――一護サイド――
「くそっ!なんなんだこいつ等は!」
俺は斬魄刀・斬月を横にして正面に構え、相手の攻撃を剣の腹で受け止める。
ガンッ!
鈍い音と共に強い衝撃が柄を握る手に伝わり、一瞬体勢を崩しそうになるが、両脚に力を入れて踏ん張って堪え、
「こんのぉぉっ!」
力を込めて押し返して相手の体勢を崩し、攻撃の手が緩んだ隙に後ろに飛び退いて間合いをとった。
「一体何者なんだよ!こいつ等!!」
「うるせぇ!こっちが聞きてぇよ!!」
胸の内にあるもやもやを吐き出すように叫ぶが、返されたのは横にいる仲間。恋次の怒鳴り声だった。
そもそも事の始まりは三十分ほど前。
いつものように死神代行許可証。通称代行証から虚が出たと知らせが入り、死神化して現場に向かった。
途中で虚の霊圧を察知して駆けつけて来た仲間のチャドと井上、石田と合流して現場に着くと、其処にはソウルソサエティにいる筈のルキアと恋次が既に虚を倒した後だった。
なぜ現世に2人がいるのか聞くと、なんでも技術開発局が何者かに襲撃されたらしく、その際に一般隊士だけでなく十二番隊隊長と副隊長も意識不明の重傷(この時石田がかなり驚いていた)を負ったらしい。
そして現世でも何か異変が起こっているのではないかと危惧した総隊長の爺さんが調査を命じたらしい。
そんな話の途中で俺の代行証に再び虚が現れたと反応し、全員で虚が出た現場に向かうと、其処には虚を殺している成人サイズの二足歩行型カブトムシがいた。
それも1体だけじゃない。虚が殺されている事に俺達が呆然としている間に、周りからわらわらと湧いて出てくるように現れ、気が付いた時にはすっかり周りを囲まれていた。
雰囲気から明らかに俺達に敵意を持っているのは分かったが、こっちは奴等に攻撃をする事が出来なかった。
死神は魂の調節者(バランサー)だ。善良な霊。整(プラス)は魂葬することでソウルソサエティに送り、悪霊の虚は斬魄刀で斬り、罪を濯ぐ。
だが目の前の虫もどき達の外見的な特徴は整とも虚とも違い、一瞥では判断できなかった。
いや。そもそも目の前の虫もどきからは霊力も霊圧も感じ取ることが出来なかった。
試しに斬月を抜いて瞬歩で近づき、虫もどきの額に柄の先端を当てて魂葬をしてみたが、全く効果が無かった。
そして俺はこれと同じ状況に見覚えがあった。
欠魂(ブランク)。
魂魄から記憶が抜け落ちた魂だ。
こいつが現世に現れた時に同じように魂葬を試みたが、その時も全く効果が無かった。
だけど欠魂は照る照る坊主の頭を尖らせた様な外見だ。目の前の虫もどきとは似ても似つかない。
ルキアと恋次に聞いてみたが、ルキアは通信機を使ってソウルソサエティに現状を報告しようとしていたし、恋次からは「俺が知るか!馬鹿!」と逆ギレされ、危うく口喧嘩になりそうなところでルキアに「馬鹿者!喧嘩などしている場合か!!」と2人纏めて怒鳴られた。
そして取り敢えずソウルソサエティと連絡が取れるまでこの場で持ちこたえているのだが、一向に通信機から応答が来ずに正直苦しい状態だ。
「ルキア!まだなのか!」
「どうなっておるのだ!?ソウルソサエティに全く繋がらぬ!」
「「「「「なにぃっ(なんだと)(えぇっ)!?」」」」」
全員の驚愕の声が重なる。
「まじかよ!じゃあどうするんだ!?」
「口惜しいが…已むを得ぬ。一時撤退するぞ」
声を荒げて詰め寄る恋次に、ルキアが悔しげに返す。だが…
「却下だ!」
俺はルキアの意見を一蹴した。
「な…この戯け!状況をよく見ろ!」
「お前の方こそ状況を見ろ!忘れたのかルキア!さっきこいつ等が虚を殺していたのを!」
俺の一喝にルキアがハッと顔色をを変える。どうやら気付いたみたいだが、俺は更に続ける。
「こいつ等を放っておけばさっきみたいに虚を殺し出すかもしれねぇ!そうなったら俺達みたいに斬魄刀で昇華されずに、本当に『殺される』ことになる!」
昇華しずにただ虚を殺す事。それはソウルソサエティと現世、二つの世界にある魂魄の総量を乱し、世界の崩壊を招く行為。
そして世界の崩壊は死神にとって絶対に回避しなければならない事だ。
「へっ。まさか一護に諭されるとはな」
「同感だね」
後ろでふっと恋次とが笑い、それに石田が同意する。
……ったくこいつ等。
「お前等なぁ……」
一言言ってやろうと振り向き、俺の時が一瞬止まった。
振り向いた俺の視線の先には、いつの間にか虫もどきが井上の背後に立ち、狙いを定めて前脚(?)を振り上げていた。
「井上!!」
俺の切迫した叫びに皆が井上の方を見て事情を理解するが、既に遅かった。
虫もどきの前脚が振り下ろされ、井上に向かう。
(くそっ!)
