――龍一郎サイド――
「・・・ふぅ」
思わず出てくる溜め息を押し止めようとするも、最終的には吐き出してしまった自分に若干苛立ちを感じながら、俺は自分の右手の掌をじっと見つめた。
プルプルと細かくだが確かに震えている自分の手を見て、俺は天を仰いで再度溜め息を吐いた。
日番谷隊長に書類を届けに云ってから二日後の夜。つまり明日にバウスがこの瀞霊廷に攻めてくる。
そう思うとどうにも寝付く事が出来ず、俺は八番隊の庭に出て一人夜風に当たっていた。
(俺は・・・勝てるのか?)
天を仰いだままで心の中で問い掛けるが、その問いに答えてくれる者は誰もいなかった。
以前バウスと対峙した時に感じた恐怖が蘇り、ゾクリと体に悪寒が走る。
(・・・結局奥義も、完全に修得出来なかったしな)
ここ数日間天撃の奥義を修得する為に鍛錬をしていたのだが、一応形になったのはボルティックアックスの迅雷撃破とクラウンシールドの水破爆裂の2つのみで、後の2つは形にする事すら出来なかった。
この9日間、俺は俺の思いつく限りの事をやってきたつもりだ。
しかし同時に、時間が経てば経つ程に俺の中で『これでいいのか?』という不安が大きくなっていくのも感じていた。
「・・・はぁ」
そんな自分自身を押し潰してしまいそうな不安を少しでも吐き出そうとするかのように、無意識のうちに溜め息が出てしまう。
「眠れないのかい?」
「うわっ!」
背後から突然かかった聞き覚えのある声に、俺は思わず叫んでしまった。
「お、驚かさないで下さいよ!京楽さん!」
「ごめんごめん」
振り返って文句を言う俺に、相変わらず隊首羽織の上に女物の着物を羽織っている京楽さんは、お世辞にも反省しているとは言い難い朗らかな顔で謝り、俺の隣に腰を下ろして座り込んだ。
「こんな夜中に何をやっているんですか?」
「君こそ、こんな夜更けにどうしたんだい?」
質問を質問で返され、俺はふぅっと息を吐いた後にその場にどっかりと腰を下ろして「あなたなら、分かっているんじゃないですか?」と拗ねたように唇を尖らせた。
京楽さんは網笠を深く被り直して「まぁね」と答え、懐から『酒』と書かれた瓶(大きさからして多分一升瓶だろう)を取り出して「飲まないかい?」と言ってきた。
明日が決戦だというのにいつもと全く変わらないこの様子に、俺は苛立ちよりも呆れて可笑しさすら感じてしまい「ぷっ」と吹き出してしまった。
「あなたは本当にいつもと変わらないですね」
「今更ジタバタしてもしょうがないでしょ?」
そう言って手にした盃を俺に向けて突き出し、再び「飲むかい?」と酒を進めてくるが、俺は「未成年なので」と言って盃を持った手をやんわりと押し返して断った。
なにしろ前世で飲んだことのある酒といえば、元日に御神酒をお猪口一杯飲んだ位だ。
しかも自慢ではないが、その一杯で顔が真っ赤になってしまった事がある程に俺は酒に弱い。
その事を充分に理解しているが故の拒否だ。
断られた京楽さんは「そうかい?」とあっさりと盃を引いてその盃に酒を注いでくいっと飲む。
「大丈夫、君は強くなっているよ」
まるで独り言を呟くような、俺に聞こえるか聞こえないかという程の声量で発せられた、俺の内にある迷いを見透かしたと思わせる言葉に、俺は目を見開いて驚きを露わにした。
「エルフィちゃんに聞いたけど、卍解の保持時間が九日前よりも延びているんだって?」
「・・・はい」
確信を持って聞いてくる京楽さんに、俺は首を縦に振った。
そう。俺は先程エルフィから、卍解と虚化の保持時間が九日前よりも延びているのを聞いていた。
卍解は約50秒。虚化は約12~13秒程だ。
確かにこれ等の保持時間が延びるのは有り難いし、自分が鍛錬によって成長したという確かな証でもあるのだが、まだまだ充分な時間とはいえない。
「でも・・・「確かに君は、僕等よりもヴァンデルという種族の強さも恐ろしさも正確に把握している」」
反論を遮って語る京楽さんは「でもね・・・」と一度言葉を切って、今までとは全く違う力強い視線を俺に向けて続ける。
「だからといって、君が全てを背負う必要は無いと僕は思うよ。
僕達護廷十三隊だって戦える様にちゃんと作戦は立ててある。君もエルフィちゃんからそれを聞いている筈だしね」
完全な正論に俺は何の反論も出来ずに「・・・はい」と頷いた。
確かに俺はエルフィから今回の作戦を聞いていた。
その作戦は簡単に言えば、ヴァンデルやモンスターの力の根元である冥力をある方法で減衰させて叩くという内容だ。
奴等が厄介な相手となっているのは偏に、冥力を使っているからに他ならない。
現に現世で戦ったムガインは、俺に冥力壁を打ち破られた後に瞬殺されている。
ならばその根元を断てば、此方側が圧倒的に有利となると結論付けたらしい。
確かに奴等の冥力さえ抑えてしまえば、俺が一々才牙で破壊する手間も省ける為、俺の負担も大幅に軽くなる。
「奴等が最初に来た時とは違って、今回僕等は対等以上に戦う事が出来るんだ。君が必要以上に気負う事は無いよ」
そう言って京楽さんは、俺の肩をポンポンと軽く叩いてくれた。
その暖かみすら感じられる軽い衝撃に、俺は思わず笑みを浮かべて「はい」と頷いてしまう。
そして京楽さんも、それを見て満足したように微笑んでゆっくりと頷いた。
「明日に備えて少しでも寝ておいた方がいいよ。眠れなくても、布団に横になって目を閉じているだけでも体を休める事は出来るしね」
穏やかな口調で教えてくれる京楽さんに「はい」と返し、俺は部屋に戻って先程自分で敷いた布団に横になった。
(・・・震え。止まったな)
先程までプルプルと震えていた自らの右掌を見た後に、俺は静かに目を閉じた。
決戦前夜の話でした。
流石に主人公が不安にならなければ可笑しいだろうと思って書きました。
さて、これで修行・日常編は終了となりました。
次回からいよいよこの小説の決戦編となります。
投稿にかなり間が空いてしまう作者ですが、頑張って書こうと思っていますので、どうか温かく見守ってください。