さん達は一切構わずに跳躍して跳び越え、再び駆ける。
俺も後に続くが、ジャンプ力が足りなかったので霊子を足場にして空中で再度跳び、なんとか跳び越える事に成功する。
そして三人を追おうとしたが、俺は足を止めた。
何故なら一護さん達三人も足を止めて、気弱そうな死神と話をしていたからだ。
「一護さん!いつソウルソサエティに来たんですか!?」
「ついさっき来たばかりだ」
「それより何故お前が此処にいるのだ?」
特に一護さんとルキアさんの2人と親しげに話をしているが、この声…どこかで聞いたような気が……。
「いや~突然の旅禍の襲撃に救護詰所が一杯になっちゃったんです。それで各班に分かれて応急処置に回っていたんです」
「それなら何でお前はここに一人でいるんだ?」
後頭部を掻いて何故か頭を下げて話す死神に、恋次が目を半眼にして聞く。
「そ、それが……班員の人達と逸れてしまって…」
「あ、あのなぁ…」
「…おいおい」
「花太郎。貴様も班長ならば、もっとしっかりせぬか」
全く全く。
一護さんと恋次さんが呆れて呟き、ルキアさんは溜め息混じりに注意し、俺はルキアさんに内心同意した。
……………って花太郎!?
ルキアさんの口にしたその名前に、俺は先ほど感じた声の疑念の正体にやっと気付いた。
山田花太郎。
護廷十三隊四番隊の七席で、確か自称『ソウルソサエティ一の苛められっ子』
微妙な立場のわりにルキアさんの救出に協力したり、隊長達と共にウェコムンドに行ったりと、何気に知名度の高い原作キャラだ。
「あの~一護さん、ルキアさん。誰なんですかこの人は?」
知っているとはいえ初対面なので、二人に尋ねる。
「あぁ。こいつは花太郎っていってな。俺が始めてソウルソサエティに来た時に色々と助けて貰ったんだ」
「うむ。私もウェコムンドで助けられたしな」
2人の褒め言葉に「いや~僕はそんな大した事はしていないですよ」と照れる花太郎さん。
「そうですか。始めまして。吉波龍一郎といいます」
「あ。これはどうも。四番隊七席の山田花太郎といいます」
軽く会釈して名乗る俺に、花太郎さんは俺以上に深々と頭を下げて名乗り返してくれた。
礼儀正しいのか気弱なのか、どっちなんだろう…多分両方だろうな。
そんな事を思いつつ、俺は侵入した旅禍について席官ならば何か知っているのかもしれないと考え、花太郎さんに尋ねた。
「花太郎さん。瀞霊廷を襲撃した旅禍について、聞きたいことがあるんです」
「はい?旅禍について…ですか?」
頭を上げて首を傾げる花太郎さんに、俺は頷いて話を続ける。
「はい。襲撃した旅禍の外見的な特徴とか聞かされていませんか?どんな些細なことでもいいんです」
「う~ん」
腕を組んで唸り始めた花太郎さんを見て、僅かにあった期待が急激に萎んでいく。
「あ~何も聞かされていないのなら「え!?いえ!そうではないんです!!」え?」
急に出した大声に、俺は思わず怯んでしまった。
「瀞霊廷を襲撃した旅禍の種類も外見的な特徴も、僕は知っているんです」
……………は?
「「「「それは本当(か)(ですか)!!!」」」」
俺と一護さん。ルキアさんに恋次さんの声がハモり、一気に身を乗り出して詰め寄ると、花太郎さんは「ひいっ!すいません!」と脅えてしまった。
「あ…花太郎さん。別に俺達は怒っている訳じゃないですよ」
俺は努めて声のボリュームを下げ、優しく語り掛けるように様に話す。
「ほ、本当ですか?」
「はい。まさか花太郎さんがそんな重要な情報を知っているとは思わなかったから、驚いただけです」
微妙に涙目になっている花太郎さんにありのままを伝えると、「そ、そうですか」と納得の表情を見せた。
「しかし、何故花太郎がそのような情報を知っているのだ?」
俺も疑問に思ったことをルキアさんが聞く。
「はい。実は四番隊で比較的軽傷の人達に僕が事情聴取をしていたんです」
成る程。それなら分かる。
「成程な。それで旅禍は一体どんな奴等だったのだ?」
「それは「待て」…え?」
花太郎さんの言葉を止めたのは、一護さんの有無を言わせぬ力のある静かな一声だった。
「悪いな花太郎。どうやらのんびりと話を聞いている場合じゃねぇみたいだ」
「そうみてぇだな」
一護さんの言葉に恋次さんが同意し、2人は共に刀の柄に手を掛けていつでも抜刀ができる体勢になる。
「お前等一体……そういう事か」
困惑していたルキアさんも一瞬の後に納得して、緊張の面持ちで刀に手を掛ける。
そしてこの時になって、俺もようやくその感覚に気付いた。
それは浦原さんとのテストで感じたもの。
全身が粟立つような、空気が一段重くなったかのような感覚。
殺気。
それも1つや2つではない。十…二十…いや、もっと多くの殺意が此方に向けられている。
「これは…囲まれましたか」
「貴様も気付いたか」
「へっ、向こうの方から出て来てくれるなら好都合だぜ」
「え?…え?何なんですか?」
辺りの殺気に気付いていない花太郎さんが俺とルキアさんと恋次さんの会話に付いていけずにオロオロとしていると、周りの塀からあるものは影から跳び出し、あるものは塀を破壊して幾つもの存在が現れた。
常人よりもふた周りは大きいずんぐりとした体格をした赤銅色の巨人。
蝿を人間大にまで大きくし、二足歩行にしたような外見の虫。
狼を二足歩行にしてマントとグローブを纏わせ、見た目は完全に人狼となっている存在。
馬のように四足歩行で立ち、ワニを彷彿とさせる口と尻尾を持つ、青い炎を纏った生物。
俺はその全てに見覚えがあった。
「赤銅兵士にハエコマンド。ハウンドソルジャーに青炎馬か」
「吉波、知っているのか?という事は…」
ルキアさんの問いに、俺ははっきりと頷いた。
「はい。こいつ等は全て…イレギュラーズです!!」
俺が声を張り上げて皆に知らせるのと、モンスター達が俺達に向かって一斉に襲い掛かってきたのは、ほとんど同時だった。