俺は瞬歩で井上と虫もどきの間に移動しようとするが、僅かにむこうの方が速い。
(まずい!間に合わない!!)
心に絶望の二文字が浮かんだ刹那。俺の横を黒い影が疾った。
ガッ!!
鈍い音と共に虫もどきが吹っ飛ばされ、見知った顔の女性が井上を守るように立っていた。
「やれやれお主等。少々気を抜きすぎではないか?」
「「「「「「夜一さん(殿)」」」」」」
井上を助けてくれたのは元隠密機動隊司令官にして護廷十三隊二番隊前隊長の四楓院夜一さんだった。
「あ、ありがとうございます」
慌てて礼を言う井上に夜一さんは軽く頷いて辺りを見渡して俺達を一瞥すると、虫もどきに視線を移し――
「龍一郎!エルフィ!今じゃ!!」
いきなり大声を出した。
突然の事に俺達全員の体がビクリと反射的に反応してしまう。
そして混乱する俺達の輪の中に、2つの影が飛び込んできた。
1人は手に西洋刀を持った、黒髪黒目の地味な印象の男。
もう1人は青い長髪を紫のリボンで束ねた少女だった。
2人は夜一さんが吹っ飛ばした虫もどきに一直線に向かい、
「縛道の九!撃(げき)!」
男が赤い光を放ち、起き上がろうとしていた虫もどきの体を縛る。
「なっ!鬼道だと!」
「あやつ、死神か!?」
男の縛道を見て更に混乱したルキアと恋次が驚愕の声を上げる。
「エルフィ!」
「承知した!」
男の呼びかけに応え、少女が動きを封じた虫もどきに近づいて掌を向ける。
すると少女の掌が淡く光を帯び、そのまま時が止まったかのように男と少女はその場を動かなかった。
そして十秒ほど経過して掌に帯びていた光が消え去ると、少女は夜一さんと男に顔を向けた。
「間違い無い!こやつ等はイレギュラーズだ!」
凛とした声が辺りに響くと、男は「オッケー!」と答えて虫もどき達に向けて西洋刀を構え、夜一さんは「うむ」と軽く頷いて俺達に向き直った。
「よいかおぬし等!この虫みたいな奴等は放っておけば世界の均衡を崩しかねない存在じゃ!倒してもなんら問題は無い!」
「なっ…本当ですか!?」
石田が困惑を露わにして聞く。俺を含め皆が同じ気持ちらしく、全員が困却した顔をしている。
「今あいつ等が調べた結果じゃ。信用は出来る」
「待て!あの者達は一体何者なのだ!」
「心配せずとも良い。あやつ等は味方じゃ。それよりもルキアに恋次。何故御主等がここにいる?」
「そ…それは…」
まだ混乱が抜けていないのか若干どもりながらも、ルキアは俺達にしてくれた説明を夜一さんにも話した。
しかも夜一さんもソウルソサエティに異常が起こっていたとは知らなかったらしく、時折「なんじゃと!」と驚いていた。
一通り話が終わると夜一さんは「ふむ…」と思案に耽り……
「……そこにおる奴!出て来い!!」
刹那。夜一さんの顔が一転し、目を険しくして手を一閃した。
カッ
凄まじい速さで放った暗剣がコンクリートの床に深々と突き刺さる。
しかしその暗剣が刺さった場所の付近には先日降った雨でできた水溜りがあるだけで、怪しい影や気配など全く存在していなかった。
「よ…夜一さん?」
「隠れとるのは分かっておる。さっさと姿を現せ!」
戸惑いながら話しかける井上を無視し、夜一さんの一喝が響く。
「フッフッフ……まさか気付かれるとは、少々計算外でしたね」
「「「「「「え?」」」」」」
どこからかしゃがれた声が聞こえた。
位置的に近いということは分かるが、どこにいるかが把握できない。
「儂がこの場に現れた時に動揺混じりの視線を感じた。まさかそのような姿で隠れているとは思いもしなかったがのぅ」
まだしゃがれた声の主が分からず、夜一さんの視線の先を辿っていくが、やはりあるのは刺さっている暗剣と水溜りだけ。べつにさっきと違う所も無い………いや。さっきと違っている所が1つあった。
刺さっている暗剣の近くにある水溜りがさっきまで澄んでいたのに、いつの間にか泥を入れたみたいな濁った色になっていた。
俺だけではなく他の皆もそれに気付いたらしく、不審そうな目で水溜りを見ている。
「やれやれ。ばれてしまっては仕方がありませんね」
ザバァァッ!!
水溜りから音を立てて水柱が上がり、大きな何かが現れた。
「「「な…」」」
俺が。恋次が。ルキアが。
「そんな…」
石田が。
「あ…」
チャドが。
「うわぁ…」
何故か感心げに井上が。
皆、目の前に現れた存在に唖然とする。
それは泥の塊のような見てくれだった。身長は丁度剣八と同じか少し高い位で、その体躯全てが泥の様な色一色で染まっており、額には前に突き出す一本の角が生えていた。
冬に作る雪達磨に太い両手足を付けて、額に角を付けて茶色に染めればかなり近い所までいけるだろう。
「お主、何者じゃ」
「死人沼の策士・ムガインと申します。お嬢さん」
紳士的に名乗って一礼をするその姿が、俺にはひどくアンバランスに見えた。
――夜一サイド――
(さて、どうするかのぅ)
ムガインと名乗るその存在を凝視し、儂は内心歯噛みしていた。
実はここに来る前に龍一郎が、中甲虫という虫もどき達の動きに統率がとれていることに疑問を感じると儂に言ってきたのだ。
龍一郎曰く「魔物(モンスター)は例外を除いて知性や感情がほとんど無いから本能で動くんです。もしもモンスターの動きが統率されているとしたら、指示を出している格上の何かがいる筈」らしい。
そこで龍一郎に中甲虫の相手を任せ(無論戦う前にエルフィの魔法『サーチ』で本当にイレギュラーズなのか調べるようにと釘を刺しておいた)、儂は指示を出している格上の存在を引きずり出す事にしたのじゃが、どうやら想像以上の大物を引っ張り出してしまったようじゃな。
「ふむ…浦原喜助は来ていないようですね」
「!…お主。何故喜助を知っている」
こやつと儂等は初対面の筈。なのに何故喜助の事を?
「フッフッ。そりゃあ標的の顔くらい知っていないと……殺せませんからねぇ」
「「「なっ!」」」
後ろにいる一護達が「殺す」という言葉に反応するが、儂は眉一つ動かさぬままで再び問う。
「何故喜助を殺そうとする」
「さぁ。何故でしょうねぇ」
「てめぇっ!」
「待て一護!」
人を小馬鹿にする様にすっとぼける奴に切りかかろうとする一護を儂が手を制して止める。
「夜一さん…」
「奴に鎌を掛けてみる。少し黙っておれ」
一護にのみ聞こえるように声を潜めて伝え、儂は前に出た。
「成る程のぅ。解析されるのを恐れているという事か」
全て分かっているといわんばかりに自信を込めた儂の言葉に、奴の目がピクリと動いた。
ルキアから聞いたソウルソサエティの事件。そして喜助を狙う此奴。そこから導き出した儂の仮説。
もしこれが正しいのなら、早急に一護達に。いや、ソウルソサエティの者達に伝えねばなるまい。
「喜助は技術開発局の初代局長。お主等を解析すれば、簡単に分かってしまうからのぅ」
「…黙りなさい」
「お主等を倒しても、世界に「黙れぇぇっ!!」」
怒鳴り声で遮り、奴は一足飛びで間合いを詰めて儂に拳を叩き付けた。
ドゴォン!
コンクリートの床が轟音を立ててぶち抜かれる。
「察しが良いと長生きできませんよ。お嬢さん」
「夜一さん!」
奴の得意げな声をかき消さんばかりの一護の叫びが響く。
「案ずるな一護」
奴の一撃を軽く避けた儂が手をひらひらと振って無事を知らせる。
「なっ!」
避けられるとは思わなかったのか、目を見開いて驚いている奴に――
「あの程度のスピードで儂に当てようなど百年早いわ」
儂は不適に笑ってみせた。
しかし先程の奴の慌てぶり。どうやら儂が考えていた仮説は正しかったらしいのぅ。
「お主等よく聞け!やはりまわりにいる虫もどき達は、世界の均衡とは関係の無い奴等じゃ!」
「「「「「「!!」」」」」」
「このっ!ペラペラとっ!」
奴が口を封じようと拳を振るってくるが、儂にしてみれば止まっているに等しいスピード。避けることなど造作も無い。
「恐らく奴等は自分達が解析され、世界の均衡と関わりが無いことを知られぬ様にする為に技術開発局を襲い、喜助を狙っているのじゃ!」
「なっ!ではソウルソサエティの事件は」
「此奴かもしくは此奴の仲間が犯人である可能性が非常に高い!」
ルキアも此奴等の狙いが分かったらしいのぅ。
「でも、どうしてわざわざそんな事を?」
まだ完全に理解しておらぬ恋次に「戯け!」の一喝と共にルキアの蹴りが入る。説明はルキアに任せておいて大丈夫そうだのぅ。
「お主等!此奴は儂が相手をする!周りの虫達は任せたぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
何故か待ったをかけたのは恋次だった。
「そいつは得体が知れねぇ!なにか妙な力を持っているかもしれねぇし、全員で一気に叩いたほうが「周りの状況をよく見てみろ!!」」
有無を言わせず恋次の台詞を切る。
「お主等、あの数の虫共を全てあやつ一人に任せる気か!」
儂がくいっと親指で指差した先には、たった一人で虫達と戦っている龍一郎の姿があった。
「「「「「「……あ」」」」」」
忘れとったな此奴等。
「分かったらさっさと行け!」
儂の一喝を受け、皆が虫共に向かい走っていった。
「…さて、来るがよい。木偶の坊」
一護達を追わせぬように敢えて奴を挑発する。
プルプルと体を震わせている所を見ると、効果はあったようじゃな。
「許しませんよ……絶対に!!」
ザバァッ!
辺りの水が奴の右腕に巻き付き、その水が厚い刃となって形作られていく。
「ほぅ…そんな手品もできるのか」
儂の目がスゥッと細くなる。
「私はね…計算外な事が一番嫌いなんですよ!!」
奴は吠えて、儂に向けて刃を一閃した。
――ルキアサイド――
ムガインと名乗る存在を夜一殿に任せ、私達は虫もどき達を相手にして戦っている男の元に急いだ。
すっかり忘れてしまっていたが、夜一殿が龍一郎と呼んでいた男は既に虫もどきを十体ほど倒していた。流石に夜一殿が任せるだけはある。
だがやはり多勢に無勢なのか、徐々に虫共に押され始めていた。
(これは急がねばならぬな)
そう思い速度を上げようとした私に、横にいる恋次が声をかけてきた。
「なぁルキア。お前、さっき夜一さんの話で何か気付いたみたいだったけどよ、いったいどういう事なんだ?」
「恋次。お前まだ気付いておらぬのか?」
察しの悪さに呆れ、返す声にも揶揄が混じる。
「なにがだよ?」
「よいか恋次。もし奴等のような得体の知れぬ存在がソウルソサエティに攻めてきたら、お前はまずどうする?」
「どうするって……ぶっ倒すに決まって「戯け!その存在が我等に敵意を持っていても、それを倒す事で世界の均衡が崩れるのではないかという可能性をまずは考えるだろう!」まぁ…確かに」
我々死神はあくまでバランサー。世界の均衡を保つのが使命だ。
「まず行う事はその存在を技術開発局に調査を依頼して、その存在の正体を突き止めること。そしてその存在が世界の均衡に影響を与えぬという調査結果を見て、始めて反撃へと転ずることが出来るのだ!」
「あぁ。確かに……ってちょっと待て!じゃあまさか!」
やっと気付いたのか恋次の顔色が変わる。
「そうだ。奴等はまず技術開発局を壊滅状態にすることで、自分達が解析される事を封じようとしたのだ。そして初代技術開発局局長の浦原を殺すことで解析を更に困難にさせようとしている。
何故そんなことをするのか。それは……」
「奴等は世界の均衡とは全く関係無く、倒しても問題は無い。
だがそれを知られると、強大な力を持つ僕達やソウルソサエティの死神と全面的にぶつからなければならなくなる。
それを防ぐかあるいは出来るだけ時間を延ばそうとしていたんだ」
私の言葉を引き継いだ石田に首肯し、更に続ける。
「そう考えれば全ての辻褄が合う。それにもし違うのなら、夜一殿の話をあれほど必死になって止めようとはしない」
「成る程。だから夜一さんは鎌を掛けるから黙っていろって言ったのか」
一護が納得したといった様子でにっと笑みを浮かべる。
「あぁ。奴のあの姿を見て、夜一殿も確信へと至ったようだ」
私が纏め上げた。
「くそっ!セコイ真似しやがって!」
「確かにそうだ。だが、少なくともこれで僕達は攻勢に出ることが出来る」
吐き捨てる恋次に石田が同意し、確実に状況が好転したことを諭す。
「さっき散々殴った借りを返してやるぜ!」
一護が気炎を吐き、皆が頷いて応える。
「さぁ!行くぞ!!」
「「「「「おぉ(うん)(あぁ)!!!」」」」」
そして私達は虫共の群れの中に一気に飛び込んだ